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第三話 走破訓練

 俺のクラス、一年C組の午後の授業は、グラウンドでの実習だった。


 実習と言っても、いきなり戦闘訓練なんて馬鹿なことはしない。

 中等部からの生徒は、それなりに訓練を積んでいるようだが、まだ対人戦に行くほどじゃない。


 ギアの性能を確かめたり、訓練用のゴーレムを相手にギアを試す程度だろう。


 今回もその例に漏れない。


 魔法と科学が入り混じった現代の戦場では、一つの魔法が必須となる。

 その魔法の名は幻想甲冑アルミュール


 レーヴェでかなり昔から使われている魔法で、魔力で服を生成し、防御力と身体能力を高める魔法だ。

 ようは強化服を着るようなものだ。


 その身体能力の上げ幅の大きさから、現代戦ではアルミュールを展開することが必須となる。

 肉体へのダメージも、アルミュールを構成する魔力が切れるまでは遮断されるため、生存率も大幅に上げられる。


 ただし、使用者の素質次第でアルミュールの性能も変わってくる。

 この点は仕方ないと諦めるしかないだろう。

 なにせ、使用者の魔力と素質次第で変わるのだから。

 

 しかし、地球人には魔法が使えない。

 使える者がいても、ごく僅かだ。


 そこで地球側は考えた。

 ギアにアルミュールの生成機能をつけようと。

 レーヴェが作るギアにはついていない。レーヴェ人は魔法が使えるからだ。


 しかしオリジン・ギアにはアルミュールの生成機能がついているから、本来、アルミュールとギアはセットであるのが正しいのだ。


 ただ、ギアにアルミュールの生成機能をつければ、その分、ほかのところの性能が落ちる。

 そういうわけで、ギア単体の性能でいえば、レーヴェのほうが高いというのが常識だ。


 今日の実習はそのアルミュールを展開しての走破訓練。

 別に難しい授業じゃない。


 普通なら。


 開始地点はグラウンド。

 そこから学園に隣接する森に入り、折り返し地点まで行ってから、グラウンドに戻ってくる。

 制限時間は三十分。


 アルミュールを展開した状態で動く訓練といったところか。


「さぁ全員、ギアを起動させろ!」


 その瞬間、俺は右腕につけている灰色の腕輪に左手をかざした。

 ギアは待機状態の時は、持ち運び可能なサイズへと変化している。


 音声認識と魔力を流すことで、本来の姿へと戻るのだ。


【コルディス、起動アクティベイト


 俺は自分のギア、コルディスに魔力を流し込む。

 その魔力に反応して、核となっているラピスが目を覚ます。


 次の瞬間、俺の右腕に灰色の籠手が出現した。


 同時に服も制服から黒いジャージへと変わる。

 自動でアルミュールが生成されたのだ。

 ジャージなのは俺のイメージを反映してのモノだ。


 ほかの生徒もデザインに差はあれど、ほとんどジャージだ。

 中にはマニアックな服装のヤツもいるが、服装に関しては自由なため、よほどの格好じゃないかぎり注意はされない。


「さて、ギアの攻撃的使用は禁止だぞ。それと、時間内に帰ってこれない奴は補習だ」


 不吉な一言をサラリと加えて、すぐに教師が開始を宣言する。

 補習と聞いて、生徒たちは目の色を変えて一斉に走り出す。


 そのスタートは陸上選手なんて目じゃない。

 特にトップ集団は人間じゃまず考えられないスピードだ。


 それに比べて、俺は最下位だ。

 まぁ、これはわかっていたことだ。


 アルミュールにはステータスがある。

 筋力、耐久、敏捷、反応、持久の五つのステータスだ。


 これらは魔力の量やアルミュールの適正次第で変わってくる。

 最低値はGで最高値はS。

 ちなみに俺のステータスはほぼEだ。


 通常よりも身体能力は向上しているが、それでもせいぜいスポーツ選手並み。

 他の奴らと比べれば、随分と見劣りするし、この学園の平均からも劣る。


「ちくしょう……。三十分で帰って来れるかなぁ」


 呟きながら、俺はようやくグラウンドを抜けて、森へと入った。

 


◇◇◇



 既に誰の背中も見えない。


 走破訓練という以上、ただの道ではないだろうと予想していたが、思った以上に厄介だ。


 馬鹿みたいにデカい壁やら、行く手を阻まむ悪路。

 そしてあちこちに設置されたトラップ。


 ゴム弾みたいのが飛んで来たり、訓練用の自動型ゴーレムが襲いかかって来たり。

 どう考えても軍隊式の走破訓練だ。


 アルミュールを展開してなきゃ、クラス全員、速攻で脱落しているはずだ。


 ようやく折り返し地点についた頃には、もう時間はなくなりつつあった。

 来た時のペースで走っていたら、間に合わないだろう。


 帰りのルートはどうやら来た時ほどのトラップはないようだ。

 だが、それでも決定的に時間が足りない。


「しゃーなしか……アルス」


 俺がそうつぶやくと、右腕の籠手が光り輝く。

 そしてそこから輝く球体が飛び出てきて、俺の頭の上に着地する。


 その球体はやがて、小さな白い猫の形を取った。


「吾輩の出番か? 晃」

「そうなるな」


 いつ見ても立派な毛並みを持つ猫だ。

 左右の瞳がそれぞれ違う。それがこの猫の特異さを際立たせている。

 それぞれ、紫と青の瞳には、研ぎ澄まされた剣のような鋭さが宿っている。


 けど、その表情は柔らかだ。

 俺が呼んだ理由に呆れているんだろう。


「学校の授業程度で吾輩を呼び出すとは……。騎士の名が泣くぞ?」

「泣かせとけばいいんだよ。そんなもの。俺にとっては、目の前の補習のほうが問題だ!」

「吾輩には理解できないが……まぁ、お主が望むなら力を貸そう」

「助かるよ!」


 言いながら、俺は左手を籠手へと近づける。

 起動したときと同じモーションだ。


 しかし、言葉は違う。


【アルス、融合ユナイト


 瞬間、アルスはまた光り輝く球体となる。

 そして、一気に俺の中へと入り込んだ。


 そこからの俺の変化は劇的だった。


 髪は黒から灰色へと変わり、瞳も左は紫に、右は青へと変化する。

 そして着ていたアルミュールの形も大幅に変わった。


 黒いシャツに黒い長ズボン。

 黒いブーツに極め付けは黒いロングコート。


 黒一色の服装だった。


 変化が終わると、俺は呆れたように自分の服装を見直す。


「もうちょっと大人しめな服装にできないのか?」

『吾輩の鎧としては大人しめだと思うが?』


 頭の中で響くアルスの声を聞き、俺はこの問題を追及することをやめた。


 アルスとユナイトすると、俺はアルスの影響を大きく受ける。

 アルミュールの形が変わるのもそのためだ。


 しかし、別にデメリットばかりではない。

 デザインが非常に中二臭いということを除けば、今のアルミュールはさきほどのアルミュールよりも二段階はステータスが上なのだ。


 その理由は単純で、アルスという存在を体に取り込んでいるからだ。


 アルスはコルディスとセットのギアだ。

 別々のギアではあるが、共同運用することを前提に開発されている。


 コルディスは旅をする摩訶不思議なギアだ。

 今まで多くの時代に現れては、基準に合う適合者を見つけ、力を貸してきた。


 一方、アルスも一般的なギアとは大分異なる。

 自立型で意思を持ち、そしてやろうと思えば単独行動すら可能な魔力を有している。


 精霊や霊体に近いと言っていいだろう。

 適合者不在の場合はコルディスの中で休眠しているが、コルディスが適合者を見つけると、同時に覚醒する。


 そんなアルスの能力は〝学習〟。

 ありとあらゆることをアルスは学習し、蓄積できる。


 どのような学者、どのような研究者よりもアルスは天才なのだ。

 それは当然、武術的な技能にも生かされる。


 そして、そんなアルスの技能を生かすには、コルディスが必要になる。

 コルディスはギアの中でも異例中の異例、単独では用をなさないギアだ。

 なにせ、能力が〝融合〟だからだ。

 融合先がいなければ、話にならない。


 しかも、何でも融合できるわけではない。

 アルスのように融合することを前提に作られたギアでなければいけないのだ。


 しかし、アルスとの融合さえ叶えば、俺はどのような達人よりも強くなれる。

 まさしく無双の武芸者だろう。

 なぜなら、融合した以上、アルスが保有するレーヴェ、地球問わず、幾百万の技能はすべて。


 俺のモノだからだ。


 一瞬で俺は加速する。

 アルミュールの性能が上がっていることもあるが、走るという動きにまったく無駄がないことも一つの要因だ。


 周囲を観察し、次にありそうなトラップや障害を予測。

 次々に攻略していく。


 行きのルートで二十分近く掛かった俺だが、帰りのルートの半分以上を、五分とかからず走破していた。

 これならいける。

 そう思ったとき、それは現れた。


「おいおい……聞いてないぞ?」

『高機動型のゴーレム。訓練用とはいえ、速いぞ』


 そこに現れた、人間と大差ない形のゴーレムだ。

 手足は細く、体もスリムだ。


 おそらく、他のゴーレムと比べて、攻撃力や防御力といった点では大きく劣るだろう。

 だが、速さという点ではほかの追従を許さない。


 レムリア帝国が使う軍用のゴーレムとは大分、差があるだろうが、訓練用には十分すぎるだろう。

 そもそも翡翠学園のゴーレムは、アティスラントが開発したゴーレムだ。

 学生程度には過ぎたゴーレムと言える。


 青いモノアイが俺を捉える。

 振り切ろうとするが、ピッタリと張り付かれる。


 どうやら、こいつがラストトラップというところか。


 ゴーレムはなんとかこっちの進路に割ってこようとする。

 前に出られれば、バスケやらサッカーのディフェンダーよろしく、進路を塞がれ、時間を取られる羽目になる。


 集団にいれば、隙を見て突破できるだろうが、俺は断トツの最下位だ。

 突破するにはそれなりのアイディアが必要になる。


「しつこい!」

『壊すか?』

「そんなことしたら、補習じゃ済まない! なんとか出し抜かないと!」

『はぁ……吾輩の技能が鬼ごっこ程度に使われるとは……。平和と喜ぶべきか、情けないと嘆くべきか』


 そうは言いつつも、アルスはこの状況でもっとも最適な答えを導き出す。

 その答えは、当然、俺にも伝わる。


「なるほど。それならどうにかなりそうだ」

『油断するな』

「わかってる!」


 答えつつ、俺は姿勢を低くして、足の動きを速める。

 それに合わせて、ゴーレムも加速してくる。


 そして俺との距離を徐々に詰めてきた。

 最高速だと向こうのほうが上だということか。


 ただ、それくらいは予想通り。

 ゴーレムが腕を伸ばし、俺の進路を遮る。


 その瞬間、俺はゴーレムの腕を掴んだ。


『袖崩し!』


 そのまま片手で、ゴーレムの重心を崩し、その場で体勢を崩させる。

 その隙に俺はゴーレムの横を通り過ぎていく。


 横目で見た限り、壊れてはいないはずだ。


 今のは日本に伝わる古武術の技だ。

 いつアルスが手に入れたのか不明だけど。


『人に似せ過ぎたな。あそこまで似ていると技もかけやすい』

「そんなこと言えるのはお前だけだと思うけどな」


 アルスには蓄積された技術があるが、普通、それを得るには壮絶な修行が必要になる。

 そんな修行をしてまで、対人戦の技術を得ようとする者は今じゃ珍しいし、そもそもそれをゴーレムに試そうとするやつもいない。


 アルスの知識があるからわかるが、似ているだけで、先ほどのゴーレムの構造は人間とは微妙に違う。

 その誤差を修正できたのは、アルスに達人級の技能があったからだ。


「さて、融合解除だ。さすがにこの格好で森から出るのは恥ずかしい」

『このセンスがわからんとは。まだまだだな』


 言いつつ、アルスは融合を解除して、大人しくコルディスの中へと戻っていく。

 アルミュールも元のジャージに戻ったのを見て、俺はホッと息を吐きつつ、グラウンドまで最後のラストスパートを始めた。


 無事に三十分ギリギリでゴールすると、アルミュールを解除する。


「だっさ。ギリギリかよ。流石は欠陥品」

「よく試験を通ったよな」

「この学園の質が下がるから、どっかに返品したいぜ」

「そうそう。クレームだよ、クレーム」


 聞こえてくるのは称賛ではなく、嫌味ったらしい言葉だ。

 当たり前だ。

 実際、ギリギリだったし、これまで頑張ってきた奴らからすれば、俺は苛立ちの対象だ。


 ま、だからって嫌味を言われても平気ってわけじゃない。

 けど、教師にギリギリ聞こえない程度の嫌味だ。

 聞き流すのが得策だろう。


「よしっ! 全員揃ったな。しかし、烏丸。よく一人であのゴーレムを突破できたな? あれは軍の追跡用ゴーレムを参考にした高機動型だ。一人で躱すのは上級生でも難しいぞ?」

「そうなんですか? 必死だったんで、とりあえず頑張りました」


 当たり障りのないことを言いつつ、俺はホッと息を吐く。


 上級生でも難しい程度なら、まぐれで通せる。

 これが上級生でも無理だというなら、まぐれじゃ厳しい。


 そんな障害が用意されていたら、ここにクラス全員が揃ってることはありえないけれど。


 俺に嫌味を言っていた奴らが、微かに顔を歪める。

 気に入らないんだろう。教師から称賛を受ける俺が。


 これでまた風当りは強くなるだろうな。


 人は格下と思っている人間が活躍するのを嫌う。

 既に俺は最底辺と認識されている。

 やはり目立つ行動は避けるべきか。


 そんなことを思いつつ、俺は突き刺さる周りの視線を無視した。


 まったく。

 返品してくれるなら、返品してほしいよ。俺だって。


 けど、その返品は許されない。

 たとえ俺がどれだけ欠陥品であったとしても。





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