第二話 相席は学年主席
午前最後の授業を終えた俺は、第一食堂、通称、カフェテリアへと向かった。
この翡翠学園の第一食堂は非常に広い。だが、生徒が全員、席に座れるかというと、そういうわけにもいかない。
一学年の人数が約二百人で、EからAの五クラス。高等部だけで約六百人。
中等部用のカフェテリアは別とはいえ、大所帯の学園なのだ。
当然、すぐに混みあってしまう。
第二食堂もあるのだが、そっちはかなり味が落ちるうえに校舎から遠い。
近場で授業をやっているクラスに占拠されるのは常だ。
そんなわけで席の争奪戦が勃発する。
その争奪戦を嫌って、カフェテリアに来ない生徒もいるが、そんなのは一部だ。
まぁ、つまり、席を取れたらラッキーってことだ。
講義が早めに終わったおかげで、俺は二人掛けの席を確保することができた。
学生用の人気ランチセットも手に入れたし、今日も勝ち組といえるだろう。
席が取れない奴らは大抵、二人や三人で行動しているから、席を取り損ねるんだ。
俺みたいに一人なら、困ることはない。フットワークの軽さが違うのだよ。
……言っていて、惨めだ。
だが、仕方ない。
この学園はそもそも中高一貫なのだ。
高等部からの入学者は数が少ない。
ただでさえ溶け込みにくいのに、俺は授業態度が悪いうえに、成績不良の問題児だ。
いや、自業自得ではあるんだけど。
けど、訳の分からない授業は子守歌にしか聞こえないのだ。
俺には基礎がない。
けれど、やっていることは応用だ。
そりゃあ、欠陥品とも呼ばれるわな。
どうして、こいつが入って来れたんだって、誰もが思っているだろう。
しかし、輝かしい高校生活を思い描いていたわけではないけれど、こうも楽しくないのは問題だ。
正直、今からでも中学時代の友人たちがいる地元の高校に転校したい。
これでは思い出作りなんて、夢のまた夢だ。
友人がほとんどいないまま、三年間とか辛いよな。
翡翠学園の入学を告げたとき、最後にエリシアが見せた微妙な表情は、このことを予想していたんだろう。
今更気付いたとしても遅い。
もう入学してしまった。
転校は許されない。
何かと理由をつけて、阻止されるのは目に見えている。
たぶんだけど、俺はどれだけ成績不良でも退学にはならない。
そうさせないように、エリシアが圧力をかけるだろうし、学園側も騎士をやめさせるわけにはいかないだろう。
だから、学園をやめるという選択肢もないということだ。
自主退学なんて、認めてもらえないだろうし。
「弱ったなぁ……」
呟きながら、俺は小さなハンバーグを口に放り込む。
そのとき、女子生徒に声を掛けられた。
「あの……相席してもいいですか?」
俺はそれを聞いて、露骨に嫌な顔をしたが、カフェテリアの混みようを見れば、相席を頼む以外に手がないのも理解できる。
集団で行動している奴らより、一人の奴のほうが声は掛けやすいだろうし。
ここで突っぱねるのも簡単だが、また変な悪評が流れるのは勘弁したい。
そう思い、俺は女子生徒を碌に確認もせずに、頷いた。
ありがとうございます、という礼の後、女子生徒が俺の向かい側の席に座った。
その瞬間、俺は顔をひきつらせた。
この少女には見覚えがある。
いや、見覚えがあるとか、そういうレベルじゃない。
なにせ俺とは違った意味で有名人だ。
色素の薄い栗色の長髪に、特徴的な桑色の瞳。
透き通るような白い肌。
小さな丸顔にアーモンド形の目。
ツンと尖った鼻に、艶のある唇。
街を歩けば多くの者が振り返り、見惚れるだろう美貌。
黒地に白いラインの入った翡翠学園の制服を見事に着こなした、俺の目の前にいる少女。
天海綺佳は美少女だ。
学年でトップクラスだと言ってもいい。三本の指には入るだろう。
それだけでも有名になるのに、彼女は中等部からずっと主席を維持する秀才だ。
つけ加えるなら、ギアの中でも希少なオリジン・ギアの適合者だ。
オリジン・ギアというのは、現在、一般的とされているギアの元となったギアだ。
そもそも、ギアもレムリア帝国のゴーレムも、元々はレ―ヴェにあった古代魔法文明の遺産だ。
遺跡から発掘されたオリジン・ギアや、ゴーレムの原型を元にして、今のギアやゴーレムはあるわけだ。
この遺跡は地球にも存在する。
その理由がゲートだ。
異世界と異世界を繋げるという超常現象を可能にしているのも、古代遺跡の力だ。
つまり、古代文明はゲートを使って、地球に来ていたわけだ。
今までは魔法による隠蔽が行われており、発見されていなかったが、最近では続々と見つかっている。
そこからオリジン・ギアも発掘されている。
ただし、オリジン・ギアはレーヴェ人ですら適合者になれない、極めてハードルの高いギアだ。
それに適合しているという時点で、エリート中のエリートと言ってもいい。
「初めまして。私、天海綺佳といいます」
「は、はぁ……」
そんなエリートが俺の目の前にいる。
そう思うと気後れしてしまう。
いや、俺だって騎士だし、エリートという点じゃ負けてないのだけど、それはそれ、これはこれだ。
今の俺は欠陥品呼ばわりされている底辺で、彼女は成績トップクラスのエリート。
いきなり相席されたら怯みもする。
「烏丸君……で合ってる?」
「は、はい!」
名前を呼ばれた。
それだけで体が跳ね上がる。
名前を知られていたのは別におかしくはない。俺は不真面目なおちこぼれで有名だからだ。
ただ知っていて相席したという事実。
これは見過ごせない。
普通は敬遠するはずなんだけど。
「そうだけど……? 相席が嫌になった?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、意外と普通なんだなと思って」
そう言いながら、綺佳は礼儀正しく手を合わせて、食事を始める。
どうやら、綺佳のは和食ランチらしい。
人気メニューだ。遅くに来たのに、よく手に入ったな。
しかし、意外に普通ということは、想像とは違ったということだろうか。
問題児と噂されているから、もうちょっと変な奴だと思われていたのかな。
噂とは厄介だな。
「その……問題児だって聞いてたから。ごめんなさい。気を悪くした?」
「いや、まぁ、間違ってないし。授業とか分からなすぎて寝てるし……」
寝てなくともどうせ成績は悪いだろうが、それでも授業態度の悪さで有名になることはなかっただろう。
噂になるのは、俺自身のせいだ。
ただ、普通の高校ならこんなに有名になんてならない。
そもそも、普通の高校なら授業中に寝る奴くらいザラだ。
この学園の生徒たちがおかしいのだ。
たぶん。
「分からなすぎて? 授業についていけてないの? 高校入学組なのに?」
「ギアの適正だけで入ってるから、魔法とかギアの専門知識はほとんどないんだ。この学園、基礎ありきで授業するだろ? そのせいで……」
「ふぅん。そういう人もいるんだ。高校入学組はみんな優秀って認識だったけど、そうじゃないのね」
「その認識に間違いはないと思う。俺は例外さ」
そう言って、俺は誤魔化すように水を飲む。
綺佳は怪しそうに目を細めている。
しょうがないよな。
例外ということは、例外になる理由がある。
そもそも高校入学組というのが例外だ。
例外の中の例外。
怪しむに決まってる。
「でも実習でも目立たないんでしょ? 普通、そういう子って実戦的な部分で秀でてるモノがあると思うんだけど?」
「詳しいな……」
「烏丸君の話に事欠かないもの。高校入学組は最初は絶対、注目されるうえに、烏丸君は授業態度で悪目立ちしてるし」
器用に焼き鮭をほぐしながら、綺佳は言う。
しかし、そんなこと言われてもという話だ。
こっちだって、来たくて来たわけではないのだ。
「長所のない高校入学組もいるってことさ。残念ながら」
「そんな人がこの学園に入れるかしら? 不思議ね」
「確かに。正直、入れたことが不思議だよ」
「その割には授業に集中しないのね。この学園の倍率を知ってれば、入れたなら頑張ると思うんだけど?」
意外にしつこい。
触れないでほしいことにグイグイと突っ込んでくる。
ちょっと苦手なタイプかもしれない。
そんなことを思いつつ、俺は残っていたご飯を流し込む。
「頑張ってるよ。俺なりに」
「そうなの? まぁ、そういうことにしておくわ。今日は相席ありがとう。また、席が無かったらお願いね」
トレイを持って席を立つと、そんなことを言われた。
またがあるのか。
顔を引きつらせつつ、俺はその場を後にした。
なんだか、カフェテリアを出る間、ずっと視線を感じてたけど、たぶん気のせいだろう。
そうに違いない。