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エピローグ 騎士で欠陥品

 5月4日。





 テレビの向こうに自分が映っているというのは不思議な感覚だ。


 今、俺がいる場所はカフェテリア。

 昼休みということもあり、相変わらず混み合っている。


 襲撃から十日が立っているため、生徒たちにも落ち着きが見られる。


 流石に久々の学校のためか、テンションが幾分か高いように見えるが、それでも普通の高校生よりは落ち着いているだろう。


 襲撃の後、翡翠学園はさらなる防備を掲げて、警備員の人数を増やした。

 その警備員も普通の警備員じゃない。

 異世界で活躍する傭兵が中心で、凄腕の魔導師や魔法師ばかりだ。


 これは理事であるエリシアの意向だ。

 人材の確保もエリシアが行い、彼らの給料はアティスラント王国から出る。


 そういうわけで生徒も落ち着いているわけだ。

 表面上は。


 転校を希望する生徒がまったくいなかったわけじゃない。

 それはごく少数とはいえ、残った生徒たちも自分たちが戦いの中に身を置く者だという実感が湧いたことだろう。


 まぁ、俺はずっとその感覚を持っていたから、今までとなんら変わらない態度で過ごしているが。


 流石にずっと戦闘続きだったせいもあり、教師から送られてきた課題がほとんど手付かずだったため、こっぴどく怒られたのは堪えたけれど。


 そんな俺の変わらない欠陥品ぶりを見て、教師は嘆き、生徒は嗤う。


 それでいいと思う。

 それが烏丸晃なのだ。


 一方、もう一つの姿であるサー・レイヴンはテレビの向こうで表彰を受けている。

 もちろん鎧姿だが、今、流れているのは王都からの生中継だ。


 つまり、テレビに映っているのは俺であって、俺じゃない。

 あれは精巧に作られた鎧を着た偽物だ。


 表彰も式典も面倒だと断った。

 そんな俺の答えを予想していたのか、エリシアはコルプスそっくりの鎧を用意していたわけだ。


 流石に俺のことをよくわかっている王女様だ。


 別に表彰されたくてやったわけじゃない。

 やるべきだと思ったからやっただけだ。


 それを表彰され、アティスラントの活躍を宣伝する材料にされると、何かを汚された気になる。

 だから断ったのだ。


 まぁ、そんなことはアティスラントの上層部にとってはどうでもいいのだろう。

 結局、この表彰は今回の手柄はアティスラントにあると言う意思表示だ。


 実際、各地の前線基地が持ちこたえられたのも騎士の活躍が大きい。

 当分の間、アティスラントに対抗していた勢力は発言を控えざるを得ないだろう。


 レムリア帝国の企みを潰し、日本にもアティスラントの重要性を知らしめることができた。

 アティスラントにとっては〝得をした戦い〟だったと言えるだろう。


 学園に攻め入った部隊もすべて捕虜となり、アティスラントの刑務所に送られている。

 本来は日本の管轄下におかれるはずだが、そこは秘密裏に交渉があり、日本は断れなかったのだろう。


 彼らから色々と情報を引き出せれば、また戦況を有利に進められるだろう。


 一方、裏切者が出た教師たちには徹底した調査が入っており、松岡は風俗店に行っていたことがバレて、大目玉だったらしい。

 品位がどうとかを説かれたらしいけど、あの男にそれを求めるのは無理があるだろう。


 まぁでも、怪しい者は浮かび上がらなかったらしい。

 つまり、学園は平常運転ということだ。


 俺は四人掛けの席を一人で確保して、からあげ定食をすでに手に入れている。

 今日も今日とて、俺は勝者というわけだ。


 しかし。


『晃。来たぞ』

「またかよ……」


 アルスの忠告を受けて、俺は顔を上げる。

 そして盛大に引きつらせた。


 面倒なのが来たんだろうなぁ、と思っていたが、よりによって二人一緒だ。


 金髪のポニーテールと色素の薄い茶髪がこちらに向かって来ていた。

 どちらも一目を惹く容姿のせいか、非常に注目を浴びている。


 いや、注目を浴びているのはそれだけじゃない。

 二人は襲撃の際、実戦を経験した時の人だ。


 実戦を経験し、しかも相手はレムリア帝国のA級操者。

 それで生き延びたという時点で、二人は生徒にとって、憧れの存在となったのだ。


 二人と一緒にいることの何が嫌だって、周りに注目されることだ。

 今までだって注目されていたのに、今はカフェテリア中から視線を集めている。


 これは相当面倒だ。

 そう思っていると、美郷と彩佳が俺の席に自然と腰掛けた。


 そのあまりの自然さに、咄嗟に文句の声が出なかった。


「こんにちわ。晃君」


 今日、初めてあった綺佳が挨拶してくる。

 それに答えようとして、違和感に気付く。


 その違和感が何かを考えたとき、美郷が再度、違和感のある言葉を発する。


「綺佳が挨拶してるんだから、何か答えなさいよ、晃」

「はい、わかった! わかったぞ! お前ら、いつから俺を下の名前で呼ぶようになった?」


 違和感に辿り着き、次に問い詰める。

 この変化は見逃せない。


 周りの男子たちの視線がかなり痛いことになっている。

 それを浴びて、優越感に浸れるほど俺の精神は丈夫じゃない。


「いつまでも名字じゃ他人行儀でしょ?」


 綺佳が笑顔でそんなことを言う。

 何て奴だ。

 そんなこと俺は許可した覚えはない。


「まだ他人だろ?」

「もう友達よ。それとも他人を頑張って助けたの?」

「誰かを助けるのに友達も他人も関係ない」

「かっこいい台詞だけど、晃君には似合わないわ。とにかく、私は晃君って呼ぶから。晃君も綺佳でいいわよ」


 畳みかけるように綺佳は告げて、席を立ってしまう。

 食事を取りに行くんだろう。


 俺は残った片割れにターゲットを変える。


「お前はどうして俺を名前で呼ぶ?」

「呼びやすいから」

「……」

「それと認めたから。あたしが男を下の名前で呼ぶなんて、滅多にないのよ? 感謝しなさい。あ、あたしのことは東峰のままにしときなさいよ? そこまで気安くする気はないから」

「……偉そうな女だな。そんなに嫌なら美郷と呼んでやろう」


 俺がそう言うと、美郷は微かに笑いながら席を立った。


「好きにしなさい」


 嫌がらせのつもりだったのだけど、何だか嫌がってないような?


 そんなことを思っている間に、美郷も席を立って食事を取りに行く。

 残ったのは男子たちの怨嗟の視線だけだ。


「くっそー……勘弁してくれよ」

「お困りかな? 親友」


 もういい加減にしてくれよ。


 そんな言葉が出てきそうになる。


 実家暮らしで弁当持ちの俊が、なぜだか席に座ってきた。

 この野郎。

 本当に来やがった。


「帰れ」

「冷たいなぁ。オレとお前の仲だろ? 幸せは分けないと」

「じゃあ、帰る」

「待て待て」


 俺が立ち上がろうと、俊が俺の腕を掴んで座らせてくる。

 その顔には何だか嫌な笑顔が浮かんでいる。


「せめて、紹介。紹介だけして」

「自分でしろよ! 得意だろ!?」

「さすがにあの二人相手には気後れするっていうか、緊張するっていうか」


 あはは、と俊は笑う。

 その顔はとても緊張している人間のようには見えない。


 そうこうしている内に、二人が戻ってくるのが見えた。


 ああ、もう。

 少し前の寂しいが落ち着いた昼食が懐かしい。


 そんなことを思いつつ、俺は二人に友人として俊を紹介することとなった。


 まぁ、ニヤニヤ笑いのせいで引かれていたが、そこまでは面倒見きれない。

 好感度は最低ラインスタートだけど、それは本人にどうにかしてもらおう。


 そんなこんなで、騒がしい昼食が過ぎ去った。




◇◇◇




 放課後。


 恒例となりつつある綺佳との勉強会に、美郷が参加し、俊が乱入し。

 結局、うるさいと図書館を追い出され、寮に帰ってきた俺のADに着信が入る。


 エリシアからだ。


 ADを机の上に置き、応答ボタンを押す。


 すると、空間にディスプレイが転写されて、エリシアの顔が映った。


『ごきげんよう。晃』

「はいはい、ごきげんよう。何か御用ですかな? 殿下」


 おざなりな返事をすると、エリシアがムッとした表情を浮かべた。

 珍しく表情に出たな。


 もしかして大事な用事だったか?


 そう思ったとき、エリシアが告げる。


『今はプライベートです。殿下というのはやめてください』

「あー……わかった。気を付ける」


 なんてことない返事。

 だが。なぜだかエリシアはそれだけで機嫌が良くなった。


 わからんなぁ。

 女の子って。


「それで? プライベートはプライベートなりに用事があるんじゃないか?」

『はい。ここ最近、働きすぎということで、お休みを頂くことになりました』

「へぇ~、珍しいな。まぁゆっくり休んでくれ。たしかにエリシアは働きすぎだ」

『ふふ、本当にそう思っていましか?』


 なんだか嬉しそうにエリシアが聞いてくる。

 いつもはこんなに喜びの感情を見せないのに。


 よっぽど休みが嬉しいんだろう。


「ああ、思ってるよ。いつも苦労かけてるし」

『本当ですか? 怪しいですね』

「本当だよ。楽させてやりたいと思ってるし、楽しいことをやらせてあげたいとも思ってる」


 ただ、それは叶わぬ夢である。

 エリシアは王女だ。

 しかも超大国であるアティスラントの。


 国王が病弱であるため、王家の代表として国を率いる立場にもある。


 エリシアが楽しいと思うことを、無条件に叶えてやることはできない。


 財を尽くした食事とか、煌びやかな宝石とか。

 そういう物にエリシアは心を動かさない。


 それよりも普通の少女のように、どこかにショッピングに行くとか、ファーストフードを食べたりとか、そっちのほうを望むだろう。


 俺と出会ったとき、エリシアはそういうことを望んだ。

 僅かな時間ではあったが、本当に楽しそうだったのを覚えている。


 できるならもう一回でも叶えてやりたい。

 しかし、今はもう無理だろう。


 そんな風に思っていると。


『では、お忍びで日本に行くので、護衛をお願いしますね』

「ああ、それくらいなら……はぁ!?」


 頷いてから、とんでもないことをエリシアが言ったことに気付く。

 

 お忍びならわかる。

 そう自分の世界、自分の国をお忍びで行くなら。


 しかし、異世界の他の国をお忍びで行くなんて。

 危険すぎる。

 あり得ない。

 馬鹿じゃないのか。


「そんなこと大臣たちが許すわけないだろ?」

『許しは得ましたよ? 休むなら好きに過ごしますけど、いいですか? と。そしたら皆、どうぞと言ってくれました』

「そんなのは詐欺だ! だれもエリシアが日本に行くなんて思ってないぞ!?」

『ですから、一人では危険なので晃に護衛をお願いするのです。別に問題はないでしょう? コルプスも念じれば転移してきますし』


 俺の最強の切り札を、呼んだらくる犬みたいに言わないでほしい。

 たしかに世界の壁すら超えて、コルプスは転移してくるが、それをするととんでもない魔力反応が生じる。


 おいそれと使えるものではないのだ。


「勘弁してくれ……」

『先ほど、楽しいことをやらせてあげたいと言ったではないですか』


 ジト目でエリシアが睨んでくる。

 確かに言うには言ったが。


「他のことにしろ」

『嫌です。今回は譲りません。いつも我慢しているんです。私もたまには羽目を外します』


 どうやら決意は固いらしい。

 羽目を外して、異世界に来ようというあたり、いつも抑圧されている人間は恐ろしい。


 仕方ないか。


「……わかった。けど、こっちに来たら俺の指示は絶対だぞ? 帰るって言ったら帰るからな?」

『はいっ! 晃ならそう言ってくれると思っていました! もう行きたいところには目ぼしはつけてあるんですよ!』


 満開の花のような笑みを浮かべて、エリシアが語り出す。

 その笑顔を見ていると、まぁいいかと思えてくるから不思議だ。


「それで? いつ来るんだ?」

『今週の土日です』

「唐突だな……まぁ土日にしてくれるのはありがたい。精一杯、護衛させていただきますよ。お姫様」

『お願いしますね。私の騎士様。あ、そうです。あれなら晃のお友達も一緒にどうです?』


 サラリと爆弾発言を言ってくる。

 この女は自分が何を言ってるのか理解できているんだろうか。


 それが顔に出たのだろう。

 エリシアが心外だ、と言わんばかりで抗議してくる。


『魔法で変装しますから、大丈夫です。どうです? 可愛い女性のお友達がお二人いるんですよね?』

「……友達ではない」

『恥ずかしがり屋ですね。松岡先生から聞いていますよ。二人の名前を聞いて、声色が変わったと』

「あの人は……! ああもう! よく喋るだけで遊びに行くほど仲がいいわけじゃないんだ」


 正直にそう告白する。

 とてもじゃないが、あの二人を遊びに誘うのは無理だ。


 だが。


『これは命令です。誘いなさい。……所有権が誰にあるのか、しっかりと示しておかないといけませんからね』


 後半、何か小声で呟いていたが、小さすぎで聞き取れない。

 しかし、このお姫様。

 自分でプライベートって言ったくせに命令とは恐れ入る。


 なんでもありか。


「えー……嫌だなぁ」

『これを機に仲良くなればいいんです。私が仲立ちをしてあげましょう』

「勘弁してくれ……。あー、もうこの学園を辞めたい」


 割りとガチめに呟く。


 エリシアがどう変身するかは知らないが、若い女であることは揺るがない。

 女三人に男一人とか地獄でしかない。

 しかも、美郷と綺佳は人目を惹く。


 連れだって歩けば、注目の的だ。

 どうせ、歩いてる男はレベル低いと言われるのだ。

 そんな惨めな思いは御免だ。


 そんな思いをするくらいなら、学園を辞めたほうがマシだ。

 けれど。


『残念ながら、我が王国では欠陥品の返品は受け付けていないのです』

「おい……」

『冗談です。そんな落ち込まないでください。まぁ、返品は受け付けてないのは本当ですけれど。父は光芒市の防衛をあなたに一任することに決めたようですし、当分は、あなたの居場所は翡翠学園ですよ』

「……はぁ、自由はどこに消えたのやら」

『誰よりも自由な癖に、よく言いますね? あなたはいつもは籠の中にいるのに、気付くと籠から消えている鳥です。自分で入り口を開けてしまうんです。私はそんなあなたを捕まえるのに、いつも苦労します。本当に鴉を飼うのは大変ですよ』


 なんだか、いつもの行動を批難されているようで、言い返せない。

 たしかにいつもはエリシアの庇護下にいるが、状況によっては勝手に突っ走る。

 覚えがありすぎて困ってしまう。


『でも、私はそんな鴉にいつまでも傍にいて欲しいのです。鴉もそう望んでいてくれると嬉しいのですけど』


 恥ずかしいことを臆面もなく告げる。

 言われてるこっちの方が恥ずかしい気になるのはどういうことだ。


 俺は顔を背けて、呟く。


「どうだろうな。鴉は気ままだから」

『ふふ、そうですね。では、お友達を誘う件。頼みましたよ』


 そう言ってエリシアは笑顔を浮かべる。

 結局、二人を誘うことは決定なのかよ。


 まぁいいか。


 エリシアに振り回されるのも悪くはない。


 そう思い直し、俺は肩を竦めながら呟いた。


「仰せのままに、我がマイロード


 そんな俺の返事に満足したのか、エリシアは手を振って通信を切った。


 俺は前途多難な週末になりそうだと思いつつ、まずは綺佳を誘うためにADを手に取った。

ここまで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

作者のタンバです。


この物語はここで完結とさせていただきます。

ラノベ一巻というには少々、長いかもしれませんが、それなりに纏められたかなと思っています(笑)


感想を書き、ブックマークやポイントを入れてくださった皆様。

また活動報告などでコメントをくださった皆様。

そして読んでくださった読者の皆様。


非常に励みになりました。

年末から年始の忙しい間、お付き合いいただきありがとうございます。

ご愛読ありがとうございました。


また別の作品でも応援していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前の作品の続編と思いきやリメイクということで前作との違いを楽しみながら読みました。 今は出涸らしに集中していらっしゃるでしょうから、あちらが落ち着いたら続編の方期待したいです‼️
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