第三十一話 激突・下
青い光が俺を包み、やがて敵が魔法を放つ光景が見えてくる。
敵が発動しようとしているのは闇の焔を放出する大規模魔法。
その焔は容易くは消えず、大方のモノは燃やし尽くす。
このまま何もせずにいれば、間違いなく無事でいるのは俺だけで、後ろにいる綺佳たちはもちろん、さらには後ろの校舎も燃やし尽くされる。
加えて、無事に済むとはいっても、それはコルプスという甲冑であって、中の俺は死ぬほど熱い思いをしている。
そこで未来は終わる。
一瞬で現在に戻ってきた俺は、剣を頭上に掲げた。
受け止めるにしても、大規模魔法を受け止めるとなれば、それ相応の防御魔法を発動させる必要がある。
それはかなり魔力を消費する上に、相手に一撃も与えられない悪手だ。
となれば、やることは一つだ。
相手と同じく、大規模魔法でもって迎撃する。
【固有駆動、紫目の悪魔】
左目の固有駆動を発動させて、必要な魔力をかき集める。
ついでに敵の魔力も奪い取り、魔法の威力を減衰させる工作をしておく。
そして、敵の魔力が充填され終えたところで、俺も魔力を集めることを終了する。
『我は無光なる深淵に求む――』
相手が詠唱を始めたタイミングと、寸分変わらないタイミングで俺も詠唱を始める。
すると、俺の目の前に、巨大な魔法陣が出現した。
「我は無光なる深淵に求む――」
俺の二つ目の固有駆動、青目の悪魔の能力は〝未来視〟だ。
最長で数分先の未来まで見通せる。
まぁ、接近戦においてはアルスの経験に基づく予測があるから、あまり使う機会はない。
だが、こういう撃ち合いの場合はよく使う。
この未来視はアルスにも見える。
そしてアルスの能力、学習は。
未来にまで手が及ぶ。
『深き闇の焔を――』
「深き闇の焔を――」
たとえ未来視であったとしても、アルスは一度見た魔法なら問題なく学習し、自分のモノとできる。
『来れ、狭間の炎影――』
「来れ、狭間の炎影――」
つまり、相手と同じ魔法が使えるというわけだ。
下手に防御魔法を使うより、同じ魔法で相殺したほうが効率がいい。
『舞え、焔の闇影――』
「舞え、焔の闇影――」
威力も発動時間もすべて見てきた後だ。
『迸れ、奈落の闇に浮かびし昏き炎!』
「迸れ、奈落の闇に浮かびし昏き炎!」
威力で勝ることはあっても、劣ることはない。
『ダークネス・ブレイズ!』
「ダークネス・ブレイズ!」
俺は剣を振り下ろし、戦乙女たちは盾を大きく突き出した。
黒い焔が双方の魔法陣から打ち出される。
中間地点でぶつかり合い、余波によって暴風を巻き起こす。
しかし、やがて拮抗は破られる。
俺が放った黒い焔が徐々に敵の黒い焔を飲み込み始めたのだ。
やはり魔力を奪っておいて正解だったな。
その分だけ俺のほうが威力は上だ。
しばらく抵抗は続いたが、ついに俺の焔が敵の焔を飲み込み、その向こうにいたゴーレムたちを飲み込んだ。
魔法を撃つために魔力を使い果たしていたゴーレムの動きは鈍く、焔から逃れることができたのは二体だけだった。
魔法同士の衝突で威力が軽減されていたせいか、敵のゴーレムは燃え尽きていない。
ただ、かなりのダメージで、外部装甲は熔解している。あれではいくら操者が思念を送っても、動かすことはできないだろう。
『馬鹿な……ヴァルキリー用に新開発された魔法をなぜ……!? ぐっ……』
エリオが驚愕の声をあげる。
なるほど、道理でアルスも知らないわけだ。
だが、知らなかろうと、もうコピーした。
この魔法では俺には勝てない。
十二対一で始まった戦闘が、こうして二対一へと変わった。
もはや向こうに勝ち目はない。
たとえ、学園中の訓練用ゴーレムを操ったところで、たかが知れている。
これでチェックメイトだ。
「投降しろ。しないのなら、無理やりさせる」
『そんな……僕が……この僕が負けるなんて……ぐぁぁぁ!』
負けたことが信じられないといった様子だ。
実際、エリオの実力は高かった。
ただ相手が悪かった。
騎士と面と向かって勝負すれば、大抵の操者はこういう結果に終わる。
騎士は万の軍勢に匹敵する戦力だ。
それをたった十二体で止められるはずもない。
しかもその機体が、特徴のない物では尚更だ。
騎士とやるならもっと尖った性能でなければ、活路が見いだせない。
「出てくる気配はないか……しょうがない、アルス」
『もう索敵は終わっておる。森の中だ』
俺はアルスの誘導に従い、森へと飛んでいく。
すると、森の中でうずくまる一人の少年、エリオを発見した。
近くには護衛用と思われるゴーレムもいるが、沈黙している。
「ぐっ……あああ……ぐぁぁ……」
年は俺と同じか、少し上だろうか。
ただ童顔で体も小さい。
その顔には大粒の涙が浮かんでおり、ときおり頭を抱えている。
多分、機体を一気に失ったせいで頭痛が起きているんだろう。
機体を思念で操作していれば、壊れる瞬間も感じ取ってしまう。
肉体的な死ではないが、疑似的な死を同時に複数も体感すれば、脳も悲鳴を上げて当然だ。
情報のフィードバック。これが思念操作の弱点だ。
通常、機体が破壊される寸前に自分の意識を切り離せば、フィードバックは起きない。
だが、こいつは自分に自信がありすぎて、そのタイミングが遅かったんだろう。
まさかやられるとは思わなかった、といったところか。
最初の五体程度ならまだしも、魔法でやられた五体を含めて十体。
しかも最後の五体は纏めてやられた。フィードバックも相当だっただろう。
意識があるだけ大したものだ。
普通な発狂してもおかしくない。
なにせ十回殺されているのだから。
「まったく……すぐに投降すればいいものを」
俺は呟いてから、エリオを担ぎ上げると、先ほどの場所へと飛んだ。
◇◇◇
飛んでいる最中、突如として学園を覆う魔力障壁が消え去った。
それによって通信も回復する。
これは何か起きたな。
俺は紫目の悪魔を発動させて、魔力を集め始めた。
『サー・レイヴン。戦闘は終了しましたか?』
「とりあえずA級操者は倒しましたけど、もう一波乱ありそうです」
俺がそう言うと、リネットもそれに同意した。
同時に映像がやってくる。
『今、確認しました。どうやら、まだ敵がいたようです』
映像では教師たちの前に二人の男と一体のゴーレムが映っている。
一人は線の細い優男。
もう一人は。
「おっと……白崎先生が裏切り者だったか」
『完全に学園内に裏切者がいることを忘れていましたね?』
「それは……まぁ、戦闘後だったので……」
リネットに責められて、俺は肩を竦める。
言い訳のしようもない俺のミスだ。
まぁ、誰かが人質に取られたわけでも、傷つけられたわけでもなさそうだし、よしとしよう。
しかし、白崎先生が裏切り者だとは。
アティスラント王国出身の教師ではないが、優しげな風貌で、生徒からも人気の高い教師だった。
日本において言えば、最高レベルのエリートだ。
本人も魔導師として優秀らしいし、裏切る理由が見当たらないけれど。
そんなことを思いつつ、俺は教師たちと、二人の間に着地した。
「これはこれは。サー・レイヴン。お初にお目にかかります。私はレムリア帝国少佐、リッツ・フィクサーと申します。こちらは我々の協力者で、この学園の教師でもある白崎先生です」
リッツは笑顔で自己紹介をする。
そんなリッツに対して、俺は剣を抜くことで応じた。
しかし。
「待て! サー・レイヴン。あのゴーレムは自爆用だ!」
松岡が焦った様子で伝えてきた。
なるほど。
だから誰も手を出さなかったのか。
「自爆用とは心外ですね。本来なら特攻用。言うなら使い捨ての爆弾だったんですよ。ゲートと空港を爆破するための、ね」
『なるほど。学園を襲ったのはそのためか』
アルスが何かに気付いたように呟く。
今の言葉のどこにヒントがあったんだろか。
『ゲートと空港を爆破するためには、かなりのエネルギーが必要だ。それをこやつらは学園で調達したのだ』
つまり、学園が保管しているラピスを、あのゴーレムは内蔵しているというわけか。
けれど、学園が保管しているラピスは十や二十じゃきかない。
それらを内蔵したゴーレムがここで爆発すれば、翡翠学園だけでなく周囲の市街地にも被害は及ぶだろう。
過去最大規模の大惨事になることは間違いない。
なにせゲートと空港を吹き飛ばすためのものだ。
生半可な威力ではないだろう。
「本来ならこの学園をシェルター代わりに使うつもりだったんですが、あなたの登場で大きく予定が変わってしまいましたよ」
「それは申し訳ない。それで? 要求は?」
こいつらだって、ここで自爆する気はないだろう。
ゲートが近くにあるならまだしも、ここで爆破したところで、ゲートに届くのは爆風くらいだ。
命をかけても、一般市民を大量虐殺することしかできない。
さすがにそれに命をかけることはしないだろう。
「さすがに余裕ですね。ですが、あなたとここで自爆という手もあるんですよ?」
「通じると思ってるのか? そんなものが」
「……ハッタリではないようですね。なるほど。流石はサー・レイヴンだ。しかし、あなたといえど、すべての市民を守ることはできないでしょう。我々の要求を聞いてもらいますよ」
「だからさっきから聞いてるだろ? 要求はなんだ?」
リッツは俺の態度を訝しみつつも、逃亡用の飛空艇と人質を要求してきた。
人質は翡翠学園の生徒だそうだ。
「ああ、あと特尉も返してもらえますか? そんな子供でもエリートでしてね」
「わかった。その前に聞かせてほしいんだが、あなたはどうして裏切った?」
爆破を食い止めるためには大規模な防御魔法が必要になる。
そのためには魔力が必要だ。
それゆえの時間稼ぎ。
あとは興味が湧いた。
エリートがどんな理由で裏切ったのか。
「レムリア帝国は実力を認めてくれる。ただそれだけですよ。そこの特尉のように、若くても出世できる」
「出世欲か。ここでの待遇が不満だったのか?」
「ふん、当たり前だ。アティスラント出身だからという理由で優遇されて、僕のような日本出身者は、実力があっても出世できない」
人の良い顔をして、随分と闇を抱えていたものだ。
少なくとも、翡翠学園でアティスラント出身者の教師が優遇されているのは、皆、優秀だからだ。
それと同等の待遇が得られなかったということは、白崎の実力がその域に達していなかっただけだ。
「さぁ、話は終わりです。人質を渡してもらいましょうか。そうですね。まずはそこのお二人を」
「いいですね。少佐。あの二人は良い人質になりますよ。色んな意味でね」
リッツがそう言って指を差したのは綺佳と美郷だった。
白崎がそれに対して、喜色に溢れた笑みを浮かべる。
そんな白崎を見て、綺佳と美郷が微かに体を震わせる。
なにを考えているかは明白だ。
真っ当な人質として扱う気はないということだろう。
まったく。
人の神経を逆撫でするのが上手い奴らだ。
「はぁ……一応聞いておくが、リッツ・フィクサー。そのゴーレムは自動型か?」
「ええ。ですが、私とリンクしていますから、いつでも爆弾は作動しますよ?」
「ほう。ちなみに何秒くらいで爆発するのかな?」
「三十秒ほどです。ですから、馬鹿な真似は」
それ以上、リッツの言葉は続かない。
俺が思いっきり白崎を殴り倒したからだ。
顔が地面にめり込むが、死んではいないだろう。
こいつらは何か勘違いしている。
騎士にとって三十秒というのは十分すぎるほどの時間なのだ。
「情報ありがとう。少佐」
「馬鹿な!? ぐっ……!」
驚いているリッツに蹴りを入れて、行動不能にすると、俺はゴーレムを掴んで空に羽ばたいた。