第三十話 激突・上
十二体の戦乙女が多角的な攻撃を仕掛けてくる。
上、下。
右、左。
前、後。
右斜め前、左斜め前。
右斜め後ろ、左斜め後ろ。
そしてそれらに加えて、前後の二体に紛れるようにして、俺の隙を伺う時間差要員が二体。
数の利を生かした攻撃だ。
普通なら避けることも受けることもできないだろう。
けれど、こいつらの相手をしているのは俺だ。
どう低く見積もっても、俺と俺のギアたちは普通じゃない。
『しゃらくさいわ!』
アルスは一喝しながら、最適な行動を俺に伝えてくる。
それに従って、俺は剣を全方向に動かす。
最低限の動きで、最大の戦果を。
この程度なら大技を不要。
最適な動きさえあれば、事足りる。
俺の剣に弾かれて、少しずつ軌道をズラされた剣が味方の剣の軌道に干渉し、その軌道もズレていく。
やがてズレは致命的となり、それを察したエリオはどんどんゴーレムに距離を取らせていく。
最終的に剣が届く前に、ゴーレムたちは俺から離れて行った。
周りから見れば、攻撃せずに離れたように見えるだろう。
『流石はサー・レイヴンと言っておこう。全方位の攻撃をこうも容易く破るなんてね』
「この程度で褒められても困る。特別なことは何もしてない。剣をただ振っただけだ」
実際、その通りで、別に特別なことはしていない。
あれならコルプスと融合する前でもできることだ。
あくまで技術。
増幅された身体能力を使ったわけではないし、固有駆動も使っていない。
『謙遜だな。僕のヴァルキリーたちは一体、一体が騎士に匹敵する』
「一体一体が騎士に匹敵するなら、最初の一撃で俺はやられてる。騎士をあんまり甘くみるな」
俺がそう言うと、エリオが鼻で笑った。
もちろん、そういう音が聞こえただけで、戦乙女たちに表情はないが。
『そうか。それなら全力で行こう! 僕のヴァルキリーの本気を見るといい!』
戦乙女たちの体が緑に光り始めた。
コアとなっているラピスが最大限に稼働し始めたということだろう。
ゴーレムはギアとは違い、ラピスの魔力に依存する兵器だ。
ギアは適合者の魔力を使うが、ゴーレムの操者はゴーレムを動かすことに魔力を使うため、魔力を供給できない。
だから、ギアに使われるモノよりも巨大なラピスを搭載するのが普通だ。
そしてラピス以外の魔力が混ざらないため、魔力の発光色がそのまま、ラピスの色となる。
つまり、向こうのラピスは緑色だ。
意外に平凡だな。
『僕のヴァルキリーはラピスを六個も積んでいる。色だけで判断すると痛い目を見るよ!』
「それはご丁寧にどうも」
『つまり、高純度のラピスでは複数を搭載できなかったというわけだな。ただの技術不足ではないか。妥協の産物で吾輩たちに勝てると思っているのか、あやつは?』
アルスが不機嫌な口調で呟く。
どうやら、舐められていると感じたらしい。
ただ、向こうに悪意はないだろう。
自分のゴーレムが間違いなく優秀だと信じて疑っていないだけだ。
ラピスの連結はオリジン・ギアによくみられる機構だ。
古代文明の遺産であるオリジン・ギアには、高純度のラピスが惜しげもなく使われている。
それを真似て、複数のラピスを連結させて稼働させる実験は、たしかアティスラントでも行われている。
高純度のラピスは連結させると、出力が安定せず、まだ実用化の目途は立っていないが、赤や緑といったラピスなら成功しているはずだ。
ただ、それでも高純度のラピスと比べれば、出力が落ちる。
まだまだ古代文明の技術には及ばないというわけだ。
レムリア帝国にとって、この戦乙女型のゴーレムはその実験機ということだろう。
実際、ほかのゴーレムとは段違いの性能だ。
動かしている操者も悪くない。
ただ、それだけだ。
危機感を覚えるほどではない。
実験機ゆえに特徴のある武装を搭載できなかったんだろう。
機体スペックがいくら高かろうと、武装が貧弱では警戒するほどではない。
遠距離からの戦闘が得意な騎士ならともかく、俺が相手じゃ相性は最悪だ。
『人間により近づけ、接近戦での動きをよりスムーズにしたのだろうが、近づけすぎだ。凄腕の戦士が十二人いるだけだ。A級操者の戦力としては物足りないな』
「完璧に意思疎通できる戦士たちだけどな。まぁ、とんでも兵器を積んでるゴーレムよりはやりやすいだろうけど」
といっても、簡単に倒せるかというとそうではない。
あくまでやりやすい、相性がいいだけだ。
敵がどんな奥の手を隠しているとも知れないし、油断は禁物だ。
「アルス、敵の操者はやっぱり思念操作か?」
『だろうな。糸も見えぬし、糸を切って終わりとはいかんだろう』
「それなら楽だったんだが。とりあえず、敵の操者の位置を割り出しておいてくれ」
操者がゴーレムを操るとき、二つの手段が取られる。
一つは魔法の糸を使って、動かす場合。
もう一つは思念によってゴーレムを動かす場合。
どちらも一長一短だが、多くのゴーレムをタイムラグなしに操る場合、思念での操作のほうが都合がいい。
これだけ十二体が巧みに動く以上、おそらくエリオも思念操作タイプだろう。
そう分析していると。
五体の戦乙女が、空を飛んで接近してきた。
後方に控える七体は、盾をこちらに向けている。
あれは。
『魔法だな』
アルスの言葉通り、構えた盾の前に魔法陣が展開された。
射撃武器代わりの魔法か。
『ブリッツ・ランサー』
一体につき三本ずつ。
魔力で構成された槍が高速で打ち出されてきた。
二十本以上の槍が俺に向かってくる。
受け止めるなり、避けるなりした隙を、上の五体がつく気だろう。
ご丁寧に大きく避けられないように、綺佳たちを射線上に入れている。
『小賢しいわ』
剣に魔力を乗せて、思いっきり振るう。
魔力が前方に広がり、それに反応して魔力の槍たちが次々と爆発していく。
『エーベルト流剣術・風波』
アティスラント王国に広まる魔力を使った剣術。
かつて騎士にも名を連ねた剣聖が作った流派だ。
その技の多くは一対多数を想定して作られている。
土煙が舞い、視界が失われる。
だが、敵にはお構いなしだろう。
向こうはゴーレム。
どのような視界でもターゲットを失うことはない。
しかし、それはこっちも同じ。
俺の視界が失われようと、アルスには見えている。
『上から三体。左右から二体。すべて斬り伏せるぞ!』
明確なビジョンが頭に流れ、それを体で辿っていく。
真っ先に上から突っ込んできた一体を両断。
そのまま、右の一体に剣による突きを繰り出し、左の一体には左手で手刀を繰り出す。
生身のときならまだしも、コルプスを纏っているときの手刀は剣に勝るとも劣らない切れ味を誇る。
確かに貫通した感触を得て、そのまま力ずくで上へ持ち上げる。
上から迫っていた二体の攻撃は、持ち上げた二体の残骸に当たる。
それを確認してから残骸から剣と腕を抜き、残りの二体に向かって両手で剣を振るう。
『エーベルト流剣術・双閃』
二体に向かって、ほぼ同じタイミングで左右から斬撃を加える。
そのまま二体が真っ二つになると、舞っていた土煙が落ち着きを見せた。
残り七体。
『そんな……僕のヴァルキリーが……そんなぁ……』
この世の終わりのような声が聞こえてくる。
七体の内の一体から。
エリオの声だ。
「まるで玩具を壊された子供みたいだな。壊されたくないなら仕舞っておくべきだったな」
『お前ぇ……許さないぞ! 僕のヴァルキリーたちを!』
「許さない、か。そう言われても困る。これは戦いで、お前から始めた戦いだ。ここは学び舎。生徒が学び、教師が教える神聖な場所だ。生徒が夢を語らい、そんな姿を教師が見守る場所だ。そこに攻め入ったのはお前だろ? まさかと思うが、自分がやられる可能性は考えなかったのか? 自分が斬られる覚悟もせずに攻め入ったのか?」
斬っていいのは斬られる覚悟がある奴だけ。
撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ。
人を傷つけていいのは傷つけられる覚悟がある奴だけ。
殺していいのは殺される覚悟がある奴だけ。
最初の融合のとき、アルスは俺にそれを問いただした。
覚悟があるか、と。
その答えに俺はもちろん、と答えた。
自分が守りたいモノを守るためなら、傷つく覚悟も傷つける覚悟もあると。
殺す覚悟も殺される覚悟もあると。
その気概にアルスは答えてくれた。
だからだろうか。
ゴーレムを壊された程度で動揺を見せたエリオに、無性に苛立ちがこみ上げる。
こいつはこんな覚悟で綺佳や美郷を手に掛けようとしたのか、と。
『あの様子じゃ次は大技で来るぞ。吾輩たちはどうする? 防ぐか? 避けるか?』
「いや……迎え撃つ」
そう俺が告げたとき、残りの七体が宙に浮き、円陣を組んだ。
そして盾を俺へと向ける。
『屈辱だよ。サー・レイヴン。ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ!』
「幸せな人生だったんだな。羨ましいよ」
『このっ……! その態度もこれまでだ。これから行う攻撃は今までの比じゃない! せいぜい、足掻いてみせろ!』
すると、円陣を組んだ七体が回り始めた。
そして膨大な魔力がそこから生じ始める。
魔力は目に見えるほど濃くなり、まだ多くなる。
『七体のラピスを一つの術式に流し込む気か。なるほど、たしかにとっておきだ』
一体一体の火力不足を連動させることで補うわけか。
本来なら十二体で行う魔法だろうが、七体でも十分に脅威だろう。
下手な技じゃ打ち負けるかもな。
それならこっちも〝とっておき〟を出すとするか。
「褒めてる場合か。こっちもやるぞ」
そう言って、俺は〝右目〟に力を込める。
俺の右目は青。
その右目にも左目同様、悪魔が宿っている。
魔力の吸収とは別物の力だ。
俺の二つ目の固有駆動。
それは。
【固有駆動、青目の悪魔】
右目の固有駆動が発動する。
その瞬間。
未来が見えた。