第二十九話 対峙
降下している間に、アルスが魔力障壁を解析。
その解析をもとに、同種、同質の魔力障壁を展開する。
これによって、攻撃を加えずにすり抜けることが可能となる。
最高クラスの魔法師にしかできない芸当だが、アルスともなれば造作もない。
そのまま学園の中心部に降下していく。
いくら魔力を吸い取ったと言っても、一時的なモノだ。
すでに障壁の再生は始まっている。
急いで降下していくと、障壁が薄くなったせいか、障壁内の様子がクロウから流れてくる。
『ゴーレムの活発な反応が十二。六ずつに分かれています。片方は教師と交戦中。もう片方は生徒を襲撃しています』
映像を出しますと、リネットが言う。
兜の中で学園の様子が映し出された。
そこには背中合わせで、互いを守る綺佳と美郷がいた。
互いに息を切らしており、六体のゴーレムに囲まれている。
「A級操者用のカスタムゴーレム……!」
『高機動、接近戦タイプか。計十二体。数はそれほどではないが、一体ごとの性能次第だな』
アルスは冷静に分析するが、俺はそれどころじゃない。
この戦力があれば、どう見ても弱っている綺佳と美郷に止めを刺すことは簡単だ。
だが、それをしていない。
つまりは敵は楽しんでいるのだ。二人をいたぶって。
微かな焦燥。そしてそれを大きく上回る怒りを感じた。
しかし、焦って行動を変えるような真似はしない。
いたぶって楽しんでいるなら、裏を返せばすぐには殺されないということだ。
そう思ったとき、音声が入ってくる。
『そろそろ諦めたらどうだい? ギアを置き、命乞いをするなら命だけは助けてあげるよ?』
『冗談じゃないわ。そっちこそ、命乞いを考えておきなさい……!』
敵の言葉に美郷が不敵な笑みを浮かべながら、挑発する。
それに合わせて、敵のゴーレムが美郷に接近する。
ゴーレムの剣と美郷のギアがぶつかり合う。
一瞬、拮抗するが、美郷が力負けして弾き飛ばされる。
その瞬間を狙って、別のゴーレムが接近するが、そのゴーレムに綺佳が立ちふさがる。
『理解に苦しむな。そんなにプライドが大事かい? 君たちはよくやったと思うよ? 僕はこれでもA級操者だからね』
『よくやったと言ってほしくて、ここにいるんじゃないわ……。私には目指す人がいる。二年前、燃える街で私は命を助けてもらった……。あの日からその人のように誰かを助けたくて、強くなった! その人の隣で戦うために強くなった! だから、あなたに膝を屈するなんてしない……!』
『ムカつくなぁ、その目!』
綺佳は固有駆動を使った後なのか、動きが鈍い。
それでも何とかゴーレムと打ち合うあたり、大したものだ。
けれど、もう限界だ。
反撃を狙う余力すら残っていない。
もうやめろ、と思わず言いたくなる。
けれど、その目は諦めていない。
『その目標とする人間だって、僕の前じゃ膝を屈するさ! 無駄なんだよ!』
『調子に乗らないで! 私の目標とする人は、サー・レイヴン! アティスラントの騎士よ。あなたなんて瞬殺だわ』
ゴーレムの攻撃で後ずさりながら、綺佳が笑う。
その目は決して、下を向かない。
『奇遇ね……天海さん。あたしもサー・レイヴンが目標なの。もっとも、あたしは超えるのが目標だけど』
『はは、そうなんだ……。じゃあ、東峰さんも負けられないね』
『イライラするなぁ。何をそんなに夢を語っているんだい? 君たちに明日なんてない。騎士の隣に立つ夢も、騎士を超える夢も馬鹿らしい。ここで君たちはここで終わりだよ』
再度、背中合わせになった綺佳と美郷に向かって、今度は六体のゴーレムがじりじりと距離を詰める。
今度こそ決める(殺す)気だ。
それだけはさせない。
『だそうだぞ? 覚えているか? あの天海綺佳は』
「覚えてるよ。いや、思い出したかな? 二年前、日本でのテロのときに助けた子だ。そうか……戦いの道を選んだのか」
二年前。
エリシアを狙ったテロが起きたとき、俺はテロリストの鎮圧を命じられて、交戦中に一人の少女を助けた。
よく覚えている。
あのときは、介入するまでに時間がかかって、結局、間に合ったのはその子だけだったから。
あの日、俺にとっての唯一の戦果。
それが綺佳だ。
その綺佳が俺を目指して、戦いの道を選んでいるとは、皮肉な話だ。
俺は戦いの道から抜けたがっているというのに。
『助けねばなるまいな。一度、救った命だ。大事にしてもらわねば困る』
「まったくだ。俺の横で戦うって言うなら、尚更だ」
再展開されていく魔力障壁と競うようにして、俺は最高速度で突入する。
僅かな間のあと、視界に見慣れた学園が広がる。
そのままスピードを緩めず、二人の下へ向かった。
空気を切り裂き、最短距離を飛行する。
まずは二人を救出。
敵は後回しだ。
『いたぞ!』
アルスの声に導かれるようにして、視線を僅かに左に向ける。
そこには六体のゴーレムに囲まれた綺佳と美郷がいた。
ただ、既に六体のゴーレムは剣を構えて、二人に駆けだしている。
そのゴーレムたちより早く、速く。
背中にある翼とブースターを目いっぱい稼働させて、加速する。
地を這うようにして飛行し、ゴーレムたちを追い抜き、二人を抱える。
そのまま急上昇。
二人に負担を掛けない程度の速度まで急激に減速してから、今度は少し離れたところにいる教師たちの下へ向かう。
一緒にいてくれたほうが守りやすいからだ。
抱えられている二人は、未だに何が起きているのかわかっていない様子だ。
けれど、説明している時間はない。
俺の乱入に気付き、後ろからゴーレムが追ってきている。
女性型のフォルムに、背中には翼が格納されていたようだ。
デザイン元は天使か戦乙女といったところか。
速度はそれなり、火器を使ってこないあたり、アルスの言う通り接近戦型なんだろう。
ただ、射撃用の武装がゼロってことはないだろうから、内部に術式を内蔵した魔法か火器でも積んでいるかもしれない。
それは注意しておこう。
そこらへんの分析を済ませると、一気に降下して未だに残りの六体と交戦中の教師陣の前に着地する。
俺が降下してくるのを見て、教師陣とゴーレムは距離を取って、動きを止めた。
両者の間に着地した俺は、両脇に抱えた二人を降ろす。
綺佳のほうは俺が誰なのか気付いたようだが、美郷のほうはそれどころじゃない。
空を飛んだことと、一瞬の加速によって目を回している。
こういうのはギアが高速戦仕様の綺佳のほうが耐性があったようだ。
「どうして……?」
綺佳の疑問には答えず、俺は美郷を綺佳に預ける。
ようやく視界が落ち着いたのか、美郷が俺をマジマジと見てくる。
そして、俺の正体に思い至ったのか、呆気にとられた表情を見せる。
さっきまで死地にいた癖に余裕なことだ。
「まったく、A級操者相手に無茶をするもんだ。下がってろ。あいつの相手は俺がする」
いつもの調子で話しかける。
だが、声は変換されているから気付かれることはないだろう。
視線を二人からゴーレムのほうに向けると、十二体の戦乙女型のゴーレムが陣形を組んでいた。
あの様子じゃ向こうも俺の正体に気付いているらしい。
『一応、訊いておこうか。何者だい?』
「訊いてどうする?」
『母国で自慢するのさ』
「そうか。けど、残念だったな。お前が行くのは母国じゃない。名乗ってやるから、刑務所で自慢しろ」
言いながら、腰の剣を抜き、ゴーレムたちに向ける。
「アティスラント王国二十四騎士が一騎、サー・レイヴン。国王陛下の命令で救援に来た。一度だけ降伏勧告をしてやる。今すぐ、ゴーレムを停止させて出て来い」
これで出てきてくれれば、苦労はしない。
まぁ、戦う以外に道はないだろう。
俺自身、このまま終わっては腹の虫が収まらない。
最低でも腕の一本くらい貰わねば。
しかし、A級操者を捕虜にできることは滅多にない。
だが、今なら学園は魔力障壁で覆われているし、上手くすれば捕虜にできる。
駄目なら殺すしかないが、できれば学園内で殺しは避けたい。
エリシアも生徒の前で血を流すのは望まないだろう。
できるなら殺さず捕らえる。
そうでないなら、できるだけ生徒の目がないところで殺す。
基本方針を決めて、相手の出方を待つ。
すると、敵の操者がゴーレムごしに笑い始めた。
『クックッ……フハハ……アーハッハッハ!!!!』
「何がおかしい?」
『僕は運がいい。無双とまで謳われるサー・レイヴンを倒す機会に恵まれるなんて! 僕はエリオ。エリオ・アウテーリ特尉だ!』
楽しくて仕方ないと言った様子で、エリオは笑う。
狂気じみたエリオの様子に呆れつつ、俺は剣を構える。
「まぁ、何事も可能性はゼロじゃないからな。けど、限りなくゼロに近いことは言わないほうがいいぞ?」
俺がそう挑発すると、一気に十二体のゴーレムが飛びかかってきた。