第二十八話 断罪者の刃
垂直に落下した椅子は、ある程度落下すると、コースを変えた。
そんな中、アルスが吹き飛ばされまいと、俺の髪の毛にしがみつくため、痛い。
肉球でどうやって掴んでいるのか謎だが、それは不思議生物だからと納得しておこう。
ただ、それを責めることはできない。
「馬鹿者!? 吾輩にはシートベルトがないのだぞ!?」
「悪かった! 今度からは気を付ける!」
中々のスピードが出ているため、大きな声で謝罪する。
アルスのことをすっかり忘れていた。
せめてコルディスの中に戻すべきだったな。
ジェットコースターとは言わないが、それに近い移動を終えてついた先は格納庫だ。
本来なら搭乗している魔導師や魔法師の装備や、ゴーレムなんか置かれている場所だが、この格納庫には〝ある物〟しかない。
広い格納庫の中央部。
それはポツンと立っていた。
黒い甲冑だ。
西洋の騎士を思わせる形状のそれは、左手に盾、腰に剣を装備している。
ただ西洋の甲冑に比べると尖った形状であり、また材質も鉄ではない。
見た目の印象は騎士型のゴーレムというべきか。訓練用や軍用に比べると、かなりスタイリッシュだが。
背部には通常の甲冑には存在しないブースターも備わっており、ただの甲冑ではないことは一目瞭然だ。
甲冑の名は〝コルプス〟。
俺の三つ目のギアにして切り札。
黒騎士と呼ばれる所以であり、無双の力を引き出す最後のパーツだ。
「さてと、あともう少しかな?」
言いながら俺はコルプスに近寄る。
コルディス、アルス、コルプスはそれぞれ心、技、体を司る。
コルディスは適合者の心を見定め、アルスは技を授ける。
そしてコルプスは最強の体を適合者に与える。
能力は〝増幅〟。
これによって、アルミュールの性能が飛躍的に増幅するため、アルスの技も最大限に生かすことができる。
その上り幅は五段階アップ。
俺のステータスがほとんどSになるほどだ。
そんな強力な甲冑であるコルプスだが、弱点もある。
まず、コルディスとアルスが揃った状態じゃなきゃ、装着できないということだ。
正確にはコルディスの融合能力があれば装着できるのだけど、俺だけじゃ上手く動かせない。
そのため、アルスも揃わなければいけない。
どうしてコルディスの融合能力が必要かといえば、単純にコルプスには兜から足先まで、どの場所にも隙間がない。
つまりバラバラではなく、繋がっているのだ。
入るにしても、出るにしても、コルディスの融合能力が鍵となるわけだ。
このコルプスの増幅能力はアルミュールだけでなく、固有駆動にも及ぶ。
紫目の悪魔は魔力を吸収する固有駆動だが、アルスとの融合時では周囲の魔力を吸い取ることしかできない。
魔導師、魔法師やゴーレムの魔力を吸い取ることは無理なのだ。
どれも内部にある魔力のため、吸い取るには力が足りないというわけだ。
しかし、コルプスを装着している場合はその限りじゃない。
魔法だろうが、ゴーレムの魔力だろうが吸い取ることができる。
それこそ問答無用で。
「では、行くぞ! 晃!」
時間だ。
アルスの声に従い、俺は深く息を吸い込む。
そして大きく融合を唱えた。
【アルス、コルプス、複合融合】
まずアルスが俺の中に入ってくる。
アルミュールが展開され、俺の容姿がアルスに影響されて変わる。
その変化が終わると、今度はコルプスが光りはじめ、次の瞬間、俺はコルプスの中にいた。
コルプスの自動調整機能のため、サイズはピッタリ。
指先まで感覚は明確だ。
『融合完了だ。いつでも行けるぞ!』
「まぁ、待て。合図があったら出るから」
ノリノリのアルスをそう抑えつつ、静かにブリッジからの合図を待つ。
そして一分ほど過ぎたとき。
『サー・レイヴン。ゲートを抜けました。いつでもどうぞ』
リネットから通信が入る。
同時に格納庫の後ろ。
後部ハッチが開かれた。
「了解しました。上空からの監視を頼みます」
『お任せください』
「では、サー・レイヴン、出ます!」
軽く格納庫の床を蹴り、後部ハッチに向かって飛ぶ。
ちょうど上昇し始めていたのか、街がどんどん遠ざかっている。
そのまま落下に身を任せ、後部ハッチを抜ける。
上昇するクロウが離れていくのを感じつつ、飛行のために翼を展開する。
「魔力翼、展開」
後部のブースターの横が微かに変形し、そのまま黒い魔力によって形作られた翼が展開された。
その翼を使い、俺は空を羽ばたく。
いつもならその感覚を楽しむところだが、あいにく状況は切迫している。
「作戦開始だ。行くぞ、アルス!」
『心得た!』
◇◇◇
数分後には俺は翡翠学園の上空にいた。
翡翠学園の周囲にはレムリアの軍用ゴーレムと警察が交戦している。
といっても、市街地に出ないように食い止めているだけで、ダメージらしいダメージは与えられていない。
警察じゃ火力不足なのだ。
けれど、もう少し頑張ってもらうとしよう。
「やるか」
『覚悟しろ。相当な魔力量だ。いつもより苦しいぞ?』
「やる気を削ぐようなことを言うなよ……」
『覚悟は必要だ。お主の魔力許容量が十だとするなら、今から吸収するのは五百くらいある』
どっと疲れがやってくる。
最悪だ。
今回はお腹が一杯では済まないかもしれない。
まぁ、学園全体を覆う魔力障壁を弱体化させるわけだし、それくらいは覚悟しなきゃか。
「やろう。嫌だけど」
『吾輩は斬ったほうが楽だと思うぞ?』
「被害も損害も出さないと約束した。手段が選べるなら手段を選ぶさ」
『お主の友人が危険でもか?』
「酷いことを言う奴だ。俺が心配してないとでも?」
あの二人のことだ。
どうせ無茶をするに決まっている。
してないといいけれど、しているだろうな、という確信がある。
下手に実力があるせいか、結構、二人は無謀だ。
まず逃げることより戦うだろう。
とくに美郷は逃げることを恥だと思っている節すらある。
『心配しているのか? 付きまとわれてうんざりしているのでは?』
「うんざりだ。二人とも付きまとうし、面倒だし。けど、貴重な友人だ。今はそう思ってる。だから……早く助けるぞ」
言ってから、すぐに後悔が沸き起こる。
けれど、それをねじ伏せて、左目に意識を集中させて、そこに宿る悪魔を起動させた。
【固有駆動、紫目の悪魔】
瞬間。
瞳が翡翠学園の魔力障壁をロックする。
すると、一気に魔力が俺に流れ込んでくる。
戦闘中、いつも魔力が少ないことを嘆くけれど、これを経験すると魔力なんていらない、っていう謙虚な気持ちになる。
それほど辛い。
こっちはもう限界を超えているのに、魔力の吸収は止まらない。
『魔力障壁が三枚になった』
まだ三枚かよ。
こっちは今にも吐きそうだ。
脳が沸騰しているようだし、視界がくらむ。
この後、戦闘しなきゃと思うと気が遠くなりそうだ。
『二枚になった。もう少しだ!』
アルスの励ましが逆に辛い。
もう少しってどれくらいだよ。
今すぐにでも魔力の吸収をやめて、魔力を放出したい。
けれど、自分で決めたことを投げ出すわけにはいかない。
そんな情けないことはできない。
自分は騎士なのだと言い聞かせる。
そう誓ったのだ。
あの日。
あの時。
彼女を護った時から。
『一枚になった! 放出するぞ!』
アルスの合図と共に魔法の詠唱が流れ込んでくる。
それを抵抗せずに詠みあげる。
「輝く剣よ。断罪者の剣よ。罪深き者たちに光の裁きを与えん≪ブレイド・ジャッジメント≫」
俺の真上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣から無数の剣が出現する。
剣は光を帯びて、眼下の敵に狙いをつける。
俺が右手を振り下ろすと、その剣たちは一気に加速してゴーレムたちに襲い掛かった。
その数は百を優に超える。
加えて、一本一本の威力もゴーレムの魔力障壁を容易く突き抜けるほどだ。
無数の剣に貫かれ、周囲のゴーレムたちは沈黙する。
それに合わせて、俺は降下体勢に入る。
目標は翡翠学園。
そこにいるだろう、A級操者と専用のゴーレムが俺の獲物だ。
「待ってろ……!」
同時に救出すべき対象を思い起こす。
自然と体に力がみなぎってくる。
その力に後押しされて、俺は急降下を仕掛けた。