閑話 ヴァルキリー
綺佳と美郷はそれぞれギアを起動させ、アルミュールを展開させる。
それがもっとも大切だからだ。
結果的に戦乙女型のゴーレムは、すぐには二人に攻撃を仕掛けてはこなかったが、それはただの偶然であると、綺佳と美郷が一番よくわかっていた。
悠然と構える戦乙女型は、二人から視線を外さない。
「こんなゴーレム見たことないんだけど……?」
「A級操者用のカスタム機ってことじゃないかしら……?」
美郷の疑問に綺佳が答える。
もちろん、綺佳も実物を見るのは初めてだ。
ただ、そういう噂があったという話で、まさか実際に対峙することになるとは思いもよらなかった。
威圧感という点では、軍用ゴーレムのほうが何倍もある。
なにせ、二人の目の前にいる戦乙女型のゴーレムは精巧だ。
普通の服でも着せれば、人間だと分からないくらいに。
しかし、それゆえの怖さがあった。
いくらゴーレムが二足歩行とはいえ、所詮はロボット。
異形であることに変わりはない。
だが、この戦乙女型は違う。
人間に限りなく近いゴーレムだ。
その戦乙女型と対峙した二人には、ゴーレム戦というよりは対人戦に近いプレッシャーがかかっていた。
二人よりはやや大きいとはいえ、人間のサイズとしては問題のない戦乙女型は、その精巧さ、精密さにおいて人間と変わらない。
僅かな動作すら、人と同質なのだ。
ゆえに、二人は困惑する。
人間のようでありながら、決定廷に人間ではない戦乙女型には気配というものがない。
だからだろう。
人間ではありえない速度で間合いに入ってきた戦乙女型に対して、二人は一瞬、出遅れた。
それは致命的な出遅れだった。
それこそ回避が間に合わず、防御しかできないほどの遅れだ。
金属と金属が勢いよくぶつかりあい、嫌な音が響く。
同時に綺佳と美郷は数メートルは後方に吹き飛ばされた。
なんとか堪えて、体勢を立て直す。
戦乙女型の攻撃は単純だった。
横一線に剣を薙いだだけ。
それを綺佳と美郷は何とかギアで受け止めたのだ。
しかし、勢いまでは殺すことができず、数メートルの後退を余儀なくされた。
「……少し前まであたしはすぐにでも戦場に出れると思ってたの。今はそんな自分を殴ってやりたい」
「偶然ね、私もよ。少しはやれると思ってた」
今の一撃で綺佳と美郷は完全に実力差を悟った。
二人が今できる最善を行い続け、運が味方すれば相打ち程度には持ち込めるかもしれない。
それすらも五割を切る可能性だったが。
「どうする? 逃げる?」
「逃がしてくれるとは思えないなぁ。どう見ても、このゴーレムは私たちを狙いに来ているもの」
先日のゴーレム暴走の際に、マークされたのだと、綺佳は悟る。
そして最悪なことに、前回助けてくれた晃は、現在、学園にはいない。
二人はギアの検査ということで、学園を離れていると聞いていた。
「しかも、今回は正義の味方が不在だわ。とても残念だけど」
「随分と怠惰な正義の味方がいたものね。あいつに正義の味方が務まるなら、あたしにだって務まるわよ」
軽口を叩きながら、二人はジリジリと後退していた。
恐怖で後ずさっているわけじゃない。
戦乙女型には目に見える場所に火器がないため、接近戦タイプだと判断したのだ。
そのため、遠距離からの射撃で優位に立つために距離を取ろうとしているのだ。
しかし、それを戦乙女型は中々、させてはくれない。
「キリがないわよ?」
「そうみたい。本校舎も近いし、ここで仕掛けるしかないかな」
本校舎には教師たちがいる。
その近くで戦えば援軍が期待できる。
そこまで計算に入れた上で、綺佳は戦闘を決意する。
戦闘スタイルは前衛の綺佳に、後衛の美郷。
美郷が一撃を入れる隙を綺佳が作る。
前回のゴーレム暴走以来の急造タッグだが、コンビネーションについては問題はない。
下手なコンビよりはよほど息が合っていると言えるだろう。
学生レベルという点では。
【固有駆動、電光石火】
出し惜しみなど無用と判断して、綺佳は最初から全力で立ち向かう。
戦乙女型に高速で接近した。
それに合わせて、美郷も一気に距離を取った。
そしてクラウソラスを射撃モードへと切り替える。
狙いを戦乙女型に固定して、足を止める。
そして一瞬の隙を逃す前と集中する。
高速機動を繰り広げる綺佳に対して、援護射撃は不要。
というよりは、美郷の技術では不可能だった。
誤射の可能性があるからだ。
だから、美郷は一撃に集中する。
それ以外のことを頭から排除する。
一方、綺佳も倒そうという気は全くなかった。
隙を作り出そう。
その一点に集中し、高速で戦乙女型の周囲を動き回る。
だが。
「そんな!?」
後方で美郷が悲鳴のような声を上げる。
戦乙女型はしっかりと綺佳の動きについてきていた。
もちろん、綺佳のように速いわけではない。
オリジン・ギアの固有駆動による、短時間だけの高速移動と同等の速度など、カスタム機といえど不可能に近い。
だが、戦乙女型は綺佳のスピードに翻弄されない。
綺佳の剣を確実に受け止めている。
まるで、動きを予測しているかのように。
そんな戦乙女型を見て、綺佳は焦っていた。
固有駆動発動中は、精密な動きはできない。
速度で圧倒できない場合、ほかに手がなくなるのだ。
できるだけ動きをコントロールし、正確な攻撃を繰り出すが、戦乙女型は反応してくる。
背後を取ろうが、死角を取ろうが、気付けば戦乙女型は綺佳に正対していた。
なぜっ!?
そんな言葉ばかりが綺佳の中で繰り返される。
そしてそれがどんどん焦りに変わってくる。
そんなとき、戦乙女型から声が発せられた。
『そろそろダイムリミットだね。急がなくていいのかい?』
それが戦乙女型を操る者の声だと気付き、綺佳は悔しさに任せて、最大の速度で背後に回る。
だが。
『無駄無駄。それはもう見てるからね。いくら速くても単調なら対処のしようはいくらでもあるさ』
剣と剣を合わせた状態で、そんなことを言われる。
実際、対処されているため、綺佳は言い返すことができない。
ただ、どうやったら裏を掻くことができるのか、それだけを考え続ける。
時間はもう残り少ない。
どうすればいいか。
どうやればいいか。
それだけに思考を傾ける。
その瞬間。
晃の戦いぶりが綺佳の頭に思い浮かんだ。
晃は決して速くはなかった。
速度ならば間違いなく綺佳のほうが上。
だが。
緩急の使い方は綺佳よりも何十倍も晃のほうが上だった。
低速の使い方が上手いため、一気にギアを上げたとき、ゴーレムの反応が追いつかないのだ。
一方、綺佳は速さに頼り、トップスピードで動き続けている。
しかもタイムリミットに急かされて。
そこに気付いた綺佳は、咄嗟に動きを止めた。
それを好機と捉えた戦乙女型が、初めて対処ではなく攻撃に出た。
しかし。
「後ろががら空きよ」
攻撃に出た瞬間、再加速した綺佳が背後に回り込む。
完全な奇襲だった。
戦乙女型の反応も間に合わない。
タイミングは完璧だった。
あとは一撃を加えて、離脱するだけ。
ただ。
『タイムリミットだね』
時間が足りなかった。
懸命に剣を突き出すが、先ほどとは比べ物にならないほど遅い。
そして綺佳は、まるで全身に重りをつけられたかのような錯覚を覚える。
固有駆動の反動だ。
どうにか距離を取ろうとするが、体が上手く動かない。
どこかゆったりと時間が流れる。
戦乙女型が瞬時に反転して、剣を思いっきり振ってくる。
それがどんどん迫ってくるのを見ても、綺佳の体は動かない。
アルミュールがある以上、直接的な肉体ダメージはないが、衝撃までは完璧に吸収しきれない。
アルミュールが展開されていても、使用者が衝撃で気絶することはあるのだ。
そして戦場での気絶は死に等しい。
自分もそうなるんだと思うと、綺佳の心が一瞬で冷えていく。
だが。
綺佳と戦乙女型の間に、割り込んでくる影があった。
美郷だ。
綺佳のタイムリミットが近いことに気付き、射撃を捨てて、綺佳の援護に来たのだ。
その美郷がギリギリ間に合った。
しかし、不十分な体勢だったため、美郷と綺佳は一緒に吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
空中で咄嗟に体を入れ替えて、美郷は綺佳が地面に激突しないように庇う。
衝撃で美郷は辛そうな声を漏らした。
「東峰さん……!」
「大丈夫……なんとか……」
顔をしかめながら、美郷はすぐに立ち上がる。
衝撃を受けたとはいえ、外傷はない。
まだ戦えるという意思表示のつもりだった。
しかし。
『この程度か……。君たちじゃ力不足だ。あのオッドアイの彼はどこだい? 君たちを襲えば出てくると思ったんだけど?』
戦乙女型の操者、エリオはもう戦う気がなくなっていた。
そもそもの狙いが晃だったからだ。
綺佳と美郷を襲撃したのは、二人が脅威となる可能性がわずかにあったためというのと、単純に晃をおびき寄せようとしたからだった。
ゆえにエリオは全くといっていいほど、本気ではなかった。
「馬鹿にして……! あたしはまだ戦えるわよ!」
『虚勢はみっともないよ。君たちは二人が万全でどうにか、僕と戦えるかどうか。相方の彼女は当分、動けないだろ? 大人しく悲鳴でも上げたらどうだい? そうすれば彼は来るだろ? 前回のように』
酷く楽しそうな口調でエリオは言いながら、戦乙女型を一歩、また一歩と二人に近寄らせる。
そんな戦乙女型を見て、弱気になりそうな自分を美郷は叱咤した。
まだ腕が動く。
まだ足が動く。
ギアもあれば魔力もある。
頭だって働く。
可能性が少しでもあるのに諦めるのは、美郷の主義に反した。
そしてそれは綺佳も同じだった。
「あいにくだけど……彼はあなたじゃ勿体無いわ」
力の入らない体で、綺佳はなんとか立ち上がる。
そして精一杯の力を込めて笑いながら、そう挑発した。
それが何か意味があることだとは、綺佳は思っていない。
ここで綺佳たちが時間を稼ぐことで、何かが変わるとは思っていない。
それでも負けたくないという気持ちが、その言葉を吐かせた。
だが。
『これは傑作だ! 僕が力不足だと言いたいのかい? 君たちが? 笑わせてくれるよ。本当に愉快だ。予定変更だ。君たちともう少し遊ぶとしよう』
そう言った瞬間。
続々と新たな戦乙女型が姿を現す。
数は計六体。
それは綺佳と美郷にとって、絶望的な数字だった。
しかし、敵の言葉は終わらない。
『教師たちが助けにくるとは思わないことだ。そっちにはもう六体を差し向けてある。彼らはその相手で精一杯なのさ。とてもじゃないが、君たちを助けに来る余裕なんてないよ』
小さく笑い声を上げながら、エリオは戦乙女型を通して、綺佳と美郷に告げる。
『さぁ、僕のヴァルキリーたちと遊んでもらうよ? すぐには死なないでくれよ? ゆっくり遊んだあとに、彼の居場所を吐いてもらう。いや、遊んでいる間に来るかな? 楽しみだよ。君たちを痛めつければ、本気の彼が見れそうだしね』
言いながらエリオは残忍な笑みを浮かべた。
それは絶対的な優位を確信しているがゆえに笑みだった。
これから自分は傷つける側の人間であり、傷つけられる側に回ることはありえないと思っているがゆえの笑みだ。
そしてそれは正しい認識だった。
学園の教師陣はエリオのヴァルキリーに手こずっており、とても二人の下には駆け付けられない。
そして教師陣を除けば、エリオのヴァルキリーと戦闘ができる者などごく少数だ。
そのごく少数の内の二人は、綺佳と美郷である。
つまり隔離された学園内において、エリオは最強だった。
生態系のトップに立ったと言えるだろう。
しかし、エリオは知らなかった。
自分を狙う黒い影が近づいていることを。




