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閑話 スクトゥム発動

 学園で警報が鳴ったとき、晃の読み通り、すでにエリオとリッツは学園に潜入していた。

 内部協力者のおかげで、警備員に怪しまれることもなく、三台の大型トラックと十数人の部下たちを引き連れて。


 しかし、警報が鳴ったことで状況は変わった。


「バレましたかね?」

「そんな馬鹿なっ! 作戦がこの段階で漏れるなんて!」


 コンテナに入ったゴーレムを、大型のトラックから運び出しつつ、リッツが焦った表情を見せた。


 周囲には、リッツの部下と思われる男たちが、コンテナの荷下ろし作業の手を止めて、リッツの判断を待っていた。

 その表情には微かな焦りの色が見えた。


 しかし、エリオは一人だけ冷静だった。


「気にせず、ゴーレムを降ろしましょう。まずは僕らじゃありませんから」

「ですが、我々の存在に気付いた可能性も!」

「それならその時です。けれど、潜入に気付いたのにわざわざ僕らに教えるのは不自然では?」

「生徒の避難を優先させたのでは?」

「それならそれで。こちらにはまだ時間があります。力ずくで破壊することも可能ですが、できるなら穏便に降ろしたいんですよ」


 そもそも、それをするとうるさいですし、とエリオは笑いながらコンテナを叩く。

 その姿に不安を覚えつつも、リッツはエリオに同意して、コンテナを降ろす作業に戻った。


 エリオとリッツが動くのは作戦の第二段階。

 まずは第一段階である、外に待機している部下たちが動く。


 しかし、それですらもっと後の手筈だった。

 だが、警報が鳴った以上、もう悠長には構えてはいられない。


「仕方ありません。外の部下たちに指示を出します。その間に終わらせましょう」

「はい。お願いします。予想通りに学園側は動いてくれるでしょうか?」

「動いてもらわねば困ります。まぁ、そちらは内部協力者に任せましょう。最悪、こちらで発動させることも視野にいれておきます」


 そう言って、リッツは周囲にいる部下たちに指示を出し始める。

 そしてそれが終わった頃、外から轟音が聞こえてきた。


 その音を聞いた瞬間、エリオは酷薄な笑みを浮かべた。



◇◇◇



 学園の外側。

 市街地と隣接する道路に、続々とコンテナを積んだ車が飛び込んでくる。


 その車に運転手はいない。

 自動操縦だ。


 その車の後ろ、コンテナも自動で蓋が開き、その中から黒いゴーレムが姿を現す。


 日本という国にレムリアの軍用ゴーレムを輸入するのはほぼ不可能に近い。

 しかし、それがパーツごとであれば、問題はない。


 また正規ルートではなく裏ルートという手段もある。


 組み立てや保管は、日本にあるレムリア帝国と繋がりのある会社にやらせればいい。

 今回、リッツの部隊が使用するゴーレムは、そういう会社によって保管されていた物だ。


 見た目的には訓練用の重装甲ゴーレムと大差はない。

 だが、レムリア帝国特有の赤黒いモノアイと、各部に装備された火器。

 そして統一された黒色。


 レムリア帝国が誇る軍用ゴーレムだ。


 最初に起動したのは二機。

 そしてその後に三機が追加されて、合計五機。


 それらが正門へとモノアイを向ける。


 学園の警備員たちがすぐに教師たちに連絡を取り、自分たちは正門を閉ざして、防御態勢を取った。

 しかし、本格的に武装したゴーレム相手では、正門を閉ざした程度では焼け石に水だ。


 警備員たちが装備している量産型の小銃ギアは、軍用ゴーレムが展開する魔力障壁を打ち破るほどの威力はない。


 同じ頃、似たような光景が裏門でも繰り広げられていた。


 正門と裏門。

 この二つからリッツの部隊は攻略に乗り出したのだ。


 教師たちの力があれば、軍用ゴーレムが相手でも対抗はできる。

 ただ、それは纏まった数を揃えられればの話だ。


 一人や二人では、数に勝るゴーレムを抑えることはできないうえに、火力差で押し切られるのは目に見えている。


 教師たちは優秀な魔導師、魔法師ではあれど、騎士のような一騎当千の武人というわけではないのだ。


 しかし、だからといってみすみす、侵入を許すわけにもいかない。

 翡翠学園には未だに適合者が見つかっていない貴重なギアや、大量のラピスが保管されているからだ。


 こういう場合、普通は警察に通報、もしくは軍の出動を要請するのだが、残念ながら敵の動きが早く、待っている時間はない。


 それゆえに翡翠学園は最終手段を行使した。


 アティスラント王国の王都レガリアには、天殻とよばれる防御魔法がある。

 城を大きな杖に見立て、そこを中心に王都全体を強固な魔力障壁で覆う魔法だ。


 それを翡翠学園も取り入れていた。

 ただ、まったく同じ物というわけにはいかない。


 翡翠学園の物は、四隅に立てられた発信機を中心に、翡翠学園全体を四重の魔力障壁が覆う。

 魔法名は〝スクトゥム〟。


 外部と内部を完全に隔離できるこの魔法は、軍の到着まで耐えるという点では打ってつけの魔法だった。

 ただし、大規模な魔法ゆえ、一度発動すればすぐには解除できない。


 それゆえ、発動には慎重さが必要になる。

 だが、目の前に敵が迫っていれば、選択の余地はない。


 学園の職員室。

 そこで松岡が必死にほかの教師を説得していた。


 学園長が不在なため、教師が対応を協議しているのだ。


「もう少し待ちましょう! 敵が学園内に侵入していた場合、スクトゥムを使えば、逃げ場がなくなってしまいます!」

「ですが、敵はすぐそこまで来ているんですよ!? 軍用ゴーレムを相手にするには、戦力が足りません。それに内部に敵がいるなら、スクトゥムで分断すればいい。そうすれば、内部の敵に専念できます」


 同じ高等部の教師である白崎が言う。


 松岡は内心で舌打ちしながらも、表面には出さず反論する。


「内部の敵を倒せなかった場合はどうする? 生徒を逃がすこともできないんだぞ?」

「ここにいる教師が全員で勝てない相手なんて、そうはいないでしょう?」


 白崎は職員室に集まっている教師たちを見渡す。


 アティスラントから派遣されている教師たちは、元々は軍人や傭兵など戦闘のスペシャリストとして活躍した者が大半を占める。

 日本の教師も、学園で優秀な成績を残した卒業生や軍人としての訓練を受けたことのある者ばかりだ。


 当然、その戦力は軍の部隊にも匹敵する。

 だが。


「敵がA級操者を送り込んでいたら、とてもじゃないが勝ち目はないぞ!」

「もしもA級操者が相手だとしても、専用のゴーレムがない相手ならどうとでもできます」

「送り込んでくるなら、当然、カスタマイズされたゴーレムも送り込んでる! まずは生徒の避難が優先だ! 戦うのはそれからだ!」

「そんな時間はありません!」

「稼げばいい!」


 松岡と白崎が言い合いを続ける。

 しかし、松岡は内心、焦っていた。


 こんな場所で言い合いをしている時間は学園側には残っていないからだ。


 いますぐにでも、正門と裏門に教師を割り振り、避難用の出口から生徒の避難を開始するべきだった。

 男女の寮生に加えて、休日だが学園に来ている生徒も何人かいる。


 大勢の生徒がいる以上、戦闘よりも避難が先決。

 そんなことは教師として当たり前の話だった。


 だが、それは時間が許さなかった。


「警備がもう持たないと!」


 外の警備の者たちと連絡を取り合っていた教師が、悲鳴のような声で告げた。

 それを聞き、教師たちの方針は一致した。


「発動させましょう。よろしいですね?」


 白崎が教師たちに最後の確認を取る。


 全ての教師が頷き、松岡も渋々ながら頷くしかなかった。

 

 

◇◇◇



 教師たちが対策を協議している頃、綺佳と美郷は校舎の外にいた。

 松岡の指示で、寮へと避難するためだ。


 本校舎には敵が狙う物が多いため、危険と判断したのだ。


 その途中。

 学園全体を巨大な魔力障壁が覆った。


「スクトゥムが起動したみたいね」

「四重の魔力障壁。学園自慢の防御魔法だったっけ?」


 綺佳は美郷の質問に頷きつつ、顔を曇らせる。


「どうしたの?」

「スクトゥムは全方位を覆う魔力障壁なの。発動すれば、中の人間は最低、数十分は外に出れないわ」

「大規模魔法の弊害ってわけか。地下から逃げられないの?」

「この学園に地下の脱出路はないわ。あれば、そこから潜入される可能性もあるし」

「それじゃあ、私たちは敵がいるかもしれない学園に閉じ込められたわけね」


 美郷は言いながら、ため息を吐いた。

 もちろん、この状況にだ。


 前回の襲撃の詳細を聞きたいと呼び出されたと思ったら、今度は本命の襲撃に巻き込まれてしまった。


 しかも、状況は前回よりも悪い。


「前回も潜入している以上、今回も潜入してると思うわ。問題はどれだけの戦力が潜入してるのか。できれば、先生たちで対処できる戦力だといいのだけど……」

「仮にも正規の軍が、そんなお粗末なことするとは思えないわね。スクトゥムのことなんて、向こうも百も承知だったはず。わざと発動させたとするなら、内部には強力な戦力を送り込んでるはずよ」


 美郷の分析に綺佳も頷く。

 そのまま二人はさらに足を速めた。


 この状況で外にいるのは危険だと判断したからだ。


 しかし、二人の判断は少し遅かった。


 二人の現在位置は本校舎の端。

 もう少し小道を歩くと、寮が見えるところだ。


 だが、そんな二人の道を遮るように、一体のゴーレムが飛来した。


 白く煌く鎧に身を固めた女性型のゴーレム。

 小型でスリム、まるで人間なのではと疑いたくなるほどの精巧さだ。


 右手には剣が、そして左手には盾が装備され、赤い目が綺佳と美郷をロックする。


 戦乙女。

 綺佳と美郷は同時にそんなことを連想し、そして素早い判断を下した。


 こいつが敵だ、と。

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