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閑話 鴉の騎士



「待て! サー・レイヴン!」


 サー・ブラッドの騎士座乗艦のブリッジでサザーランドがそう叫ぶ。


 しかし、その声は晃には届かない。


「くそっ! まだ王都に繋がらんのか!?」

「申し訳ありません。王都には繋がっているのですが、国王陛下にはまだ……」

「急げ!」


 通信士にそう怒鳴りながら、サザーランドは席に座り込んで、固く唇を噛みしめた。


 サザーランドにとって、今回の作戦は日本に力関係を再度教えるいい機会だった。


 認識を変えさせるには、一度叩きのめされなければいけない。

 そうサザーランドは考えていたからだ。


 しかし、ここで騎士が助けに入れば、何も変わらない。


 作戦を台無しにされつつあるということと、その状況を作り出しているのが、侮っていた晃だということ。

 そして晃が日本人だということが、サザーランドの苛立ちに拍車をかける。


「あの害鳥め……! ふざけた真似をしおって!」


 晃の行動はサザーランドにとっては予想外というわけではなかった。


 晃が何らかの行動に出ることは想定しており、それゆえに同行していた。


 ただ、一つ誤算があったのは、晃が予想以上に強硬な姿勢を保っていたということだった。


 サザーランドの晃への評価は酷く低かった。

 努力して力を手に入れたわけでもなく、決断を下せるほど強くもない。

 だから、一歩も譲らない晃の姿には、驚きを隠せなかった。


「国王陛下と繋がりました! メインモニターに映します!」


 通信士の言葉を受けて、サザーランドは立ち上がる。

 他の者も立ち上がり、国王への拝謁に備える。


 少しして、ベッドの上で体を起こした状態のクライドがモニターに映った。


『サザーランド外務大臣。聞こえるかな?』

「はっ。緊急事態ゆえ、このような強引な方法での謁見、ご容赦ください」

『構わない。何が起きた?』


 クライドの質問にブリッジクルーたちが息を呑む。

 これからサザーランドがする報告への反応次第で、無双と称される騎士と戦う可能性があるからだ。


「翡翠学園で警報が鳴ったという理由で、サー・レイヴンがゲートへと向かいました」

『ほう? エリシアが護衛を命じていたにも関わらず、彼が?』

「はい。あやつが言うには、陛下から命令を授かっているとか。覚えはありますでしょうか?」


 サザーランドは恭しく訊ねつつも、クライドの反応をある程度、予想できていた。


 そう解釈できるかもしれない。

 その程度の言葉をクライドが発し、晃が過大解釈しているとサザーランドは予想していた。


 それならば、今からでも、晃へクライドに命令の意思はないことを伝えるという手が残っていた。


 だが。 


『なるほど。どうしてあんな事を訊いてきたのか、不思議だったのだが、このためか。考えの足りない少年だと思ったが……いやはや、侮ったな』

「へ、陛下……? まさか……?」

『確かに私はサー・レイヴンに命じた。あらゆる脅威から光芒市を守れ、と。それはどのような命令よりも優先される、と』


 その瞬間。

 ブリッジクルーに安堵が広がった。


 それは二重の安堵だった。

 まずはサー・レイヴンと争う必要がないという安堵。


 そしてもう一つは、サザーランドに従わなくて良かったという安堵だ。

 クライドの命令がある以上、正当性はサー・レイヴンにある。

 その行動を妨げていれば、国王の意思に反していたのは、こちら側だったからだ。


「な、なぜです!? 」

『彼に言われたのだよ。自分は翡翠学園に居たくない、と。守るのも御免だとね。だから、命じた。それが任務だと。まさか、この場でそれを使うとは思わなかった』


 あえて拒否することで、望む言葉を引き出した。

 

 晃がどうやってクライドから命令を引き出したのか。

 それを聞いて、エリシアやサーシャは感心した表情を見せた。


 一方、サザーランドは苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 国王の命令があったということは、もう晃を止めることは難しい。


 クライドに命令を撤回するように頼めば別だが、王が一度下した命令を撤回するのは威厳に関わる。

 滅多なことではありえない。


 つまるところ、サザーランドは完璧に晃にしてやられたというわけだ。

 子供と侮り、決断できないと断言した男に。


 一方、クライドの表情はそこまで深刻ではない。

 元々、クライドにとって、今回の作戦はそこまで本気のものではなかった。


 日本政府に考えを改めさせる手段の一つであり、そこに拘りがあったわけではない。

 駄目なら駄目で別の手段を考える。

 その程度であったことは否めない。


 それでも、一杯食わされたという思いはあったが。


『すまないな。サザーランド財務大臣。残念ながらサー・レイヴンの行動は私の命令に基づいている。今更、命令を取り消すのは王としてできない。エリシアもすまないね。護衛が足りないというならば、戻ってくるかい?』

「いいえ。このまま会場まで向かいます。お気遣いなく」

『そうか。では気を付けたまえ。しかし……』


 クライドは言葉を溜める。

 その表情はどこか嬉しそうであった。


『力はあれど、意思のない子だと思っていた。だが、それは彼の本当の姿ではなかった。本当の彼は強い意思を持ち、実に巧妙だった。まさにレイヴンの名に相応しい。よい騎士を持ったね。エリシア』


 クライドは素直に晃を称賛する。

 その称賛を受けて、エリシアは微笑みを浮かべた。


「ええ。私の自慢の騎士です」

『大事にすることだ。では、サザーランド財務大臣。用件は以上ということでいいのかな?』

「はっ……お騒がせしました」


 サザーランドは深々と頭を下げた。

 そのままクライドとの通信が切れる。


「いやぁ、良かったのぉ? サザーランド大臣。あの時攻撃してたら、一大事だったぞ? 断ったワシに感謝してほしいのぉ」


 サーシャがサザーランドをそう言って茶化す。

 それを聞いたサザーランドが、怒りの表情を浮かべるが、睨むだけで何も言わない。


「サザーランド大臣。あなたは晃に主体性がないことを問題視していましたが、今でも同じ意見ですか?」

「……訂正しましょう。彼を見誤っていました」

「分かっていただけて何よりです。ついでに、もう一つ覚えておいてください。鴉は鳥の中でもとりわけ利口で、自由な鳥です。それゆえに、飼うことが困難な生き物なのですよ」

「何が言いたいのです?」


 エリシアは薄く笑みを浮かべたまま、緑の瞳をサザーランドに向ける。

 その目を見て、サザーランドは微かに悪寒に見舞われた。


 まるで敵にでも向けるような冷たく鋭い目だった。

 それだけで、サザーランドはエリシアの逆鱗に触れたことを理解した。


「――私の騎士は誰にも飼えないということです。私を含めても。これに懲りたら、余計なことはしないことです。晃の剣があなたに向いても、私は止めることはできませんよ?」

「……肝に銘じておきましょう」

「それが言葉だけでないことを願っています。では、行きましょう。相手を待たせてはアティスラントの名誉にかかわりますからね」


 そう言ってエリシアは全艦に前進を命じる。

 命令を受けた艦はどんどん進んでいく。


 その間、エリシアはゲートの方向をずっと見ていた。


「サー・レイヴンが心配かの?」

「いいえ。私は晃を信頼していますから。心配なのは、街の人々です。誰も傷つかずに終わってくれればいいのですが……」

「それはちと難しいじゃろうな。だが、最小限に収まるじゃろ。あやつが向かった以上、敵部隊の壊滅は避けられんからの。どうせ、今回は〝切り札〟を持ち出しておるのじゃろ?」


 サーシャの言葉にエリシアは静かにうなずく。

 それを見て、サーシャは愉快そうに笑う。


「敵も哀れじゃな。まさか黒騎士が出てくるとは思わんじゃろ」

「……心のコルディス、技のアルス。そして体のコルプス。あえて三つに分けることで、心技体の三拍子が揃った最強の戦士を完成させるギア。どれが欠けても真価を発揮せず、されど三つ揃えば無双。市街地で使うには強すぎるギアですが、仕方がありませんね」

「市街地を破壊せんといいがの。なにせ、コルプスを装備したあやつの破壊力は騎士の中でもトップクラス。手が付けられんからのぅ」

「それは平気でしょう。晃は私の騎士。犠牲はもちろん、損害も出さずに終わらせてくれるはずです。少なくとも……そうあろうとしてくれるはずですから」


 そう晃への信頼を口にして、エリシアは前に向き直る。

 それ以降、空の旅の間、エリシアがゲートのほうを見ることはなかった。

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