第二十六話 平行線の問答
「進路変更! 目標、ゲート!」
「了解! 進路変更! 目標、ゲート! ところで、何事ですかね?」
指示を出したあとにホーエンハイムがそう確認してくる。
こういうところが、この人を艦長にしている理由だ。
俺の無茶をまず実行してくれる。
ようはノリがいいのだ。
「お待ちください! 我々の任務はエリシア殿下の護衛です! この場を離れるのは承認しかねます!」
ただ、全員がそういうわけにはいかない。
リネットが抗議の声をあげる。
まぁ、ここは予想通りだな。
「現在、翡翠学園で警報が鳴っている。レムリア帝国の攻撃の可能性があるため、これよりクロウはその救援へと向かいます」
「ですから、我々の任務は殿下の護衛です! たとえ警報が鳴っていたとしても、その救援はあなたの任務ではありません!」
「いいえ、俺の任務です。陛下より〝光芒市、翡翠学園、そしてゲートをあらゆる脅威から守ること〟を命じられています。これは陛下の命令ですから、殿下からの任務は一時放棄します。陛下の命令が何よりも優先されますからね」
「そのような命令は聞いていません!」
リネットがそう言った瞬間、メインモニターに映像が映し出された。
そこに映っていたのは、エリシアとサザーランドだった。
『私も聞いてはいない。説明してもらおうか? サー・レイヴン』
サザーランドが引きつった笑みを浮かべながら聞いてくる。
通信がいきなりメインモニターに映し出されることはない。
リネットの差し金か。
「通信をメインモニターに映し出せと指示した覚えはありませんが?」
「申し訳ありません。ですが、いくら上官とはいえ命令違反は見過ごせません」
「真面目だなぁ。リネット中尉は」
ホーエンハイムがそう言って茶化す。
まったく。
これだから、エリート様は。
まぁいい。
どうせ説明をするつもりだったしな。
「そのままの意味です。陛下より、命令を受けています。ですので、殿下護衛の任務は継続できません」
『そのような命令は聞いてはいない。私も殿下もな』
「でしょうね。俺個人に命じられた任務です」
『そんな嘘が通じると? いくら学園を助けたいからといって、陛下の命令をでっち上げるとは。これは重大な罪だぞ?』
サザーランドは眉間に皺を寄せながら告げる。
だが、俺の興味はそこにはない。
同じくメインモニターに映っているエリシアは、何も言わず俺を見ている。
その緑の瞳には一点の曇りはない。
だから、俺も迷わずに動ける。
「重大な罪? それはそちらの方だ。俺は陛下の命令だと告げている。それを邪魔するのは罪ではないのか?」
『貴様の虚言に惑わされると思っているのか?』
「虚言かどうかの判断はあなたがすることじゃない。俺は俺に下された命令を遂行する。その過程で邪魔する者がいるなら……全力で排除する!」
俺はそう言って、進路変更を強行する。
それに合わせて、周囲の艦が俺たちを囲むように位置を変えた。
『乱心したかっ! 排除できるものなら、排除してみよ! こちらには騎士が二人いるのだ!』
「サザーランド財務大臣。俺を止めるのは、ある意味で反逆だぞ? その覚悟はあるのか?」
『そっくりそのまま返してやる。子供がいらぬことをするものではないぞ? サー・レイヴン!』
「平行線だな。なら、やるか。包囲を突破する。全火器の使用を許可。撃ち落としても構わない」
サザーランドの顔色が変わる。
脅しではないことがわかったのだろう。
『愚かな! サー・ブラッド! サー・レイヴンを止めろ!』
しかし、飛空艇の火器というのは騎士相手には意味がない。
特にサーシャには意味がない。
サーシャはやろうと思えば、飛空艇が張っている魔力障壁を突破して、艦内に転移することができる。
ただ。
『嫌じゃ』
サーシャはそんな命令を聞いたりしない。
いや、サーシャだけじゃない。
『なんだと!?』
『勘違いしないことじゃ。我ら騎士は陛下と殿下の命令しか聞かぬ。お主が正しいという保証はない。もしもサー・レイヴンが正しければ、ワシは陛下の命令を妨げたことになる。そんなのは御免じゃ』
『貴様!? この状況でサー・レイヴンが正しい可能性などあるものか! 子供が調子に乗っているだけだ』
『じゃから、証拠を出せと言うておる。王都に連絡を取り、陛下に真偽を問いただせ。その上でお主が正しいなら、ワシが仕置きを加えてやろう』
サーシャはそう言って、サザーランドの要請を跳ね除ける。
あくまで騎士は王家直属。
平時ならば大臣や軍関係者の命令を聞くこともあるが、それはあくまで要請に応えているだけだ。
拒否する権利も有していることを忘れてはならない。
『くっ! サー・ヘイル! 貴様も同じ意見かっ!?』
『その魔女と同じと思うか? 冗談はよして頂こう。僕が陛下と殿下に捧げる忠誠は、どの騎士よりも強い。それこそ、お二人以外から命令されるのが耐えられないくらいに』
『同じではないかっ!』
そんなサザーランドとリオンのやり取りに、ホーエンハイムは笑いをかみ殺す。
どうやら、ツボに入ってしまったらしい。
そんなホーエンハイムほどではないが、俺も笑みを浮かべる。
騎士はやはり騎士だと再認識できたからだ。
「サザーランド財務大臣。陛下に確認してみるといい。その上で、追ってくるなら追ってこい」
『くっ! ならば待て! 自分が正しいと主張するならば、我々が陛下に確認を取る間は動くな!』
「その待っている間に、陛下に守れと言われたモノが危険に晒される。そんなことを許容できない。俺は行かせてもらう」
『このっ! 子供が調子に乗るな! 全艦! サー・レイヴンを行かせるな!』
サザーランドの命令に対して、護衛の五隻が動き出す。
騎士たちは動かずとも、他の艦は動くか。
ただ、それで止められると思っているなら甘い。
一度、サザーランドたちとの通信が切れる。
それを見て、リネットに指示を出す。
「通信を五隻に繋いでください」
「サー・レイヴン! 大臣の言う通りです! 正しいと思われるならば、ここで待機するべきです!」
「その待機している間に、誰かが死ぬかもしれない。その責任があなたに取れるなら、待機しますよ」
「それは……」
「リネット中尉。サー・レイヴンに意見をするだけ無駄だ。やると決めたら、絶対にやる人だからな。俺たちにできるのは、できる限りのサポートをするだけだ」
「ホーエンハイム艦長!」
「これは命令だ。リネット中尉。聞けないなら他の艦に移れ。騎士座乗艦に騎士の邪魔をする奴は不要だ」
リネットはしばらくホーエンハイムを睨むが、やがて観念したように通信席に戻る。
「これで陛下からの命令が嘘だったら、わかってますね!?」
「わかってますよ。御心配なく」
そう答えつつ、俺は繋がれた通信回線を使って、五隻の護衛艦に向けて言葉を発する。
「こちらはサー・レイヴン。護衛艦に告ぐ。進路の妨害を解け。解かない場合、こちらは武力を行使しても突破する」
『サー・レイヴン。お許しを。命令ですので、承服しかねます』
「では、俺と戦うか? 言っておくが、これより先、道を阻む者に容赦はしない。騎士、サー・レイヴンと戦う覚悟がないなら、道を開けろ」
できるだけ脅したつもりだったが、効果がないようだ。
流石にエリシアの護衛に選ばれるだけはあるか。
だけど、足止めを食っている時間はない。
「俺が出ます。艦のほうは任せますよ? 艦長」
「逃げろと言うなら、逃げて見せますよ?」
戦う必要はないとホーエンハイムが示唆する。
実際、このクロウなら逃げ切ることは可能だろう。
しかし。
「逃げるのは性に合いません。ましてや、こっちは命令を受けていますから」
「そうですか。できるだけ、穏便にお願いしますよ。飛空艇乗りとしては、目の前で自分の国の飛空艇が落ちるのは見たくない」
「努力します」
そう俺とホーエンハイムが会話を終えたとき、五隻の内、三隻が道を開けた。
俺はリネットの方を見る。
「通信を繋げたままに?」
「そのほうがサー・レイヴンの本気が伝わりますから」
「ナイスだ。リネット中尉。しかし、まだ二隻いるな。威嚇射撃でもしますか?」
ホーエンハイムは何としても俺を出したくないみたいだ。
仕方ないか。
騎士自らが自国の飛空艇に攻撃を加えるのは、命令違反とか以前に印象が悪い。
サザーランドなら印象操作に使いかねない。
そんなことを考えていると、鶴の一声が入ってきた。
『護衛艦は下がりなさい。これは命令です』
『殿下!?』
エリシアが腰を上げたか。
介入するタイミングとしては、一番だろう。
さて、どう収めてくれるやら。
エリシアの顔がメインモニターに映る。
『サー・レイヴン。陛下から命令を受けたというのは本当ですか?』
「逆に聞きますが、この場で嘘をつく理由が?」
『では、これから確認を取ります。異論はありませんね』
「どうぞ。お好きなように」
そう言うと、エリシアが一つ頷く。
そして、微かに笑みを浮かべる。
『では、お行きなさい。もしも嘘であるならば、行動可能な全騎士に招集をかけて、あなたを捕縛します。いいですね?』
「感謝します。我が主」
俺も笑みで返しつつ、通信を切る。
今頃、向こうの艦ではサザーランドがうるさいことだろう。
けど、もう付き合ってはいられない。
あとのことはエリシアに任せるとしよう。
ああ、そうだ。
忘れちゃいけないことがあった。
「サー・ヘイルに通信を」
艦がゆっくりと会頭して、進路を変更している間、俺はリオンへと通信を繋げる。
『なんだ? サー・レイヴン』
「いや、大した用事じゃないんだ。一つ、言っておきたくてな」
『早く言え。君となれ合う気は僕にはない』
「それは俺も一緒だ。言いたいことは一つ。殿下の護衛を頼む。俺が帰ってきて、掠り傷でも負っていてみろ? 俺はお前を騎士とは認めない」
『愚問だな。では、僕からも言っておこう。これだけのことをして、大した成果を上げられなければ、君は殿下に必要ない。帰る場所が残っているとは思わないことだ』
互いにしばらく睨み合ってから、通信を切る。
何が帰る場所は残っているとは思わないことだ、だ。
まるで自分が俺にとって代わると言いたいみたいじゃないか。
舐めやがって。
「相変わらず仲がよろしいことで」
「眼科を紹介しましょうか?」
「いやいや、目は良い方ですよ」
「では脳外科を」
「健康そのものですから、ご心配なく。いいじゃないですか。好敵手的な間柄ってことで」
ホーエンハイムは笑いながら言った。
冗談じゃない。
あんな堅物が俺の好敵手?
そんなのは御免だ。
「機関最大。目標、ゲート。全速力で向かってください!」
「了解しました。しっかりベルトを固定しておいてください。こいつは速いですからね!」
そうホーエンハイムが言った瞬間。
クロウは一気に加速して、ゲートへと向かった。