第二十五話 決断
4月25日。
日曜日。
その日。
王都の空港には、周辺諸国との会談のために、エリシアとその護衛たちが来ていた。
護衛の騎士は三名。
その騎士座乗艦に加えて、魔導師小隊を有する飛空艇が五隻も護衛につく。
小隊は五分隊で構成され、分隊は四名一組。
つまり、一小隊で二十名。
それが五つで百名。
騎士三人に加えて、中隊規模の魔導師が護衛として同行するわけだ。
やりすぎな感じは否めないが、これを手配したのはエリシアだ。
その理由は言うまでもない。
俺が抜けると思っているからだ。
実際、その考えは間違ってない。
そして、そう思っているのはエリシアだけじゃない。
「余計なことは考えないことだ。サー・レイヴン。私は殿下ほど甘くはない」
「これはサザーランド財務大臣。それはどういう意味ですか?」
自分の飛空艇に向かう途中。
サザーランドはそう言って俺を呼び止めた。
財務大臣であるサザーランドは、どういうわけか、今回の会談に同行する。
外務大臣であるハウゼルならわかるが、よりにもよってサザーランドとは。
ただ、その理由は予想がつく。
俺の監視だろう。
そしてエリシアへの圧力。
俺に自由を与えないように、サザーランドはついてくるわけだ。
「言葉通りの意味だ。勝手なことをすれば、他の二人の騎士と二百名の魔導師が貴様を阻む。殿下の意思を組んで、行動しようなどと思うな。そんなことは殿下も望んではいない」
「それは怖い。いくら俺でもサー・ブラッドとサー・ヘイルの相手は面倒だ。今の忠告はよく覚えておきましょう。サザーランド〝財務大臣〟」
あえてサザーランドの役職を強調する。
サザーランドは王国の財政を管理し、公爵として大きな影響力を持つが、役職はあくまで財務大臣だ。
騎士はもちろん、魔導師部隊にも命令を下す権限は持ち合わせていない。
それがわかってるのか、サザーランドのこめかみに青い血管が浮かぶ。
だが、流石にここで感情を露わにすることはない。
「相変わらず生意気な小僧だ。私は貴様を騎士とは認めていない。偶然、手に入った力で調子に乗るな。貴様は何もしていない。ただ運が良かっただけだ」
「今更、当たり前のことを言わないでください。俺は運が良かっただけなんて、俺が一番良く知っていますよ。ただ、その理論だと、貴族の家に生まれることも運が良かっただけなのでしょうか? そう思うとハウゼル外務大臣は凄いですね。貴族でもないのに大臣だ」
心の中で誰かさんと違って、と付け足す。
公爵家に生まれたからといって、大臣になれるわけじゃない。
そんなことはわかっている。
アティスラント王国の大臣職はそんなに甘くはない。
サザーランドは公爵の名に恥じない努力を積んできたはずだ。
それゆえにハウゼルと比べられることを嫌う。
たとえ、どれだけ否定しても、スタートラインの時点でサザーランドはハウゼルよりも大きく前にいた。
本人も理解しているがゆえに、この事は周りの者にとってはタブーだ。
「……主体性の欠片もない子供が言うものだ。そういうことは自分で決断できるようになってからいうことだな」
「ほう? 自分で決断できれば言っていいと? 寛容ですね。サザーランド財務大臣」
「そんなことはあり得ないからな。結局、貴様は殿下の傘から外に出れない。決断とは責任を負うということだ。貴様はそれを恐れる」
「ええ、怖くて仕方ないですね。けれど、あなたは俺が決断したらしたで言うでしょう? 運が良いだけの子供が決断するな、と。何も知らぬなら、殿下に任せておけばいいものを、と」
サザーランドの表情が苛立ちから険しいものへと変わる。
あくまで、生意気な子供に苛ついていたさっきまでとは違い、今は何かを警戒しているのかもしれない。
だが、もう遅い。
監視したければすればいい。
「では、サザーランド財務大臣。よい船旅を。殿下と共にサー・ブラッドの艦に乗るのでしょう? 精一杯、護衛させて頂きますよ」
そう言って俺は自分の飛空艇に向かった。
◇◇◇
黒い剣に羽が生えたような形状の飛空艇。
サー・レイヴン専用飛空艇、騎士座乗艦〝クロウ〟だ。
最も新しい騎士座乗艦であり、俺を最前線に運ぶことに特化した超高速飛空艇だ。
その最高速度はワンオフ機ばかりの騎士座乗艦の中でも一、二位を争う。
また運動性、機動性にも優れる飛空艇で、俺に追従して飛ぶことも可能だ。
その艦橋。
そこには五人しか人がいない。
艦長、副長、通信士、操舵手、砲撃手の五人。
そしてこの五人が俺の部下であり、このクロウのブリッジクルーだ。
極端なまでの簡略化で、このクロウには最低限の乗員以外は必要ではない。
ブリッジクルー以外に機関室に数人と、医療スタッフなどが数人。
全体でも十数人しか乗員はいない。
必要ないとはいえ、少なすぎだけど、俺が部下にしたい人間がいないのだから仕方ない。
ブリッジ前方には操舵席と砲撃席があり、後方には副長席がある。
中央には艦長席。その少し後ろには騎士の席がある。
そして艦長席のやや斜め後ろには通信士の席だ。
席はまだいくつか余りがあるが、今のところ、それを埋める気は俺にはない。
俺がブリッジに入ると、五人が敬礼をして迎えてくれた。
「お久しぶりですな。サー・レイヴン」
「お久しぶりです。ホーエンハイム艦長」
ホーエンハイムは三十半ばの中佐で、髭を蓄え、軍服を着崩した男性だ。
その顔には豪快という言葉がピッタリな笑みが浮かんでいる。
軍人としては優秀だが、ちょくちょく命令違反をする人物で、初めて会ったときも独房の中にいた。
それから俺が指名する形で、このクロウの艦長になってもらったわけだ。
その腕を見込んで。
「いつも通り、頼みます」
「お任せあれ。あなたの愛馬を見事、御してみせますよ」
ホーエンハイムがニヤッと笑う。
だが、俺は呆れたようにため息を吐く。
かつて、騎士たちは魔力を持った馬たちに乗って戦った。
その名残で、この騎士座乗艦を、我が愛馬なんていう奴らが結構いる。
まぁそれは個人の自由ではあるんだけど。
「俺は自分の艦を愛馬だなんていう趣味はありませんよ」
「これは失礼」
わざと言っているのだろう。
乗り込むたびに言っている気がする。
ホーエンハイムとしては、俺にこの艦を愛馬と言ってほしいのかもしれない。
けど、そんな趣味は持ち合わせていない。
「よし! 全員、配置につけ!」
ホーエンハイムの号令で、立っていた五人がそれぞれの席につく。
俺も自分の席につき、発進準備に備える。
予定では、このクロウが一番最初に発進することになっている。
「サー・レイヴン。発進許可が出ました」
通信士の席に座るのは、副官であるリネットだ。
元々、通信士というわけではないのだけど、人数の関係でやってもらっている。
「わかりました。艦長。あとは任せます」
「たまには発進の合図を出したらどうです?」
「遠慮しておきます。艦のことはプロにお任せしますよ」
「私なら自分の艦の発進合図は誰も譲りませんがね」
「ええ、ですから任せています。この艦は艦長のモノですから」
俺がそういうと、ホーエンハイムは意表を突かれたように、一瞬だけ固まる。
だが、すぐにいつも通り、豪快な笑みを浮かべた。
「嬉しいことを言ってくれますな! いつまでもついていきますよ! サー・レイヴン!」
「艦長。サー・レイヴン。どちらでもいいので、発進命令を。我々が出なければ、他の艦が出れません」
リネットが俺とホーエンハイムのやりとりを聞いて、そう急かしてくる。
それを聞いて、ホーエンハイムは唇を尖らせた。
「リネット中尉は男への理解が足りないな。今は男が男を認めた瞬間だっていうのに」
「私には物に釣られたようにしか見えませんでしたが?」
「それは否定できないなぁ」
言いながら、ホーエンハイムは被っていた軍帽の位置を直す。
それを見て、ブリッジクルーたちが一気に動き始めた。
ホーエンハイムが軍帽をいじるのは真面目になるときだからだ。
「さて、行きますよ? サー・レイヴン」
「はい」
「騎士座乗艦〝クロウ〟。これより発進する。発進後、上空にて待機!」
ホーエンハイムの号令を受け、クロウはゆっくりと動き出す。
騎士座乗艦に滑走路は必要ない。
その場で浮かび上がることができるからだ。
だから、地球の飛行機のような強烈なGを感じることはない。
気付けば、機体は上昇しており、空港は点になっている。
これから続々と飛空艇が上がってくるだろう。
その後は、隊列を組んで北部へと向かう。
飛空艇ならば目的地まで四時間といったところだろう。
途中でゲートの近くを掠めることになるから、狙い目はそこだ。
それまでに学園に襲撃があれば、俺は独自の判断で動ける。
しかし、学園の襲撃がない場合はちょっと工夫が必要になるだろう。
危機的状況と判断できなければ、俺の任務はエリシアの護衛のままだからだ。
俺は逸る気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸をして、残りの艦を待つことにした。
◇◇◇
移動は何事もなくスムーズに進んだ。
そろそろ、学園で何かが起きてほしいところだ。
これ以上、北部に進むとゲートから離れる一方だ。
「艦長。少し自室で休みます。任せてもいいですか?」
「どうぞ、お任せを」
俺はホーエンハイムにあとを任せて、ブリッジを出る。
そしてすぐにADを取り出し、とある人物にかける。
ゲートの近くだし、問題なく通じるはずだ。
いくつかのコールのあと、その人物は出た。
『いきなりどうした? 烏丸』
「こんにちは。松岡先生」
学園内で俺の正体を知る数少ない人物にして、俺の担任である松岡だ。
いざという時のために連絡先を聞いておいて良かった。
『こっちは王国からの警告で、学園の防衛に勤しんでいるんだ。邪魔しないでくれるか?』
「申し訳ないんですが、そういうわけにはいかないんですよ。ちなみに今は校舎ですか?」
『なにぃ? ああ、校舎の中だが……俺に何をやらせる気だ?』
俺が何か頼みがあることに気付いたのだろう。
松岡の声が途端に嫌そうな声へと切り替わる。
ご名答だ。
さすがは俺の正体を教えられて、サポートを命じられるだけはある。
察しがいい。
ただ、今から言うことは非常に申し訳ないことだ。
今度、深く詫びるとしよう。
あらかじめ、そう決めて、俺は告げる。
「警報を鳴らしてもらえますか? どうせ敵はもう潜入してるでしょうし、問題ないでしょ?」
『お前は何を言ってるんだ? 馬鹿か?』
「大真面目です。生徒たちを一か所に集めてください。警報があれば、俺はそっちに行けるんです」
『……騎士は参戦しないと聞いているが?』
「ちょっと裏技でして。学園に異常があれば、無理を通せるんです。ご迷惑なのは百も承知ですが、お願いします。警報を鳴らしてください。すべての責任は俺が取りますから」
『わかってるんだろうな? もしも敵さんが潜入前だったら、襲撃は中止だ。潜入中だったら、襲撃はおそらく速まる。前者ならせっかく、身構えている俺たちや軍が無駄になる。後者ならもっと最悪だ』
松岡が真剣な口調で俺に問いただしてくる。
そんなことはわかってる。
潜入中に警報を聞けば、自分たちの存在がバレたと敵は判断するだろう。
潜入前なら前で、敵は襲撃を繰り越しにするだろう。
そうなると次の襲撃が読めなくなる。
どちらもあまり良い事ではない。
サザーランドあたりは俺は盛大に責めるだろう。
ただ、それでもやってもらうしかない。
襲撃を聞いたときに、ゲートから離れていたら、俺はすぐには駆け付けられない。
犠牲を出さないようにするには、これしかない。
それに、確信がある。
敵はもう潜入しているという確信が。
たとえ、どれだけ厳重な警備を敷こうと、敵はそれをすり抜ける。
教師に内通者がいるからだ。
そうでなければ、この前の時点で捕まっているはずだ。
「すべて承知の上で、お願いします。それとも命令したほうがいいですか?」
『いや、それには及ばない。ちょうど、俺の目の前に警報機がある。はぁ……参るぜ』
「すみません」
『謝るな。一つだけ聞かせろ。今日攻めてくると思う根拠はなんだ?』
松岡の言葉に俺は微かに押し黙る。
これは俺の考えにしか過ぎない。
けれど。
『問題ない。吾輩もお主と同じ意見だ』
頭の中にアルスが語り掛けてくる。
アルスの同意も得られた。
つまり、正しい可能性が非常に高いというわけだ。
「壊れた訓練用のゴーレムは十数体。授業で使う以上、今日までに補充するのでは?」
『なに? 確かに今日、業者が来てたが』
「俺がレムリアの部隊なら、その業者に成りすまして潜入します。自分たちのゴーレムと一緒に。教師に協力者がいるなら、可能な作戦です。ゴーレムの確認は、教師の立ち合いの下、学園の中で行われますよね?」
万が一の暴走があるため、ゴーレムの立ち上げや詳細の確認は学園内で行われる。
近隣には一般市民がいるからだ。
暴走事件の後なら、尚更だろう。
そう俺が説明した瞬間、耳障りな警報がADの向こうから聞こえてきた。
そして。
『ちくしょう! すぐに来い! わかったな!?』
「お任せを。無理はせず、生徒の安全を第一にしてください!」
『安心しろ! 寮生以外はほとんど学園にはいない。三年もいないしな。あ……』
松岡の声が一瞬、途切れる。
まるで大事なことを思い出したかのように。
「なんです?」
『……悪い。東峰と天海が来てた。前回の事件の詳細を聞くために』
「……すぐに行きます」
そう言って、俺はADを切ると、すぐにブリッジに戻った。