第二十四話 王の言葉
「というわけだ。知恵を貸せ。相棒」
「なにが、というわけだ、だ。格好つけた癖に吾輩頼みとは情けない」
部屋を出た俺は、すぐにアルスを呼び出した。
根回しが必要だということは理解してる。
けど、その明確な方法までは思いつかない。
「そういうなよ。上手く立ち回らないと、翡翠学園を助けにいけないんだし」
「まぁ、お主が助けたいなら手伝いはする。だが、わかっているのか? どれだけうまく立ち回ろうと、敵は作るぞ?」
アルスの言いたいことはわかる。
お咎めを受けないように立ち回っても、周りの心証は変えられない。
サザーランドあたりは怒り狂うだろうな。
「平気さ。敵を作るからって、誰も助けないなんて選択肢は俺にはない。それはお前もだろ?」
「無論だ。吾輩は自分の無力さに打ちひしがれる者や、目の前の悲劇に慟哭する者を救わんとして作られた。誰かを助けたいと願う、弱き者を助けるために作られた。だから、今回も助けよう。それが吾輩の役目ゆえ」
そう言ってアルスは二本脚で俺の頭の上に立つ。
そして右手で上を指さす。
「まずは上だ。この城の主に会いにいけ」
「やっぱり国王に会わなきゃ駄目か……」
「ここは王国。国王の権限は絶大だ。だから、エリシアも逆らえない。ならば国王をどうにかすればいい」
「説得するのか? それはさすがに無理だと思うぞ?」
実の娘であるエリシアが説得に失敗してるのに、今更、俺が出て行ったところで何も変わらないだろう。
俺は騎士だが、国王に任命された騎士じゃない。
だから、国王と親しいわけでもない。
「説得なんてするだけ無駄だ。こっちは助けたいという感情。向こうは利益で動いている。どちらも平行線だ」
「ならどうしろと?」
「さて、ここで問題だ。晃。お主はどうして翡翠学園に入学させられた?」
唐突な問題だ。
こいつは今の状況をわかっているんだろうか。
しかし、意味がないことはさすがにしないか。
この問題の答えが、おそらくヒントなのだろう。
「……普通の学園には通えないからか?」
「不正解だ。それは建前だ。王国の思惑は違う」
王国の思惑。
エリシアは俺を翡翠学園に入学させることに乗る気ではなかった。
つまり、エリシア以外の者たちの思惑。
国王や大臣たちの思惑だ。
彼らは王国の利益のために俺を翡翠学園に送り込んだ。
その利益というのは。
「騎士を駐屯させることができない光芒市に、騎士(俺)を置くためか?」
「正解だ。光芒市のゲートは、アティスラントにとっては絶対に守りたい要所だ。そこになんとしても騎士を置きたいから、お主は学園に入れられた」
「それなのに、学園から遠ざけられてるけどな」
「前回の襲撃で、敵の部隊の規模が大体わかったのだろうな。騎士ではなく、魔導師部隊で対応可能だから、今回の作戦は立てられた。最悪の場合は、王都守備につく騎士を派遣すればいいと考えているのだろう」
「ゲートの守備だけ考えれば、それで十分だしな」
俺は歩きながら呟く。
つまり、今回のアティスラント王国は光芒市を守るのではなく、ゲートを守ることに意識を集中しているわけだ。
まぁ、アティスラントからすれば他国の領土だし、守る義務はないということなんだろう。
実際、その通りだ。
けれど。
「理解はできる。けど納得はできない」
「だが、納得できないお主を、皆が子供と笑うだろう。馬鹿正直に気に入らないと伝えれば、お主も動きを封じられる」
「それで? じゃあ俺はどうすればいい? 国王陛下には何を言えばいいんだ?」
「お主が言うのではない。向こうに言わせるのだ」
そう言ってアルスは笑う。
その笑みは酷く意地の悪い笑みだ。
こういうときのアルスは人を出し抜くことしか考えてない。
「ふんぞり返っている奴らの驚く顔を見るのは、いつも心地いい。今回も出し抜いてやろう!」
「一人で盛り上がってないで、方法を教えてくれ。教えてくれさえすれば、あとは俺がやるから」
「ほう? 国王はこのアティスラント王国を何十年と纏め上げてきた老獪な男だぞ? その男から望む言葉を引き出せるのか?」
アルスは試すように問いかけてくる。
こういう戦いは正直、俺の土俵じゃない。
人を騙し、誘導し、自分の望む展開に持って行く。
そういう器用なことができるなら、苦労はしない。
だけど。
今回はやらなくちゃいけない。
やらなくちゃいけない以上。
「引き出すさ。できるかできないじゃない、やるんだ。我を通すには、それが必要なんだから」
「その通り。その意気だ。お主に一つ有利な点があるとすれば、国王はお主を侮っているという点だ。まさかこんな戦いを仕掛けてくるとは思っていない。だから、隙がある。あとはお主の頑張り次第だ」
「はいよ。じゃあ、そろそろ教えてくれるか? 俺はどんな言葉を引き出せばいい?」
「それは――」
強い風が窓を揺らし、大きな音を立てる。
アルスの声は、俺以外には届かない。
だが、確かに聞こえた。
「よし! やるか!」
そう意気込んで、俺は王の部屋に向かった。
◇◇◇
「王はお休みですので、お帰りください」
「……」
王の部屋まで来たはいいが、王の衛兵に止められてしまった。
騎士とはいえ、そうやすやすと王に会うことはできない。
そもそも王は数年前に体調を崩してから病弱だ。
寝たきりの日もある。
会うにはそれなりの順序が必要なのだ。
それはわかっている。
わかっているが。
「サー・レイヴンが謁見したい言っていると伝えてください」
「そう言われましても……」
「会ってくれないのであれば、騎士をやめます」
笑顔で衛兵に伝えると、衛兵が顔を引きつらせる。
話を通せば、国王は俺に会うだろう。
俺から会いにくるなど滅多にないことだからだ。
なら、話を通すために衛兵では対処しきれないことを言えばいい。
「……少々、お待ちください」
引きつった顔のまま衛兵が部屋へと入っていく。
そもそも騎士を引き留めるのだって勇気がいる行動だろうに。
その騎士がやめると言い出したのだ。
もう衛兵ではどうすることもできない。
ちょっと申し訳ないことしたかな。
ただ、俺には手段を選んでいる暇はない。
チャンスは一度。
ここで追い返されたら、次はない。
なんとしても王に会わなければいけないんだ。
『国王に悟られるなよ?』
アルスが頭の中に話しかけてくる。
わかってる。
まずは挨拶から入って、明日の件で来たわけではないことを伝えなければ。
少しでも疑われて、釘を刺されば終わる。
王の命令は絶対。逆らえば、騎士でもただでは済まない。
しばらくして、衛兵が戻ってきた。
「お会いになるそうです」
「どうも。では、失礼します」
そう言って俺は無駄に豪華な扉を開けて、王の私室へと入った。
国王というのは国のトップだ。
ある程度、贅沢をするのも仕事のうちだと思うんだが、この部屋はとても質素だ。
奥に大きなベッドがあり、いくつか調度品が置かれているだけ。
部屋の大きさに比べて、圧倒的に物が少ない。
こういうところはエリシアにそっくりだ。
質素といえば聞こえはいいが、王としては致命的な弱点の一つだろう。
こうも飾り気がないと周りが気を遣う。
アティスラント王家の数少ない弱点の一つかもしれない。
そんな部屋のベッドの上。
横になっている男性が、このアティスラント王国の国王だ。
エリシアと同じ銀髪に、整えられた口ひげ。
体調を崩していても、強さを失わない青い瞳。
肥満とは縁遠いスリムな体型に、アティスラントの王族らしい整った顔立ち。
かつては賢王としてではなく、戦場に出る武王として国を率いていた国王。
クライド・レークス・アティスラント。
エリシアの父だ。
「珍しいことだね。サー・レイヴン。君が私に会いに来るとは」
「……謁見を許可していただき、感謝します。陛下」
離れた位置で片膝をつき、頭を下げる。
そんな俺に対して、頭を上げるようにとクライドは告げた。
「私は謁見のつもりで君を招き入れたつもりはない。ただ、娘の騎士と話をしようと思っただけだ。畏まらないでほしい」
「わかりました。では、さっそく本題に入っても?」
「どうぞ。君のその性急さは嫌いじゃない」
余裕のある表情で、クライドは本題へ移ることを許可した。
これがサザーランドなら顔を露骨に顰めているところだろう。
さて、落ち着いているクライドからお望みの言葉を引き出せるかな。
今回、国の利を追及して、エリシアとは意見を食い違いさせたけれど、無能な王ではない。
「ありがとうございます。じゃあ、率直に聞きます。俺が翡翠学園に送られた理由をお聞きしたい」
「理由? エリシアは説明しなかったのかい?」
「俺が騎士であり、コルディスとアルスの適合者だから。普通で、平凡な生活を送るには強すぎる力を持っているから、と」
「奇妙だね。それが全てだと思うのだけど? 君は何を訊きたいんだい?」
「あなたの狙い、いえ、王国の意向を聞きたい。強すぎる力が問題なら、俺はコルディスとアルスを王国に預け、よその高校に行きたいんです」
俺の言葉を聞いて、クライドの目が微かに細められる。
コルディスもアルスもギアだ。
当然、俺から離れても問題はない。
問題があるとすれば、日本にいるときに面倒事に巻き込まれることだが、それもアティスラントのバックアップがあればどうにでもなる。
「……学園が気に入らないかね?」
「ええ。元々、俺はギアの勉強なんて興味はない。アルスがいる以上、勉強する意味もない。そんな中、必死に勉強している奴らの中に放り込まれて、平気なはずないでしょう? はっきり言って居心地は最悪だ。あんな学園で三年間を過ごすなんて、ごめんです」
「そうか……。君には申し訳ないことをしたね」
「ええ、まったくです。そう思っておられるなら、ここで陛下の考えを聞かせていただきたい。こっちに来る機会はめったにないので」
俺はできるだけ苛立ちを押し殺している感じで語る。
実際、それを感じていたことは事実だ。
けれど。
今はそこまでじゃないと考えてる。
どう考えても居心地がいい場所ではない。
当たり前だ。
欠陥品呼ばわりされて、中傷されて、嘲られ、嗤われる。
普通の高校じゃあり得ない待遇だ。
俺だって人間だ。
俺の態度が気に入らないのだと理解できていても、言われて平気なわけじゃない。
あ、思い出したら、苛立ちがまた募ってきた。
まったく。
どうして、あんな学園を助けにいくために、国王相手に演技をしているのやら。
「私の考えか……。つまり、君は理由が欲しいのかい? はっきりとした」
「ええ。建前なんて聞きたくはありません」
「そうか。なら、教えよう。私を含めて、アティスラント王国の上層部全体の考えを。光芒市はゲートのある街だ。しかも、我が王都の近くに繋がるゲートだ」
「存じてます」
「ここを敵に奪われば王都陥落の危機に陥る。だからこそ、我々は光芒市に戦力を置かせてほしいと、日本に伝えてきた。だが、日本の答えはノーだった。なぜだかわかるかい? 日本人の烏丸晃君」
クライドは俺を真っすぐと見据えてくる。
その理由はよくわかる。
騎士を含めた、アティスラントの強力な戦力を光芒市、そして首都に置かない理由。
それは日本にそれらを抑える戦力がないからだ。
つまり、恐れだ。
それはアティスラントと同盟したときより存在している。
いつでもこちらを滅ぼせるアティスラントを、日本は恐れている。
それこそレムリア帝国よりも。
最も遠く、最も近い隣国。
ゲートで繋がっているということは、即侵攻可能ということだ。
恐れもする。
戦力を拒否もする。
当たり前だ。
アティスラントは単独でレムリア帝国を相手にできる強国なのだから。
アティスラントと比べれば、地球の国はすべて弱小国だ。
加えて、理解不能な技術を使い、異世界からやってきた人間たちだ。
五十年経っても、未だに異世界の壁は取り除かれていない。
アティスラント人には地球人を侮る者もいるように、地球人にもアティスラント人を排除しようとする者がいる。
それもすべて恐れから来ている。
自分とは違うという恐れだ。
「アティスラント王国が強く、そして自分たちとは違うからです。怖くてたまらず、信用できない。アティスラント王国にとって、ゲートが最重要防衛拠点であるように、日本にとっても東京は守るべき首都です。そこに信用しきれない国の強大な戦力をおけない、ということではないですか?」
「正解だ。こちらがいくら信用してほしいと言っても、向こうは聞く耳を持たない。だから、考えた。ならば、日本人を送り込めばいいと。君は翡翠学園に送り込まれたわけじゃない。光芒市に送り込まれたのだよ。サー・レイヴン。ゲートを守護する〝我が国〟の騎士として」
クライドの言葉は強い。
言い知れぬ圧力を感じるほどだ。
蛇に睨まれた蛙といえばいいのか、次の言葉が出てこない。
いますぐ、頭を下げて帰りたい。
けど、望む言葉はまだ聞けていない。
この人はアティスラント王国の国王。
エリシアよりも強い権限の下で、騎士を動かせるトップだ。
この人の言葉に騎士は従わなければいけない。
それは絶対だ。
「つまり……俺の任務は光芒市全体の防衛だと? 危機的状況の場合は、アティスラント王国のために光芒市を救えと?」
「そうだ。それが君の任務だ」
「俺は気に入らない学園に通わされたあげく、アティスラント王国のために三年間、防衛任務に就かされていると? しかも防衛対象にはその気にいらない学園も含まれているときた。冗談じゃない……!」
語調を強める。
目に力を込めて、精いっぱいの勇気をかき集めてクライドを睨む。
それに対して、クライドは慌てることもなく、ひどく落ち着いた口調で告げた。
「これはお願いではない。〝命令〟だ、サー・レイヴン。君の任務は光芒市、翡翠学園、そしてゲートをあらゆる脅威から守ることだ。逆らうことは許さない。これは私の命令だ。そして、騎士にとって私の命令は絶対であり、何よりも優先される。エリシアよりも、君の意思よりも。地球に戻ったら、それを肝に銘じて、任務に励みたまえ」
その決定的な言葉を聞き届けると、俺はゆっくりと膝をつき、失礼しますと短い言葉を告げて王の部屋から退室した。