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第二十二話 悪戯される騎士


「失礼する」


 そう言ってこっちの返事もまたずにドアが開かれる。

 くそっ。

 鍵でもかけときゃよかった。


 ドアが開かれると、空色の髪の青年が入ってくる。

 髪よりもやや濃い青色の瞳が、俺を見据えてきた。


 相変わらず中性的で、端整な顔立ちだ。

 背は俺よりも高い。百七十台中盤くらいか。


 長い髪を後ろで結っており、華奢な雰囲気と相まって、女性と見間違いかねない。

 だがれっきとした男だ。


 名はリオン・スターレット。

 公爵家の長男で、年は十八歳。


 アティスラント王国でも数少ない、十代で騎士になった逸材だ。

 その容姿から王国でも人気が高く、立ち振る舞いが完璧なため、公の場でのエリシアの護衛を務めることの多い騎士だ。


 まぁ、そういう関係で、俺と共同で任務にあたることも多い。


 性格は生真面目。

 当然、そういう性格だから俺みたいにいい加減な奴は嫌いだし、おそらくサーシャみたいなのも嫌いだろう。


「サー・レイヴン。そこの魔女を引き渡してもらおうか?」


 怒りを押し殺した声で、そうリオンが問うてきた。

 否といえば、容赦はしないだろうな。


 俺は肩を竦めて、どうぞというジェスチャーを見せる。


「好きにしろ」

「なんじゃ? 晃、お主は愛らしい女子を悪鬼の手に渡すのか?」

「愛らしい女性は自分を愛らしいとは言いませんよ」

「つまらん奴じゃのぉ。まだリオンのほうがからかい甲斐がある」


 そんなことを言いながら、サーシャは日記をリオンへと見せつける。

 リオンの肩が微かに震える。

 怒りによって。


「そこを動くなよ? サーシャ・フェアチャイルド。転移などしようものなら、僕は何をするかわからないぞ?」

「日記程度で大げさな奴じゃ。わかったわかった。ワシはここを動かんから、取りに来るといい」


 サーシャは観念したように両肩を落とす。

 それを見て、リオンはゆっくりと警戒しながらサーシャの下へ近づいていく。


 その様はまるで罠を警戒する獣だ。


 リオンはよく〝騎士らしく〟という言葉を使う。

 だが、今のリオンはどう見ても騎士には見えない。


 たかが日記を奪うのに、どれほど警戒しているのやら。

 まぁ相手がサーシャじゃ仕方ないか。


 そんなことを思った瞬間、コートのポケットが重くなった。

 おや、と思ったとき、リオンの苛立った声が聞こえてくる。


「サーシャ・フェアチャイルド……どういうつもりだ?」

「なんじゃ不満かの? ワシは動いておらんぞ?」

「肝心の日記を転移させてどうする!?」

「さぁの。条件をつけん、お主が悪い。しかし、あれだな。ワシに言いようにやられるようでは、スターレット家のこの先も不安じゃのぉ」

「ほぅ? それは僕への挑戦状ということでいいのか? サー・ブラッド」


 怒りが限界に達したのか、なにやら禍々しいオーラをリオンが発し始めた。

 この犯行が一度目なら、リオンも抑えただろうが、サーシャがリオンをからかうのは今に始まったことじゃない。


 エリシアの話じゃ、リオンが子供のときかららしい。

 そうなると、サーシャは今、何歳なのかということも気になってくるが、それは恐ろしくて聞くことはできない。


 魔女ゆえの若さというやつだろう。


「短気じゃのぉ。安心するといい。この部屋のどこかにある」

「面倒なことを! 大人しく渡すということができないのか!?」


 リオンはサーシャを怒鳴りつけつつ、部屋のあちこちを探し始めた。

 サーシャはその様子は楽しげに見ている。

 あの表情を見るに、さきほどのコートの重みはリオンの日記が転移させられたものだろう。


 恐る恐る、コートに手を入れれば、入れた覚えのない日記が手に触れる。

 俺は大きくため息を吐きながら、その日記を取り出して、リオンに声をかける。


「リオン。ここにあるぞ」

「なに!?」


 リオンが勢いよく振り向く。

 しかし、その表情はすぐに怪訝なものへと変わった。


 その表情のわけは、俺にもすぐにわかった。

 なにせ、俺が手に握っている日記は、花柄の女物だったからだ。


 ……。

 誰のだよ。これ。


 やばい。

 これは嵌められた。


 リオンはその容姿から男女とか、女装とか色々と言われている。

 ただ、本人はその風評を非常に嫌っている。


 こんなものを差し出したら。


「ふ、ふっふっふ、それはあれか? 僕にはそれがお似合いだと言いたいのか? サー・レイヴン。いいだろう。それは挑戦と受け取るぞ?」

「いや、待て! ちょっ、サーシャさん!」

「ワシは何もしておらん。お主が勝手にしたことじゃろ?」


 サーシャは素知らぬ顔でアルスを撫で続けている。

 アルスはアルスで、最高級のエステでも受けているかのように極楽顔だ。


 使えない相棒だな。


「サー・レイヴン。君とは一度、しっかりと決着をつけるべきだと思っていたんだ。アティスラント王国の騎士に君のような者は必要ないということを教えてやろう!」

「わー!? こんなところでギアを起動させるな! 落ち着け! 俺がお前にこんなものを渡すはずないだろ!?」

「ワシには渡しているように見えるがの?」

「あなたは黙っててください!」


 サーシャを一喝しつつ、今にもギアを起動させそうなリオンを、落ち着かせるにはどうするべきかと考えたとき。


 ドアがノックされた。


「エリシアです。晃、サーシャ、リオン。三人ともいますね?」


 その声は俺たち三人の共通の主。

 そして、謁見するべき姫だ。


 三人して、同時に部屋の時計を見る。

 その時計は、謁見予定時間を三十分ほど過ぎた時刻を示していた。


「あー……遊びすぎたのぉ」


 サーシャはそう呟き、瞬時にリオンの手に日記を転移させる。

 だが、そんなことはもう遅い。


 ゆっくりとドアが開かれて、エリシアが入ってきた。

 その表情は笑顔だ。


 しかし。


「私はそれなりに多忙なのですが、その私を三十分も待たせるなんて、流石は騎士ですね。これは私への挑戦と受け取ってもいいのでしょうか?」


 目は笑っていない。


 はぁ。

 これは説教だな。


 くそー。俺は何も悪くないのに。



◇◇◇



 それから十分ほど説教が続いた。

 俺たちは椅子に座ったエリシアの前で立たされている。


 やれ、時間を守るのは常識だとか。

 やれ、人を待たせるのはマナー違反だとか。


 とても王女に非礼を働いた騎士にする説教とは思えないが、騎士を相手にするとき、エリシアは必ずと言っていいほど常識を説く。


 なにせ騎士たちには常識がないからな。


 遅れるくらいなら可愛いもので、忘れてすっぽかす者もいるくらいだ。

 まぁリオンのようにアティスラント王国出身の騎士は、そういう場合は少ないけれど。


「大体、サー・ヘイル。あなたがいながら、どうして時間が守れないのですか?」

「申し訳ありません、殿下……」


 項垂れるリオンを見え、反省の色をくみ取ったのか、エリシアは次にサーシャに視線を移す。


 サーシャはエリシアから視線を逸らして、明後日の方向を見ている。

 その顔は微妙にバツが悪そうだ。


「サー・ブラッド。元凶はあなたですね?」

「そうじゃったかのぉ?」

「とぼけても無駄です。王都であなたを追うサー・ヘイルが目撃されています。また、からかっていたのでしょう? いい加減にしてください」

「冷たい言い方じゃな。ワシとしては愛情表現だったのじゃがのぉ」

「はぁ……もうリオンは子供ではないのですから、もう少し接し方を考えてください」


 おかしな光景もあったものだ。


 リオンもサーシャも間違いなくエリシアより年上なのに、サーシャに対して、エリシアがリオンへの接し方を考えろと忠告している。


 違和感バリバリだが、それが王族というものだろうか。


 最後に俺のほうにエリシアが視線を移した。

 その表情は完璧に呆れている表情だった。


「その顔はやめろ。俺のせいじゃない」

「お願いですから、未然に防いでください……」

「無茶いうなよ」

「おい! サー・レイヴン! 殿下に不敬だぞ!」


 横でリオンが注意をしてくる。

 こういうところが嫌いなんだ。


 エリシアに注意されるならまだしも、なんでお前に注意をされなくちゃいけないんだ。


 アティスラント王国の貴族であるリオンにとって、エリシアは忠誠の対象であり、幼き頃から仕えるべき主として見てきた少女だ。

 だからリオンがエリシアに尊敬を向けるのは理解できる。


 だが、それを押し付けられてはたまらない。

 こっちとら、王女と知らずに知り合ったんだ。


 今更、この関係を崩すなんてできやしない。

 そもそも、エリシアもそこは望んでいないだろう。


 公式な場でさえ、ちゃんとしていれば、エリシアは自分への態度に文句を言うことはない。

 昔からよく知っているサーシャも、エリシアへの態度は主君へのそれではない。


「はぁ、サー・ヘイル、サー・ブラッドの両名は下がりなさい。任務は伝えてある通りです。私の護衛、頼みますね」

「はっ」

「任された」

「サー・レイヴンは残ってください。話があります」


 そう言ってエリシアは俺だけを残した。

 いや、まぁ、俺にあてがわれた部屋なわけだし、当然なんだけど。


 この様子じゃ何か大事な話だろう。

 俺もハウゼルとの約束があるし、ちょうどいい。

 

 そう判断して、俺は静かにうなずいた。


 




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