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第二十一話 悪戯好きの魔女


 4月24日。

 土曜日。


 アティスラント王国、王都レギオン。

 朝。


 王都中央にある白亜の巨城。

 王城〝天杖〈ヘブンズ・ロッド〉〟


 有事の際には、都市防衛魔法の中核となる巨大な杖として建築された王族の住まう城。


 そこで俺は着替えをしていた。

 白のシャツに白いパンツ。

 そのうえから白いマント。


 白一色、そして装飾過多。

 その癖、動きやすい。


 騎士の正装である騎士服だ。


 別に普段から着用の義務はない。

 パーティーやら式典なんかに出席しないかぎり、着る必要のないものだ。


 ただ、今回はそういうことにうるさい、サー・ヘイルがいる。

 普段着で参加すれば、何を言われるかわかったもんじゃない。


 というわけで、無用なトラブルを避けるためにこうして慣れない服を着ているわけだ。


 今から行われるのはエリシアへの謁見だ。

 そこで任務を言い渡されるだろう。


 そのあと、話す時間があれば話したいけれど。


 そんなことを思っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 まだ時間ではないはずだけど。


「どうぞ」

「失礼。ご機嫌いかがかな? サー・レイヴン」


 入ってきたのは初老の男性。

 この王城で俺を訊ねてくる男性は少ない。


 そしてある程度、年のいってる人は一人だけだ。


「ハウゼル外務大臣。どうかされましたか?」


 エリシアと一緒にいることが多いせいか、外務大臣であるハウゼルとは結構、顔を合わせることは多い。

 だけど、個人的に会いにくるほどの仲でもない。


 何か理由があるのは間違いない。


「いや、非常に言い難いのですがね……」

「お気になさらずに」

「それはありがたい」


 人好きのする笑みを浮かべながら、ハウゼルが呟く。

 言い難いということは、どうせエリシアのことだ。


 まぁ、エリシアを説得しろってところか。


「殿下のことは聞いていますかな?」

「ええ、随分と思い切ったことをしますね」


 よその代表者たちからすれば、アティスラントの王都に呼びつけられるのは気分が悪いのだろう。


 それと単純に交渉の材料として、場所を指定したという側面もある。

 場所を変更する代わりに、何らかの譲歩を引き出せれば思ったのかもしれない。


 だが、エリシアは要求を呑んだ。

 向こうもまさか、呑むとは思ってはいなかっただろう。


 王都の警備は万全。

 代表者たちも、自分の身の安全を考えるなら王都のほうがいいに決まっている。


 しかし、自分たちで指定した以上、別の場所でとは向こうも言えまい。


 意地の張り合いというか、面子の問題というか。


 ただ、エリシアは負けん気が強いが、冷静さを失うほどじゃない。

 メリットとデメリットくらいの判断はできるはずだ。


 つまり、エリシアには何らかのメリットが見えたという可能性がある。

 

「最初は王都でという話だったんですがね。会談を主導していた北部の国、レイオスがいきなり場所を変えたいと言ってきまして……」

「殿下がそれに乗ったと。今回の会談はこちらが主導じゃないんですか?」

「はい。今回はレイオスから切り出してくれましてね。それでどうせなら、いくつもの国と合同ということになりまして。抱える問題が多いため、我々としては好都合と思っていたんですが」

「厄介なことになったというわけですか」


 面目次第もない、とハウゼルは頭を掻く。

 だが、これはハウゼルの責任ではない。


 レイオスの名は何度か聞いたことがある。

 貴重なラピスの鉱山があり、それをカードとして、度々無理難題を吹っ掛けてくる同盟国だ。


 レムリア帝国と国境を接していれば、防衛をカードとしてアティスラントも強く出れるのだけど、あいにく、レムリア帝国とは国境を接していない。


 そのせいか、侵略してしまえという言葉すら出る小国だ。


 そんな国に弱腰を見せたら、どんな要求をされるかわからない。

 だから、要求を呑んだ。


 確かに説明がつく。

 つくんだけど、なんか引っかかるな。


「一応、説得はしてみますが、期待はしないでください」

「ありがとうございます。もう我々では耳も貸してもらえず、困っているのですよ」

「頑固ですからね。まぁ、やるだけやってみます」


 俺がそう言うと、ハウゼルは安心したように笑みを見せた。



◇◇◇



 しばらく部屋で待っていると、再度部屋がノックされた。


 また客かと座っていた椅子から軽く腰を浮かした時、アルスが忠告を飛ばしてきた。


『後ろだ』


 咄嗟に後ろを振り返る。

 すると、思わぬ弾力が俺の顔を包んだ。


 それが何なのか気付き、一気に距離を取る。


「なんじゃ? おなごの胸に顔を埋めるとは、しばらく会わん間に積極的になったのぉ。晃」

「また勝手に人の部屋に転移しましたね? サー・ブラッド」


 そこにいたのはウェーブのかかった薄紫色の髪をもつ女だった。

 年頃は二十代前半。騎士服のコートだけを肩に羽織っている。

 女性にしては長身で、俺とさして変わらない。


 そして抜群にスタイルがいい。

 妖艶という言葉がこれほど似合う女も中々いないだろう。


 何が入っているのかと疑いたくなるほどの豊満な胸に、なだらかでありながら、悩ましい曲線を描く腰つき。


 際どいスリットの間から出る足は白く、長く、そして煽情的だ。

 目のやり場に困り、顔を見れば、こちらを楽しげに見つめる深い紫色の瞳と目が合った。


 猫のように気まぐれで、神出鬼没。しかも大の悪戯好き。

 その癖、魔法師としておそらくアティスラント王国では最強。


 それがサー・ブラッド、サーシャ・フェアチャイルドだ。


「堅苦しい呼び方はよせ。サーシャでよいと言うておるじゃろ?」

「そこまで親しくなったつもりはないんですが?」

「なんじゃと? ワシはもうお主のことを弟くらいに思っておるというのに」


 サーシャは残念そうに唇を尖らせる。

 その姿は可愛らしく映るが、それに騙されてはいけない。


 この女性は過去にうっかりで、俺を魔法に巻き込んだ魔女だ。


「それはどうも。ですけど、その親しさは別のだれかにあげてください」

「可愛くないのぉ。まぁよい。しばらくここに居させてもらうぞ?」


 そう言ってサーシャは、俺が先ほどまで座っていた椅子に腰かける。

 そして、おもむろに一冊の日記帳を取り出した。


 無骨なデザインで、サーシャには正直似合っていない。


「だれの日記ですか?」

「ワシのじゃ」

「嘘ですよね?」

「ノリが悪いのぉ。そう言えば、アルスは居らんのか?」


 いきなり話題を変えた。

 怪しいな。


 それはそうと、サーシャの呼びかけに応じて、アルスが勝手に出てきた。


「いるぞ。サーシャ」

「おー、久しぶりじゃな」


 俺の頭に乗ったアルスを見て、サーシャは満面の笑みを浮かべると、まるで子供のように自分の膝を叩く。

 こっちに来いということだろう。


 サーシャは膨大な魔力を持っているせいで、動物たちに恐れられることが多いと前に話していた。

 その点、アルスは普通の猫ではない。

 というか、猫ではない。


 だが、外見は間違いなく猫だし、毛並みのさわり心地も猫のそれだ。

 そのせいか、サーシャは俺の下を訪れるたびにアルスをこうして呼び出す。


 それに対して、アルスは喜々として向かっていく。


 俺の頭からジャンプすると、空中で一回転して床に着地。

 そのまま軽く助走をつけて、サーシャの膝にダイブする。


「おー、久方ぶりの極上ベッドだ!」

「そうじゃろ、そうじゃろ。ワシの膝でゴロゴロできる者などそうはおらんぞ?」


 そりゃあ、大勢いたら大変だろうよ。


 アルスは至福の表情を浮かべながら、腹を見せている。

 前から思っていたが、アルスは柔らかい太ももが好きなのだろう。


 ただ、誰でも良いわけではなく、今のところ美人でスタイルのいい女性にしか靡かない。

 よくエリシアの上にもいるし、かなりえり好みが激しい。


 そういう点でいえば、アルスが認めた女性の膝枕は最高級ということになる。

 大抵、そういう女性の膝枕は恐ろしくて体験したいとは思えないが。


「それで? 誰の日記ですか? どうせまた悪戯で持ってきたんでしょう?」

「悪戯とは酷いのぉ。スキンシップじゃ!」


 快活な笑みを浮かべて、サーシャは断言する。

 サーシャから見ればスキンシップでも、やられたほうは溜まったもんじゃない。


 サーシャは転移魔法の達人であり、先ほどのように音もなく現れることが可能だ。

 それで盗んだあとに転移するんだから性質が悪い。


 盗まれた人間は勘か、魔力の残滓を辿りながらサーシャを探すことになる。

 気まぐれなサーシャは、適当な場所で昼寝をしていたりすると、さらに悲惨だ。


 まったく、だから魔女だなんて言われるんだ。


「今回の被害者は誰ですか?」

「被害者というな。ワシの親愛を受け取った幸運者だ」

「はいはい。それで? 誰の日記ですか?」


 いくらサーシャでも無差別に物を取ったりしない。

 自分を追ってこれそうな者に限定しているし、忙しい人間にはちょっかいを出さない。

 そこらへんの微妙な匙加減が上手いため、エリシアからも黙認されているのだ。


 どうせ、今回も暇そうにしている奴にちょっかいをかけたんだろう。


「これか? これはサー・ヘイルのじゃ。お堅い奴じゃから、日記くらいファンシーかと思ったのじゃが、意外に普通じゃな。内容も固いのぉ。お主も読むか?」

「……」


 俺が絶句していると、いきなり激しく扉がノックされた。

 それを聞き、俺は項垂れた。


 流石はサー・ヘイル。

 お早いご到着だ。




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