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第二十話 クールな副官


 光芒市・ゲート空港。

 夜。


 宙に浮く円形のゲート。

 そこから何隻もの飛空艇がやっては消えていく。


 ゲートの周りは機械で固められ、常時空港が状態を確認している。


 宙に浮いているとはいえ、その高さはせいぜい、五、六メートル。

 しかもゲートの中に道はない。

 落ちれば、底なしだと言われている。


 そのため飛空艇での移動が必須となる。


 地球側でも魔法を応用して、飛空艇の開発は手掛けているが、未だにアティスラントには及ばない。

 というわけで、俺を迎えに来た飛空艇もアティスラント王国軍のモノだった。


 俺専用の飛空艇はさすがに目立つためか、王都に置いてきたらしい。

 騎士専用の飛空艇、通称〝騎士座乗艦〟は形状からして普通の機体とは違う。


 空港に来れば一目でわかるし、そうなると騎士がいるということを喧伝するようなものだ。


 そして光芒市には騎士がいないことになっている。

 怪しまれるようなことは極力、避けたということだろう。


 それに別に急いでいるわけじゃない。


「お迎えに上がりました。サー・レイヴン」


 俺が乗ったアティスラント王国の軍用飛空艇の中で、白い軍服を着た女性が俺に敬礼する。

 日本の軍と大して変わらない敬礼だ。


 元々、敬礼の文化はアティスラントにはない。

 ここ五十年で、地球の影響を受けた結果だ。

 双方の軍事行動を円滑にするための処置だそうだ。


 軍事となると、とたんに柔軟になるのは、異世界でも変わらないというわけだな。

 

 そしてアティスラント王国で白い軍服は、騎士座乗艦に搭乗する者にだけ許されたものだ。

 

 彼女は俺の飛空艇に乗る数少ない乗員の一人である、リネット中尉。

 金髪を後ろで纏めており、鋭い鳶色の瞳を持っている。


 クールという言葉が似合う女性で、滅多に笑わない。

 そのスタイルの良さから、軍内では結構人気らしい。


 年は二十三。

 超エリートらしく、扱い的には俺の副官という形になる。


「ありがとうございます。それと敬語は結構ですよ?」

「それは命令ですか?」


 リネットは無表情のまま聞き返してきた。

 まったく、相変わらずな人だなぁ。


 リネットは俺の副官になってからまだ日が経ってない。

 そのせいか、まだ打ち解けたとは言い難い。


「いえ、その……普段通りにしてください」

「私は普段からこんな感じですので。お気になさらずに」

「はぁ……」


 貸し切り状態の飛空艇の座席に座りつつ、俺はため息を吐く。


 気にしてるから言ったのに。

 相変わらずな人だ。

 本当にいつもこんな調子なのか?


「なにか?」

「いえ、なにも」


 パイロットに発艦準備を指示していたリネットが、俺の視線に気づき、問いかけてくる。

 それに対して、首を横に振りつつ、俺は右手を差し出す。


 リネットは心得たとばかりに、タブレットを俺に渡す。

 そこに今回の資料が入ってるってことだろう。


「サー・レイヴン」

「烏丸や晃で結構です」

「騎士は騎士名で呼ぶのが習わしです」

「では、その習わしは撤廃します」

「また勝手なことを……。では、烏丸君。資料を見ても逃げ出さないでくださいね?」


 呆れた様子でリネットが告げる。

 一方、俺は俺でリネットの言葉に呆れる。

 もう飛空艇に乗っているのに、逃げ出すなんてありえない。


 そんなことをするくらいなら、元々引き受けてない。


「ありえませんよ」


 資料に目を通しつつ、そう答えて、俺は外を見る。

 どうやら発艦したらしい。


 軍用の飛空艇だし、それなりの速度が出るはずだ。

 資料を見て、適当に時間を潰せばすぐに王都だろう。


 予定を頭の中で立てつつ、資料をどんどん進めていく。

 事務的な部分は読み飛ばし、必要な部分を探す。


『これよりゲートに入ります』


 パイロットから案内が入る。

 ゲートに入ったところで、何かが変わるわけじゃない。

 揺れることもないし、眩暈とかが起きるわけでもない。


 ただ、事故が起きればほぼ助からないというだけだ。

 なにせ異なる世界を繋げる扉の内側なのだから。


「ん? 会場が王都じゃない?」

「ええ、つい先ほど、あちらの要望で今回の会談は北部の街で行いたいと。過去に小国との同盟が結ばれた街で行いたいという理由だそうです」


 アティスラント王国は大陸の大半を支配しているが、それでもその周りにはいくつもの小国がある。

 その小国の代表たちとの会談を、縁起のいい街でやるというわけか。


 まぁ王都に呼びつけるよりは、向こうの提案に乗って出向いたほうが心証はいいだろうが。


「危険すぎる」

「はい。ですが、殿下は向こうの要求を呑むと仰られているそうで、大臣たちが今からでも王都に変更するようにと説得中です」

「でしょうね。メリットよりデメリットのほうが大きい」


 小国の心証よりもエリシアの安全のほうがよほど大事だ。

 それに王都から離れれば、警備も甘くなる。


 敵の工作員が潜入してくる可能性もグッと高くなる。


「弱腰と見られたくないのでしょうか?」

「どうですかね。あれで殿下は負けん気が強いですからね。挑戦と受け取った可能性もあります」


 頭を掻きながら、ため息を吐く。

 まったく、何を考えているのやら。


 しかし、王都から離れた場所で会談を行うなら、それなりの警備が必要だ。

 最低でも騎士は三名必要。それと魔導師の部隊がいくつか。


 騎士はエリシアの身辺警護に一名。そして外部に二名ってところか。

 さて、誰が出てくるかな。


 俺は資料を次へと進める。


 すると、お目当ての情報が書かれていた。


「動員される騎士はサー・レイヴン他二名……?」


 おかしい。

 どう考えてもおかしい。


 参加する騎士の情報は、最も重要な情報の一つだ。

 それをこんな形で片づけるなんて。


 思わずリネットを見ると、微かに視線を逸らされた。

 やっぱりおかしい。


「……俺以外に誰が参加するんですか?」

「……王都についたら、殿下が教えるそうです」

「知ってますよね?」

「教えるなと厳命されています」


 どうして教えられないのか。

 そんなのは簡単だ。

 教えたら、間違いなく俺が嫌がるからだ。


 そして、そこまでの騎士は数えるほどしかいない。


「まさかと思いますけど……サー・ブラッドがいるとか言いませんよね?」

「ノーコメントです」


 その反応で確信する。


 絶対にあの魔女がいると。


 サー・ブラッドは年齢不詳の魔法師だ。


 噂じゃずっと昔から騎士爵の地位にいる魔女で、ありとあらゆる魔法に精通していると言われている。

 その中でも血を用いた魔法を得意としており、他者の血まで容易く操る。

 性格破綻者の多い騎士の中でも、とびっきり厄介な女だ。


 過去に一度、任務で組んだことがあるが、そのときは血の波によって、敵ごと流されかけた。

 にも関わらず、その後は親しげに俺に話しかけてくる。


 俺の最も苦手な騎士の一人だ。


「もう一人は誰ですか? 言わないと帰りますよ?」

「もうゲートの中ですよ?」

「構いません。どんな手を使っても帰ります」

「はぁ……他の騎士のことを色々と言いますが、あなたも大概ですね……。もう一人はサー・ヘイルです」


 その名前を聞いた瞬間、俺は体から力が抜けるのを感じた。

 サー・ヘイルは何度も騎士を輩出している名門の家系出身の男だ。


 凍結の能力を持つギアを保有する魔導師であり、騎士らしい騎士だ。


 ここでの騎士というのは、主君に忠誠を捧げる騎士であり、騎士道精神を持ち合わせている騎士である。


 騎士になるために育てられ、英才教育を施されたエリート。

 そして実際、騎士になった天才だ。


 ただ、そういう性格のためか、俺とは反りが合わない。

 苦手な騎士の筆頭がサー・ブラッドならば、サーヘイルは嫌いな騎士の筆頭だ。


「最悪だ……」

「だから逃げないでくださいね、と言ったじゃないですか」


 リネットの声がどこか遠い。

 サー・ブラッドとサー・ヘイル。

 どっちか片方でも面倒極まりないのに、それが両方だなんて。


 しかも任務内容は警備だ。

 どちらも能力的に警備向きじゃない。


 大軍を薙ぎ払ったり、氷漬けにしたりするほうがよほど合っているはずだ。


 これは人選ミスだ。

 間違いない。


「なんて人選だよ……」

「空いている騎士が二人しかいなかったそうです。諦めてください。フォローはしますから」


 そんな言葉は何の気休めにもならない。

 申し訳ないが、リネットがフォローできるほどあの二人は甘くない。


 こんなことなら引き受けるんじゃなかった。

 思いっきり、俺が後悔している内に、飛空艇はゲートを抜けたらしい。


 窓から遺跡に併設された巨大な空港が見える。

 異世界レーヴェ。

 アティスラント王国領に入ったということだ。


「このまま王都に向かいます。その後は一晩休んで、殿下に謁見です。よろしいですか?」

「もう何でもいいです……」


 力なく答える俺に対して、リネットはさらにいくつかの予定を告げていく。

 それに対して、適当に答えつつ、俺は外に浮かぶ広大な大地を見下ろす。


 のどかな景色だ。

 それを見ていると心が洗われる。


 ずっとこの景色が続けばいいのに。


「現実逃避をしても、意味はありませんよ?」

「時には必要なんですよ。現実逃避も。リネットさんもあの二人と任務をすればわかります」

「無双の騎士も人の子というわけですか?」

「当たり前じゃないですか。化け物かなんかだと思っているんですか? ほかの騎士はともかく、俺は普通の人間ですよ」


 そんなことを言いつつ、俺はシートを倒した。

 ちょっと勉強しようかと思ったが、そんな気は失せた。


「少し寝ます。着いたら起こしてください」

「わかりました。良い睡眠を」


 そう言ってリネットは席を外す。

 すると、すぐに眠気がやってきた。


 それに抵抗することなく、俺は瞼を落とした。







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