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第十九話 王女の呼び出し


 4月23日。

 金曜日。



 ゴーレムの騒ぎのせいでというべきか、おかげというべきか。

 翡翠学園は昨日に引き続き、今日も休校となった。


 ただし、生徒たちは自習を命じられており、俺も寮の部屋で自習をしていた。


 先ほどまでは。


『大活躍だったそうですね?』


 ADを耳に当てながら、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 電話の主はエリシアだ。

 その声はいつも通りのように聞こえる。


「いや、その……」

『〝人的被害〟はおかげ様でゼロです。その働きには感謝を。目立たずという条件下ではよくやったと言うべきでしょう。あなたが騎士でなければ』


 だが、俺にはわかっている。

 エリシアは怒っている。


「あー……そのだな。色々と込み入った事情があったんだ」

『暴走したゴーレムを捕獲ではなく、十数体破壊する事情ですか? 気になりますね。是非、聞かせてください』

「いや、その……人命が掛かってたんだ」

『それは承知の上です。私が言いたいのは、人命を助けつつ、ラピスを破壊しないようにする。それができなかったのですか? ということです』


 口調は物静かで、怒りの要素はまったくない。

 表情も絶対に今、笑顔を浮かべているはずだ。

 ただ、目は笑っていないだろう。


 これはあれだな。

 どう考えてもラピスを破壊したことを怒っているな。


「敵の操者が操ってたんだぞ? ラピスを破壊するのが一番、簡単だったんだ」

『まったく……。簡単だからといって、好き放題破壊しないでください。ラピスはどこにでもある石ではないんですよ? それはあなたもご存じでしょ?』


 ADの向こう側から呆れた声が飛んでくる。


 その内容は今にして思えば、確かにと思える。


 ゴーレムはある程度の資源があれば作ることができる。

 ただ、ラピスは採掘する必要がある。それも限られた場所でしか取れない。


 日本ではラピスは豊富だが、アティスラントには余裕がない。

 強大な軍を維持するだけの数はあるが、学園に回す余分はほとんどないのだ。


 俺は効率重視でラピスを破壊したが、ラピスを破壊しなくてもいい手段はいくらでもあった。

 手足を破壊したり、それこそ装甲を抜いてラピスを抜き取るということもできないわけじゃない。

 

 ただ、面倒だし、そんなことをすると魔力が減って疲れる。

 だからしなかったんだけど。ミスったな。


 この学園はアティスラントと日本の共同運営だが、教師の派遣からゴーレムやラピスの提供などはアティスラント側が大きな比重を占めている。

 理由はそちらのほうが質がいいからというのと、単純に口を出すなら金も出せ、という理屈から来ている。


 つまり、俺はアティスラントに損害を出したわけだ。


「しかし、みんな無事だったわけだし? その……許容範囲だろ?」

『許容範囲? 騎士の許容範囲はずいぶんと小さくなったものですね? 人命も損害もゼロにする。それくらいはあなたならできたのではないですか?』


 チクリとエリシアが俺の罪悪感を刺激してくる。

 これなら一層、思いっきり大声で怒ってくれたほうがマシだ。


 しかし、随分とご機嫌斜めだな。


 エリシアは王族として各大臣の報告を聞く立場にある。

 そのさいに損害を報告されたんだろうな。


 騎士はアティスラントに二十四人しかいない特別な存在だ。

 彼らは一個軍団に匹敵する力を持っている。


 その騎士が居たにも関わらず、物的な損害が出たことにねちねちと文句でも言われたのだろう。

 まぁ言いそうな奴は想像がつく。


 たとえA級操者とはいえ、騎士と比べれば見劣りする。

 実際、まともに戦えばA級操者くらいなら、騎士の敵じゃない。


 今回はこちらには本気を出せない、そして目立たないというハンデがあったが、それは向こうも似たようなものだった。


 綺佳と美郷の下までたどり着いた時点で、二人の安全は確保できた。

 そこで切り替えるべきだったかな。

 まぁ言っても仕方ないけれど。


「まぁ、あれだ。今更、壊れたラピスは戻ってこない」

『あなたがそれを言いますか? 私の下にはいくつもの報告書が来ているんです。あなたにとって終わったことでも、私にとっては今からが本番なんですよ? 少しは反省をしてください!』


 バシバシと何かを叩く音が聞こえてきた。

 どうやら机を叩いているらしい。


 気の毒なことをしたものだ。

 エリシアは毎日、殺人的な量の仕事をこなしている。


 ただ、それを難なくこなせる能力があるというだけの話で、辛くないわけじゃない。


「……悪かったよ。次からは気を付ける。けどさ」

『何か文句がありますか?』

「いえ……ないです」

『よろしい。まぁ、怪我人が出なかったことは幸いです。それが一番大切ですからね。けれど、所詮は小手調べ。向こうも本気ではなかったというのが、学園側が私に提出してきた見解です』


 エリシアの声に落ち着きが戻ってきた。

 どうやら不満を吐き出して、いつもの冷静さが戻ってきたようだ。


 助かったぁ。

 きついお仕置きとかが待ってたらどうしようかと思ってたんだ。


 気を取り直して、俺はエリシアの言葉に答える。


「俺もアルスも同じ見解だ。何が狙いかはさておき、もう一度くらいは襲撃があると見るべきだろうな」

『ええ、ですから休みの間にこちらに戻ってきてください』


 エリシアは何てことのないように告げる。


 俺も一瞬、すぐに答えようとして、事の重大さに気付く。


 戻るという言い方が引っかかるが、つまるところ、アティスラントに来いと言っているのだ。

 休みの間というが、今日と土日が終われば学校は再開される。


 異世界への旅行をするにはちょっと日数的にキツイ。

 どうせ、向こうでも何かやらされるんだろうし。


「嫌だ。面倒だし」

『ああ、言い方が悪かったですね。こちらに戻って来なさい。サー・レイヴン』


 命令口調でエリシアが告げる。

 騎士として来い、ということであり、騎士である俺に用があるということだ。


 しかし。


「いつ襲撃があるかわからない学園を離れるのは得策だと思えないが?」

『そこは平気です。我が国の王都と光芒市は非常に近いですから。あなたの飛空艇なら数時間での行き来が可能です』

「ゲートを問答無用で突っ切ればな。そんなことしたら、空港は大パニックだぞ?」

『そこも問題ありません。学園へ襲撃があれば、どうせパニックになりますから。まぁ、学園には天殻を参考にした防御魔法システムがありますから、外部からの攻撃で落ちるという心配はないでしょう』


 エリシアの言葉はもっともだ。

 この学園を本気で落としたかったら、軍隊でも引き連れてくるしかない。


 それか精鋭による一点突破くらいか。

 どちらにしても、難しいことは確かだ。

 ただし。


「今回のように潜入されたら?」

『アティスラントが自信を持って派遣している教師たちですよ? 魔導師、魔法師として、彼らは優秀です。たとえA級操者に潜入され、危機的状況に陥ったとしても、あなたが駆けつけるまでの時間稼ぎは十分にしてくれます』


 ああ言えばこう言う。

 よほど来させたいんだろう。


 そういえば、前に電話してきたとき、用件があるとか言ってたな。


「この前の用件と関係あるのか?」

『ええ。実は周辺諸国の代表たちと会談を行います。その警備についてほしいのです』


 それは超重要な案件なんじゃなかろうか。


 この前は何てことない用事だと思ったけど、とんでもない。

 とてもじゃないが、こんな軽いやり取りで頼むことではない。


「えっと……それは前から決まってたことなのか……?」

『ええ。ですから、この前、電話したではないですか』

「あの時は俺の用事を優先させただろうが!? そんな重要なことなら、どうして言わなかったんだよ!?」

『それもあの時言いました。あなたから友達がいなくなると可哀想だからです』

「いやいや……友達より会談だろ……」


 いや、まぁ、日常を優先させてほしいということを俺はいつもエリシアに言ってきた。

 だが、それは敵の施設破壊とか、エリシア以外の要人の警備とか、そういうのは遠慮したいという意味だ。


 エリシアの警備というなら否はない。

 それに周辺諸国との会談となれば、敵に狙われる可能性も上がる。


 断るはずがないし、あれなら俊なんかと比べるなんておこがましい。


『では来てくれますね?』

「ああ、行くよ。まぁ敵さんもすぐには動かないだろうしな」

『会談は日曜日です。それまではそちらにいますか?』

「いや、準備もあるだろうし、会談ならほかの騎士も来るんだろ? 警備の配置で揉めるだろし、すぐ行くよ」

『では、すぐに迎えの飛空艇を派遣します。夜には到着するでしょうから、準備をよろしくお願いします』


 そう言って通話は切れる。


 俺はADをベッドの上に放り投げ、深々とため息を吐く。

 やらないわけにはいかないとはいえ、とんでもない休日になりそうだ。


「あー、学園側にも説明しなくちゃか」


 俺がいない理由をでっち上げてもらわなきゃだし、なにより俺不在の間の警備強化もお願いしなくちゃだ。


 確か、明日には学園の三年生がほかの魔導学園との合同訓練に出発するから不在になる。


 三年の中でも上位の者たちは教師に匹敵する戦力だ。

 それがごっそりいなくなるとなれば、学園の防備は薄くなる。


 そんなにすぐに攻めてくるとは思えないが、狙うなら土日のどちらかだろう。


 まぁ、いざとなればエリシアの言う通り、飛空艇を飛ばせば間に合うだろう。


 騎士には専用に飛空艇が用意されている。

 騎士がいち早く戦場に到着できるように、高速仕様だ。


 飛ばせば確かにアティスラントの王都から光芒市まで数時間だろう。


 ゲートを通る際の所要時間は数分。誤差も一分もない。

 ただ、毎回、多くの飛空艇がゲートを通るため、無理やり割り込めば間違いなく混乱が起きる。


 できれば使いたくない手ではある。


「流石にこんなにすぐ攻め込むってことはないか。今回の一件でゴーレムも数を減らしたし」


 操れるゴーレムの数が減った以上、向こうの戦力ダウンは否めない。

 かといって、新たに導入されるゴーレムにはそれなりに対策が施されるだろう。


 ラピスの周りに魔法的措置を取るだけで、途端に魔法によるハッキングは難しくなる。


「さて、準備するか」


 そう言って俺は荷造りを始めた。

 ただし、その手は重い


 俺の悩みは学園だけではないからだ。


 騎士というのはアティスラント王国の最高戦力だが、アティスラント王国の出身者とそうでない者は半々くらいだ。


 全員が異常とも言える力を持つ魔導師や魔法師だが、ほとんどの奴がちょっと頭のネジが緩んでるという欠点を持っている。

 対外的には、表に出しても構わない奴しか出てないから、騎士は王国や地球の国で憧れの的だが、実情は変人集団だ。


 実力重視で選ぶからそんなことになるわけだが、それがアティスラントを支えている以上、文句は言えない。


 問題は自己主張が激しい奴らと一緒に任務に就く場合だ。


 騎士は地球やレーヴェに散らばっているが、数人は必ず王都にいる。

 会談も王都かその近くで行われるだろうし、警備をするのも王都にいる騎士たちだろう。


 これは賭けだ。

 面倒なの当たれば、俺の心労は激しいものとなるし、比較的マシな奴らに当たれば、それなりに穏やかな気持ちで地球に帰って来れるだろう。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 恐ろしいのは、鬼なんかよりも何倍も厄介な奴らばかりという点だ。


 本当に騎士に憧れる奴らに実情を見せてやりたい。

 こんな奴らと一緒に仕事がしたいか、と。





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