閑話 エリオの本性
翡翠学園でゴーレムの暴走があって、しばらく。
光芒市には学園からの連絡を受けた警察が、あちこちにうろついていた。
警察は精鋭の魔導師部隊も動員し、隅々まで捜索している。
あちこちに警察車両の姿が見えており、市内は物々しい雰囲気に包まれていた。
そんな市内を見下ろしながら、エリオは笑顔で呟いた。
「いやぁ、凄い生徒もいたものですね。あそこまで強い学生がいるなんて、ちょっとビックリですよ」
翡翠学園から少し離れた廃ビル。
そこにエリオとリッツはいた。
学園内に潜入していたエリオは、内部の協力者によって、発見されることなく外部に出ることに成功したのだ。
そんなエリオを車で拾って回収したリッツは、顔を顰める。
「遊びすぎです。当初の予定では数体、暴走させるだけだったはずです!」
「いや~、少し興が乗ってしまいまして。でも、そのおかげで気を付ける生徒を見つけられたでしょ? 成果はあげましたよ?」
「それと引き換えに、こちらの存在は完全に気取られました。これでは本番に移れません! 作戦を台無しにする気ですか!?」
リッツはエリオに非難の視線を向ける。
学園の騒ぎはエリオの独断だった。
作戦から大きく外れた行動のため、内部協力者にも負担をかけた。
下手をすれば、内部協力者の正体にまで気付かれるところだった。
そうなっては、学園への襲撃は夢のまた夢になってしまう。
しかし、エリオは悪びれた様子はない。
「まぁまぁ。そう怒らないでくださいよ。警備が厚くなる程度なら平気ですよ。潜入できないなら、力づくで突破すればいいんですから」
「馬鹿なことを……。そんなことをすれば、学園と真っ向から戦うことになりますよ? 学生や日本の教師はともかく、アティスラントから派遣されている教師たちは魔導師や魔法師としても一流です。いくらあなたでもキツイ相手では?」
「大丈夫ですよ。僕の機体さえあれば。それこそ、僕一人でも制圧できると思いますよ。教師だろうが、生徒だろうが相手じゃないですから。ただ……」
エリオはそう口にしながら、学園のほうへ視線を向ける。
その目の奥には、いまだに好戦的な火を宿していた。
「彼とは決着をつけたいですね。僕専用の機体たちで」
「そういう発言はやめていただきたい。本番の際は、学生を人質に取ります。戦闘は極力避けますので、ご了承ください」
「人質なんて取ったら、全力で戦えないじゃないですか。僕が彼を殺すまで待っていてくださいよ」
エリオは笑顔でそんなことを言った。
それがリッツの苛立ちを誘う。
作戦を台無しにしかけておきながら、反省の色もなく、さらに要望まで突きつけてくる。
その身勝手さにリッツは顔を盛大に顰めた。
「特尉。あなたは私に従うと仰ったはずです。邪魔もしないと」
「いやだな。従ってるじゃないですか。それに邪魔もしてませんよ?」
「あなたにそんな気がなくとも、私には邪魔としか思えない行動でした。以後は慎んでいただきたい」
リッツは強い口調で告げる。
やはり、この少年は作戦行動に組み込んだのは間違いだったと、今ならはっきりとわかった。
平常時は大人しいが、いざ戦闘となった途端、エリオは好戦的な本性をむき出しにして、作戦をすぐに無視した。
退避させるのも一苦労であり、とても軍人の行動とは思えなかった。
実力はあるが、所詮は子供。
身勝手で、自己中心的。
自分の力に絶対的な自信があるゆえに、傲慢で不遜。
その場のことしか考えておらず、おかげ周りが苦労する羽目になる。
その戦闘力のおかげで逃げることができたが、それも結局、敵に情報を与える結果となった。
ゴーレムがまとめて暴走するなどありえない。
数十体のゴーレムを操れるほどの操者が、学園を襲ったのだと翡翠学園も気付いただろう。
リッツが立てた作戦では、ゴーレムを数体暴走させるだけで終わりだった。
それが次の作戦への布石となるからだ。
しかし、ここまで大事になっては布石も何もない。
学園は次の襲撃に間違いなく備えるだろう。
そしてレムリア帝国の軍人が潜伏していることもバレた。
これから、今の比ではない大捜索が市内全体で行われるだろう。
そうなっては潜み続けるのは難しい。
「あなたのせいで部隊全体が危険に晒されています。自覚を持っていただきたい!」
「はぁ……わかりましたよ。彼との決着は、そうですねぇ……できたらということにしときましょう。それと作戦を変更しましょうよ。予定じゃ徐々に送り込むはずですが、一気に送り込んで、バレる前に攻め込みましょう。たしか、今週末は三年生が不在なんですよね?」
「たかが数日置いただけで攻め込むと!? 正気ですか!?」
「もちろん。こういうのは意表を突いたほうがいいんですよ。定石なんて敵も知ってるんですから、裏をかきましょう」
エリオは言いながら、勝手に作戦を立て始める。
その作戦は当初の作戦へ変更を加えたものだった。
冷静にリッツは分析し、細かい部分を詰めれば使える作戦であることに思い至る。
今、必要なのは早さであり、その点をクリアできている時点で、採用しない手はなかった。
しばらくリッツは瞠目してから、複雑な感情を胸に押し込め、エリオの提案に頷いた。
「わかりました。ですが、指揮は私が取ります。それと人質を取ることも譲れません。いいですね?」
「はいはい。お任せしますよ。それじゃ、ここも移動しましょう。おまわりさんが来てしまいますからね」
そう言ってエリオは笑みを浮かべる。
その無邪気さに危険なモノを感じつつ、リッツはそれに目を瞑るしかなかった。
敵地で存在がバレた以上、すぐさま行動しなければ任務の達成はありえない。
任務に失敗すれば、たとえ生きて帰ったとしても、出世コースから外れるのは間違いない。
リッツにとっては、それは死よりも恐ろしいことだった。
それを回避するためには、エリオに頼るしかない。
前を歩くエリオの背中を見つめながら、リッツは覚悟を決めた。
こうなったら、この少年と心中する気でやるしかない、と。