第十七話 武人、舞う
森を抜け、第三グラウンド近くまでたどり着いた俺は、綺佳と美郷を探していた。
第三グラウンド内では数体のゴーレムが未だに暴走中。
教師たちが相手をしているが、なにせラピスを壊さないかぎり動きを止めない。
制圧に手こずってる。
その他の場所でも数体ずつ暴れているが、今のところ人的損害はない。
避難もほとんど済んでいる。
あとは美郷と綺佳を探すだけだったが。
赤い閃光が突如として放たれた。
極太の閃光は一直線で学園の外周部まで届き、学園を覆う魔力障壁にあたり、よくやく勢いを殺された。
どう考えてもやりすぎだが、おかげで俺は美郷と綺佳の居場所を把握できた。
「探す手間が省けたな。しかし、俺に撃ったのより威力が上だぞ……」
『装甲の厚いゴーレムと対峙したのかもしれんな』
「外すってことはないだろうし、倒したかな?」
『対峙したのは倒しただろうが、それ以外が問題だ』
アルスの言葉に俺は頷き、急いで二人の場所へ向かう。
確かに居場所はわかった。
けれど、それは俺だけにわかったわけじゃない。
その証拠に俺以外にも動く気配が多数。
最低でも十は超える。
「やっぱりA級操者か? こんだけのゴーレムを操れるってことは」
『そうだろうな。そして厄介なことにそのA級操者が、あの娘たちを難敵と判断したようだ』
「A級操者が学生相手に大人げないことだ」
『オリジン・ギア持ちが二人だからな。警戒は妥当だ。ここで始末できれば将来の脅威を排除できる』
将来の脅威。
つまり、今はまだ脅威ではないということだ。
敵が本気なら容易く摘み取られる、若い芽だ。
だから、守らなくちゃいけない。
守れるだけの力があるのだから。
『敵のほうが近い。急げ!』
「わかってる!」
言いながら、木を力いっぱい蹴る。
木はその衝撃で弾け飛ぶが、それが俺を加速させる。
それを繰り返し、用具室の裏側までたどり着く。
だが、少し遅い。
用具室の裏側から回り込んだ高機動型のゴーレムが、今まさに二人に飛びかかろうとしている。
数は四。
最初の二体は囮。
次の二体が本命。
なら。
迷わず足の力を込めて、四体の後を追う。
最初の二体は二人が受け止めている。
問題なのは本命の二体。
空中で追いつき、一体を右足で蹴り飛ばし、その反動でもう一体も同じ足で蹴り飛ばす。
そして着地と同時に左右にいるゴーレムへ手を伸ばす。
『双激』
左右の手から激浪を放ち、ラピスを破壊する。
ゴーレムたちが力なく倒れていく。
そこでようやく、俺は一息ついた。
「ふぅ……何とか間に合ったな」
「……烏丸君?」
そう綺佳が訊ねてくる。
まったく、何を訊いているのやら。
たしかに髪の色も目の色も変わっているが、顔立ちは変わっていない。
俺以外、ありえないだろう。
「ああ。俺以外に見えるか? それより怪我はないか?」
背後にいる綺佳にそう問いかける。
綺佳がしっかりと頷いた。
すると、なんだか奇妙な感覚に襲われた。
それが何だか気になったが、今は気にしてはいられない。
今度は美郷に視線を移すと、満身創痍と言った感じの綺佳とは違い、美郷はそれなりに元気そうだった。
「お前は……平気そうだな」
「あんた、あたしの全力をくらいたいようね……!」
「そんだけ言えれば十分だな。二人とも下がってろ。あとは俺がやる」
そう言って視線をゴーレムたちに移す。
正面に八体。
さきほど、蹴り飛ばした二体もまだ動くだろうし、合計で十体。
ここ以外でもゴーレムは暴走している。
それを考えれば、二十体くらいは操作しているんだろうか。
自動型への強制介入はハッキングと変わらない。
同時に二十体以上にハッキングを仕掛け、自由自在に操っているというわけだ。
A級操者にも色々いるが、こいつは間違いなく多数のゴーレムを操るタイプだろう。
厄介は厄介だが。
数だけなら恐ろしくもなんともない。
「来いよ。ゴーレム。ちょっとだけ本気で相手をしてやる」
余裕の表情を浮かべながら、俺はゴーレムたち、そしてそれらを裏で操る操者に向かって言い放った。
◇◇◇
正面の八体が一歩ずつ間合いを詰めてくる。
それに対して、俺も間合いを詰める。
火器の類を装備してないとはいえ、ゴーレムが複数体暴れれば、周囲にはそれなりに被害が出る。
出来るだけ綺佳たちからは離れておきたい。
ただ、あまり離れると高機動型が綺佳たちを狙いかねない。
距離感が難しいな。
『機を見計らって、高機動型は動くはず。蹴り飛ばしたのは拙かったな』
「仕方ないさ。あれ以外に手はなかった。一応、意識を割いておいてくれ」
『心得た。通常のゴーレムはともかく、重装甲のゴーレムには激浪は効きづらいぞ。わかっているな?』
「承知の上さ」
ゴーレムの間合いに入り込みながら、呟く。
徒手空拳でゴーレムとやるのは、かなり無謀だ。
攻撃が通じなければ、どれだけ速く動けても無駄だからだ。
けれど、効きづらい程度ならどうにでもなる。
通常のゴーレムが俺に突っ込んでくる。
おかげで視界が奪われる。
だけど。
「接近戦なら大歓迎だ」
呟きながら、懐に潜り込み、魔力を流し込む。
先ほどよりも多めに。
『あまり効率のいいやり方ではないが、格闘だけで片づけるなら、今はこれ以外に手はあるまい。魔力を使いすぎるなよ?』
「わかってるさ」
ゴーレムのモノアイが消失したのを確認したと同時に、倒れてくるゴーレムを踏み台にして、空中に逃れる。
次の瞬間、二体の重装甲ゴーレムが突っ込んできた。
通常のゴーレムがひしゃげる。
最初から巻き込む満々で突撃しているな。あれは。
まぁ、それがゴーレム本来の戦い方だ。
痛みも感じず、躊躇いもないゴーレムは消耗品として使うのが定石だ。
着地すると、周囲を残りの通常のゴーレム、三体に囲まれる。
そして、三体は同時に突っ込んできた。
どうやら通常の攻撃ではなく、押しつぶす攻撃に切り替えてきたらしい。
けれど。
「どっちも変わらないけどな」
一体の頭の上に立ちながら、俺は呟き、足先でゴーレムの頭を小突く。
それだけで土台にしていたゴーレムのラピスは砕ける。
激浪は魔力を流し込む技だ。
別に手じゃないと使えないわけじゃない。
まぁ難易度は飛躍的に上がるから、最初に蹴り飛ばしたときみたいな咄嗟だと、さすがに難しいけど。
そのまま、崩れるゴーレムから降りると、正面衝突したことで動きが鈍っている残りの二体に掌底を叩き込み、ラピスを破壊する。
「残り六体」
高機動型二体と重装甲が四体。
敵もそろそろ、俺が内部のラピスを破壊していることに気付く頃だ。
何か手を打ってくるかな?
『晃! 高機動型が動く!』
アルスの言葉を聞くと同時に、綺佳たちの下へ走る。
高機動型は、そんな俺に向かって走ってきた。
「動いたところを仕留める気か?」
『舐められたものだな』
綺佳たちをガードしに行ったことで、体は前のめりになっている。
ここから体勢を立て直していたら、高機動型への対処は間に合わない。
高機動型は勢いよく突っ込んできて、やや斜め方向から手刀を突きだしてくる。
だが。
『その程度の手刀で、こちらを仕留めようなどとは……なっとらん!』
アルスの叱責が敵へと向かう。
それに苦笑しつつ、両手を跳ね上げ、手刀を掴む。
そして、そのまま体を回転させて、まずは右手側のゴーレムを投げ飛ばす。
その先には後方から迫ってきていた重装甲のゴーレム。
同じゴーレムとはいえ、質量も装甲の厚さも違う。
勢いよくぶつければ、当然、高機動型が壊れる。
まず、俺が掴んでいた腕がもげる。
そして、両足があらぬ方向に曲がった。
そのまま、勢いよく明後日の方向に飛んでいく。
ラピスは破壊できてないが、とてもじゃないがもう動けないだろう。
「もういっちょ!」
今度は左手のゴーレムを投げる。
だが。
「おっと?」
投げたゴーレムは空中で体勢を立て直し、見事に重装甲型の肩の上に着地した。
俺が掴んでいた腕は、無理な動きをした代償でもう使い物にはならないようだが。
読まれたか。
まぁいい。
残りは五体。
『厄介な重装甲ゴーレム。一撃じゃ届かないぞ?』
「じゃあ、連打すればいいさ」
アルスの言葉にそう返しつつ、真っすぐ突っ込んでくる重装甲のゴーレムを正面から迎え撃つ。
まず右手で一発目の掌底。
間髪入れずに左手で二発目。
連撃。
一発目の波を二発目の波でさらに押し込み、ラピスに届ける。
モノアイが消えると、肩に立っていた高機動型が、後方に跳躍する。
代わりに残りの重装甲ゴーレムが三体向かってくる。
「残り四体」
戦力に数えられるのは三体の重装甲ゴーレム。
必要な打撃は計六発。
『一気に決めてしまえ!』
アルスの言葉に押されて、三方向から迫ってきた重装甲ゴーレムに二発ずつの打撃を瞬時に食らわせる。
ほぼ同時の六連撃。
そして同時にモノアイが消え去る。
これで残りは一体。
最後に残った高機動型に目を向けると、悠然と佇んでいた。
その立ち姿は。
『油断するな』
アルスに言われるまでもない。
この操者は今で意識を分散させて、複数のゴーレムを操っていた。
けれど、この高機動型は違う。
たぶん、他の場所でもゴーレムの動きは止まっているはずだ。
つまり、敵の操者はこの高機動型を操ることに集中したということだ。
距離は十歩ほど。
詰めようと思えば詰められる距離だが、安易に詰めていい距離でもない。
右腕は先ほどの流れで壊れているが、A級クラスの操者が一体のゴーレムに集中すれば、そのゴーレムはもう雑兵ではない。
まごうことなき達人だ。
ゆったりとした動きで、ゴーレムが前に出てくる。
一歩目はゆっくりと。
二歩目は少し速く。
そして。
『来るぞ!』
三歩目で思いっきり加速してくる。
それに合わせて、俺も前に出る。
右手で掌底を突き出すが、左手で弾かれる。
ゴーレム自体の性能は変わってない。
ただ反応速度は別格だ。
そのまま右足が跳ね上がって、俺の横腹を狙ってくる。
それを左足で受け止める。
「ちっ!」
さすがに重い。
だが、問題なのは次だ。
右足を素早く下ろすと、今度は左足の後ろ回し蹴り。
普通ならバランスを崩す連動も、ゴーレムなら余裕というわけだ。
顔を後ろに引いて、それを躱しながら、俺も右足の後ろ回しを放つ。
それは一歩引いて躱された。
互いに体勢を立て直し、静寂が流れる。
一気に決めたいが、アルスの経験が警鐘を鳴らす。
突っ込んではいけないと。
先ほどよりも間合いは近い。
どちらも踏み込めば攻撃は当たる。
だが、どちらも踏み込まない。
先に動いたほうが不利だからだ。
しかし、ここでジッとしているわけにもいかない。
アルスと融合したため、魔力の量は増えているが、それだって無限じゃない。
アルミュールを展開しているだけ魔力は消耗していくのだ。
そして向こうも同じ。
勝負は一撃。
そう決めて、ゆっくりと腰を落とす。
『向こうは相打ち覚悟で打ってくる。狙いに乗るなよ?』
まぁそうだろうな。
相手にとって、このゴーレムは所詮借り物。
使い捨てにするなんて当たり前だ。
けど、俺は違う。
相打ちで損をするのは俺だ。
そう考えたとき、ゴーレムが動いた。
繰り出した技はただの左突き。
予想の範囲内の技だが、これだけじゃ終わらないだろう。
軽く右手で左の突きの軌道をずらすと、その隙をついて、本命がやってきた。
ゴーレムの体は人間に比べれば硬い。
それは比較的脆い高機動型でも変わらない。
その中でも重点的に装甲が厚い部分がある。
まずは胸部だ。
ラピスを保護する関係上、胸部は装甲が厚い。
そしてもう一つは頭部だ。
センサー類が集中する頭部は、胸部の次に硬い。
そして、敵はそこを使ってきた。
つまり、頭突きだ。
受け止めれば、即連撃の餌食だろう。
だが、避けるのも不可能。
なら迎撃しかない。
「このっ!!」
左手を跳ね上げ、顎を思いっきり打ち抜く。
人ならこれでノックダウンだが、こいつには関係ない。
まだまだ動く。
流れ込んでくるアルスの思考に逆らわず、体を動かしていく。
右足による回し蹴りを首に。
右手の手刀で腕を切断し、防御を崩す。
そして足を払い、地面に叩きつけるようにして、掌底を胸部に叩きこむ。
「激浪……!」
思わず気持ちが入って、必要以上に魔力を叩き込み過ぎた。
地面に大きく亀裂が入ってしまった。
『周辺に気配はない』
「わかった。融合解除だ」
そう言って、俺は大きく息を吐きながら、綺佳たちの下へと向かう。
その途中で、アルスが融合を解除して、俺の頭に着地した。
「コルディスの中に戻れよ」
「何を言う!? 吾輩にはここで敵を警戒する役目がある!」
「コルディスの中でもできるだろう……」
そうは言っても、アルスは戻る気配を見せない。
しょうがないか。
しかし、どう説明したものかな。