第十六話 電光石火
綺佳と美郷は第三グラウンドから少し離れたところにある用具室の近くで、重装甲で身を固めた五体のゴーレムと交戦していた。
ゴーレムの保管庫から出てきた新たな五体が、避難中の中等部の生徒に向かったため、それを阻止したのだ。
だが、避難していた中等部の生徒二名を庇いながら戦っていたため、用具室まで追い詰められてしまっていた。
「しつこい!」
「こうも動き続けるなんて……」
美郷は悪態をつき、綺佳は重装甲ゴーレムのしつこさに舌を巻いた。
重装甲ゴーレムは通常の訓練用ゴーレムよりも太くがっしりとした体型で、強力なギアの攻撃を前提とした装甲で身を固めている。
モノアイの色は紫で、これといった装備はないが、タフさだけならば軍用ゴーレムに匹敵するほどだ。
すでに美郷と綺佳はそのゴーレムたちに何発も攻撃を加えていた。
美郷と綺佳の攻撃により、ゴーレムはあちこちに故障を抱えている。
だが、ゴーレムの動きは止まらない。
「自動型のゴーレムなら、これだけダメージを与えれば止まるはずなのに……」
困惑した様子で綺佳が呟く。
そして後ろを窺う。
綺佳と美郷の後ろには二人の男女がいた。
どちらも中等部の制服を着ており、怯えている。
無理もないと綺佳は内心、呟く。
複数のゴーレムの暴走。
しかもゴーレムの動きは機械的ではない。
動きが鈍いはずの重装甲のゴーレムが、軽快で巧みな動きを見せている。
どう考えても暴走では済まされない。
「東峰さん。あなたのほうがレムリア帝国に詳しいと思うから訊くけど、自動型のゴーレムを無理やり操作できる操者っているの?」
綺佳の質問に美郷は微かに考え、小さく頷いた。
「多分、レムリア帝国の高位の操者なら可能だと思うわ」
「そう。それを踏まえて、どう思う?」
「ありえないって言いたいけど、こうも動きが滑らかだとその可能性を考えたほうがいいわね。訓練用のゴーレムとは何度も戦ったことあるけど、こんな動きができるわけないわ」
「なら、決まりね。核であるラピスを狙いましょう。操者がいるなら、幾らダメージを与えても、核が無事なら動き続けるわ」
レムリア帝国の操者が学園内にいる。
その可能性に思い至り、綺佳は唇を噛みしめる。
自分が想定していたよりも、事態は危機的だからだ。
ただのゴーレムの暴走ではなく、松岡の言う通り、これはレムリア帝国の攻撃。
しかも高位の操者が投入されている。
学生レベルで対応可能な事態ではない。
しかし、ここで戦えるのは綺佳と美郷のみ。
逃げるにしても、目の前の五体をどうにかしなければいけない。
「射撃モードで私の援護をお願いできる?」
「それが良さそうね。接近戦じゃあたしは足手まといだろうし。任せて!」
短い会話のあと、綺佳は自分から目の前のゴーレムに突っ込んだ。
狙いは真ん中の一体。
それ以外は無視する。
ほかの四体が動き出そうとするが、それを美郷が牽制する。
溜めを使わない連射のため、ゴーレムの重装甲は貫けない。
だが、動きは止まる。
その隙に綺佳は狙いを定めたゴーレムに肉薄する。
「はぁぁぁ!!」
空気を切り裂く鋭い気合と共に、綺佳はカラドボルグをゴーレムの胸部に突き出す。
刀身は電撃を帯び、その突きの速度はまさに雷のようだ。
だが、カラドボルグの黄金の刀身はゴーレムの胸部装甲に弾かれた。
一発の威力という点では、カラドボルグはそこまで高くはない。
速度の乗った突きは対人戦には十分でも、装甲の厚いゴーレムが相手では威力不足なのだ。
そもそも訓練用の重装甲ゴーレムの役割はサンドバックだ。
学生のギアの攻撃に耐えることが目的であり、よほど高威力の攻撃でない限り、一撃で崩すことは難しい。
そして、それは綺佳も理解していた。
「まだまだぁ!!」
カラドボルグを引き戻し、再度突く。
同じ個所への連続攻撃。
それがどんどん続いていく。
三回、五回、七回。
やがて連続の突きは二桁を越え、ゴーレムの胸部装甲も徐々に剝がされていく。
それに掛かった時間はわずか数秒。
魔導師の速度を上げるカラドボルグと、そもそも学園でもトップクラスの速度を持つ綺佳だからこその攻撃だった。
突きの回数が二十を超えたとき、胸部装甲をカラドボルグが貫く。
そして綺佳の手に確かな手ごたえが伝わる。
核となるラピスを貫いたのだ。
ゴーレムのモノアイから光が消えうせる。
だが、深く貫いたため、綺佳にも隙が生まれる。
「くっ!?」
カラドボルグを引き抜いている間に、一体のゴーレムが美郷の射撃を掻い潜り、綺佳の後ろに回り込んだのだ。
装甲に包まれた大きな腕が振り上げられる。
「天海さん!」
だが、その腕は振り下ろされることはなかった。
ゴーレムの足、その関節部に美郷の射撃が命中したからだ。
ゴーレムが大きく態勢を崩す。
その隙に綺佳はゴーレムから距離を取った。
「いくら重装甲って言っても、背後の関節までは覆えない!」
「流石ね。東峰さん」
「そっちこそ、流石は学年主席。頼りになるわ」
美郷と綺佳は互いに笑い合い、それから残りの四体を見据える。
残りの四体は綺佳と美郷を警戒し、隊列を組み始めた。
先ほどまでは無秩序に綺佳たちを囲んでいただけだが、警戒レベルを引き上げたというところだろう。
「ますます、誰かが操ってるって可能性が高くなったわね……」
「前方に三体。後方に一体。これで一体一に持ち込むのは難しくなったわ」
先ほどまでとは違い、後方に一体が控えているため、どのゴーレムに向かっても、後方から援護が入る。
かといって、後方の一体を狙えば、前後から挟み撃ちにあう。
三体がじりじりと迫ってくるのを見て、綺佳は役割を交代することを決意した。
「東峰さん。全力で撃てばまとめて吹き飛ばせる?」
「そうね。烏丸に撃ったときみたく、しっかりチャージすれば多分いけると思うわ」
「なら、私が引きつける。トドメはお願い」
「時間掛かるわよ?」
「平気。しっかりと稼ぐから!」
そう言って綺佳は再度ゴーレムたちに突っ込んだ。
今度は美郷の援護射撃はない。
牽制がないため、前方の三体が綺佳に向かう。
後方の一体は有事に備えて動かない。
それを見て、綺佳は深く息を吸い込む。
そして力強く言葉を発した。
【固有駆動、電光石火】
固有駆動はオリジン・ギアやイレギュラー・ギアにのみ存在する、そのギアにだけある固有の技だ。
魔導師の魔力を大幅に消費するかわりに、通常時の能力よりも大幅に高い能力を引き出すことができる。
綺佳のカラドボルグの通常時能力は〝速度強化〟。
その速度は通常時でも敵に捕捉されないほどだが、固有駆動、電光石火を発動した状態であれば。
その動きはまさに雷。
たとえレムリア帝国のA級操者であろうと、訓練用のゴーレム、しかも自動型を無理やり動かしている状況では。
捉えられるものではない。
ゴーレムの懐に潜り込む動きを見せていた綺佳が、一瞬で消え去る。
次の瞬間、綺佳はゴーレムの肩の上にいた。
そこから装甲の隙間を狙い、突きを放つ。
しかし、微かにゴーレムが動いたことで狙いが外れる。
そのことを惜しいと思う暇もなく、綺佳は動き続ける。
できるだけ単調にならず、複雑に。
敵を惑わすように。
綺佳の電光石火は速度を著しく引き上げる。
だが、最大で一分しか持たない。
また、使用後にはしばらく動けないという欠点もある。
加えて、その最高速度を綺佳はまだ完全にはコントロールできてはいない。
通常時ならできる精密な動きは、電光石火使用時にはできないのだ。
それでも、その速度はそれだけで武器になる。
縦横無尽に駆け回る綺佳に、ゴーレムは翻弄されっぱなしであり、ときおり放たれる速度の乗った攻撃は、確実に装甲を剥ぎ取っていく。
「凄い……」
美郷はクラウソラスに魔力をチャージしながら、そう呟いた。
レーヴェと地球では、魔導師のレベルはかなり違う。
それゆえ、美郷はこちらの学園で、少なくとも同年代で自分に匹敵する魔導師がいるとは思っていなかった。
それだけの自負があった。
にもかかわらず、晃にはわざと負けられ、今、綺佳には匹敵どころか差を見せつけられている。
悔しさに唇を噛みしめ、美郷はクラウソラスにさらに魔力を流し込む。
晃との模擬戦で、美郷が放った一撃は全力ではない。
そんな攻撃をすれば、晃どころか会場にもダメージが入ってしまうからだ。
あれはせいぜい五十から六十パーセント。
半分程度の威力なのだ。
そして、今、美郷は七十パーセントまで魔力を込めようとしていた。
美郷もクラウソラスを完璧に扱えているわけではない。
クラウソラスの能力は〝炎の集束〟。
クラウソラス自身が魔力を炎へと変換する機能も持ち合わせているため、炎に困る心配はない。
接近戦時には集束した炎を剣に纏わせることで、攻撃力を上げ、遠距離戦での銃撃時には炎が弾丸となる。
その威力は、学園に全力での使用を禁じられるほどだ。
許されているのは七十パーセントまで。
その許されている上限ギリギリまで、美郷は魔力を込めた。
「いいわよ! 天海さん!」
チャージを終えて、美郷が綺佳に呼びかける。
その声を聞いた綺佳は、最後に四体を美郷の射線上に誘導し、距離を取った。
射線の先には何もない。安心して撃てるコースだ。
「本当に気が利くわね……!」
言いながら、美郷はゴーレムに狙いを定めて引き金に手を掛ける。
今まで綺佳に翻弄されていたゴーレムたちは、美郷の狙いに気付き、散開する動きを見せる。
だが、途中で叶わないとみるや、美郷に向かって一体が突撃した。
その一体で食い止めようとしたのだ。
しかし。
「甘いのよ!」
美郷が引き金を振り絞り、集束された炎の閃光を解き放った。
それは突進してきたゴーレムを丸ごと飲み込み、後方にいた三体のゴーレムをも飲み込んでいく。
かろうじて一体が射線上から右半身をずらすことに成功したが、その右半身だけを残して、残りはすべて消し炭となった。
右半身となったゴーレムもその場で倒れ、動く素振りを見せない。
それを確認して、美郷はホッと息を吐いた。
「なんとかなったわね……」
呟き、美郷は座り込んでいる綺佳の下へ向かった。
「大丈夫?」
「ごめんね……。固有駆動を使うと、しばらく動けなくて……」
「あんな動きをしたんだし、しょうがないわよ。とりあえず、中等部の子たちを避難させて……」
これからのことを口にしようとした美郷だったが、言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
その理由は音だった。
重装甲のゴーレムは大型で巨体だ。
歩くときにもかなり響く。
その音が美郷たちの方へ近寄っていた。
「まだいるっての!?」
叫びながらも美郷は動きを止めない。
動けなくなった綺佳に肩を貸し、逃げ遅れた二名の中等部の生徒の下へと向かう。
そしてクラウソラスを構え、愕然とする。
姿を見せたゴーレムは四体。重装甲のゴーレムよりも装甲は薄いが、そのかわりに運動能力がある通常のゴーレムだ。
さらにその後ろから重い音が響いていた。
これに重装甲のゴーレムが加わる可能性があるということだ。
「嘘でしょ……いったい、どれだけ操れるのよ……」
アティスラント王国にもゴーレムを操る操者はいる。
だが、魔法師としての適性なのか、アティスラント王国の魔法師は操者には向かないらしく、ゴーレムを複数体操ったり、人間のような緻密な動きを再現できる者は本当に限られている。
かつて美郷が会ったことのある操者は、軍内でもかなりの使い手であり、同時に八体のゴーレムを操れた。
だが、それは操作されることが前提のゴーレムで、だ。
今、レムリア帝国の操者が操っているのは、本来なら自立行動するはずの自動型。
それが今、美郷の前に十二体いた。
重装甲ゴーレムが四体、通常のゴーレムが四体、高機動型のゴーレムが四体。
「くっ……! 東峰さんの攻撃を見て、先生たちもすぐに駆けつけてくるわ! 時間稼ぎをしましょう!」
「そうね……。どれくらい稼げるか怪しいけど。あんたたち。アルミュールを展開しなさい」
自分の後ろで震える中等部の生徒に、美郷はそう告げた。
それは戦闘に巻き込まれる可能性を意味していた。
魔力を消費した美郷と綺佳。しかも綺佳は反動でしばらく動けない。
どう考えても守り切れるとは思えなかった。
綺佳も何とか立ち上がるが、先ほどの精彩さはどこにもない。
実質的に戦力は美郷のみ。
その美郷も先ほどの砲撃で魔力をかなり持って行かれていた。
十二体を相手にするだけの余力はなかった。
だが、敵は待ってはくれない。
重装甲のゴーレムが盾となり、じりじりと距離を詰めてくる。
美郷は射撃を試みるが、すべて重装甲のゴーレムに弾かれてしまう。
チャージしようにも敵の数が多すぎて、そんな時間は稼げない。
不安が一瞬、顔を出す。
そしてそれが焦りを生む。
焦りは思考を硬直させ、視界を狭くする。
ゆえに隙が生じた。
美郷と綺佳が後方にいたはずの高機動型のゴーレムたちがいないことに気付いたとき。
高機動型のゴーレムたちは用具室の上にいた。
そして、不意を突き、飛びかかる。
前ばかり見ていた美郷と綺佳は、咄嗟に防御の態勢を取った。
二人の反応は素晴らしかった。
最初の二体の攻撃を受け止めたのだから。
しかし、もとより止められることは計算の内だった。
攻撃を受け止められたゴーレムは、二人の動きを封じることが目的であり、後から飛び降りた二体が本命。
それに二人が気付いたときには、本命の二体は二人に飛びかかっていた。
攻撃を食らう。
そう二人が判断したとき、用具室から飛び降りる黒い影が増えた。
それは空中で本命の二体を同時に蹴り飛ばし、美郷と綺佳の間に着地すると、二人と鍔迫り合いをしている二体に手の平を押し当てた。
強い動作ではない。
だが、それだけ二体のゴーレムは活動を休止した。
黒い影は立ち上がる。
そこでようやく、美郷と綺佳はその影が人であることを認識した。
黒一色の服装に、灰色の髪。
そして紫と青のオッドアイ。
だが、その顔立ちは二人にとって見たことあるものだった。
「ふぅ……何とか間に合ったな」
「……烏丸君?」
そう綺佳が訊ねると、晃はゆっくりと振り返り、怪訝な表情を浮かべる。
「ああ。俺以外に見えるか? それより怪我はないか?」
晃の言葉に綺佳は微かに驚きを見せつつ、しっかりと頷いた。
それを見て、晃は今度は美郷に視線を移す。
「お前は……平気そうだな」
「あんた、あたしの全力をくらいたいようね……!」
「そんだけ言えれば十分だな。二人とも下がってろ。あとは俺がやる」
そう言って晃は一歩前に出る。
そして。
「来いよ。ゴーレム。ちょっとだけ本気で相手をしてやる」
余裕の表情を浮かべながら、晃はゴーレムたちにそう言い放った。