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プロローグ2

 アティスラント王国。


 この国は中世ヨーロッパ風の国だ。

 未だに王制であり、しかも王がかなりの権力を持っている。


 時代錯誤という言葉がここまで似合う国はこの国だけだろう。


 しかし、技術力は高い。

 日本すら軽く上回る技術力で、多くの国に影響を与えている。主に軍事方面で。


 そんなアティスラント王国には〝騎士〟という制度がある。

 地球の歴史上に登場する騎士とは違う。


 アティスラント王国での騎士は、王家に仕える凄腕の戦士たちであり、彼らを抱えるために、王は騎士爵という特別な爵位を与えるのだ。


 騎士爵はサーの称号と異名の組み合わせで呼ばれる。

 一種のコードネームだが、敵国にとって、このサーのつく者たちは恐怖の対象となる。


 そんな騎士たちは、王と王の後継者にのみ任命する権利があり、そしてその両名以外からの命令は拒否する権利を持っている。

 事実上の私兵。


 なぜそこまで特別扱いなのかといえば、単純に強いからだ。

 彼らは強さを第一として選ばれる。もちろん、それ以外の要素も考慮に入るが、どれだけ品位公正だろうと、どれだけ王家への忠義に燃えようと。

 強くなければ騎士にはなれない。


 一騎当千という言葉があるが、騎士の力はそれを遥かに凌ぐ。

 実際、その戦果は千人どころか、万の軍団並みである。


 驚くべきことに、アティスラント王国はその騎士を二十四人も抱えている。


 そしてその二十四人目の騎士は、二年程前に新たに騎士となった。

 王の後継者である王女に任命されて。


 その者というのが、黒い鎧と兜で身を固めた騎士だった。


 素顔も素性もわからない。しかし戦果だけは絶大で、その実力は騎士の中でも最強なのではと噂される。

 そんな謎の黒騎士というのは、ミステリアスで、憶測を呼ぶ。


 誰かが言う。


 かの騎士は青年であり、剣術の天才であると。

 一万の敵軍を一人で壊滅させたこともあり、王家からの信頼も厚いと。


 誰かが言う。


 かの騎士は老人であり、魔法の達人だと。

 一撃で国境の紛争を終わらせたこともあり、王女の良き相談相手だと。


 誰かが言う。


 かの騎士は少年であり、騎士の中では最弱だと。

 姫が恋をして、無理やり騎士に入れたのだと。


 誰かが言う。


 かの騎士は壮年であり、ありとあらゆる技を会得した達人だと。

 ゆえに誰にも負けぬ無双の騎士なのだと。


 誰かが言う。


 かの騎士は〝地球人〟であると。


 その多くを誰もが笑う。

 とくに最後の一つは、誰も信じたりはしない。


 なにせ、このアティスラント王国は異世界〝レーヴェ〟にある大国だ。

 今から五十年前。

 2017年に開いたゲートにより、日本と繋がった国なのだ。


 ゆえに多くの日本人は、アティスラント王国を〝最も近く、最も遠い隣国〟と認識している。

 だが、多くの者が想像すらできないことに。


 アティスラント王国で最も新しい騎士。

 無双の黒騎士、サー・レイヴンは。




 日本人の少年だった。



◇◇◇


 西暦2067年


「噂というのは面白いものですね」


 アティスラント王国の王都レガリア。

 そのど真ん中に立つ白亜の巨城。


 王族が住まうその城の上階は王族たちが住まう場所だ。

 他国からの使者だろうが、王国の大臣だろうが、許可なく入ることは許されない。


 そんな場所に呼び出された俺、烏丸晃からすまあきらは、楽しそうに笑う少女の前にいた。


 少女の名前はエリシア・レークス・アティスラント。

 このアティスラント王国の第一王女にして、16歳ながら病弱な国王にかわり、王家の仕事の多くを担う才媛。

 そして、国民から絶大な支持を集めている王家の顔でもある。


 腰まで伸びた艶やかな銀髪に、理知的な色を放つ最高級の宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。

 美しいと評判のアティスラント王家の中でも、一際異彩を放つ神秘的な美貌。

 加えて、グラビアアイドル並みにメリハリのきいたボディ。


 そして絶対的な自信に裏付けされた威厳と揺るがない内面の強さを持ち、王者の存在感を発している。


 これで人気が出ないほうがおかしいか。

 

 一方の俺はどこにでもいる日本の中学生。

 髪は黒いし、目も黒い。

 身長は自称170センチで、ギリギリ169センチ。

 瘦せ型でなで肩。

 顔は……不細工ではないと思ってる。


 そんな俺がどうして王女様と向かい合っているかと言えば。


「騎士、サー・レイヴンの正体は地球人だ、なんて。そんな都市伝説があるそうですが、当たっているのが面白いところですね。サー・レイヴン」

「俺はあんまり面白いと感じないけどな」


 クスクスと上品に笑うエリシアは、携帯端末でいろいろと情報を漁っている。

 どうやらネットサーフィンが最近のマイブームらしい。


 ただ、この異世界で地球のネットが使えているというのは、いかがなものだろう。

 どうせアティスラントのとんでも技術のおかげなんだろうが、どうにも馴染めない。


「青年、老人、少年、壮年。剣術の天才から、魔法の達人まで、さまざまな憶測が飛び交ってますね。あながち間違いではないですが。あなたに関しては。ただ、私があなたに恋をして騎士に入れたというのは、間違いですね」

「無理やり騎士にしたのは事実だろう?」

「そうでしたか? まぁ、王女と騎士のラブロマンスというのは好まれそうですね。一層、そういうことにしておきますか?」


 そう言って、茶目っ気の入った笑みをエリシアは浮かべた。

 なにが、そういうことだ。


 どうせあることないこと盛り込むに決まっているんだ。

 事実とは程遠い話になりかねない。


 ま、これだけの美人に恋をされているというのは、男として悪くないだろうが。

 たとえ、作り話でも。

 ただ、遠慮しておくことにしよう。


 碌なことにならない。


「遠慮する。そんな話をでっち上げたら、違う意味で目立つだろ?」

「そうですね。私も晃に恋をしていると思われるのはちょっと……」


 嫌なのかよ!

 

 なんだか、すごく傷ついた。

 こんな仕打ちはあんまりだ。


「さて、本題に入りますね」


 仕切り直しとばかりに手を叩き、エリシアは笑顔を浮かべる。

 俺はなんだか釈然としないが、耳を傾ける。

 

 なにせ、この本題のために俺は地球からわざわざ異世界に連れて来られたのだから。

 日本では正月だというのに。


「有意義な話なんだろな?」

「ええ、アティスラントにとっては」


 それはイコール、俺にとっては有意義ではない話だ。


 アティスラント王国はレーヴェの大国だ。

 大陸の大半を支配している。ただし、張り合う相手がいないわけじゃない。


 隣の大陸を支配するレムリア帝国。

 この国とアティスラントは長きにわたって争っている。


 地球にゲートが開かれたのも、この両国の戦争が原因だ。


 そしてアティスラント王国はレムリア帝国との戦争に大部分の騎士を投入している。

 ただ、例外も何人かいる。俺もその一人だ。

 しかし、その例外も戦況次第じゃ投入される。


 呼び出された時点で薄々気付いてはいたが、またどっかの戦場で不利になったんだろうな。


 俺は望んで騎士になったわけじゃない。

 騎士にならなきゃいけない状況に陥っただけだ。


 だから、アティスラント王国の都合で戦場に出されるのは気に入らない。

 ただ、誰かを守るというなら話は別だ。

 戦場で命を賭ける兵士たちを守ってこいと言われれば、否はない。


 これが敵の拠点を潰して来いっていう任務なら断るんだけど。


 そんなことを思いつつ、俺は先手を打つために先に言葉を発した。


「どこの戦場だ? 地球か? レーヴェか?」


 アティスラント王国とレムリア帝国は、地球上に三つずつゲートを有している。

 そのゲートを使い、地球上でも争いを繰り広げているのだ。


 ただ、わざわざレーヴェに呼び出した以上、俺が向かうのはレーヴェの戦場だろう。


 しかし、エリシアはキョトンとした様子で小首を傾げる。


「どこの戦場、ですか? 強いて言うならば地球ですね」

「ん?」


 予想に反して地球という単語が出てきた。

 それに言い方もおかしい。


 もしかして、俺が考えているような任務じゃないのか?


「……どこかの戦場に援軍へ行けっていう任務じゃないのか?」

「いいえ。今のところ、どの戦場もアティスラント側が有利ですから。あなたに与える任務はそういうのとは別物です」


 そう言いながらエリシアは携帯端末を操作して、空間にディスプレイを表示させる。


 そこにはある学園の名前と詳細が書かれていた。

 なんとなく、名前だけは聞いたことある学園だ。


「これは?」

「翡翠学園。アティスラントと日本が共同で運営する中高一貫の学園です。主な目的は魔導器ギアに適合する子どもたち、つまり魔導師を育成すること。あなたには魔導学園アカデミアといったほうが覚えがあるかもしれませんね」


 ギアというのは、レーヴェで発達した魔法を応用した武器だ。

 魔封石ラピスと呼ばれる特殊な鉱石を核として、さまざまな能力を発揮する。


 レーヴェの兵器や兵士たちに対抗するためには、この魔法やギアが必要になる。

 なぜなら魔法を使う魔法師や、レムリア帝国の主力である魔導人形ゴーレムたちには近代兵器がほとんど通用しないからだ。


 しかし残念ながら、ほとんどの地球人には魔法の素質がない。

 正確には昔はあったのかもしれないが、使わなくなって退化しているらしい。


 そのため、地球人がレーヴェ側の兵器に対抗する手段はギアに絞られるのだ。

 そして、そのギアを扱う魔導師を育成するために、日本には魔導学園と呼ばれる学校がいつくかある。


 俺には縁遠い場所で、CMとか雑誌とかでしか見たことはない。


「それで? その魔導学園がどうかしたのか?」

「あなたに入学していただきます。もちろん、手続きはすべて済ませてあるので、ご安心を」


 なにを安心すればいいのだろうか。

 不安しかない言葉が今、並べられていた。


 入学、手続き。

 それらは本来、俺の意思が介入して然るべきものだ。


 なのに、済ませてあるとは何事だろうか。


「な、なにを言ってるんだ……?」

「あなたも四月からは高校生。進学はするのでしょう?」

「いや、まぁするけども。地元の高校に。それに関しても許可を貰った気が……」

「考えておきます、と言っただけです。あなたは騎士であり、破格の力を有する。そんなあなたが普通の高校に通えると思いますか? いえ、周りが認めると思いますか?」


 エリシアの言葉は鋭い。

 俺が騎士になったのは二年ほど前。

 それまでは普通の中学生だった。


 しかし、二年前に俺はとあるギアの使い手となり、その力を扱えるようになった。

 それ以来、俺はもう普通ではないのだ。


 だが。


「それならその翡翠学園にも入れないだろ!?」

「そうですね。ですが、翡翠学園はゲートの近くにあります。そこでならいざと言うときに対処はできます。それに翡翠学園の理事は私ですから。多少の無理は通せます。普通の高校は無理ですが、そこでなら高校生活を送れますよ」


 良かったですね、とエリシアは告げる。

 何も良くはない。


 俺が望んでいた形とは程遠い。


「いやいや、待ってくれ……。俺は普通の高校に通いたかったんだけど……?」

「残念ながら会議で決まってしまったのです。騎士は貴重な戦力。遊ばせておくことに疑問を抱く者も多いのです。今まで、私はあなたの年齢、そして騎士にした経緯を理由に、他の者を黙らせてきました」


 黙らせてきた。

 その過去形な言い方から察するに、今回は黙らせられなかったってわけか。


 勘弁してくれよ。

 いきなり訳の分からない学園に行けとか無理があるだろう。


「じゃあ、高校には行かないって選択肢は……?」

「学生じゃなくなるなら、王国に呼び寄せてしまえと言われるだけですよ? 力には責任が付きまといます。望まぬ地位だったかもしれません。私が勝手にやらせていたことかもしれません。ですが、あなたは騎士として認識されている。素性が割れれば、レムリアは襲ってくる。あなたを利用しようとする者も大勢出てくるでしょう。そういう者たちから、自分を、そして周りを守るために騎士になることを受け入れたのでしょう?」

「それは……」

「私もあなたの気持ちは尊重したい。平凡でいたい、普通でいたいというのは決して、悪い事ではないからです。ですが、あなたは特別なのです。やはり思う通りにいかないこともあるのです」


 諭すような口調で、エリシアは告げる。

 エリシアなりに手を尽くしてくれた結果だというのはわかってる。


 わかっているが、急すぎる。


 俺は少なくとも高校までは普通の高校に通えると思っていたんだ。

 しかも、魔導師を育成する学園って。

 俺はギアを扱う騎士だが、ギアに関する専門的な教育を受けているわけじゃない。


 扱えはするが、それがどういう原理で動いているとか、どういう風に作られたのかとかはまったく知らない。

 素人と言ってもいい。


 高校からいきなりやれと言われても無理だ。

 俺の頭はそんなに出来はよくない。


「なんで、いきなりそんな話になるんだ? この前までは普通の高校に通う方向だっただろ?」

「……これは決まってしまったことなのです。あなたには翡翠学園に入るか、入らずに騎士として戦場に出るか。この二つしかありません。私には選択肢を増やすことしかできない。あなたは無双と称される騎士、サー・レイヴン。平凡な日常を求めるには強すぎるのです」


 エリシアは真っすぐと俺を見つめてくる。


 アティスラント王国で、エリシアの権力は強い。

 そのエリシアが押し切れなかったということは、相当な反対にあったということだ。


 そして反対が出るということは、それだけ俺が普通の高校に通うことが〝普通〟ではないということでもある。


 そしてエリシアが押し切れないということは、おそらくエリシアの父である国王や大臣たちの意向が働いている。

 つまりは俺が翡翠学園に通うのは、王国の意向というわけだ。


「あなたは騎士になる条件として、日常を崩さないことを求めた。そして今まで、私はその約束を守ってきたつもりです。できる限り。ですが、今回はそうはいきませんでした。申し訳ありません」


 そう言って、エリシアは深々と頭を下げた。

 王族であるエリシアが、個人に対して頭を下げることなど滅多にない。


 それだけ申し訳ないと思っている証拠だ。


 エリシアは俺の理解者だと言ってもいい。

 けれど、それにも限界があるということか。


 俺は騎士として強い力を持っている。

 けれど、それは個人としての強さだ。


 流石に国には勝てない。

 王国がその気になれば、俺を簡単に兵士とすることができるし、思うようにできる。


 それにも関わらず、任務を選んだり、地球で生活を送ったりと、我儘を言えるのはエリシアのおかげなのだ。


 そのエリシアが頭を下げているのだ。

 これ以上、食い下がるわけにもいかないだろう。


「頭を上げてくれ。あんたが悪いわけじゃない」

「……私は酷い女ですね。あなたは私の命を救ってくれた。ですが、私はあなたに何もできない」

「いや、その……別にいいさ。仕方ない。ちょっと変わってるけど、一応、高校生活は送れるわけだし。頑張って人並みの思い出を作ってくるよ」


 俺が笑ってそう言うと、エリシアは何とも言えない表情を浮かべた。

 その表情の意味を、俺はその時には気付くことができなかった。


 気付いたのは、入学した後のことだった。







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