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第十三話 異変


「ということがあった。不幸だと思わないか?」

「オレはお前を殴っても許されると思うんだけど、どうだろうか?」


 午後の授業の空き時間。

 そこで俊に昼休みでの出来事を話したら、そんな答えが返ってきた。


 真面目に握り拳を作っているところを見れば、冗談ではないのだろう。


「まさかと思うが……羨ましいのか?」

「羨ましいよ! どうしてお前がそんなにモテるんだ!?」

「モテる……?」


 モテるという単語を使われたのは、俺の人生で数度しかない。

 そのうちの数度も、子供の頃に親たちにからかわれたときだ。断じて、物心ついてからモテたことはない。


 モテるというのは、異性に人気がある状態をさす。

 たしかに俺は複数の女性と関わりを持った。どちらもお世辞抜きで美人だ。


 だが、しかし。

 好意を寄せられているわけではない。あれなら片方には敵意を持たれている。

 だから俺はモテてはいない。


「代わって欲しいよぉ……」

「マジかっ!? 代わってくれるのか!?」

「本気で言ってるところが腹立つ……。確かに絡まれているだけかもしれないけど、そんなことすらないオレから見れば羨ましいんだ! どうしてだ! 頭も顔もオレのほうがいいはずなのに!」

「がっつくからだと思うぞ」


 答えなんてすでに示されている。


 外見もいいし、成績もいい。

 それでも女子が寄ってこないのは、性格的な問題だ。


 黙っていれば女子のほうから寄ってくるはずだ。


「積極的にいかないと女の子は心を開いてくれないんだぞ」

「誰に聞いたか知らないけど、最初からはやめたほうがいいと思うぞ。俺は」


 自信満々に胸を張る俊を見ながら、ため息を吐く。


「最初に行かず、いつ行くんだよ!」

「知るかよ」

「冷たいなぁ。あ、そういえば、放課後に中等部の子たちが第三グラウンドで任意の実習なんだって。見に行かないか? 今年の三年生は豊作ですよ。旦那」


 第三グラウンドは確か学園の端にあるグラウンドだ。

 たしか敷地内の森を斜めに抜けるのがショートカットだったはず。

 

 そこまで大きくないが、ゴーレムの保管庫の近くで、ゴーレムを使った実習は結構、そこで行われる。


 任意の実習ということだし、ゴーレム相手にギアの試しでもするのかな。


 豊作というのは、才能豊かな子が多いと取るべきか。それとも美人が多いと取るべきか。

 ま、ほぼ百パーセント、後者だろうな。


「悪い。パスだ」

「まさか今日も天海さんと勉強かっ!?」

「いや、東峰と交渉だ。どうにか俺を追い回すのをやめさせようと思ってな」

「無理だと思うぞ」

「即答するな……悲しくなるから」


 そこで教室に教師が入ってきた。


 お喋りをやめて、授業の準備に入る。

 最近は綺佳の勉強の成果か、それなりに授業にも慣れてきた。


 まぁついていくことができる程度だけど。

 それでもついていくことができれば、授業にも身が入る。


 今までは何を言ってるかさっぱりだったし。


 なにより綺佳からは寝るなと釘を刺されている。

 それもあってか、最近の俺の授業態度は良好だ。


 エリシアからも目立つなと言われてるわけだし、欠陥品という不本意なあだ名も返上するときが来たかもしれない。


 この授業は魔法に関する授業だ。

 魔法を使うというよりは、魔法の仕組み、そして対処法を学ぶ授業だ。


 騎士の中にも魔法を使う者、魔法師はいる。その関係で魔法には偏った知識がある。

 それらはギアに関する偏った知識、つまり実戦で役立つ知識よりも、授業に生かせることが多い。


 ほかの教科よりも得意といってもいいだろう。


「はい、じゃあ今日は少し先に進もうか」


 そう言って教師が端末を操作し、俺の前のディスプレイには少し先に進んだ内容が表示された。


 ・……。

 なんだろう。

 ちょっと進んだだけなのに、暗号にしか見えなくなった。


 結論からいうと、翡翠学園の授業は甘くはなかった。

 何度も寝そうになりつつも、俺はなんとか乗り切った。


 乗り切っただけだけど。




◇◇◇




 授業が終わると、俺はそのまま図書館に向かった。


 いつも通り、図書館に入ると、なぜか美郷が立っていた。


「ハァハァ……逃げずに……来たことを……褒めてあげるわ……!」

「なんでお前はそんな息を切らしてんだよ」


 そもそもほぼ同時に教室を出たはずだけど。

 よくもまぁ、先回りできたものだ。


 そこで気付く。

 こいつが息を切らしている理由に。


「お前・……先回りするために全力で走ってきたのか?」

「ち、違うわよ! あんたより遅れるのが嫌だったとか、そんなんじゃないからっ!」

「目的地が一緒なんだから、一緒に来ればいいだろうに。ご苦労なことだな」


 呆れつつ、図書館内を見渡す。

 奥にあるいつもの席に綺佳が座っていた。


 手を振る綺佳に軽く手をあげて答えつつ、そちらに向かう。

 美郷も僅かに遅れてついてくる。


「悪い。待たせたか?」

「ううん。私もさっき来たところよ。さぁ、話し合いを始めましょう」


 そう言って綺佳は楽しそうに椅子を叩く。


 美郷が我先にと綺佳の右隣に座る。

 それを見て、俺はため息を吐く。


 俺が左隣に座ってもいいが、それでは話しづらい。


 ぐるりと回って、俺は向かいの席に座る。

 すると、美郷が異常に睨んできた。


「なんだよ?」

「あんたって……改めて見ると平凡な顔ね」

「おい、馬鹿にしてんだろ?」

「当たり前でしょ? こんな平凡な男に勝ちを譲られたと思うと、また怒りがこみ上げてきたわ!」

「その怒りを俺に向けるのは理不尽だろ……。勝ちを譲られた自分の未熟さに怒りを向けろよ」


 何てこともなく、そう言葉を返す。

 それを聞いて、美郷の眉が跳ね上がるが、美郷よりも先に綺佳が口を開く。


「その言い方だと、烏丸君はやっぱりわざと負けたんだね」


 今更といえば今更だ。

 美郷は俺がわざと負けたと疑ってないし、綺佳もそれは同じだ。


 ただ、ここで俺に自分の口からわざと負けたと言わせたいんだろう。

 綺佳は。


「引き分けだとしつこそうだったからな」

「誰がしつこいですって!?」

「お前だよ。お前以外に誰がいる? 現にしつこいだろうが……」

「しつこくない!」

「はいはい。図書館だから静かにね」


 ヒートアップしそうな美郷を綺佳が諫める。


 美郷はハッとしたように周りを見渡す。

 何人かがこちらを何事かと見ている。


 いきなり声を大きくすればそうなるだろう。

 ここは図書館。基本的に本を読むための場所だ。


 静かであることが当たり前で、ちょっとの物音でも響く。


「ご、ごめんなさい……」


 周りの視線に気づき、美郷がシュンとなる。

 綺佳が図書館に誘ったのはこの効果を狙ったからか。


 ヒートアップしないなら、美郷の扱いも多少は楽になる。


 そんなことを思っていると、ポケットの中でADが振動する。


 俺のADに連絡を入れる奴なんてほとんどいない。

 特に綺佳が目の前にいる以上、学園内なら一人しかいない。


 見てみると、やっぱりというべきか。

 俊からの着信だった。


「悪い、電話だ。ちょっと外すぞ」

「早く済ましなさいよ?」

「わかってる」


 どうせ、中等部の子が可愛いとか、胸がデカいとか、くだらない内容だろう。

 ただ、出なければ出ないで、面倒なのはわかり切ってる。


 明日になって、熱弁されても困るし、ここでガス抜きをしておくべきだ。


 そんなことを思いつつ、図書館を出て受信のボタンを押す。


「もしもし、どうした?」

『晃! いきなりゴーレムが暴れ出した!? 今、教師が相手してるけど、どうすればいいと思う!?』


 珍しく慌てた様子で俊が喋る。

 それを聞いた瞬間、俺の頭にはありえないという言葉が浮かんだ。


 学園にあるゴーレムは自動型ばかりだ。

 自動型はあらかじめインプットされた動きしかできない。


 しかも学園にあるのは訓練用。

 暴走するほど多彩な動きをインプットしているはずがない。


 レムリア帝国の戦闘用なら多彩な動きをインプットしているため、誤作動の可能性はあるけれど、この学園のゴーレムが暴走?


 やはりありえない。


『操者が無理やり操っている可能性があるぞ』


 唐突に頭に響いてきたのはアルスの声だった。


 それは確かにありえる。

 だが、自動型のゴーレムはそもそも操作されるようには作られていない。


 核となっているラピスも調整されていないため、よほど高レベルの操者でなければ動かすこともできないはずだ。


 それこそレムリア帝国のA級操者でもなければ。


『この学園にレムリアの高ランク操者が潜入するのは非現実だが、ありえない話じゃない。それ以外の可能性といえば、核となるラピスを誰が入れ替えたか。どちらにしろ、緊急事態だぞ。ここを混乱に陥れて喜ぶのはレムリア帝国だからな』


 アルスが言うのだから、間違いはないか。

 ただの暴走という可能性も捨てきれないが、ゴーレムの近くが危ないのは間違いない。


「……俊。すぐにそこから避難しろ。中等部の子たちも一緒に、だ」

『避難ってどこに?』

「とりあえず本校舎に来い。教師たちがいるから、ここまで来れば安心だ。俺も手伝いに行くから。急げ」

『わ、わかった。何かいつもよりも頼もしいな』

「お前が慌ててるから冷静なだけだ。落ち着いてれば平気だから。中等部の子たちは任せたぞ」


 そう言って、俺は電話を切る。

 第三グラウンドまでは距離がある。


 しかも任意とはいえ、中等部の生徒の数は少なくはないはず。


『人手が必要だな。あの二人の力を借りろ』

「大丈夫か?」

『A級用に調整されたゴーレムなら、学生どころか教師でも手に負えないだろうが、自動型を無理やり操っているならどうにかなるだろ。今は人手のほうが欲しい。危ないなら吾輩たちでフォローすればいい』


 生徒には緊急時ならば、授業以外でのギアの使用が許可されている。

 今回はそれに該当するから、綺佳と美郷もギアを使える。


 二人とも実力者なのは間違いない。

 ただ。


「フォローって……まさかあの二人の前で融合するのか?」

『緊急事態だ。それとも見捨てるか? 吾輩はお主に従うぞ?』


 アルスがこちらを試すように聞いてくる。


 まったく。

 困ったもんだ。


 ここで関係ないと割り切れる性格なら、苦労しないで済むんだが。


 まぁ、そんな性格ならコルディスは俺を適合者と認めていないだろうけど。


「仕方ない。人命優先だ。けど、できるだけ隠す方針で」

『お主の好きなようにしろ。我輩はそれを助けるだけだ』


 方針は決まった。

 あとは行動だ。


 俺は図書館の扉を開けて、綺佳と美郷のところまで走った。











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