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第十二話 遭遇する二人



 

 4月21日。

 水曜日。

 

 

 

 

 昼。




 窓際にある二人掛けの席を確保した俺のADに一本の電話が掛かってきた。

 まさかと思い、恐る恐る掛けてきた相手を見たら、やっぱり綺佳だった。

 

「うわぁ……」


 思わずそんな声を漏らしつつ、とりあえず出てみる。

 内容なんて聞かなくてもわかるが。

 

「もしもし?」

『あ、もしもし、烏丸君?』

「いいえ、人違いです」

『今からカフェテリアに行くから席を教えて。この時間じゃ空いてないでしょう?』


 無視かよ。


 綺佳は客観的に見て、人に気を遣えるタイプの人間だ。

 周りも良く見えているし、性格も悪くはない。むしろ大多数と比べれば良い方だろう。

 

 ただ、少々、強引なのが玉に瑕だ。

 

 ため息を吐きながら、周囲を見渡す。

 確かにどこにも空いている席はない。

 

「まぁ、空いてないな」

『うん。だから、席を教えて』

「はぁ……奥の窓際の席だ。来ればわかる」

『了解。すぐ行くから、待っててね』


 この待っててねというのは、食事も待ってなければいけないのだろうか。

 それを聞こうとしたら、すでに通話は切れていた。


 今からそんなことで掛けなおすのも面倒だし、気にしないことにしよう。


 そう思い、両手を合わせて、唐揚げ定食を食すことにする。

 揚げたてでボリュームいっぱいの唐揚げが、食欲をそそる匂いを発している。


 さて、食うかと箸を伸ばしたとき。


『晃。来たぞ』

「うん? もう?」

『天敵のほうだ』


 そのアルスの言葉を聞き、俺は状況を察する。

 腰を椅子から浮かし、周囲を窺う。


 すると、すぐに天敵を見つけられた。日本人の多いこの学園では、日本人離れした端正な顔立ちと金髪のポニーテールはかなり目立つ。

 残念なことに向こうもこっちを見つけているらしい。

 こちらに来る歩みに迷いはない。


 まったく、これから綺佳が来るっていうのに、厄介なのに見つかったもんだ。


「烏丸晃!」

「カフェテリアまで何の用だ? 東峰」


 東峰・フレア・美郷は特徴的な金髪ポニーテールを揺らしながら、こちらに近づいてくる。

 そんな美郷に対して、早々に用を訊ねる。


 食事のときまで絡まれるのは御免だ。


「何の用? あんたを探してたのよ! 今日こそあたしと勝負しなさい!」

「またそれかよ……」


 食事時だというのに、ご苦労なことだ。

 貴族の誇りだか何だか知らないが、よくもそこまで熱心になれるな。


「当たり前よ! 今度こそあんたのそのイラつく顔を引き裂いて、体に風穴を開けてやるわ!」


 顔を引き裂かれた時点で死ぬわ。

 あまりに過激な発言に、近くにいた生徒たちが体をビクつかせる。


 模擬戦だと言うのに殺る気満々とは。

 恐ろしい女だな。


 やはりこいつと模擬戦なんて御免だ。


「そんな恐ろしいことを言うヤツと模擬戦をやると思うか?」

「むっ……わかったわよ。気絶程度でやめるから、あたしと勝負しなさい!」

「嫌だよ! なんでアルミュール抜く気満々なんだよ!?」

「アルミュール抜かないと、あんたにダメージ入らないじゃない!」


 なんのためのアルミュールだと思っているんだ。

 使用者の安全を確保するためだっていうのに、それを破る気で攻撃を仕掛けるなんてどうかしてる。


「相変わらず物騒な女だな……。お前と模擬戦なんて嫌だ。帰れ」

「なっ!? あたしがこんなに頼んでるのに、どうして受けてくれないのよ!」


 頼んでる?

 やっぱりレーヴェに長くいただけあって、日本語に疎いな。


 会話自体は魔法やら翻訳機でどうにかなるが、理解となるとやはり日本語は難しい。


 少なくとも、日本では追いかけまわして、強制しようとすることを〝頼む〟とは言わない。


「怪我するのが嫌だから」

「怪我くらい何よ!? 模擬戦なんだから仕方ないじゃない!」

「そういう考えのヤツとは相容れない。帰れ」

「ムカつくわね! あたしはエンフィールド家の孫娘として、東峰の娘として、あんたにわざと負けられたままじゃ終われないのよ!」

「そりゃあ残念だったな。けど、俺はもう二度とお前と模擬戦する気はない。俺にメリットがないし」


 たとえメリットがあってもやらないが。


 言うべきことは言った。

 俺は体の向きを直し、箸を持つ。


 すると、美郷が俺の視界に現れた。

 向かいの席の座ったのだ。


「おい……」

「メリットがあればやるの?」

「お前、迷惑って言葉知ってるか?」

「質問に答えなさい」

「……メリットがあればな」


 まったく。

 誇りを傷つけられたってことで、それをどうにか挽回したいんだろうが。


 俺に勝ったところで傷ついた誇りは戻ってこないと思うけどな。

 それをするくらいなら、自分を鍛えなおしたほうがいいんじゃないだろうか。


 でもまぁ、貴族のお嬢様がどんなメリットを提示するか興味はあるな。

 想像以上のモノだったら考えてやろうかな。


「カフェテリアの昼食。一回、奢るわ」

「帰れ」


 即答すると美郷の目が一気に吊り上がった。


「なによ!? 一回じゃ不満なわけ!?」

「回数の問題じゃねぇよ!? 仮にもお嬢様ならもっとスケールの大きいメリットを提示しろ! カフェテリアの昼食なんて、ワンコインで事足りるぞ!?」

「じゃ、じゃあ! この前、見つけた美味しいレストランに連れてってあげるわよ!」

「なんで食うことばかりなんだよ!?」


 どうして俺が食いついて来ないのか、不思議で仕方ないという表情を美郷が浮かべる。

 駄目だ。こいつにとって、食事が何よりの御褒美なんだろう。


 やっぱり相容れないな。


「もしかしてデザートのほうが好みなの?」

「もう帰れよ……」


 疲れたように呟き、俺は唐揚げを口に運ぶ。

 ちょっと冷めたけど、まだまだおいしい。


 そんな俺の様子を美郷はジッと見ている。


「……なに? 用が済んだなら帰れって」

「あたしも昼食にする。それ唐揚げ定食?」

「そうだけど……もう座る席なんてないぞ?」

「ここがあるじゃない」


 そう言って美郷は笑みを浮かべる。

 その笑みを見て、俺は顔をひきつらせた。


 これは非常に拙い展開かもしれない。


 そう思ったとき、最悪のタイミングで最悪の人物が現れた。


「ごめんね。待たせちゃっ……た?」


 笑顔で俺を見つけた綺佳が、怪訝な表情で美郷を見つめる。

 俺は思わず、天を仰いだ。


 そして綺佳が目が笑ってない笑みを俺に向ける。


「ねぇ、烏丸君。図書館で私が言ったこと覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。空いてなかったらギアを出すって発言だろ? 安心しろ。こいつが勝手に座ってるだけだから」


 早く退けと視線で伝えるが、美郷は面白くなさそうに眉を潜める。

 ぞんざいに扱われるのが気に食わないんだろう。


 けど、丁重に扱う理由は俺にはない。


「こんにちは。東峰さん」

「こんにちは。天海さん。もしかして、こいつと待ち合わせ?」

「ええ」


 綺佳が頷くと、美郷が俺に視線を向ける。

 その目はなんだか不機嫌そうだ。


「あたしとの勝負は断る癖に、天海さんとは食事するのね?」

「席を取ってただけだ。それに勝負より食事するほうが簡単だからな。当たり前だろ?」

「勝負だってすぐ終わるじゃない!」

「勝っても負けても、お前はしつこいだろうが! もういい加減に諦めろよ!」

「し、しつこくなんかないわよ! あんたが手を抜いたから、再戦を要求しているだけ! 正当な権利よ!」


 あー、もう面倒な女だ。

 一層の事、アルスを使って叩きのめすべきか。


 いや、けど、それだとあまりに目立ちすぎる。

 どうしたものか。


 そう考えていると、綺佳が口をはさんでくる。


「東峰さん。烏丸君が困ってるわよ? それと私もその席に座られてると困るなぁ」

「うっ……」


 美郷が言葉に詰まる。

 流石は綺佳というべきか。言いにくいこともしっかりと言う。


 美郷もそんな綺佳に強く出られないのか、俺と綺佳を交互に見て、しばらくして諦めたのか席を立った。


「そろそろ烏丸君も東峰さんのお願いを聞いてあげたら?」


 席を譲ってもらった綺佳が、唐突にそんなことを口にした。

 思わず目を見開いてしまう。


 美郷はまだすぐそこにいるのだ。


「天海さん! 味方してくれるの!?」

「そうね。一度くらいなら勝負を受けてもいいと思う」

「おいおい……勘弁してくれ」


 なぜか二対一になった。

 よりにもよって、綺佳が敵に回るとは。


「逃げるのが嫌なら受けて立つ以外に手はないと思うわ。このままずっと逃げるつもりなら、無理にとは言わないけれど」

「ぐっ……」


 綺佳が小声でそう指摘した。

 言ってることは正論だ。


 美郷の性格的に諦めることなんてありえない。


「東峰さん。私、烏丸君に最近、図書館で勉強を教えているの。良かったら今日来ない?」

「ちょっ!?」

「本当!? 最近、いないと思ったら、そんなところに隠れてたのね? 散々、探し回った恨みを晴らしてやるわ!」

「図書館では静かにね。そのときに模擬戦のルールを決めましょう。烏丸君も自分が納得できるルールなら受けるでしょ?」


 あー、なるほど。

 ルールを加えられるなら、この面倒な女を押さえられるかもしれない。


 あれなら再戦はなしというルールを加えれば、一回で確かに終わる。


「俺が納得するルールならな」

「決まりね。じゃあ、放課後、図書館で」

「ええ! ありがとう! 天海さん!」


 綺佳の両手を握って、礼を言うと、美郷がルンルン気分でカフェテリアを出て行った。

 どうやら昼食を食おうとしていたことは頭から抜け落ちたらしい。


 いや、上手く綺佳に乗せられて忘れたというべきか。


「やってくれるな?」

「上手く事を穏便に収めてあげたでしょ? 私も席で揉めたくなかったし、烏丸君も静かに食事したいだろうし。あれが一番だったと思うわ。安心して。烏丸君が納得できるようにルールは交渉してあげるから」

「はぁ……それはどうも」

「いいえ、どういたしまして。何て言ったって、烏丸君が困ってるんだもの。手助けしてあげないと友人失格だわ」


 いつから綺佳と俺は友人になったのだろうか。

 まだまだ知り合いくらいだと思ってたんだけど。


 しかし。


「天海、楽しんでないか?」

「楽しむ? うーん、どうだろ。楽しみなのは事実だけど」

「楽しみ? 何が?」

「烏丸君が本気を出すのが」

「また買いかぶりか。残念ながら期待にはそえないぞ?」


 言いながら、俺は唐揚げを口に運ぶ。

 もうすっかり冷めてしまったが、それでもおいしかった。 


 






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