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閑話 大臣たちの思惑



「なんとかサー・レイヴンを翡翠学園に入れることができましたな」


 城の中層にある部屋。

 そこにはエリシアをはじめとする王国の重鎮たちが揃っていた。

 月に一度の合同会議である。

 

 エリシアは王に代わり、王家の代表。そして最終決定権を持つ者として、その会議に参加していた。

 

 しかし、エリシアの表情は芳しくない。

 その理由は議題にあった。

 

「拒否でもされたらどうしようかと思いましたがね」

「殿下が説得してくださって助かりましたよ」

「騎士の中でも扱いにくいですからなぁ。サー・レイヴンは」

「なにせ、まだまだ子供ですからな」


 思い思いのことを口にするのは王国の大臣たちだ。

 

 騎士は王とその後継者以外の命令を拒否することができる。

 もちろん、拒否するかどうかは騎士に委ねられるわけだが、サー・レイヴン、つまり、晃は拒否する率が高いのだ。

 

 とくに国益を第一に考えられた命令は、ほとんど拒否される。

 逆に大きな国益にはつながらない任務は快諾することが多い。

 

 大臣たちからすれば、晃は扱いにくくて仕方ないのだ。


「そのまだまだ子供の騎士をこちらの都合で振り回していることを、もう少し恥じるべきだと思いますがね。私は」


 初老の男がそう周りの大臣に釘をさした。

 撫でつけられた白髪に、鋭い眼光。

 大臣たちのみに許された赤い服をキッチリと着こなしている。

 

 その男の言葉を聞いて、周りの大臣たちが眉を潜めた。

 

「騎士が王国の都合で動くのは当然かと思いますが? ハウゼル外務大臣?」

「これはまた異なことをおっしゃいますな。騎士は王国の都合では動かない。王族の意向で動くのですよ」

「王家が国の利益を考えるのは当然のこと! 一緒ではないかっ!」

「国の利益が一つならばそうでしょうな」


 初老の男、ハウゼルは笑いながら頷く。

 そしてその後に、皮肉を込めて呟く。

 

「もし利益が一つならば、こんなところで我々は会議をする必要はないのでしょうがね」

「ハウゼル外務大臣。それでは聞くが、翡翠学園にサー・レイヴンを置くことは国の利益ではないのかね?」


 ハウゼルの正面。

 同じく赤い大臣専用の服に身を包んだ男が口を開く。


 年の頃は五十を超えたかどうか。

 痩身で色白。

 尖った顎に背中までかかる長めの金髪。

 

 神経質そうな外見だが、その青い瞳に宿る鋭さはハウゼルにまったく負けていない。


 男の名前はオーガス・サザーランド。

 アティスラント王国公爵の地位を持つ貴族であり、財務大臣でもある男だ。

 

 平民出身のハウゼルとはいろいろと張り合うことが多いが、双方ともに王からの信頼も厚い。


「利益という点ではあるでしょうな。なにせ、こちらの最重要防衛地点である光芒市に騎士を置けるのだから」


 ハウゼルは告げながら、エリシアを窺い見る。


 ハウゼルは外務大臣という関係上、よくエリシアと行動を共にする。

 それゆえ、エリシアへの理解は大臣の中では最も深かった。

 

 サー・レイヴン、烏丸晃が高校に進学するという話が出たとき、アティスラント王国の上層部はすぐにそれを利用することを思いついた。

 

 騎士というのは王国でも最高クラスの戦力だ。

 それゆえに地球での行動には制限がかかる。

 とくに日本の首都である東京には、長期間の駐屯は認められていない。

 

 当たり前だ。

 その気になれば街など軽く消し飛ばせるような化け物ばかりが、騎士には揃っている。

 いくら同盟国と言えど、そんな者たちを首都に長く駐屯させるわけにはいかない。

 

 だが、アティスラント王国は日本の防衛能力をまったくと言って信用していなかった。

 この五十年間で日本も強くなったが、それでもアティスラントの援軍がなければ戦線を保てないレベルである。

 

 そんな国にアティスラント王国にとって、諸刃の剣であるゲートはあるのだ。

 

 なぜ諸刃の剣かといえば、日本のゲートはアティスラント王国の王都近くと繋がっているからだ。

 つまり、奪われれば即王都が戦場となるわけだ。

 

 レムリアとすれば、こんな裏道を放っておくわけにはいかない。

 この五十年の戦いは言うならば、ゲートの奪い合いだった。

 

 もちろん、レーヴェでも戦闘は行われているが、レムリア帝国もアティスラント王国も相手のゲートを奪うために、地球での戦いに力を入れてきていた。

 わざわざ、強固な国境を突破せずとも、相手の国の深いところまで侵攻できるからだ。

 

 ゆえに、アティスラント王国はゲートの守備に騎士を置くことを求めてきた。

 それに対して、日本政府は頑なに首を縦には振らない。

 日本政府も一枚岩ではないからだ。

 

 アティスラントに頼ることを良しとしない者も一定数いるわけだ。

 ここ最近のアティスラント王国の悩みは、その一点のみであった。

 

 しかし、日本政府にほとんど正体の知られていない晃は、この状況ではジョーカーとなり得た。

 翡翠学園に自然な形で入学させられるからだ。

 

 晃は表向きは貴重なギアに適合した生徒として、アティスラント側の推薦で学園に入っている。

 たとえ日本政府が怪しみ、調べたところで騎士というところまではたどり着けない。

 

 これほど都合のいい手札はなかったわけだ。


「そう。光芒市に騎士を置ける。これほどの利益はあり得ない」

「だが、本人が望んだことではないでしょう。まだまだ子供である以上、どのようなことがキッカケで彼の忠誠が揺らぐとも知れない。私はもう少しやり方があったと思うのだが?」

「最終的には本人も同意したと聞いている」

「同意せざるを得なかったというべきだろう。彼は殿下が困ることを良しとはしない」

「当然だ。そんな騎士がいては困る。だいたい、この程度で忠誠が揺らぐ騎士などいらぬ。個人の意思が国益より尊重されるなど、あってはならないのだ」


 ハウゼルとオーガスが睨みあう。

 ほかの大臣たちは二人の会話を見守っている。

 エリシアも黙ったままだ。

 

「国益か。そのためなら何をしてもいいと?」

「当然だ」

「理由を話して協力を求めれば、彼も納得できた。それすらしない理由はなぜですかな?」

「彼が光芒市にいることに意味がある。いざとなれば、独自の判断で動けるのだから、わざわざ情報を与える必要はない。ギアがなければ、あやつはただの子供だ」

「それはすべての魔導師に言えると思いますがね。それと、まるで彼を信用していないように聞こえますが?」

「信用などするものか。所詮は地球人。たまたま強力なギアに選ばれた無知な子供だぞ? 力も借り物。自分の意思で動くことすらない。判断すら殿下に依存している。どこを信用しろと?」


 オーガスの言葉にハウゼルはため息を吐いた。

 それはオーガスへのため息ではない。

 自分へのため息だった。

 

 結局、オーガスの言葉を止めることができなかった自分への。

 これで今日の会議は終わってしまうだろうと、ハウゼルは嘆く。

 

「サザーランド公爵。言いたいことはそれだけですか?」


 エリシアがゆっくりと一言一言を告げる。

 それは酷く落ち着いた口調だった。

 だからこそ、オーガスには嵐の前の静けさに思えた。

 

 ハウゼルとの会話に夢中になり、気を遣うべき相手を失念していたことに、オーガスは猛省する。

 サー・レイヴン、烏丸晃は、エリシアが唯一任命した騎士だ。

 

 どの騎士よりも信頼し、どの騎士よりも寵愛する。

 晃への非難はそのままエリシアへの非難となる。

 

 これまでは気を付けていたのに、とオーガスは唇を噛みしめて頭を下げた。

 

「申し訳ありません。口が過ぎました」

「いいのですよ。事実ですから。けれど、あなたは晃の本当の姿を知らない。騎士として、晃は不完全でしょう。自らの判断で動くことなく、率先してギアを振るうこともしない。けれど、それはその必要性がなかったからです。彼は本来、決断力と行動力のある少年です。ギアを手に入れ、今は慎重になっているだけ。いえ、慎重に振舞おうとしているだけ。危機に直面すれば彼はそんな自分を捨て去るでしょう。彼はそういう人間ですから」


 エリシアは告げると、席を立つ。

 それを見て、大臣たちも立ち上がる。

 

「サー・レイヴンの件は私が全責任を持ちます。これより議題とする必要はありません。今日はもう解散としましょう。よいですね?」

「はっ」


 議題は残されていたが、エリシアは強引に会議を終わらせた。

 まだ会議を続けたい大臣たちもいたが、彼らにもエリシアが静かに怒っていることは理解できていた。

 そのエリシアの決定に逆らってまで、会議を続ける剛の者は大臣たちの中にはいなかった。


 表面上はまったくいつもと変わらず、しかし少しだけ早足でエリシアは部屋を後にする。

 その後に続くのはハウゼルだけだった。

 

「お怒りはごもっともですが、会議を明日に回すのは如何なものかと。大臣たちも多忙ですよ?」

「知りません。多忙なのは私も同じです」


 ハウゼルが後ろから声を掛けると、エリシアは歩みを緩めず答える。

 意外に速いエリシアに、ハウゼルは必死についていく。


「相変わらず、サー・レイヴンの事となるとムキになりますな」

「ムキになどなっていません!」


 いきなり立ち止まり、エリシアは振り返る。

 ぶつかりそうになり、ハウゼルも軽くつんのめりながら立ち止まった。

 

「怒っているのが何よりの証拠では?」

「私は怒っていません。ただ、少しだけ大臣たちの理解のなさに呆れているだけです」

「左様ですか。では、そういうことにしておきましょう。しかし、サザーランドの言うことにも一理あります。サー・レイヴンにはもう少し積極的になっていただかないと。彼が今の態度だと私も庇いきれません」

「動かなければと晃が判断したなら、私が止めても動きます。そういう人間なのです。あなたも、そしてほかの大臣も晃の本質を理解していないだけです」

「そう言われましても……。我々は騎士になった後の彼しか知りませんので。そして知らないものは信じようがない。たとえ、殿下が主張しようと、我々はそれを鵜呑みにはできないのです」


 ハウゼルの言葉にエリシアは深々とため息を吐き、頭を抱える。

 晃が自分の意思で動くとき、それはよほどの一大事ということだ。

 

 自分で定めた一線を踏み越えるのだから。

 そのような事態は、晃が騎士になってからはほとんどなかった。

 

 あったとしても、大臣たちの目と耳の外での出来事である。

 

「はぁ……。まったく、晃が積極的に動いたら、私の手には負えません。知りませんよ?」

「それは興味深いですな。後始末は私がしますので、一度見てみたいものです」

「その言葉を忘れないように」

「ええ。しかし、殿下は烏丸晃という少年を本当に買っているのですね。サザーランドではありませんが、彼は普通の少年だと思うのですが?」


 ゆえに平凡な暮らしを送らせるべきだとハウゼルは考えていた。

 強大な力を得たからといって、子供を利用するのは彼の主義に反していた。

 

 しかし、エリシアは首を横に振る。

 

「普通の少年がコルディスに選ばれると? アルスに認められると? 選ばれたから特別なのではないのですよ。特別だから選ばれたのです」

「その特別というのが理解できません。彼には秀でた才能はありませんよ?」

「では、魔導師の才能というのはどんなモノだと思いますか?」


 唐突な質問にハウゼルは困惑する。

 しかし、エリシアに真っすぐ見つめられ、仕方なく答える。

 

「強さではないですか?」


 ギアは戦争のための兵器だ。

 それを扱う魔導師には強さが求められる。


 だが、エリシアは首を横に振った。


「違います」

「では何です?」

「魔導師に必要な才能は、ギアの力を引き出せるかどうか。その才能がなければ魔導師としては二流です」

「まあ、確かにそうですな。ですが、サー・レイヴンにその才能があるとは思えませんが?」

「あなたは天才から指示を受けて、躊躇なく従えますか?」


 エリシアの言葉にハウゼルは思案する。

 今、エリシアが言っているのは、アルスの指示で動けるかどうかという話だ。

 

 しばらく考えてからハウゼルは首を横に振る。


「考えてしまうでしょうな」

「では、教えられたからといって、自分とは違う走り方ができますか? 違う名前の書き方ができますか?」

「経験がないので何とも言えませんが、すぐにはできないでしょうな」

「晃はそれができるそうです。ほぼタイムラグなしに。アルスが持っているのは技や知識のみ。それを使うのはあくまで魔導師である晃。アルスが言っていました。歴代の適合者でも、晃ほど上手くアルスの技を使えた者はいなかったと。晃はアルスにとって〝最高の適合者〟なのだそうですよ」


 ハウゼルはその言葉に驚きを隠せなかった。


 アルスが画家なら、晃は真っ白なキャンパスというところだろう。

 だが、真っ白な人間などいない。

 すべての人間には過去がある。


 晃にだって当然、存在する。

 それでもアルスの技を自分のモノのように扱えるのは、自分の過去を無視できるということだ。


 もしもそうだとするなら。

 

「サー・レイヴンは人として少々、欠落した部分があるのでは? 自分の経験に固執していれば、そのような芸当はできないはずです。そして人間はそういう生き物です。しかし、彼は自分が培ってきた過去、経験に拘りがない。それは人としておかしな話です」

「そうなのでしょうね。翡翠学園で晃は欠陥品と呼ばれているそうです。言い得て妙だと私は思います。人としては欠陥品でも、コルディスとアルスの適合者としては最高。それが烏丸晃です。そんな少年が自分から積極的に動かないことを私たちは喜ぶべきだと思います。安易に動くには彼の力は強すぎる。大人しくこちらの言うことを聞いている今が一番平和なのですよ」

「たしかにそうかもしれませんな。けれど、我々は彼が守りたいと願った日常に干渉した」

「ええ、レムリアにつくなどということはないでしょうが……これからはこちらの思い通りには動いてはくれないでしょうね」


 断言して、エリシアはハウゼルに背を向ける。

 ハウゼルは微かに顔をしかめる。

 

 背を向ける前のエリシアの顔が嬉しそうだったからだ。

 

 止めることのできる唯一の人が、それを望んでいるとなれば、結果はおのずと見えてくる。


「できれば何事も穏便に済ませてほしいものです」

「それは晃に言ってください。まぁ、無理な相談でしょうが。晃は基本的に向こう見ずですから。自分の親しい者が危機に直面したり、自分のエリアを侵犯されたりしたら、間違いなく力を振るうでしょう。それがアティスラント王国に不利になるとか、有利になるとか考えることもせずに」


 そう言ってエリシアは歩き始めた。

 そんなエリシアの顔には、上機嫌な笑みが浮かんでいた。


 誰よりもそうなって欲しくないと思っているのはエリシアであり、誰よりもそんな晃に期待しているのもエリシアだからだ。


 晃には危険に巻き込まれては欲しくはない。

 だが、晃が心のままに動くのは、エリシアには歓迎すべきことだった。


 それがもっとも晃らしいと知っているから。






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