第十一話 図書館勉強
4月20日。
火曜日。
この日も美郷の猛追を振り切り、俺は図書館へと逃げ込んだ。
流石に今日はいないだろうと思っていたら、昨日と同じ席に綺佳がいた。
ご丁寧に隣は空いているし、綺佳の前には分厚い本が何冊も置かれている。
タイトルから察するに古代の魔法についてだろう。
「うわぁ……」
「失礼じゃない? 教えてあげる約束だから来てあげたのに!」
「あ、悪い。ちょっと量にビックリして……」
「量? ああ、これは私の分よ」
さらりと綺佳は告げて、自分の横の椅子を叩く。
早く座れということなんだろうが、そんなことよりも、目の前の本が綺佳の分とはどういうことだよ。
まさか、あれ全部、読むのか。
「それ、何に使うんだ?」
「読む以外にどう使うの? あなたの頭を叩くときに使う?」
綺佳は片手で重そうな本を持って、俺の頭を叩く真似をする。
どう考えても、その本の厚さは凶器だ。
叩かれたりしたら、脳細胞がどれだけやられるか。
「やめてくれ。これ以上、馬鹿にはなりたくない」
「ふふ、冗談よ。貴重な本をそんなことに使ったら、出入り禁止になっちゃうわ」
本の心配かよ。
貴重じゃなきゃやるのかよ。
冗談を笑いながら言う綺佳は、再度、隣の席を叩いた。
あの様子を見せられた後じゃ、隣に座るの嫌なんだけど、と思いつつも、座らないわけにもいかないので、恐る恐る座る。
そして綺佳の様子を窺いつつ、今日も出された宿題を取り出す。
取り出すといっても、専用の情報端末に入れられたものを画面に出すだけだが。
「今日はなに?」
「ギアに関する宿題と魔法に関する宿題……」
この二つは本当にやる気が出ない。
もう最近ではギアとか魔法とか聞くのも嫌だ。
授業中は苦痛で仕方ない。
「まだまだ初歩的な内容じゃない。これも分からないの?」
「分からない」
「よく入れたわね」
半眼で俺を見つつ、綺佳が席を寄せてくる。
どうやら今回も教えてくれるようだ。
流石に宿題を忘れて、注意を受けるのは恥ずかしいので、宿題くらいはやっておきたい。
「最初の問題はギアの種類ね。これは簡単だと思うけど? あ、レーヴェと地球の差異は問わないって書いてあるから、この二つの違いは今は置いておいてもいいわ」
「オリジン・ギアと普通のギアだろ?」
「大きく分けるとそうなるわね。けど、残念ながら不正解。烏丸君が言う普通のギアにも、二種類あるの」
「二種類?」
思わず首を傾げる。
初めて聞いたぞ。
騎士には魔法師も魔導師もいるが、魔導師たちは全員、オリジン・ギアの使い手ばかりだったし。
アルスなら知っているんだろうけど、アルスは都合のいい辞書代わりにされるのを嫌いなようで、授業に関することはほとんど教えてくれない。
今もだんまりだ。
「そう、二種類。なんだと思う?」
「……性能のいいギアと悪いギアか?」
「間違ってはいないわね」
クスクスと笑いながら、綺佳は説明を始めた。
「ギアの性能は何で決まるか知ってる?」
「核になるラピスによってだろ?」
「ええ、その通りよ。じゃあ、ラピスにも種類があるって知ってる?」
「あー、なんか言ってたな。色があるんだっけ?」
「そう。ラピスは普通の石と見た目はほとんど変わらないわ。けど、魔力を当てると発光するの。その光の色でラピスの質が決まるわ。赤、青、緑、黄、紫、白、黒の計七色。最初の四つはそれなりに発掘されるけど、後半の三つはほとんど発掘されない貴重な物よ」
そう言って、綺佳は俺の端末を取り上げ、手早く操作して七種類の色を出した。
その色を区分して、備考まで添えて保存する。
「保存したから、ちゃんと覚えてね?」
「努力します……」
「じゃあ、続きね。その色の中でもラピスの質はまちまちなの。同じ赤を使っても、同じ能力のギアができるわけじゃない。だからギアには性能差が出るわけね。ここまでは大丈夫?」
「大丈夫。一応、理解はしてる」
「じゃあ、これが大事だから覚えておいてね? ときたまだけど、同じ色のラピスを使ったにも関わらず、想定外の性能が発揮するギアが出てくることがあるの。それが性能のいいギアね」
ギアは地球でもアティスラントでも量産されている。
その性能は誤差はあれど、それなりに統一されているが、ときたま規格外のが出てくるってことか。
まぁたしかにオリジン・ギア以外のギアの中でも、飛びぬけた性能のギアがある。
王国軍でもそういうギアを見たことが何度かある。
量産型のギアで、形状はほとんど変わらないのに、威力や能力が段違いなのだ。
あの時はほとんど気にも留めなかったけど、ほぼオリジン・ギアと変わらないような性能を発揮していたような気がする。
ただ、戦場じゃそんなこと気にしてる余裕はないし、言われて初めて納得だ。
「名称はイレギュラー・ギア。それ以外のギアをノーマル・ギアと言って、区別するわ。このイレギュラー・ギアは適合者がなかなか見つからないかわりに性能がいい。まぁ、現代版のオリジン・ギアね」
「分かりやすい解説だな。けど、オリジン・ギアと見分ける方法ってなんだ?」
「戦闘中じゃほとんどないわね。基本的にオリジン・ギアのほうが強力だけど……名前や形状で判断するしかないわ。現代的な形ならイレギュラー・ギア。そうじゃないならオリジン・ギアっていう風に」
「一纏めでいいだろうに。ややこしい」
俺の言葉に綺佳は苦笑する。
ま、戦場じゃ意味のない区別であることには綺佳も気付いているんだろう。
戦場で大事なのは相手の詳細な能力だ。イレギュラー・ギアだとか、オリジン・ギアだとかいうよりも、どういうタイプの能力かというほうが大切だ。
「けど大事なことよ。しっかり覚えるのよ?」
「了解。次は?」
「うーん、次は魔法に関する宿題ね。魔法の原理の説明は必要?」
それに関しては問題ない。
あらかじめ、イメージしている術式を空間に転写、詠唱と合わせて発動させるのが魔法だ。
それくらいはわかってる。
「それは平気だな」
「そう。なら……あーこれは難しいかもしれないわね」
宿題の内容を見ていた綺佳が呟く。
綺佳が難しいと思う宿題ってなんだよ。
そんなの宿題で出すなよ。
「アティスラント王国の王都防衛魔法。王族のみが行使可能な古代の魔法の名称。これはずっと使われてない魔法だから、調べないと」
「天殻」
「え?」
俺の言葉に綺佳は目を見開く。
だが、その手の問題については苦労しない。
一応、騎士だし。
王都が攻め込まれた場合にどのような魔法が発動するかは教えられている。
綺佳の言う通り、何百年も使われてはいない魔法だが。
「どうして……これは知ってるの?」
「なんかで読んだんだよ、たしか。パッと浮かんだ」
「なんだか歪ね。烏丸君って。ギアや魔法の基礎知識はほとんどないのに、こんなことは知ってるなんて。正直、変よ?」
そう綺佳は疑惑の視線を俺に向けながら告げた。
おー怖い怖い。
勘がよろしいことで。
いや、今のは俺が悪いか。
「雑学だけはあるんだよ。興味がそそられれば、覚えれるんだけどなぁ」
「……それなら他のことにも興味を示して。次の問題に行くわよ」
どうにか綺佳の疑惑の視線をやり過ごす。
危ない、危ない。
俺がアティスラント王国の騎士だとバレるのはまずい。
それだけは避けなくちゃいけない。
それにしては迂闊だったけど。
『気を付けろ。晃。この娘、聡いぞ?』
「わかってる」
「何がわかってるの?」
「いや、何でもない。ちょっと頭の中、整理してたんだ」
そう言って俺は苦笑いで誤魔化す。
頭の中でアルスのため息が聞こえたが、それに抗議する気にもなれない。
まいったなぁ。
勉強を教わるのに、気を遣わなくちゃいけないなんて。
その後も綺佳との勉強会は続いた。
しっかりとわかるまで付き合ってくれるし、基礎的な部分から俺に合わせて教えてくれる綺佳は、良い教師なんだけど。
ふとした俺の発言すら逃さないから、精神的に疲れる。
そろそろお開きの時間になったときに、綺佳が何かを思い出したように手を叩く。
「そうそう。言おうと思っていたんだけど」
「なんだよ?」
「烏丸君の連絡先教えてほしいなって。連絡取れないと不便でしょ?」
「いや、別に不便はないけど……」
勉強を教わってはいるが、これもどうせ東峰の気が収まるまでの話だ。
それまでは図書館に集合していればいい。
そう思っていたのだけど。
「私が不便よ。カフェテリアで席がないとき、歩き回って烏丸君を探せって言うの?」
「思いっきし利用する気満々だな……」
「当然です。私はもう報酬を払っているもの」
そう言って綺佳は今日の宿題を指さす。
たしかに綺佳のおかげで終わったし、宿題以外もいろいろと教わった。
綺佳としては当然か。
「はいはい、わかりましたよ。教えればいいんだろ?」
「素直でよろしい。あ、よくよく考えたら男の子の番号を訊くのは初めてかもしれないわ。訊かれることはよくあるけど」
「それは人気なことで。席取りのパシリに使うなら、そいつらにしてくれよ……」
「無理よ。私の番号、教えてないもの。たぶん、私の番号知ってる男の子は烏丸君だけよ?」
勝手に俺のADを奪い取り、操作をしていた綺佳が呟く。
思わず閉口してしまう。
つまるところ、綺佳の番号は貴重というわけだろうか。
いや、これだけ美人の番号なら貴重にもなるだろう。
けど、俺一人って。
勘弁してくれよ。
こんなのバレたら、どうなるか。
考えたくもない。
そんなことを思いつつ、戻ってきたADの中身を確認したら、当然というべきか、天海綺佳の名前が入っていた。
これは絶対に守らなきゃいけない秘密が、また一つ増えたな。