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第十話 取引は計画的に

 4月19日。

 月曜日。


 その日は非常に大変な一日だった。

 模擬戦をしてから、美郷が再戦しろとしつこいのだ。


 それをのらりくらりと躱していたけれど、意外に疲れる。

 なにせテンションが高い。

 しかも高圧的だし。


 ぶっちゃけ押しの強い子は苦手だ。

 エリシアのように計算高い子も苦手だけど。


「はぁ……」


 今は放課後。

 再戦を求める美郷と鬼ごっこを繰り広げ、なんとか逃げ切った俺は、図書館にいた。


 寮に逃げ込むという手も考えたが、あいつなら入ってきてもおかしくないため、図書館を選択したわけだ。


 どうせあいつも寮暮らしだろうし、帰るまでここで時間を潰しているしかないだろう。


「宿題でもやるか……」


 カバンから一枚の紙を取り出す。

 宿題が出たのは数学。

 苦手科目だ。


 教科書を見ても、答えを見ても、何がどうなってそうなっているのか理解できない。

 もう苦手意識がつきすぎて、見ているだけで嫌になる。


 けど、やらないといけないという気にはなる。

 これがギアや魔法のことなら、まぁいいやって気にもなるんだけど。


「せめて一般教養くらいはやっておかないとな」


 それすら放棄してしまったら、そもそも高校に行く意味などない。

 就職するでも、進学するでもないのだから。


 おかしな考えなのだと思う。

 俺はこうしてギアに適合し、騎士なんてものになっているのに。


 今でも本来、歩むはずだった日常に拘っている。

 けれど、仕方ない。

 それが俺のささやかな願いなのだから。


 一番は、普通の高校に通うことだったけど、それができない以上、その真似事くらいはしてもいいだろう。

 ギアや魔法とか余計な勉強をする気にはなれないけど。

 だって、わからないし。


「しかし……これもわからん……」


 プリントに書かれている数式を見ながら、俺は頭を抱える。

 この数学の教師は紙媒体が好きらしく、多くのことが電子化されているにも関わらず、宿題を紙で出してきた。


 いや、まぁそれが問題を複雑化させているわけではない。

 紙だろうが、電子だろうが、わからないものはわからないのだ。


 うーん、と頭を悩ませていると、隣に誰かが座ってきた。


 この時間の図書館は結構、人はいるが、別に空いていないわけじゃない。

 わざわざ俺の横に座るなんて、誰だよ。


 そう思って、横を見たらそこには天海綺佳がいた。

 相変わらず綺麗で、座ってる姿も様になっている。


 だが。


「げっ……」


 俺から洩れたのはそんな声だった。


 俺の反応を見て、綺佳は眉を顰める。


「その反応は失礼だと思うんだけど? 烏丸君」

「いや……当然の反応だと思うんだけど……?」


 俺、君のこと苦手だし、という言葉が喉まで出掛かったが、それを何とか押しとどめる。

 さすがにそれを本人に直接言うのは失礼だ。


「私が烏丸君の隣に座ったら駄目なの?」

「いや、駄目じゃないけど……いきなりそこまで仲良くない人が近くにきたら、ビックリするだろ?」


 少なくとも、男がやったらアウトなのは間違いない。


 俺の言葉を聞いて、綺佳は顎に手を当てて考え込む。

 

 そしておもむろに椅子を俺から離す。

 といっても僅かな距離だが。


「これならオッケー?」

「そういうことじゃなくて……」

「ふふふ、嘘よ。でも、烏丸君は男の中じゃ仲がいいほうよ?」

「男友達がいないのか?」

「うーん、話をすることはあるけど、たしかに友達って感じの人はいないかも。だから、烏丸君が第一号」

「光栄だけど、遠慮しておく。だいたい、俺は君を友達だとは思ってない。知り合ったのはつい最近だぞ?」


 クラスが一緒で、いつも一緒にいるとかならわからなくもないが、数回しか会ったことがなく、しかも喋った内容も友達がするような内容じゃない。


 そんな人間のことを人は知り合いと呼ぶのだ。


「時間は関係ないと思うけど?」

「え、なに? 俺と友達になりたいの?」

「むしろ、もう友達だと思ってるけど?」


 笑顔で返されて、思わず口ごもる。

 そう面と向かって、友達と言われると気恥ずかしい。

 それが綺佳ほどの美人なら尚更だ。


「どうして俺にそんな構うんだ?」

「……私と正反対だからかな」


 ポツリと綺佳は呟く。

 その言葉はそのまんまの意味だろう。


 おそらく綺佳は高い目標を持ち、努力して、今の位置にいる。

 そんな綺佳から見れば、俺みたいなのは不思議で仕方ない人種なのだ。


 ただし、普通は俺みたいにやる気のない奴を見れば、怒ると思うんだが。


「俺みたいのを見てて、イライラしないのか?」

「適度に手を抜いているなら、やっぱり心に引っかかると思うけど、烏丸君は全力でやる気ないから。イライラする気も失せるの」

「あー、なるほど、なるほど。褒めてはいないな」

「流石に烏丸君の態度は褒められないわ。どう見たって頑張ってる人に失礼だもの」

「それは……申し訳ない」


 あっけらかんとした様子で言ってくるため、嫌味には感じない。

 表情も明るいし、怒られているわけではないのだけど、流石に申し訳ない気持ちにはなる。


「そういうわけで、自分と真逆だから気になるの。私には目標としている人がいて、その人に憧れてる。その人みたいになりたいと思ってる。だから、この学園で頑張ってきたわ。けど、烏丸君は違う」

「それが俺に構う理由か?」

「そうね。やっぱり変わってる人って珍しいでしょ? そういう人と接するのは自分のためになると思うの」

「俺が言うのもなんだけど……駄目な方向に影響を受けるだけだと思うぞ」


 色んな人と関わるのは確かに大事だ。

 自分とは真逆の人間と触れ合い、その価値観を知るのもためになるだろう。


 ただ、俺みたいなのと接しても、綺佳にそこまでのメリットはない。

 俺はただ怠惰でやる気がないだけだ。意欲に欠けると言ってもいい。


 価値観とか以前の問題だ。


「平気よ。烏丸君の良い所だけ吸収するから」

「複雑だ……。今、俺の良い所がまったく浮かばなかった」

「誰にだって良い所はあるわよ。烏丸君の良い所は、爪の隠し方が上手いところかな?」


 言いながら、綺佳は一冊の本を取り出した。

 それは魔法に関する本だ。

 

 学園の図書館と言っても、紙媒体は少ない。

 大抵は端末に情報が入っているだけだ。


 つまり、あまり替えのきかない貴重な本だけしか置いていないわけで。

 その貴重な本を持ってきたということは。

 何らかの古い魔法を調べていたということだ。


 そして開かれたのは雷に関するページ。

 それを見て嫌な予感を覚える。


「烏丸君って魔法が使えるの?」

「……素質はない」

「けど、使ったわよね? 東峰さんとの試合で。最後に使ったのはこのサンダー・ボルトでしょ?」


 よく気付いたな。

 煙の中から放たれた剣に掛けられた魔法、それも一瞬だったのに。


 しかもあの魔法は滅多に使われない魔法だ。かなり昔、接近戦武器が主流だった時代の魔法。

 なにしろ、投擲する武器の強化に使われる魔法だ。

 現在の魔法師はそんな魔法を使ったりしない。もっと実戦的で便利な魔法は一杯あるからだ。


「……」

「烏丸君のギアってどういうギアなの?」

「はぁ……魔法が使えるようになるギアだよ。ただ、持ち主の魔力に頼るわけだから、多用はできない」


 俺の魔力量は少ないから、と付け足して説明する。

 嘘は言ってはいない。

 ただ真実でもないが。


 その質問に綺佳は一応、納得したようで、本をしまう。


「そうなんだ。まだなんか隠し事がある気がするけど、今回はこれくらいにしてあげます」

「君って……ストーカー体質なのかな?」

「うーん、言い方に悪意を感じるけど、似たようなものかも。逃げられると追いかけたくなるっていうか、隠されると暴きたくなるっていうか。そういうところはあるわね」

「好奇心旺盛なんだな……ほどほどに頼むよ」

「ええ。ほどほどにしておくわ。そういえば、ここで何していたの?」


 今更な質問だ。

 普通は顔を合わせたら、まずそこからだろうに。


 マイペースというか、なんというか。


 綺佳の意外な一面に苦笑しつつ、俺は手元のプリントを指さす。


「宿題しに来たんだよ。正確には緊急避難だけど」

「緊急避難?」

「東峰が再戦を要求してきて、しつこいんだよ」

「わざと攻撃に当たったりするからよ。避けれたでしょ?」

「引き分けでも再戦を要求されるだろ? 勝ったら満足すると思ったんだ……」

「名家の娘で、貴族の孫娘よ? 彼女。手加減なんてしたら怒るに決まってるわ」


 自業自得だと言わんばかりに、綺佳は首を横に振る。

 まぁ見通しが甘かったことは否めない。


 だが、あのときはあれが最善だと思えたんだ。

 いや、アルスと融合してケリをつけるって方法もあったけれど。


 そしたら、今度は血で血を洗う日々になりかねない。今よりも悲惨な放課後だったはずだ。


「はぁ……」

「当分は言ってくると思うわよ?」

「ってことは、当分はここで過ごすわけか……」

「いいじゃない。図書館は静かだし」

「静かねぇ……」


 綺佳に視線を送りつつ、そう意味深に呟く。

 それを聞いた綺佳がムッとした様子を見せた。


「私がうるさいって言いたいのかなー?」

「静かではないな」

「そんなこと言っていいの? この宿題、教えてあげようと思ったのになー」


 勝手に俺のプリントを取って、ヒラヒラと揺らす。

 その言葉に俺は顔をひきつらせた。


 綺佳の申し出は願ってもないことだったからだ。

 だが、それをするには、前言を撤回する必要があるだろう。


 それをしたら、間違いなく綺佳はドヤ顔を見せつけてくるはず。


 ……。

 別に見せつけられてもいいか。


「いや、俺の勘違いだった。君はとても静かだ」

「お昼の席」

「は?」


 唐突に告げられたのは、意味不明な言葉だった。

 思わず思考停止してしまう。


 そんな俺を見て、綺佳がもう一度言う。


「お昼の席」

「……どういうこと?」

「C組は午前最後の授業が終わるの早いでしょ? 松岡先生だから。そのおかげで、カフェテリアの争奪戦には巻き込まれないじゃない」

「いや、一概にそうとも言い切れないけど」


 確かに松岡はカフェテリアの席争奪戦に生徒が巻き込まれるのを危惧して、午前最後の授業を早めに切り上げることも多い。

 けど、なにも松岡だけが授業を受け持っているわけじゃない。


「ほかの先生のときもあるし」

「その先生たちも松岡先生のクラスのときは気を遣ってるのよ。だから、やっぱり早く終わるの。みんな言ってるわ。ずるいって」

「そんなこと言われてもねぇ」

「だからお昼の席。今度から私の分も取っておいて。そしたら宿題だけじゃなくて、全部の科目を教えてあげるわ。今日だけじゃなくて、時間が空いてる日もね」


 悪くない取引なのだろうな。

 普通に考えれば。


 綺佳が教えると言った以上、俺が必要ないと思ってるギアや魔法のことも教えてきそうだけど。


 それを差し引いても、綺佳に教えてもらえるのは助かる。

 その交換条件の席だって、二人掛けの席を取ればいいだけだ。


 ただ、綺佳と一緒に食事を取ると色々と大変な思いをする気がする。

 悩みどころだ。


「うーん……」

「良い話だと思うけど?」

「席が取れなかったときだけって条件付きならいいぞ」

「それは私と食事したくないってことでいいのかしら?」


 綺佳が笑顔を浮かべる。

 だが、目が笑っていない。


 それを見て、慌てて否定する。


「そういうわけじゃない! ただ、毎日毎日、一緒に食事はちょっと……君は目立つし」

「……わかったわ。でも、そういう条件を出すなら、席は空けておいてね? 私が席無くて、烏丸君の席に行ったときに空いてなかったら、ギアを出すから」

「……はい。しっかりと空けておきます」

「やった! じゃあ、宿題からね。この公式はね」


 綺佳は俺の返事に満足したのか、笑顔で椅子を近づけてくる。

 いきなり近づいてきた綺佳に少しドキッとしつつ、俺は綺佳の教えに耳を傾けた。












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