閑話 不穏な動き
晃たちが模擬戦をした日。
光芒市は月の綺麗な夜だった。
そんな光芒市にある廃ビルに二人の男がいた。
一人がビルの影に隠れていて顔は見えない。
しかし、もう一人ははっきりと見えた。
幼い少年のような顔立ちだ。
しかし、その表情は少年が浮かべるにしては大人びていた。
「経過はどうです?」
少年が影の中の男に語り掛ける。
影の中の男は、意外に若い声で応じた。
ただし、少年よりは年上なのは間違いない。
「順調です」
「そうですか。あなたのような協力者が得られて、僕らは幸せですよ。おかげで積年の恨みを晴らせる」
「しかし、本当に手引きをするだけでいいのですか?」
影の中の男は疑問を口にする。
男は協力者となったときから、危険な任務を覚悟していた。
だが、依頼されたのは男の立場を考えれば、さして難しくはないものだった。
ありていに言えば、男は拍子抜けしていたのだ。
「いいんですよ。それをしてくれれば、こちらも色々と動けるので。大丈夫です。来るべきときにはもっと働いてもらいます。そしてその活躍次第では、あなたは我が国の英雄だ。出世も思うがままでしょう」
「ありがとうございます。全力を尽くします!」
熱意のこもった声で男は答えた。
それに少年は鷹揚に頷き、視線で男に下がるように命じる。
それだけで二人の力関係がどういうものなのかは、よくわかった。
男は深々とお辞儀をして、影の中から音もなくいなくなる。
長居は無用。
今はだれかに、このような場所にいられるのを見られるわけにはいかないからだ。
ここは光芒市。
日本の首都、東京の一つではあるが、ゲートがあるため、アティスラントのお膝元とも言える。
どこで目が光っているとも知れないのだ。
そんな影の中にいた男と入れ違いで、線の細い優男が現れた。
「不満ですか?」
「そうですね。あまり好きではありません。裏切者というのは」
少年はそう言って、優男、リッツ・フィクサーに笑いかける。
その少年の笑みを見て、リッツは内心、ため息を吐いた。
リッツはレムリア帝国の軍人だ。
三十前に少佐となり、この任務次第では更なる出世が期待できる。
そんなリッツは光芒市に潜入している軍人たちの隊長でもある。
リッツ自身も一年ほど前から光芒市に潜入しており、いつ指令が来てもいいように備えてきた。
そんなリッツが指令を受けたのは二カ月ほど前のこと。
そしてその指令を確実に実行するために、本国に増援を要請した。
狙う場所を考えれば、当然の判断であった。
その要請によって、来たのが少年、エリオ・アウテーリ特尉だった。
レムリア帝国には通常の階級制度から外れた特殊階級が存在する。
この階級は、彼らが特別であることの証左であり、彼らが自由に動けるようにという処置でもあった。
レムリア帝国の主力は魔導人形である。
その魔導人形には二種類あり、一つは完全に自立して動く自動型。
そしてもう一つは、操者と呼ばれる魔法師によって操られる操作型。
オートマトンは自立行動するため、操者が必要ないが、その動きには限界がある。
一方、パペットは操者が必要ではあるが、複雑な動きが可能であり、オートマトンよりも高い能力を発揮する。
両者は状況により優劣が変わるが、レムリア帝国ではパペットと操者が特に重要視されている。
なぜなら敵対国であるアティスラント王国の騎士には、オートマトンを大量に投入しても意味がないからだ。
それぞれの操者に合わせて、徹底的に改造されたパペットを用いて、騎士に対抗する。
今のところ、レムリア帝国が行える唯一の騎士対策であった。
その要となる操者にもランク付けが存在する。
CからSまでだ。
そして特殊階級を得られるのはAから。
つまりは、エリオはA級操者なのだ。
ただし、任命されたばかりであり、名前も顔も表には出てはいない。
そのおかげで日本に密入国させることができたのだが、リッツとしては不満であった。
実績のないA級操者を派遣されては、一年以上に渡る潜入が水の泡になりかねない。
ましてや、特尉となればリッツの歯止めも効かない。
不信感。
それをリッツは抱いていた。
ただ、エリオはそれを把握していた。
A級以上の操者は滅多に部隊には属さない。
増援として部隊に入り、一つの作戦が終われば離れていく。
その過程で、部隊の人間たちに実力を疑われることが多いのはよくあることだからだ。
仕方のないこととエリオは考えていた。
言葉では意味がない。
力を示す必要がある。
だが、それはもう少し先のことである。
本番になればいくらでも実力を見せつけることができるのだから。
「リッツ少佐。御心配なく。僕はあなたに従いますよ。あなたが立てた作戦は協力者がいる以上、成功するでしょうし」
「特尉にお墨付きを頂けるとは。ありがたいですね」
「僕はあくまで保険です。あまり気になさらないように。皆さんの邪魔しませんので。まぁ、協力者との仲立ちだけは僕がしますが。彼は僕の肩書にいたく憧れているようですからね」
「……そうしていただけると私たちも助かります。ここは敵地ですので。余計な騒ぎは起こさないでください」
「肝に銘じておきます」
そう言ってエリオは笑みを浮かべる。
その笑みを見て、リッツは薄ら寒いものを感じた。
エリオの年齢は十代だと聞く。
その年齢にしてA級操者になった才能は伊達ではない。
S級の数は少なく、A級は帝国にとって主力の精鋭だ。
帝国の中核と言ってもいい。
少なくとも、弱い者などいないのだ。
「楽しみですね。同年代と戦うことなんてほとんどありませんから」
「所詮学生ですよ。特尉の相手にはなりません」
「どうですかね。仮にも王国が協力している学園です。強い人もいるかもしれませんよ?」
A級操者よりも強い学生。
馬鹿馬鹿しいとリッツは思った。
そんな学生がいるわけがない、と。
そこまでの実力があるならば、学園などに通ってはいないからだ。
しかし、それを待ち望むエリオを見て、再度、リッツは思う。
このA級操者を作戦に組み込むのは間違いではないのか、と。