第七話 既に目立っているけれど
放課後。
訓練場に足を運んだ俺は、人の多さに顔をしかめた。
「なんだよ、このギャラリー……」
「そんだけ注目を集めてるのさ。お前も、向こうも」
「暇なんだな。みんな。っていうか、お前、その仰々しいカメラはなんだ……」
俊の手にはやたらゴツゴツとしたカメラが握られていた。
いろいろな機能があるのはわかるんだが、何をそんなに使うんだろうか。
「ん? これは魔導師同士の戦闘を撮るためのカメラさ。うちの研究会から借りてきた」
「ご苦労なことだな」
「そうそう。だから頑張ってな。無駄骨になるのは嫌だぜ?」
そう言われても困る。
こんな大勢のギャラリーの中でアルスと融合したら、俺は明日から痛い中二コスプレ野郎だと思われてしまう。
百歩譲って、それを我慢したとしても、名家のお嬢様に勝ったりしたら、次は自分だと名乗りをあげる奴らが大勢出てくるに決まってる。
誰しも格下がデカい顔をするのは望まない。
出る杭は打たれるというやつだ。
できればそれは避けたい。
別に何かがかかっているわけじゃあるまいし、向こうの怒りが収まるなら一発くらい殴られてやってもいい。
どうせ、アルミュールが展開している以上、俺に痛みはない。
それじゃあ流石に怒りは収まらないだろうけど。
この学園の訓練場は第一、第二、第三と三つもある。
今、俺たちがいるのは第三だ。
最も小さい訓練場だが、それでも普通の学校の体育館くらいはある。
二階建てで、一階が普通に訓練スペース。
二階が観覧スペースとなっている。普段は訓練を終えた生徒や、訓練場が空くのを待っている生徒の待機場所だが、今は生徒で一杯だ。
訓練スペースもいつもなら、いくつかのエリアに区切られて、貸し出しが行われているのだが、今回は俺と美郷の模擬戦のために貸し切りだ。
訓練スペース全体には、ゴーレムや一流の魔法師なんかが使う〝魔力障壁〟と呼ばれる高等防御魔法が張られている。
これで攻撃が二階に向かうことはないし、訓練場が壊れる心配もない。
この模擬戦というのは、生徒が双方承諾すれば可能となる。
学園の教師が審判するため、危険も少ない。
模擬戦のルールは単純。
攻撃は三発当てれば勝ちだ。
この攻撃はどのような攻撃でも構わないし、攻撃の威力も問わない。
結局は、生徒同士の揉め事を穏便に済ませるための処置だ。
どうせギアを持ち出して喧嘩するなら、教師の監視の下でやらせてしまおうという魂胆なのだろう。
別にそれをどうこう言う気はないが。
実戦を想定した形とは言い難い。
実戦なら一撃でやられるときもあるし、何発当てても倒れない相手もいる。
ま、そんな相手を想定すると訓練になんてならないけど。
それと制限時間は三分。
長くやっても仕方ないし、そこまで魔力を消耗すると次の日の授業に差し支えがある。
魔導師を養成する学園らしいと言えばらしい。
学園側も実戦感覚を身に着けるのにいいと、積極的に推奨している。
おかげで報道部によってランキングまで作られている。
さすがにそれは学園側は非公認らしいが。
そのランキングに載るのは学園内でも上位の魔導師のみ。
東峰の娘で、アティスラントの貴族の血を引く美郷はそれに近い実力を持っていると見ていいだろう。
その力を見たくて、これだけのギャラリーが集まっている。
あとは、生意気な態度を取る俺がやられるのを見に来ている連中も多少はいるかな。
「じゃあ、オレは二階から見てるから」
「はいはい」
そう言って、俊と別れる。
はぁ、気乗りしない戦いだ。
そもそも動機がない。
ま、戦いに気乗りしたことなんてほとんどないけど。
そんなことを考えながら、二階から一階へと降りる。
その途中、見知った少女が待っていた。
「烏丸君」
「君は……天海綺佳」
色素の薄い茶色の髪。
そして一目を惹く容姿。
昨日、相席を求めてきた綺佳だ。
綺佳は笑顔のまま俺に近づいてくる。
「なんだか大変なことになってるわね」
「不本意ながら」
「ふふ、でもおかげであなたの力を見れるから、私はちょっと喜んでるの。ごめんね」
そう言って片目を瞑って、茶目っ気たっぷりに綺佳は謝る。
その仕草をすれば、明らかにあざとさが出るはずなんだが、綺佳がやるとすんなりと受け入れられた。
流石は学年屈指の美人。
仕草にも美人らしさがある。
だが。
「残念ながら俺の力なんかたかが知れてるよ」
「たかが知れている人間はこの学園に入れません。少なくとも、私はそう思ってるわ」
「買い被りだな」
「見る目はあると思うんだけどなぁ。とにかく楽しみにしてるから。がっかりさせないでね? がっかりさせたら、毎日、烏丸君の席に行くから」
それは男からすれば役得なのでは?
と思わなくもないが、そんなことになれば周りの男子がうるさいのは目に見えている。
特に俊とか。
そこらへんを意識しての発言なのだろう。
つまるところ、これは脅しだ。
周りからやっかみを受けたくないなら、本気でやれ、と。
この子は本当に俺に力があると思っている。
それこそ、自信があるんだろう。
そしてそれは間違ってない。
しかし。
「まぁやれるだけやるさ」
俺の言葉に綺佳は困ったような表情を浮かべた。
思ったとおりの反応が得られずに困惑しているのだ。
「烏丸君は……目標はないの?」
「いきなり何?」
「この学園に来る人たちはみんな何かしらの目標があるわ。私はもちろん、あなたの対戦相手である東峰さんにも。けど、あなたからは感じられない」
「目標ね……」
多くの学生の目標は、自分がなりたい職業だろう。
そういう意味では確かに俺には目標はない。
騎士として世界平和に貢献する?
それともアティスラント王国を勝利に導く?
どれも考えたこともない。
俺は騎士になってしまっただけで、騎士になりたかったわけじゃない。
騎士になってからも、何かしたいと思ったことはない。
俺は力を得たけれど、それは俺自身の力じゃない。
その力で何かを変えようとか思うことはないし、思ってはいけないと思ってる。
所詮、力は借り物。
世界をより良くしようと思えば、できるかもしれない。それだけアルスの力は強力だ。
けど、借り物の力でそんなことをすれば、いずれ取返しのつかない過ちを犯してしまう気がする。
だから、俺は常に受動的に生きてきた。
誰かを護るために力を振るうことはできても、何かを壊すためには力を振るえない。
覚悟がないと言われることもある。
優柔不断だと言われることもある。
だけど、それが俺の線引きなのだ。
ゆえに俺には目標がない。
自分から動いてはいけないと思っているから。
「強いて言うなら、平凡な暮らしをするってところかな」
「平凡な暮らし?」
「そう。だから、できればこんな模擬戦はやりたくない。俺にはこんな模擬戦は必要ないから」
「やっぱり望んできたわけじゃないんだ。この学園に」
綺佳は責めるでもなく、ただそう告げた。
顔には微笑みが浮かんでいる。
それがバレたからといって、どうということはない。
俺の態度を見ていれば、誰だって気付く。
望んできたならば、もう少し向上心を見せるだろう。
俺にはそれがない。
綺佳は言葉を続ける。
「望まずに入学できる人がいるなんてビックリ。俄然、あなたに興味が湧いたわ」
「そりゃあどうも。けど、世の中は不思議で出来ているんだ。入学してみて、理想との違いにやる気をなくす奴だっているさ」
「そうね。そうかもしれない。けど、あなたは違うと思うわ。じゃあ、上で見てるから。応援してるね」
そう言って綺佳は階段を上がっていく。
それを見送り、俺はため息を吐く。
厄介な相手に目をつけられたものだ。
別にアルスとの融合を隠しているわけじゃない。
見られたって問題じゃない。
ただ、それで注目を集めれば面倒なことになるのは目に見えている。
それに俺の正体にたどり着く奴が出てこないとも限らない。
人の目を惹けば、それだけバレる可能性は高くなる。
エリシアからも目立つ行為は避けろと言われている。
まぁ、すでに模擬戦なんて目立つ行為に巻き込まれているし、授業態度で悪目立ちしてしまっているが。
「けど、心配はないか。さすがに」
日本の高校生とアティスラント王国の騎士を結びつける奴は早々いない。
俺が決定的証拠でも出さないかぎり、バレることはない。
ただ、目立たずにいることは重要だ。
けれど、一撃当たって、はい終わりじゃ綺佳は納得しないだろう。
目立たず、しかし、納得させる。
難しいけど、やるしかないな。
「さてと、行きますか」




