天才美少女のわたしに不可能はない!
メリクリ!
そういえばここには『不適合者』を治療しろと連れてこられたのだった。
『不適合者』はいまだ障壁を壊そうと必死に殴り続けていた。はたしてディフィニアの障壁が強固なのか、『不適合者』の力が弱いのか。まあ前者なのだろうけど。
だからといって『不適合者』の力が劣っているわけでもないだろう。通常の数倍に肥大化したあの左腕で殴られたら一般人はひとたまりないだろう。
「ではアキちゃん話を戻すが、『眼』であやつを見てみよ」
「わかりました」
取り乱したときに解除された『眼』を再度使用する。
すると再び視界に可視化された魔力がきらめいて見えるようになる。
その状態で『不適合者』に『眼』を移すと奇妙なものが見えた。わたしやディフィニアの身体を循環する魔力や空間漂う魔力は白色で見えていた。『不適合者』の身体には自身の循環する白い魔力のほかに、左腕を中心に黒い魔力が見て取れる。それを表現するなら植物が地に根を張るように左腕を中心に循環する魔力に複雑に絡み合っている。
「見えるかの?あの根のように絡み合う魔力が『種』と呼ばれる所以じゃ」
「見えるのは見えるんですが。動き回っているので見えにくいですね」
障壁を壊そうと、とめどなく振るわれる左腕を視界に捉え続けるのはしんどかった。
「これなら見やすかろう」
苦情を伝えると即座に対応してくれるた。さすがディフィニアできる魔女だ。
虚空から飛び出た鎖が『不適合者』を拘束し動きを止めた。
「ひとつ質問じゃが、アキちゃんは治癒魔法の仕組みは理解しておるな」
「……。もちろんです」
「なんじゃ、いまの間は」
「ええ、理解してませんとも。だってディフィニアの説明長ったらしくて聞くのが面倒でしたので。それにディフィニアの説明聞かなくとも、いままで支障なく治癒魔法使えましたし。よくないですか」
説明を聞いていなかったわたしも悪かった。でもそれに気付かなかったディフィニアも悪い。そう。あの時しっかりわたしを注意していればよかったのに、それを怠ったディフィニアが悪いんだ。わたしも注意されればしぶしぶ、なくなく聞いていたはずだ。なので開き直ってみる。
「え、なんでわし逆ギレされてるの?若者こわい」
なにを年寄りみたいなことを。いや年寄だったか。
「とにかくもう一度ディフィニアには、特別にわたしへ説明する機会をもう一度与えましょう。できるだけ簡単に簡潔にお願いします」
「う、うむ。心がけるとしよう」
わたしは間違っていない。ディフィニアが間違っているのだ。そう畳みかけるようにまくしたてる。先程わたしが取り乱したのがまだ引いているようで、いつものディフィニアらしくなかった。これが怪我の功名というやつか。
まあ、わたしも恥ずかしさが残っているのか少し早口になっているけど。
「まず治癒魔法とは他者の自己治癒力に働きかけて治癒を促進するさせることである。そして治癒魔法と一括りにされてはおるが、使い手によってその効果は異なるのじゃ。その中でも大まかな分類で分けるとしたら治す病気、怪我に魔力が関わるかどうかじゃ。己の魔力以外の魔力はいわば毒そのもの、人体には有害でしかない。魔力に侵された状態では自然治癒力は著しく下がる。その魔力に汚染された状態で害悪な魔力を排除しつつ治せるかどうか。それが出来るか、出来ないかによって分けられることが多いの。一般的な魔力汚染の傷はこういったものじゃよ」
そう言うと突然ディフィニアは手をふるうと、無数の魔力が空気を切る音とともに『不適合者』の足を風の刃が切り裂く。
「ディフィニア!?なにをしているのですか!」
「まだ治癒魔法を使うでないぞ。しっかりと『眼』で観察するのじゃ」
ディフィニアの魔法で傷付いた『不適合者』の足を見ると、先ほどのまではなかった『不適合者』の魔力以外の魔力が見て取れ、黒い魔力が足の傷口の付近に漂っていた。
「やつの足に漂っている魔力が見えるかの?あれがわしの魔力が『不適合者』の身体に残留している状態じゃ。あの状態ではわしの魔力が邪魔して、治癒魔法による効果を阻害してしまう。まったく効かないわけではないが本来の治癒魔法より大幅に効果は劣る。魔力汚染状態で治癒魔法を完全に執行できる者はそう多くはないからの、あれくらいの魔力汚染状態であればそのうち体内で浄化されるじゃろうから、拙い治癒魔法しか使えん者は完治させるにはそれまで待たねばならん」
「では今の状態では、わたしの治癒魔法は効かないのですか?」
「いやー。アキちゃんの場合はのう。なんというか。まあ、実際に試しにやってみるがよい」
「?わかりました」
いつも治癒魔法つかうより相手の距離があるけど、不適合者の顔めっちゃ怖いから近づきたくないし、このままでもいけるかな。『不適合者』の足の傷に、手を向けて治癒魔法を使う。
こうして『眼』を発動している状態で治癒魔法を使うのは初めてだ。一体どういった風に治っていくのだろうか。ディフィニアの説明では他者魔力がある場合、治癒魔法が阻害されるということだったが。
治癒魔法を発動すると私の魔力が『不適合者』の足を覆うように包み込むみ、次の瞬間には。
「アキちゃんの治癒魔法が強力すぎて、このように魔力汚染関係なく一瞬で治ってしまうのじゃ」
「ええー」
なんか想像していたのと違う。
なんていうか、わたし的には負傷部位の魔力と治癒魔法がせめぎ合って、魔力全開でやっとのことで治るみたいな物語であるような緊迫した状況を想像していたんだけどな。
一瞬でしたよ。いつも治癒魔法を使っていたのと同じでなんの抵抗なく一瞬で治ってしまった。
「先ほどディフィニアの説明では通常の時よりも大幅に効果が劣るという話ではありませんでしたか」
「かっこ、アキちゃんを除く。って言っておくべきじゃったかな。わしの説明は教科書的なものであり、アキちゃんが異常すぎてそれに当てはまらないのが悪いんじゃよ」
「まあ、わたしが行うことですから最低一流になってしまうのも、しょうがのないことです」
「一体どこからその自信が湧いてくるんじゃ?異常なんじゃよ。異常」
失礼な異常とはなんだ。天才と言ってくれ。
「だいたい一流の人間は八歳の女児に毎日お世話されたりせんよ」
「なっ!いつからそれをっ」
「最初からじゃな」
ば、バレていた。いや、誤解だ。違うんだ。あれはわたしの意志ではないんだ。多分あれはきっと精神攻撃的な、なにかを受けているのだと思う。
そうあれは未知の攻撃を受けた結果、ああなってしまうのだからしょうがない。だから明日からも、わたしはノルンちゃんにお世話してもらっても問題ないし、わたしは決して悪くない。
「おっほん。ではライズ大司教を待たせるのも悪いので、依頼の『不適合者』の治療に本格的に取り掛かりましょう」
「露骨に話をそらしおったな」
「何のことでしょうか?とりあえずあの腕に治癒魔法を使うでよろしいのですか」
「そうじゃの。魔力汚染物は左手を中心に広がっておるから、その異常を取り除くことで治るかもしれんが」
「なるほどよく分かりませんが、いつも通り治癒ってみます」
なんかいける気がする。根拠はわたしがやるから。今まで誰もが治すことができなかろうがそんなのは関係ない。いける!
「ダメでした……」
「話を最後まで聴かんからじゃ。あれだけ雁字搦めに絡まっておったら、いくらアキちゃんが異常な治癒魔法を使うといっても力業だけじゃ無理じゃ」
「では、どうしたらいいんですか?」
また、異常って言われた。天才って言ってるじゃないですか。でも初めて治せなかった。地味にショック。
「『眼』を使うんじゃよ。『不適合者』の身体にある汚染魔力が治癒魔法の効果を阻害しているなら、汚染されていない部分にだけ治癒魔法を巡らせる。こういう感じでのう」
ディフィニアは魔力を空中に網目状に張り巡らせると、その間を別の魔力を通していく。
とりあえず見様見真似でやってみたけど難しいんだこれが。わたしは今まで治癒魔法で患部を覆えば治すことができると思っていたから、いきなり治癒魔法を操作しろとか言われても困る。
てか操作って何よ。治癒魔法って言ったら、はあ!ってやったらピカって治るもんじゃないの。この世界の治癒魔法難易度高すぎない?
治癒魔法は思うように動いてくれないし、汚染魔力に当たると治癒魔法が途中まで消えてしまいやり直さないといけない。
あと、なにより外野がうるさい!
「そうそこ!そこを上じゃ、違う違うそっちじゃない!ここがこうなっておるから上から通してから下に行くんじゃよ」
ディフィニアが魔力で『不適合者』の体内の汚染魔力そっくりの図を空中に描き、ガイドしてくれるんだけど、そもそも初心者のわたしにはディフィニアの様にそんなグネグネ動かせない。
じゃあお前が治癒魔法で治せよって思うけれど、ディフィニアは治癒魔法を使えないらしい。ちっ。肝心なところで使えない。
「そこ右下の出っ張りに気を付けっ。あ、ああー。またやり直しじゃ。お、今度はそっちからアプローチするのかのう。ではこう行って下の方に向かうのがいいじゃろう。ああ違う下じゃ、左じゃない下に向かうんじゃよ」
「ああもう!うるさいですね!静かにしてください。ディフィニアがうるさいから集中できないでしょうが!」
「うるさいとはなんじゃ!完璧なアシストをしておるであろう」
「いきなり初心者にこんな最難関な案件無理に決まっているじゃないですか!」
「これまでもずっと説明も指導もしてきたじゃろうが!なに今日はじめて教わりましたみたいなことを言っておる。聞いておらなんだアキちゃんが悪いわ!」
「うっ。と、とにかくディフィニアは喋らないで静かにしてください!」
それっきりディフィニアは口を閉ざしてくれたので、静かで集中できる環境を手に入れた。それから一時間ほど格闘が続き大体半分ほどまで進めることができた。
半分までできた。出来たんだけど。もう集中力がきれてきた。しかも半分といっても魔力汚染の少ない上腕の方で半分だ。失敗してはやり直しの繰り返し、何度心が折れそうになったものか。まだ本番といっていい魔力汚染が雁字搦めに絡まる左手を残している。
実は途中から気にしないようにしていた事がある。けれどこれ以上はもう続けるのは難しそうなので聞いてみる。
「あのディフィニア。これってセーブとかできるのでしょうか」
「出来るわけがなかろう」
知ってた。知ってました。だけど考えないようにしていただけなんだ。
ええ、途中から気付いていましたとも。これって途中で辞めてしまったら全部意味なくなるんじゃってさ。気付いた時には引くに引けないところまで来ていた、モチベーション保つために最悪を考えないようにして先送りにしていたんだ。
もういいんじゃないかな。わたし頑張ったよ。今までも誰もができなかったんだし、わたしができなくてもいいじゃないか。うん。もう諦めよう。
「ちょい!アキちゃんストップまだ魔法を解くでないぞ!少しだけわしの話を聞くんじゃ」
「なんですか。ああ、最低一流とか大口叩くくせして人一人救えない惨めなわたしを笑いたいんですね。どうぞ好きなだけ笑ってください」
「何故そんなに悲観的になっておるんじゃ。だれもアキちゃんを笑いなんてせんよ。むしろここまで出来たのはアキちゃんが初めてであろう。褒めることはあれど笑うなんてできんよ」
そう言うとディフィニアは、わたしの頭を撫でてくる。
「一人でこれほど出来たのじゃ上出来じゃ。ここに着いた当初であれば、わしもそう言ったじゃろう。だがまだ諦めるのは速いぞ。アキちゃんには誰にも出来ない特別な力があるじゃろう。他者の魔力を操るという」
「あっ!」
なるほど。なぜ気付かなかったんだろう。治癒魔法を巡らす先に邪魔な汚染魔力があるなら、それを避けるのではなく、汚染魔力を動かせばいい。
いけるかもしれない。まだ他人の魔力を操作するのには慣れないが、このまま汚染魔力を避けていくよりはずっと楽になるだろう。
一筋の希望が見え、切れかけていた集中力が戻った気がした。
止まっていた作業の続きに取り掛かる。避けられず何度もやり直し、果てには諦めて後回しにしていた場所も汚染魔力を動かすことによって難なく通過した。
治癒魔法を操作しながら、同時に他人の魔力を操るのはかなり骨の折れる作業だった。ゆっくりではあるが、ディフィニアのアドバイスもしっかり聞き、ミスすることなく着実に進んでいった。
よしっ!これで左腕のすべてを覆えたはず。
「ディフィニア!」
「うむ!いけるぞアキちゃん!」
『不適合者』の汚染魔力を避けるように巡らせた治癒魔法を全力で使用する。
魔力の輝きが部屋を満たし、視界が戻った時には『不適合者』であった男が穏やかな表情を浮かべて床に倒れ寝ていた。そこには異形であった左腕はもうなかった。