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教会で食べるマフィンはおいしいです!

バロゼラスは大きな都市なので教会は複数拠点を置いているが、そのバロゼラスの教会本部は中央のバロゼラス庁舎のとなりの土地にある。そこには大きな聖堂があり遠目からもとても目立つ。

バロゼラスの教会の聖堂はアレイシアス教の信者たちや治療を求める者が行き来している。

そして私たちが向かうのは聖堂ではなく違う建物である。聖堂は主にアレイシアス様に祈りを捧げる敬虔な信者たちが行くところなので、我々はそこには用はない。

さてこれからどうしようか。走って逃げようにも私の足ではすぐ捕まりそうだ。トイレに行くといって脱出できないかと考えてみたけれど同性のウィンティアがいるので難しそうだ。うーん。非常に困った。

先頭を行くアレスは迷いなく教会の敷地内をどんどん進んでいってしまう。


「やあアンリ。いいところに」


聖堂のつぎに立派な建物の入り口近くにいた三つ編みの少女にアレスが話しかけた。


「は、はひ!えぇ、わっわ。ア、アレス様、この様な所でどうされたのですか」

「驚かしてすまない。いま大司教様を探しているんだけどライズ様はいま執務室かな?至急お取次ぎ願いたいのだが」

「は、はい。分かりました。しょっ、少々お待ちください、すぐお呼びしてきます!」

「あ、いや。取り次ぎだけしてくれればこちらが出向くんだけど……。って聞こえてないか」


アンリと呼ばれた少女は、アレスの話の途中で慌てた様子で奥に消えていく。

アレスはあの子こと知り合いのようだ。話がかみ合っていなかったけれどスピーディーに事が運びそうだ。

それに約束もなく突然やってきて大司教と取り次げと言ったにもかかわらず、呼びに行かせるのは、さすが領主の息子のアレスだ。

わたしがアレスに視線を向けると、彼はにこりと笑いウィンクして見せる。


「僕はさっきの彼女とライズ大司教と面識があってね。大丈夫、そんなに時間はかからないと思うよ」


さて、どうしよう。事態はとんとん拍子に進んでいってしまう。

いっそもう本物を演じきってみようか。こういった世界はわたしの世界とは違い情報伝達に時間がかかるはず。最近『白服』に就任しましたアキです!

いける!

わたしみたいな少女が『白服』を着ててもいままで騙せてきたし、騙したつもりはないけれど。今回も大丈夫いける。

わたしは『白服』。わたしは『白服』。わたしは『白服』!


「これはアレス様お久しぶりです。このようなところまでご足労いただかなくとも、お呼びとあれば、こちらからお屋敷に参りましたのに」


装飾の施された白いローブを着た白髪の老年の男性が柔和な笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで出てきた。


「突然の訪問申し訳ない。急を要する要件があったものでして」


ライズはわたしの着ているローブを確認する。


「ほう、立ち話もなんです奥で話しましょう。アンリ、次回はまずはお客様を応接室にお通ししてから私を呼びに来ましょう」

「はひっ、す、すみません」


叱責を受けてアンリは三つ編みをぶんぶん振り回して頭を下げて謝罪をする。それをライズは手で制すると、建物に戻っていく。

ライズの案内で応接室に通されたわたしたちは、大司教のライズとテーブルを挟んで向き合う形で座る。がちがちに緊張したアンリの震えた手で給仕で茶が入れられ話が再開される。


「して。急を要する件とは、そちらのお嬢さんかね」

「ええ、こちらのアキ様をベゲット大通り近くの路地で保護いたしました。護衛も近くにおりませんでしたので教会へお連れいたしました」

「はじめましてライズ様。わたしはアキと申します。急な来訪で申し訳ありません」


はっきりとした口調で挨拶し丁寧にお辞儀をする。表情は微笑んでいたと思う。身だしなみもノルンちゃんのおかげでバッチリ。

これぞ、以前どこかで聞いたうろ覚えの第一印象を良くする方法全てを盛り込んだ、わたしの渾身の挨拶だ。

堂々としていれば大丈夫。なはず!


「ほっほ。よくできたお嬢さんだ」


よし、バレてない!


「ベゲット路地にて彼女、アキ様を暴漢に襲われそうになっているところを保護しました。ライズ大司教もお気づきでしょうが『白服』の彼女が護衛もつけずにです」

「ほう、ベゲット通りに」


ライズ大司教は落ち着いてお茶を口に運び会話に一拍おく。

給仕を終えて部屋の隅に立っていたアンリは、いまの話を聞いてわたしが『白服』を着ているのに気付いたのだろう小さく驚きの声をあげていた。


「僕も事情を聞きましたがアキ様は口を噤むばかり、言えない事情があると察しここまで案内ました」

「まずはアレス様、アキ様を助けていただきありがとうございました。そしてアキ様は我が管轄内で大変な失礼があったようでお詫びします」


まずアレスとその後ろに控えるウィンティアに頭を下げた。大司教に頭を下げられウィンティアが動揺していた。続けて私に向き直りまた頭を下げる。

いよいよ大事になってきている気がする。

アレスが思っていたより大物であったことや、その一声で大司教まで出てくるなんて誰が思いついただろう。もはやトイレに行くふりをして逃げ出せる雰囲気ではなくなっている。

救いがあるとすれば大司教が話せる人物っぽいことだろう。


「アンリ人払いを頼みます。アレス様も大変申し訳ありませんが、ここは」

「はい。僕も好奇心から教会の事情に首を突っ込むつもりはありませんから」


大司教はアレスたちに部屋から退室するよう求めた。

いや、わたしも教会の事情とか知りませんので退出したいのですが。

退室するアレス達に、助けを求めて見つめるが、その思いも通じずわたしに笑いかけアレスはウィンティアを連れ退室していった。

三人が部屋を出て行ってから少し時間を置きライズ大司教が口を開く。


「さて、そのバッジから察するに、アキ様はハーティアス枢機卿の派閥なのかね」

「派閥?」

「おや知らないので付けていたのかね。教会には派閥がありまして、たとえばあなたのローブに付けられた青いクローバーの紋章はハーティアス枢機卿の派閥のマークなのですよ」


へえ、知らなかった。今日は教会についてよく勉強になる日だ。

そしてなんか知らぬ間に勝手にわたしが糸目の枢機卿の派閥に入れられていたことが発覚した。


「あの男が自分の派閥を広げるなど珍しいこともあったものだ」

「ライズ大司教さまはハーティアス枢機卿と面識がおありで」

「ハーティアス枢機卿が若いころ短い期間ではありましたが、私が鞭撻を執ったことがありまして」

「それは、心中お察しします」

「アキ様もよくご存知ようで。ですが今となってはいい思い出です。物覚えと才能だけは目を見張るものがあるのですが、少々、いや多々問題がありまして。よく今の枢機卿の位までいけたのか今だ疑問に思います」


昔を懐かしく思い浮かべるかのように笑う大司教の顔の裏には、ほんの少し影が差しているように感じた。


「あやつの話はまたに機会にしましょうか。一体何故お一人でアキ様はベゲット路地などにおられたのですかな」


ついにこの質問がきてしまった。ライズ大司教と話をしてその人柄を知り。もう私は腹をくくって正直に話すことに決めていた。


「実は私があの路地にいたのは迷子になってしまったのが原因です」

「……。はて、迷子とな」

「はい。恥ずかしながら買出しの途中で道を間違え、迷子になっていたところをアレス様達に助けられてこの場にいます」


言ってしまった。もう恥も外見も無い私は正直に打ち明けたのだ。

対して終始落ち着き払っていたライズ大司教は、驚きからか呆れからか、声をあげられない様子だ。


「ま、迷子ですか」

「はい、ただの迷子です」


真摯な眼差しでライズ大司教を見つめる。


「今はアキ様に何もなかったことを喜びましょう」


そう言ってライズ大司教はそう締めくくり、私もこの話題に触れてほしくないので返事をしなかった。

気まずい静寂のなか紅茶に手に取る。離れた大通りの喧騒が聞こえるくらい静まり返ったこの空気を如何にして元に戻したものか。

ふと、テーブルの上のクッキーを見て思い出した。今日買ったお菓子たちは、ここまで来る途中に歩きづらそうに紙袋を持つ私を見てアレスがかわりに持ってくれていた。

あれにはおこずかい全てをつぎ込んでいる。帰るまでにアレスを見つけ、かならず回収せねばならない。


「ぷくく。くっふふ…。あははは!」


くすくす。と含み笑いが聞こえたと思えば、堪えきれなくなったのか笑い声が室内に響いた。

ひとしきり笑い終えると、わたしの背後にディフィニアが姿を現した。


「いやー。こんなに笑ったのは久しぶりじゃよー!ま、迷子って。アキちゃん迷子になっちゃたの?ぷっ、あははー!」


ディフィニアは後ろからわたしを抱きしめると頬を指で突っつきながらまた笑い出した。

耳元で笑うからとてもうるさい。


「ディフィニア。いたのなら隠れてないで最初から出てきてください」

「だってライズと顔を合わせた時から、この世の終わりみたいな表情浮かべてるんじゃもん。これは最後まで隠れて見守らなきゃと思ったわけだけじゃが、あれは反則だよ。迷子って」


こいつ、わたしがライズ大司教と会った時から姿を消して見ていたな。

今朝の置手紙にかいてあった野暮用っていうのはライズ大司教と会う約束だったってことか。


「笑ってやるものではありませんよ。ディフィニア殿。バロゼラスは決して狭くはないので迷ってしまうのも仕方がありません」

「ほれほれ!いまどんな気分なんじゃ?言うてみい。いったたたた!」


ぷっちーん。

さっきから黙っていれば。耳元で大きな声で騒ぐわ、ほっぺた突きまわすし好き放題して鬱陶しい。

これには温厚なわたしも怒りました。頬を突くディフィニアの指を掴むと関節が曲がらない方向に折り曲げた。

すぐに指を元の位置に戻して治癒魔法をかけたので大丈夫だろう。


「うぅ、アキちゃんがいじめるのじゃ。わしは悲しいのじゃ。慰めておくれ?」


わたしの座っているソファーにダイブしてきたディフィニアは、一瞬だけ折れた人差し指をさすりながら、わたしの膝の上に頭をのせてきた。

ていうか、いじめてきた本人に慰めてくれって言うのおかしくない?いじめてないけど。


「きちんと座りなさい」

「いたい!」


膝にのったディフィニアの頭にチョップを落とす。


「ライズさま。お見苦しいところをお見せしました」

「う、うむ。ところでアキ様。ディフィニア殿の指は大丈夫なのかね?」

「ええ、すでに完治させておりますので」


ひきつった顔をしたライズ大司教がそう問いかけてくる。

わたしもいつも他人の指を折ったりしているわけじゃありませんよ。相手がディフィニアであったからだし、ちょっと頭にきただし。

例えわたしが治癒魔法を使えなくても指を折っていただろう。自分で何とかするでしょ。ディフィニアだし。


「ん、んん。それで、ディフィニア殿。先ほどの話していたのが、こちらのアキ様のことなのですね」

「うむ。そうじゃよ」


しばしの沈黙を破るライズ大司教の咳払いで新たな話題がふられ、それにディフィニアが応える。どうやらわたしがここに来るまでに話していた話題に戻るようだ。

しかし、わたしの話とな?


「先ほどのよどみのない治癒魔法は見事なものでした」

「そうじゃろう。そうじゃろう。うちの自慢の子じゃからな」


指折り治癒コンボはしっかり見られていたようだった。流石はライズ大司教だ。何が流石なのかは言ったわたしがよく分かっていないんだけど。

大司教=偉い凄い。それがわかっていればきっと大丈夫。


「しかし流石にいまの指一本の治癒魔法をみただけで認めるには些か難しいかと」

「なんじゃ?わしを疑っておるのか」

「お陰様で私も今では大司教を任されております。兄やハーティアス枢機卿が認めているとはいえど、事はそう簡単に判断するには判断材料が少ないかと」

「ほう。ライズ坊やが言うようになりおったわ。では、どうすれば認めるのじゃ?」


わたしの話をしているのに、わたしが全く話についていけていない。

なにやら話すにつれて不機嫌になるディフィニアに、真面目な表情で話を進めるライズ大司教。会話からこのふたり昔からの知り合いみたいだ。


「では、こういたしましょう。今このバロゼラス教会には一人重症者がいまして、それを治療していただくのはどうでしょうか」

「ふん。いいじゃろうて受けて立つ!うちのアキちゃんの腕前に恐れ慄くといいわ!」


勢い良く立ち上がったディフィニアは足をテーブルにのせ、そう言い放った。

本人の了承なく受けて立たないでほしい。あとだれか説明をしてほしい。あと今なんの話してるの?


「では移動いたしましょう。こちらへ」


部屋を移動すべく席を立ったライズ大司教のあとについてディフィニアも部屋を出て行った。

ふたりを見送ったし、テーブルのお菓子にやっとありつけそうだ。

アンリと呼ばれていた三つ編みの女の子が紅茶とともに出してくれていたおいしそうなマフィン。ずっと食べたかったけれどディフィニアたちが真面目な話をしだしたので手を伸ばしづらかったのだ。

 しっとり触感の生地にかぶりつくとオレンジのさわやかな香りが香り、練りこまれたオレンジピールの食感がいいアクセントになっている。

うまい。シェフを出せい。

 帰るときにお土産に包んでもらえないかな。でもここ教会だからサービスには期待できないし、いまのうちに二人が残していった分も食べてしまおうか。


「おいコラ!くつろいでないで、おぬしも来るんじゃよ腹ペコ娘!」


のこりのマフィンに手を伸ばそうとしたところで、戻ってきたディフィニアに捕まり部屋から連れ出されてしまった。


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