お菓子専門店『ボスキン・ガルティーチェ』
日差しがまぶしい昼下がり、私は買い物に出かけていた。
ノルンちゃんに着せてもらった修道服の上に白いローブを羽織っている。
昨日は柄にもなく張り切ってらしくない雰囲気を醸し出していたディフィニアの腹の虫が盛大になり、夕食をとってお開きとなってしまった。そもそもあの会議は今まで真面目に取り組まれたこと一度もない。
私も女神には恨みはある。だって元居た世界で殺されたのだからツバサと一緒に。でもそれは弱かったからなのでしょうがないかなっと私は思っている。
けれどツバサは違うみたいで、もう一度女神に会うことができるとディフィニアから聞いて再戦に向けて闘志を燃やしている。
ディフィニアは過去に女神と因縁があるそうだ。彼女からこれからの計画を語るときの憎しみのこもった暗く濁った瞳には、私もちょっと寒気がしたほどだった。
肝心の女神を憎む理由については一切教えてくれなかった。
ふたりに比べたら取るに足らないが、一応わたしも理由がある。
なぜ私を女にした!
それを問いただしたい。そして元の姿に戻して。
女神に殺される前、元居た世界では私は男であったのだ。
今はこんな花も恥じらう可憐で美しく、さらっさら金髪の美少女だがこの世界に来る前は立派な男性だったんだ。
故あって女神に殺された際に私は願ったのだ。今度はみんなから愛される人間にしてくださいと。
するとなんてことでしょう。女神さまは叶えてくださいました。目覚めてみれば私は美少女でした。
ええ、愛されます。本当に愛されます。モテモテですとも男性に。なんたって美少女ですから。
今もただ歩くだけですれ違う男性が私の美しさに振りかえる。なんたって私は誰もが認める美少女だし仕方がないよね。全くうれしくない。
求めていたのはそういう愛じゃないんだよね。
そして性転換しておまけで得たモノがある。癒しを与える治癒魔法だ。
それもとびっきり強力な治癒魔法。先日の名も知らぬ少年を治したように、不治の病といわれた病気だって手をかざすだけで治せるのだ。
手をかざす必要はなんだけど、そっちのほうが魔法っぽいかなとやってるだけ。
元居た世界でツバサが見せてくれた小説やゲームみたいで、私はいまを正直楽しんでいたりする。
だからといって女神に感謝してはいないけどね。
ディフィニアにはこちらに来てお世話になっているし、こちらの目的も同じなので宝珠集めに協力している。
いまは宝珠集めるために情報を集めて旅をしている途中だ。
有力な情報が得られそうなのがアレイシアス教会と冒険者ギルド。あとは国家組織の情報だ。
私はアレイシアス教会の、ツバサは冒険者ギルドの情報を得ようと活動中。
冒険者ギルドで重要情報を閲覧する権限が与えられる三級冒険者を目指してツバサは冒険者として朝から晩まで働いている。
私も冒険者活動の方がとても興味があるので、そっちがいいのだけれど適材適所。治癒魔法を使える私の担当はアレイシアス教会だ
依頼をこなし能力があればのし上がれる冒険者と違い、千年も続く宗教組織なので教会で地位を得るには努力だけではどうしようもない。
アレイシアス教会は、アレイシアス様という神様を信仰する、こので世界最大の宗教組織だ。
むかしむかし、アレイシアスという女性がいました。彼女が生きる時代。世界は疫病が蔓延していた。多くの人々は病に侵され倒れ伏した。資源をめぐり争いが起き、次第には火種は大陸中に広がる。魔族の暗躍もあり世界は混迷。それを世界で最初の治癒魔法を使いアレイシアス様が人々を癒してまわり。戦争を終わらし世界を救いました。
というのが千年ほど前にあった本当のお話しでアレイシアス教の始まりだそうだ。
この世界でアレイシアス教会は最大勢力で総本山がネレオルス教国にある。アレイシアス亡き後に彼女の生まれ故郷。現在のネレオルス教国が布教していったそうで、いまや大陸中にアレイシアス教が広まった。
その理由は教会がアレイシアスの創り出した治癒魔法を独占しているからだ。
各地にアレイシアス教会を作り、そこに住む人々を治癒魔法で癒し勢力を広げていったそうだ。
だが、より高度な治癒魔法を使える人は高い地位にたてるチャンスがある。
ディフィニアの計画した案では私に功績をあげて聖女候補に加えるとのこと。
聖女とは世界で一番すっごーい治癒魔法を使える人。いまの聖女はご高齢になられたので次代の聖女を探そうってことになっている。
現在の聖女候補は三人。その中に私をねじ込もうとしているらしい。
そもそもぽっと出のわたしがその中に入れるのか疑問なのだが、ディフィニア曰く聖女なんてどれだけ高度な治癒魔法が使えるかどうかだそうだ。
絶対それだけではないと思うけどディフィニアは任せておけと胸を張っているのでお任せしている。
とりあえずいまは功績になるチャンスが来るまで旅の途中に立ち寄った町で治癒魔法を使って名を売っている。
ちなみに私が普段着として着ているこの白い修道服はアレイシアス教会のものである。
私の見た目は幼いですが整った容姿をしているので無用なトラブルを避けるために普段から教会の修道服を着ている。
教会の人間に手を出すような不埒な輩は即座に捕まります。悪質な場合は見せしめに処刑もあるそうです。修道服を着ていれば教会の庇護下にあると一目でわかる。
そんな理由からこの服を着ていれば大抵の不逞の輩は寄り付かない。
でも、たまにそういった意味を知らない輩に声を掛けられたり、誘拐されそうになることもあるので注意しなければいけない。
男の時は気にしていなかったが、夜の独り歩きなどはもってのほかだし、昼間でも人気のない道を歩くのもダメだったりする。性別が変わるだけでも大変不便だ。
大通りを歩いて目的のお店に辿り着いた。
この世界に住む人なら誰しも子供の時に食べたことのある、老舗お菓子専門店ボスキン・ガルティーチェである。味よし、品質よし、お値段も庶民的ですべての子供から愛されるお店である。
「わあっ」
ボスキン・ガルティーチェのお店の中はまさにお菓子パラダイス。
店内はあまい匂いに包まれ。棚に所狭しと並べられたお菓子の数々。照明の光に反射し光るお菓子たち。ガラスの向こうに今まさにお菓子を作っている職人さんがいる。
なんてことだ、ここは天国か。
さすが都市部のお店だ。今まで訪れた店の中で一番大きい。
なにこれはじめて見る。生チョコタルトだと。おいしそうこれは買い。なになに、こちらは新作のマドレーヌか。はい新作ってだけでお買い上げ決定です。
都市部のボスキン・ガルティーチェでは商品の入れ替わりが激しい。つぎに来た時にはもう置いていないかもしれない。たとえ目の前の商品が激マズだったとしても私には食べる義務があるのだ。
おっと、お土産物忘れちゃいけない。
ツバサには外での体を動かす仕事が多いので当分補給にアメを買ってあげよう。ディフィニアにはクッキーでいいかな。読書しているときにお茶を飲んでいる姿をよく見るのでそのお供に良さそうだ。
それとノルンちゃんにも買って帰ってあげよう。彼女はどんなお菓子が好きなのかな。やっぱり子供だし甘いのがいいよね。でもあの子なら苦いのも好きそうな気もする。
お土産によさそうなお菓子を探し店内をまわり、そして最高のお菓子を見つけてしまった。
これなら絶対に喜ぶはずだ。嬉しすぎて小躍りしているノルンちゃんが目に浮かぶ。
お土産も選んだしあとは私のお菓子を買わなきゃ。
お気に入りの常備菓子はもちろん、はじめて見るおいしそうな目につくお菓子をカゴに放り込んでいく。
そして両手に持ったかごがいっぱいになって、ふと気が付く。
ああ、悲しいかな。私では持てる量に限りがあるんだ。
両手のカゴに入ったお菓子の重さでぷるぷる震える腕が物語っている。私にはこのお菓子たちをすべて持って帰ることはできない。