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イケメンに制裁を!

優しい笑みを浮かべる男と倒れたゴブリンをわたしは視線を何度も彷徨わせた。

え、突然なに。この人だれ?

わたしの獲物を奪っておいてなんで笑ってるの。嫌がらせですか? ケンカ売ってんですか? そのケンカ言い値で買いますよ。


「予見通りだ。間に合ってよかった」


イケメンは剣を鞘に納めたが柄から手は離さず周囲を警戒していた。

もしかしてこの方、わたしを助けたつもりなのだろうか。しかも予見ってなんだよ。中二病なお方ですか。

ちくしょう。いくつもの障害を乗り越えやっと、やっとここまで来たのに。せっかく魔物をわたしの手で倒すという念願が叶うところだったのに。それなのに目前で横取りされてしまった。

このイケメン、周囲を警戒しているように見せて、きっと頭の中ではお持ち帰りしたわたしにあんなことやこんなことする計画を企てているに違いない。絶対そうに間違いない。ツバサがいつも言っていたイケメンは常に下半身でものを考える生物だと。

ある日、森のなか。ゴブリンに襲われていた少女に出会った。ピンチを華麗に助け、イケメンのスマイルで落とし、お持ち帰りってストーリーを思い描いているんだろう。このロリコン野郎め!

もう、わたしのフランストレ―ションは限界だった。

油断大敵。キサマの助けた美少女はそんなに甘くない。真の敵は目の前にいたのだ。ふはは。くらえ!せえぃっ!


「はっっわ!いったあぁぁぁいぃ!」


痛った。ちょうイタい。こいつの足は鉄かなにかでできてるの?

怒りの頂点に達したわたしはイケメンに蹴りをお見舞いしたのだけれどびくともしなかった。むしろ蹴ったわたしの方が大ダメージを受けてしまった。

足を押さえ痛みに耐えるわたしを、突然蹴りを入れられ当人のイケメンは状況が吞み込めないのか呆然と見下ろしていた。

もうやだ、お家に帰りたい。


「ゼオ! どこにいるの? なにがあったの? いまの悲鳴はなに!?」


女性の悲鳴じみた声が聞こえた。おそらくゼオとはイケメンのことなのだろう。そしてだんだんと近づいてくる声の主はゼオの仲間かな?


「やっと見つけた! てっ、どういう状況なの。この子いったい? ま、まさかゴブリンに襲われてっ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてテレシア。大丈夫、この子がゴブリンに襲われる前に助けたよ。ただ、いまは、なんていうかその……」


痛みにうずくまっていたわたしは顔を上げ、涙でかすむ視界で彼女を捉えた。

テレシアと呼ばれた茶髪の女性は、うずくまるわたしとゴブリンの死体を見ると、わたしがゴブリンに襲われていたと想像したらしい。誤解です。そのゴブリンは悪くない。わたしからゴブリンを横取りしたイケメンがこの事件の犯人です。


「でもこの子、泣いているじゃない。やっぱり怪我をしているんじゃ? どこか痛むの? 私たちが来たからもう大丈夫よ。ああもう、なんでルルは肝心な時にいつもいないのよ。ゼオ!そんなところに突っ立てないではやくルルを捕まえてきなさい! この子に治癒魔法をかけさせるのよ!」

「はいっ!」


そう指示を出すとゼオは走り出し樹海に消えていった。残ったテレシアは屈んで私を抱きしめてきた。


「大丈夫よ。すぐに私たちの仲間が来るから。ルルはね、治癒魔法が使えるからあっというまに痛いの治してくれるから」


テレシアは安心させるように声をかけ続け、わたしの背中をやさしくさする。

ほんとうに違うんです。この現場の真相はわたしがゴブリンを襲って、ゼオが横取りしてゴブリンを襲い、そのゼオをわたしが襲って勝手に返り討ちにあったんです。そう言いたいのだけれど足が痛くて声が出せない。

どうしようこの状況ぷち大惨事だよ。

もうなんか足じゃなくて、胸が痛くなってきた。わたしの良心に大ダメージです。


「ルルを発見しました! 至急そちらへ向かわせます! ほら、ルルはやく起きて。テレシアが本気で怒ってる。今回はまじでヤバいよ」


ルルとやらを探しに行ったゼオの声が樹海にこだまする。声の大きさからして、そう遠くないところで仲間のルルを発見したらしい。

ゼオの声から一拍おいて、なにかガサガサと葉を揺らしなにかがドスンと地面に落ちる音が聞こえると、猛スピードでこちらに何者かが近づいてくる。


「お呼びでしょうかテレ姉ぇ!」


女の子が急接近してきて、わたしたちの前に急停止した。

ゼオに見つけられるまで昼寝ていたのだろうか、寝惚けまなこで顔によだれの跡が残る少女は緊張気味にテレシアに問いかける。


「言いたいことは山ほどあるけど。ルル!まずはこの子に治癒魔法を。いますぐ、至急、早急に治しなさい」

「了解ですあります! 負傷部位はどこでしょう?」

「見たらわかるでしょう。この子が手で押さえている右足よ」

「見ただけじゃわからないでありま…。な、何でもないです。すぐに取り掛かります。はーい、ちょっと触りますよー。痛むかもですがじっとしててくださいね。森の神よ彼のものに癒しを『ヒール』っと」


愚痴をこぼしたルルを、ひと睨みで黙らせるテレシアの眼力ぱないであります。びっくりして変な口調が移ってしまったであります。

ルルは右足を押さえていたわたしの手をやさしくどかし右足に両手をかざすと目を瞑り、治癒魔法を唱えるとかざした手から光が溢れる。

おお! わたし以外で治癒魔法を使うひと初めて見た気がする。

『眼』でルルの治癒魔法をのぞいてみると、ルルの魔力がわたしの足を包みこむように纏わり、スッと痛みが消えていく。

なんかわたしと違ってなんか詠唱なんかしちゃってて本格的っぽかった。わたし詠唱とかしたことないんだけど大丈夫なのかな? 帰ったらディフィニアに聞いてみよう。

ところでルルの揺れる髪の間から覗いている耳は長くとんがっているような気がする。これはあれかな。ファンタジーでお馴染みのあれですかエルフ? これって本物のだよね。もしかしたらこちらの世界では付け耳なる文化があるかもしれない。知りたい。これが本物の耳か異世界人代表としてわたしは確かめなければならない。


「わわっ!」


しまった。好奇心をおさえきれず。気づいた時には彼女の耳を触っていた。誓ってわざとではないよ?

治癒魔法に集中し真剣な、しかし口元のよだれの跡で台無しなルルの顔は驚きに変わった。


「ちょ、ちょっとキミ、何をしているでありますか!?」


ルルは治癒魔法を止めると飛びのき頬を赤く染め耳をわたしから庇うように距離を取った。

本物でした。あのエルフ耳は本物です。温かくて柔らかかったです。あとでツバサにも教えてあげよう。


「あ、すいません。悪気があった訳では、ルルさんの耳が珍しかったものでつい。申し訳ございません」

「そうでしょうね。そうじゃなきゃ驚きでありますよ。ああもうビックリしたよお」


わたしが触った耳を押さえて赤くなった顔をうつむいてしまった。よく考えてみればわたしもいきなり耳を触ってくる輩がいたらたぶん普通にぶん殴る。なんか悪いことをしてしまった。


「それよりルル。治癒魔法はうまくいったのよね」

「テレ姉ぇ、そんなことって……。いやまあ、はい。完了したであります。というか大した怪我じゃない感じでしたよ?」

「大丈夫? もう痛いところとかない? まだ怪我をしてところがあるなら遠慮せず言ってね」


さて。どうしようこの状況。私が勝手に怪我をして、ただの打撲で治癒魔法などいらない程の軽症。てか治すにしても自分で治せた。

とりあえずルルにはお礼を言っておこう。


「はい、もう大丈夫です。怪我を治してくださりありがとうございました」

「そう、よかった」

「大事ないようでなによりであります」


笑顔を見せるわたしを見て、テレシアは安心したように顔を緩ませる。

足も回復したことなので立ち上がろうとするがテレシアにがっちりとホールドされ、わたしの身体はびくとも動かなかった。

あのテレシアさん? もう大丈夫ですんで放していただけません?


「怪我も大したことないようで本当によかった。でもゴブリンから助けた後にいきなり足を蹴られた時は驚いたな」


爽やかな笑顔を浮かべ、ルルを探しに行っていたゼオが戻ってきた。

でたなイケメン。わたしはお前の考えを知っているぞ。物語ではピンチを助けられたヒロインが、助けられた相手に一目ぼれする。お前はそのピンヒロ効果を狙っているんだろう。そうやって今まで女性を毒牙にかけてきたんだろう。だが残念だったな今回の美少女にはその手は通じない。だってわたしは身体は女の子だけど、心は男なんだから!

そもそもわたしは助けられてなどいない。ただお前に魔物退治の邪魔をされただけですからね! 憤りしかありませんよ!


「それは、その……。あのときは恥ずかしながら気が動転していまして。申し訳ありませんでした。お怪我はありませんでしたか?」


獲物を横取りしたイケメンが悪い、でも蹴ってごめんなさい。わたしは謝る時は謝れる子なのできちんと謝罪した。


「ゼオが悪いわね。ゴブリンに襲われた後に剣を持った男の人が突然現れたのよ。とても怖かったでしょう」

「えっと、驚かしちゃってごめんね?」


テレシアは抱きしめているわたしの頭を撫でながらゼオを責める。

わたしだったからこうなっているだけで、ゴブリンに襲われた人を助けたゼオって普通に悪くないと思うんだけど。そのゼオもよく分からないが取り敢えず謝ってきた感じだ。


「あー。わかります。ルルも魔物とはじめて遭遇した時は、オヤジ殿に魔物の群れの中にナイフ一本で放り投げれましたし」

「うーん。ルルのそれはなんか違う気がする」


昔を思い出してしみじみといった感じで語るルルの話はわたしもなんか違うと思う。てかエルフってそんな虐待的な風習があるの? それともオヤジ殿とやらの頭がおかしいの?


「はは! あのオヤジらしいな。それで? おまえはどうなったんだ?」

「もちろん全部このルルちゃんが華麗に倒してやりましたよ! ってウォル兄ぃ! いつからそこにいたですか」

「いま来たところさ。こんだけ騒いでりゃ嫌でも気付く」


ルルの話に面白おかしくといった男の笑い声が聞こえると。いつの間にか長髪を後ろで結んだ男が隣に立っていた。


「ウォリック!あなたもどこに行っていたのよ」

「そう怒るなよテレシア。俺たちがバラバラなのは何時ものことだろう?」

「それもそうね。とはならないわよ! ウォリックはいつも単独行動とるし。ルルは目を離すとすぐサボるし。ゼオは突然走り出すし、ゼオは理由があるのは知ってるけれど。せめて説明くらいしてよね」


うぐっ。テレシアさん痛いです。腕の力を緩めてください。


「任務はこなしているから問題ないだろ」

「お仕事だるーいであります」

「分かっているつもりなんだけど、体が先に動いちゃうんだよね。ごめんテレシア」


テレシアさんはこのパーティーのまとめ役的なポジションなのかな。なんていうか苦労しているのが初対面のわたしでも分かる。


「うぅ、ありがとうね」


かわいそうに思えたので、今度はお返しにとわたしがテレシアさんの頭をなでてあげた。


「それで? この子供は誰なんだ」


そうウォリックさんが問いかけルルを見る。ルルは首をかしげながらテレシアさん視線を向けるが、テレシアさんは目を瞑ってわたしに撫でられ癒やされている。


「さあ?」


残ったゼオだが、ほんの少し考えるそぶりを見せたが肩をすくめた。

全員わたしが誰なのか知らないようだ。まあ別にわたしは有名人ではないので当然の反応だろう。


「わたしはアキです。冒険者をやっています」


テレシアの弱まった拘束を解き立ち上がると四人に自己紹介をした。


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