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スケールの大きい私の異世界トリップ

作者: 八多丸ゆき
掲載日:2015/09/23

「まずね、貴方と私の間には、大きな問題があると思うのよ」

「問題、ですか」

「そう、大問題よ。これがある限り、事態は一歩も進まないわ」

「では、問題を解決するにはどうしたら良いのだろうか」

「その為には、私の願いを叶えてくれれば良いわ。大変かも知れないけど、きっと方法があると思うの。協力してくれるわよね? 他ならぬ私の頼みを聞いてくれるわよね?」

「それはもう、僕に出来ることなら。それで、君の望みとは?」

「私の願いは・・・・・・、」


 大きく深呼吸。


「小さくなりたいのよ!」


 心の底からの願いである。



 私は松山リオン、24歳独身である。好きな物はシチューとチョコレートと小さくて可愛い物で、嫌いな言葉は「デカ女」である。


 身長が日本人女子の平均より大分高い事以外はコレと言った特徴の無い私が、突然ファンタジーな世界に放り出されて二年が経過した。

 それだけ言っても意味が全く分からないだろうと思う。私も未だに意味が分からない。状況を整理する為にも、少し昔を振り返ってみよう。


 二年前の事だ。私は所謂(いわゆる)異世界トリップという現象を経験した。


 当時の私はしがない大学四年生。就活が終わり、卒論も無事に提出し、後は春まで遊びまくるぞー。と決意した矢先の出来事であった。


 忘れもしない十二月の第一金曜日。その日私は同じゼミのメンバーとの飲み会の帰りであった。友人達と別れた後、終電ギリギリで帰りの電車に飛び乗った。ほろ酔い気分だった私は寝過ごしてしまい、降りるべき駅の次の駅で電車を降りた。


 そして、駅の代わりに異世界に降り立ってしまっていた。

 何を言っているか自分でも分からないが、誓って真実である。あれから二年経つが、未だにどうしてああなったのか全く解らない。

 終電間際だったとは言え、それなりに人の乗っている明るい電車内から、まばらにだが人の歩いている明るいホームに踏み出した筈なのに、一歩目で感じたのは土の感触であった。

 あれ? と思いつつも二歩目を踏み出してしまった事を、当時はどれほど悔やんだか知れない。


 気付いたら鬱蒼と茂った森の中で一人きりで立っていた。


 夜だというのに、温かい自然の光を感じ、駅のアナウンスが途絶えて鳥の鳴き声が聞こえた。目の前には駅にある筈もない太く大きな木。後ろを振り返れば、既に電車は跡形も無い。スマホを取り出せば当然のごとく圏外である。異世界とかの前に神隠しかと思った。


 異世界トリップというジャンルの知識はあった。しかし、元の世界で流行していた異世界トリップをテーマにした創作では、『突然発生した魔法陣の光に呑まれ、気付いたら城や神殿の中で、王やら姫やら神官やら沢山の人に囲まれて、勇者とか聖女とか花嫁になってくれと言われる』というような類の物が多かったと記憶している。

 そんなイベントは一切無かった。


 完膚なきまでに森であった。異世界だとはすぐに気付けない程に普通に森だった。


 しばらくは、神隠しか天狗に攫われたかして国内のどこかの森に置き去りにされたのかと思って、ウロウロと人里を探して歩いていたのだが、森の中を歩く内に違和感がした。

 どう考えてもここ日本じゃない。外国にしてもおかしい。

 目の前に広がっていた森は、パッと見は何処にでもある低地の雑木林に見えた。しかし細かい所に目を向けると、見たことのない植物ばかりが生えている。


 木のうろの暗闇で仄かに光るキノコを見つけた時は、まあそんなキノコもあるよねと思った。

 角のある兎が走っているのを見かけた時は、目の錯覚だと思うことにした。

 タマムシのように艶やかな毛皮のリスが寄ってきた時は、心無い人のいたずらか突然変異だろうと自分を納得させた。

 水晶みたいに透き通った泉のほとりに、一抱えくらいありそうな真っ赤な花が咲き乱れているのを見た時、膝から崩れ落ちた。

 嗚呼、ここ地球じゃない。


 それから三日、森の中をさ迷った。


 運が良かったのは気候が暖かかったことだ。もとの世界と同じく冬だったら、最初の夜すら越せなかっただろう。それでもやっぱり怖かった。

 どんな得体の知れない生物がいるかも分からない森の中、昼は痛む足を引き摺りながらひたすら歩き、夜は木の上でスマホの灯りを頼りに過ごす。ペットボトルのお茶と小腹が空いたとき用のチョコレートバーが鞄に入っていなかったら、冗談じゃなく死んでいたと思う。異世界にワクワクドキドキとかする前に生命の危機であった。


 元々ファンタジー小説は好きで色々と読んでいたが、来年には就職を控えた大学生である。勇者とか冒険とかに憧れる歳はとうに過ぎた。だいたい、異世界トリップ物の小説を読んで、「縁もゆかりもない世界から非戦闘員を攫ってきた挙げ句に世界を救えとは、理不尽極まりない話だ」と思う私である。


 現実はもっと理不尽であった。


 半泣きになりながら独りきりで無闇矢鱈に森の中を三日三晩さまよう不安と恐怖に比べたら、勇者とか聖女の方がよっぽどマシだと思った。


 今となっては、あの三日間があったからこそ、その後の異世界生活で挫けずにいられたのだと思うし、むしろ勇者になってくれとか言われなくて良かったなあと笑えるようになったが、あの時はもう本当に絶望に染まる寸前だった。「世界でも何でも救ってやるから誰か助けて!」という気分だった。実際何回かそう叫んだ。返事はなかった。

 当時の恐怖は、今でも夢に見る。


 まあ幸いな事に、私は四日目の朝に人に遭遇することが出来た。それから色々あったが、今ではこの世界にも慣れて、何とか生活できている。戻る手段が無いと分かったときは流石に落ち込んだが、周囲の人の支えもあって、この世界で生きていこうと思えるようになった。


 そう腹を決めてしまうと、異世界に来たショックが大き過ぎて当初は気にならなかった事が段々と気になってきた。

 そこで冒頭の台詞に繋がる。私は小さくなりたい。


「はあ」


 私のこの想いを知ってか知らずか、目の前の男は溜め息みたいなやる気の無い返事を返す。少しイラッと来たので、上から思いっきり睨み付けてやった。


「はあ、じゃないわよカラニス。もっと真面目に考えてよ」

「小さくなりたいって、身長のこと?」

「当たり前でしょう。それ以外に何があるの」

「それってそんなに重要なことかなあ」

「最重要課題よ!」


 目の前の男、カラニス・クロコッタという名前の青年は、私がこの世界で初めて出会った人間であり、私のこの世界における身元引受人である。


 リリシニアと呼ばれるこの世界――剣と魔法はあるけど勇者とか魔王は居ない、女神の護る平和な世界――には、時折異世界人が迷い込むらしい。


 異世界人は「女神の落とし子」と呼ばれている。

 10年に一度くらいの頻度で、何処から来たのか分からない、明らかに異質な者が世界の何処かに現れるという(誰もいない森に落ちた私は、相当に運が悪かったらしい)。

 どうしてこの世界にやってくるのかは分からないが、時折新しい技術や知識を持ってきてくれる者、という認識で、この世界の人々は異世界人を好意的に受け容れている。

 異世界人だからといって殊更崇めたり保護をしてくれる訳ではない。ただ受け容れてくれるだけだ。国によって微妙に違うが、基本的には自力で何とかするものらしい。


 私が最初に落ちたこの国の場合、異世界人が現れるとまず役所に届け出る。すると簡単な聞き取り調査の後、国民としての身分と当座の見舞金を貰える。希望すれば語学研修や、働き口を紹介してくれたりもする。

 私は未だ他の落とし子に会ったことはないが、首都の方には結構いるらしい。


 私にとって幸いだったのは、不完全ながらも何とか言葉が通じたことだ。

 もともと私は将来外国で働きたいと思っていて、大学では外国語文学を専攻していた。この国の言葉は、過去にも異世界人が来ている影響なのか所々地球の言語と共通する単語があって、最初から身振り手振りと単語の組み合わせで何とか意思疎通が出来た。二年経った今では会話に不自由もないし、読み書きもある程度出来る。


 さらに幸運だったのが、最初に出会ったのがカラニスだった事だ。

 彼は親切な男で、森で心身共にボロボロになった私を丁寧に介抱して街まで連れてきてくれた。その後も私に言葉を教えたり、住居や仕事の世話までしてくれた。役所への申請も彼のお陰でスムーズに済んだ。

 私の彼への恩は膨大である。


 最初に出会った時は本当に神様に見えた。三日三晩森の中をさまよって体力も気力も尽き果てて木の根元に座り込み、死さえ覚悟した私の前に、籠を背負った子供がひょいと現れたのだ。

 それが森に薬草を採りに来ていたカラニスだったのだが、朦朧としていた私は、遂にお迎えが来たのかと思った。鳶色の髪にくりっとした翠の目をしたカラニスは本当に天使のように可愛かった。


 自分が大きい反動からか、私は昔から小さくて可愛いものが好きだった。ぬいぐるみを集めるのが趣味だったし、子犬とか子供とか大好きである。

 こんな可愛いショタがお迎えとか異世界解ってるなと、回らない頭で考えていた。


 目の前に現れた天使は最初こそ驚いていたようだったが、擦り傷だらけの私の身体をみて顔をしかめた。肩から籠と鞄を下ろして、なにやら話しかけながら、私の傷の手当てを始めた。言葉は良くわからなかったが、私を労っていることだけは感じた。

 その段になって、彼はどうやら天使ではなくて人間で、私は助かったらしいと理解した。そして感動の余りに彼を思いっきり抱きしめてしまった。

 抱きしめて頬ずりして終いにはオイオイと泣き出してしまった。


 突然現れたボロボロのデカ女に抱きつかれたカラニスは何やら戸惑ったように叫んでいたが、最終的には諦めて私が泣き止むまでずっと背中をさすっていてくれた。私が落ち着いて、手当を終わらせた後には、私の手を引いて街まで連れて行ってくれた。


 街に着くまで、私はカラニスのことを良く出来た子供だと思っていた。街に着いて初めて、可愛い少年に見えた彼が見た目よりずっと大人であったことに気が付いた。あの時は本当にびっくりした。

 後に言葉を覚え始めた頃、カラニスが自分より五つも年上だと知って二度びっくりした。


 それから二年、初めは仏様のように思っていたカラニスが、段々と抜けていたり大らか過ぎたり情けない性格だったりすることが発覚した。最近私はカラニスを怒ってばかりいる気がする。大方はカラニスに原因があると思うが、今回はちょっと私の八つ当たりも入っていると思う。


「魔法があるんだから、魔法でちょちょっと私の身長いじるくらい何とかなるでしょ。何か方法があるわよね? お願いあると言って」

「無いよ」

「嘘よね!?」

「前にも言ったけど、この世界の魔法というのは摂理を歌うもの。今ある摂理をねじ曲げるような事は不可能だよ」

「そこはもうちょっとこう、頑張れないの」

「女神の摂理は変えられないよ」

「魔法使いなら奇跡の一つや二つ起こせるものじゃないの?!」

「だから魔法は奇跡じゃなくて、女神の摂理に則った技術なんだって。それと僕は魔法使いじゃなくて魔法治療師」


 この世界には魔法がある。

 この世界における魔法は、女神の摂理なのだという。女神の摂理は一つの歌に集約されている。


 原初の時、混沌に降り立った女神は世界を作り出す為に長い長い歌を歌った。女神が歌うたび、世界は女神の歌ったように形作られた。

 女神は七日七晩歌い続け、八日目に世界は今の形になった。この歌こそが女神の摂理である。


 七日七晩歌い続けたという歌は、非常に膨大だ。神の言葉で書かれていて、一行の中にも百の隠喩があるという。この歌にはこの世の真理が全て示されているので、言葉を理解し、正確に歌う事が出来れば、人の身であっても女神の業を再現出来る。

 それがこの世界で言う魔法だ。


 この世界では、ほぼ全ての人が何かしらの魔法を使うことが出来る。女神の歌を記した本は、どこの家庭でも必ず一冊は置いてある。一節一節に力があって、女神が歌ったように読み上げれば、火をおこしたり、風を呼んだり出来る。いかに正確により情感込めて歌えるかが魔法の力になるので、この世界では最高の歌い手が最高の魔術師となる。


 ただ歌えば良いという物でもない。歌の意味、元となる摂理をきちんと理解していないと歌っても何も起こらない。リズムも正確に再現する必要がある。歌は長大かつ難解で、未だ解読されていない箇所も多いし、リズムの判明していない箇所もある。

 未だかつて、女神以外に全てを歌い上げられた者はいない。全て歌えれば世界を作れるのだから、当然と言えば当然だが。


 異世界人でも、正しく歌えば魔法は使える。

 しかし、音楽の成績が常に下位であった私にはとてもハードルが高い。リズムも音程も正確に歌わないと魔法は起きないのだ。二年掛けて、ようやっと初級の魔法を一つ二つ使えるようになったが、未だ近所の子供に馬鹿にされるレベルである。


 カラニスの職業である魔法治療師は、身体に関する魔法を得意とする者で、治癒の魔法に加えて薬草も処方したりする。要は医者のようなものだ。


「それこそ魔法治療師なら何とかならないの。人体のスペシャリストでしょう」

「魔法治療の基本は促進と減衰です。育ち切っているものを削るのは無理だよ。これ以上伸びないようには出来るかも知れないけど」

「流石にもうこれ以上は伸びないわよ?!」



 小さい頃から身長がコンプレックスだった。

 両親も三つ違いの兄も平均身長なのに、私だけ異様に背が伸びた。


 「予定日を過ぎても中々出てこなくて、生まれた時は既に他の子と二回りくらい違ったのよ~」とは母親の談である。


 その後も幼稚園小学校と常に平均身長を上回り続けた。背の順で後ろに人がいた例がない。男子には「デカ女」とからかわれ続け、すっかり男性不信になってしまった。

 中学の時、先輩に初恋をしたが、二年生にして170センチに達し、先輩の身長を超えてしまっていた私は告白すらも出来なかった。成長痛と共に苦い思い出である。

 高校生になっても成長は止まらず、180センチを超えた時に色々諦めた。

 小学校からあだ名は常に「デカ女」とか「ジャンボ」とか「スカイ○リー」とか、身長に関するものであった。


 私もただ無為に伸び続けていた訳ではない。コンプレックスを克服しようと、中学でバレー部に入った。高校ではレギュラーで全国まで行き、地元の新聞で取り上げられたのが私の人生唯一の自慢である。

 その時の見出しが『超高校生級、コートの上の大黒柱!?』だったのは少し恨んでいる。

その後、あだ名に「御柱様おんばしらさま」が加わったのは、あの新聞の所為だったと思っている。


 バレーに明け暮れた学生生活はとても良い思い出だが、その代わりに恋愛面ではスッカリ奥手になってしまった。

 なにしろ女扱いされない。寧ろ女子にも頼りにされる。私より背の高い男子もいるにはいたが、哀しいかな私が好きなのは可愛い系であった。好きになる人は大抵私より小さい。私の好きな人にとっては見上げる大きさの女子なぞ恋愛対象外であろう。私の人生で片思いより先に進んだ恋愛経験は皆無である。

 この身長を解決しなければ、私はマトモな恋愛も出来ない。


 そう考えた私が選んだのは、日本から出る事だ。

 部活漬けの生活から心機一転、大学では外国語を勉強しまくった。就職を決めたのは世界各国に支社のある外資系企業である。


 私はオランダ支社を希望するつもりだった。世界でもっとも高身長のお国柄である。オランダに行けば、私より大きい女性などざらにいるに違いない。オランダに行けば、きっと私も女性扱いされるだろう。そうすれば、きっと今より自信を持って恋愛が出来るかも知れない。そうしたらオランダで可愛い系の男を見つけよう。

 そういう人生プランを思い描いていた。


 それなのに、私が居るのは異世界である。人生上手く行かないものである。


「やっぱり、元の世界に帰りたい?」


 下から見上げる彼は、不安そうに首をかしげている。年上の癖に上目遣いがあざとい。

 私は正直に答える。


「未練が無いわけじゃないけど、私はこの世界が好きよ」


 色々あったが、今の生活に不満はない。人々はみな親切だし、私を頼りにしてくれてもいる。好きなものに囲まれていて、毎日がかなり幸せでもある。

 何より、この世界にはカラニスがいる。


「それに、この治療院を今の状態で残していなくなる事の方が未練だわ。先月も赤字だったし」

「あはは」

「笑ってる場合か!」


 カラニスは街で治療院を経営している。開業三年目のこの治療院は、私が来た時点でかなり酷い状態であった。

 カラニスは治療の腕は一流なのだが、金銭感覚はガバガバである。


 この世界に来て暫く経ち、どうにかカタコトで会話が出来るようになった私は、カラニスの仕事を手伝うようになった。


 カラニスは患者に分け隔てをしない。お金のない病人もタダ同然の料金で治療する。その志自体は立派だと思うが、優しさに付け込んでお金があるのに治療費を払わないような奴にもホイホイ治療してしまうのはいただけない。


 加えてカラニスは研究馬鹿のケがあって。新しい器具とか珍しい薬草があると、金に糸目を付けずホイホイ買ってきてしまう。

 明らかに赤字の月が続いても、カラニスは大丈夫と笑っているばかりである

 コレはいけないと思った。


 まずは悪質な患者に舐められ切っている現状を何とかしなくてはならない。私はカラニスに受付を任せて欲しいと頼んだ。


 受付からカタコトのデカ女が睨みつける事によって、治療費の未払いは劇的に減った。

 本当にお金のない人は仕方がないとして、大抵のお客は私が上からプレッシャーを掛けると大人しく料金を払う。

 昔から男子にからかわれ続けてきた為、負けん気は人一倍強い。


 おかげで、「優しい治療院に鬼が来た」と陰口を叩かれたが、お金さえきちんと払う気があるのなら私は満面の営業スマイルである。鬼に見えるのは向こうの心がけの問題である。


 読み書きが出来るようになった後は、経理も任せてもらうことにした。驚いたことに、カラニスは出納帳の付け方すら知らなかった。今まで治療院を経営出来ていたのが不思議なレベルである。

 学生時代に取得した簿記二級がこんな所で役に立つとは思わなかった。


 私が金銭の管理をするようになって、治療院の経営は何とか改善した。しかし未だに赤字の月もある。


「それもこれも、カラニスが素寒貧すかんぴんの冒険者を治療して、お代はいつでもいいって言っちゃうのがいけないのよ」


 ギルドに所属する冒険者といえば聞こえが良いが、要は日雇い労働者のようなものである。金回りの良い時と悪い時がある。彼らが治療院に来るときは仕事をしくじった時なので、大抵はすっからかんだ。


「彼らは身体が資本だから、元気になれば稼いで返してくれるよ」

「それで素直に払いに来てくれれば良いけど、そのまま踏み倒す奴もいるからね。先月は七人が未払いのまま別の街に逃げましたからね」


 勿論、それをそのまま見逃す私ではない。冒険者であれば、治療の際に必ずギルドカードを確認して登録番号を控えるようにしてある。それを元に、彼らの治療費の請求書をギルドに提出済みである。

 冒険者ギルドは公営施設なので、全国にネットワークがある。奴等が何処の街に行こうが次の仕事の報酬を受け取る際には、うちの治療費が引かれる手筈になっている。


「奴らには、現実は甘くないってことを思い知らせてやる」

「良かったあ」

「良くないわよ。このままだと貴方のお小遣い減らすことになるわよ」

「だって、リオンはまだ僕と一緒に居てくれる気があるんだよね」

「……そうでなければ、こんな治療院とっくに見捨てているわよ」


 カラニスの治療院を立て直したことで、私は経営のスペシャリストとして街の人に知られるようになった(過大評価も甚だしい)。近所の商店などから、うちの店の経理も見て欲しいと言われたり、最近ではギルド支部の経理も手伝っている。ギルドの専任職員になってくれないかと声をかけてもらってもいる。自立しようと思えばいつでも出来る状態だ。


 しかし、どうもこの男を放っておけなくて、ズルズルと同居生活を続けている。

 正直、駄目男に引っかかっているような気がしないでもない。


「とにかく、来月はもっと気を引き締めていかないと。消耗品の支払いについては……」

「ねえ」


 カラニスがまっすぐに私を見上げる。

 話を逸らそうとしていたのがバレたようだ。


「その話は後で聞くからさ、話を戻してもいいかな?」

「身長を縮める方法を思いついたの?」



「そうじゃなくて、いい加減に僕は、プロポーズの返事が聞きたいんだけど」


 そうして、話は最初の地点に戻った。


「……問題はそこじゃないのよ」

「故郷が恋しいのでなくて、僕の事が嫌じゃないなら、一体何が問題なのでしょう?」

「だから言ってるでしょう。身長よ!」

「僕は君の背丈なんて、全く気にしていないよ」

「貴方が気にしなくても私が気にするの!」


 嗚呼、何処までも私のコンプレックスは私を離さない。


「だって私、こんな大きさなのよ!」


 がっつん。


 うっかり勢いよく立ち上がってしまったので、天井に頭をぶつけた。この家で私が真っ直ぐ立てる場所は無いのだ。


「だ、大丈夫?」

「……何も言わないで頂戴」



 二年前、カラニスに連れられて辿り着いた彼らの国は、色々スケールが違った。


 今、私はカラニスを見下ろしている。

 カラニスの頭は私の胸より下にある。カラニスが座って私が立っている訳ではない。二人とも立ち上がってのことだ。


 私が異世界にやってきて一番最初に直面したのは、言葉でも魔法でも文化でもなく、スケールの問題だった。


 この世界の人々の見た目は、私の知る人間と変わらない。国や地域ごとに差はあるけど、文化や価値観も地球と比べて突飛ということもない。


 ただ、物理的な意味でのスケール感だけが違った。


 この世界の人間は、私と比べてみな小さい。大人でも110センチ前後、赤ん坊は私の掌に乗るサイズである。

 私の居るこの国の人間が特別小さい訳ではない。この世界の何処に居ってもこのサイズの人間しか居ない。そういう世界なのだ。

 カラニスはこの世界では長身な方だが、それでも120センチくらいだろう。カラニスがおもいっきり背伸びをして、やっと中腰の私と目線が合う。


 そんな世界に現れたデカ女。彼らから見たら、私なんて3メートル越えの巨人に等しいだろう。

 しかし驚くべきことに、そんな私をこの世界の人々は普通に受け入れた。


 私を見て、始めはみんな驚くのだが、私が女神の落とし子だとわかると、「随分と大きい落とし子さんだねぇ」と、それだけで済んでしまうのだ。


 聞くところによると、「女神の落とし子」というのは、何も人間に限った事ではないそうである。明らかな異種族が落ちてきても、特に忌避したり差別することはないらしい。


 女神は人々に恵みをもたらす。女神のもたらす物に悪い物は無いというのが、女神信仰の浸透しているこの世界においての共通認識である。

 異世界が性善説過ぎて眩しかった。


 危機感なさ過ぎじゃないかとも思うが、本当に悪いモノは女神によって弾かれているらしいし、それで今まで何の問題なく平和であったらしいので、受け入れて貰う側の私としては是非もないことだ。


 実際私も、異世界を危機に陥れようなどという野望も力も無い平和主義者である。望むのは心身共に平穏な生活のみである。


 過去にはバラエティに富んだ様々な姿の落とし子がいたらしい。獣みたいな耳や尾が生えていたり角があったり、全身鱗で覆われていたり、触手であったり軟体生物であったり。


――「いろいろ苦労があるかも知れないけど大丈夫、君は普通な方だよ。何せちょっと背が高い他は見た目も変わらないんだから、直ぐ馴染めるよ」


 と、落とし子の申請をしに行った役所の担当官に言われた。

 確かに、物珍しがられても差別されたりする事はなく、皆普通に接してくれた。家に入る時は天井を突き破らないようにと注意された程度である。

 勿論、個人的に喧嘩したり馬の合わない連中もいるが、あくまで同じ土俵の人間として扱ってくれる。


 治療代を払わない冒険者は腹が立つが、彼らも小狡いだけで根っからの悪人ではない。私に敵わないと分かると大人しく支払うようになった。

 何せ私と彼らの体格差は成人と小学校低学年くらいだ。多少体を鍛えていても、素手同士ならウエイトの分私が有利である。


 膝から押し倒して動きを封じ、魔法を歌おうとする口をアイアンクローで塞ぐ。

必勝パターンである。


 たまに近所の悪ガキが「デカ女、デカ女」とからかってくることもあるが、まあ元いた世界の同級生男子と大して変わらない。

 この世界の子供は私からすると乳幼児くらいのサイズしかない。そんなのに囲まれて悪口を言われたところで、怒りより微笑ましさが勝つ。


 私の今までの人生は、身長との戦いだった。

 時に悩み、時に呪い、時に利用し、最終的には環境を変えようと思った。

しかし、行き着いたのは、目指していた場所とは全く真逆の環境である。


 兎に角不便だ。ドアは勿論天井も頭がつかえる。

服も靴も、特注するしかない。その他の日用品は彼らの物をそのまま使っているが、私からすれば、ブラシもスプーンも全てが子供サイズである。


 しかし今では、元の世界に居るときよりコンプレックス(身長)を気にしないで生きているかも知れない。



 でもやっぱり、いやだからこそ、彼と同じ大きさになりたいと思うのだ。



「私、身長がカラニスの1.5倍あるし、体重は2倍じゃ効かないし」

「はい」

「カラニスはもっとこう、可愛いくて気だての良い女の子の方がお似合いかと思うし」

「僕からすれば、リオンは僕が今まで出会ったどんな女の子より可愛いと思うけど」

「何処が?!」

「具体的に言おうか? 強がりな割に寂しがり屋な所とか、人一倍努力家な所とか、意外と乙女思考な所とか、天井に頭ぶつけて涙目な所とか、脚がスラリと長くて触りたくなる所とか、あと胸が・・・・・・」

「もういいもういい!」


 後半おかしいし。


「僕はこんなにもリオンの事を好ましく思っているよ。リオンは僕のことが嫌い?」

「いや、嫌いではない。けど」

「ならいい加減諦めて、僕のお嫁さんになってよ」


 やっぱり素直になれない私は、無駄な悪あがきをする。


「こんなでかい花嫁嫌よ。笑われたら恥ずかしくて一生お嫁に行けないわ。第一神殿に入りきらないわよ」

「なんか矛盾してる気がするけど」


 カラニスはきれいに笑う。


「大丈夫、誰も笑ったりなんてしないよ。式場に関しては、街の広場を使っても良いと領主様から許可を貰ってる。街の皆も乗り気だったよ。大通りをヴァージンロードにしようと今から張り切ってた」

「ちょっと、何で私の知らない所で話が進んでるのよ!?」

「あと、町外れに今は使われていない古い神殿があるんだけど、結婚するなら新居に使って良いと、司祭様から言われてる。あそこは広いし天井も高いから、リオンが頭をぶつける心配も無いよ。大工の棟梁が新居兼診療所に改築してくれるって」

「外堀! 外堀から来たわね!」


 知らない内に逃げ道が塞がれていた。


「ねえ、リオンは僕のお嫁さんになるのは嫌?」

「嫌、では、ない」

「僕はそのままのリオンを好きになったんだよ。どうか、もっと自分に自信を持って欲しい」


 背伸びをしたカラニスが、私に手を伸ばす。いつものように、私は身を屈める。カラニスの手が頬に触れる。


 嗚呼、分かっているとも、私はとうの昔にこの男を好きになっていた。身長差なんて気にならなかった。


「愛してるよリオン。どうか返事を聞かせて欲しい」


 私は諦めた。


「私も、愛してるわカラニス」



 こうして、スケールの大きい私の異世界トリップは、収まるべきところに収まった。








 これが後に「王国最強のノミの夫婦」と謂われる二人の、新たな始まりの話である。

 二人は15人もの子宝に恵まれ、その孫達も更に数を増やした。世界中に散らばった彼らの子孫が、この世界の平均身長を地味に底上げしていくのはまた別の話である。



 おねショタじゃないよ! 純愛だよ!


 ロリペド天国だけどそういう邪な気持ちを持っていると女神に阻まれるよ。リオンでギリギリセーフだよ。


 リオンは身長181センチあるけど人に聞かれたときは「175センチだよ」と答える系女子。オランダ女性の平均身長は169センチなので、異世界トリップしなくても彼女の人生プランが上手く行ったかは分からない。

 小さくて可愛いカラニスは初対面の時点でかなりストライク。似た目小学生の男に恋をする葛藤は、こういう世界なんだから別に良いじゃないかと考えないことにした。

 カラニスの過去の女性のタイプは知らないほうが幸せになれる。


 カラニスは元冒険者で結構良い家の出身。冒険者時代にかなり稼いでいて、治療院が少々赤字でもその貯金で何とかやって行けていたし、近所の人に慕われているのでその日のご飯には困っていなかった。

 後年、「初めてリオンを見た時、遂に自分の妄想が現実になったのかと思った」と息子に漏らす。


 街中の人から「あの二人はまだ結婚しないのか」と思われていた。


 という裏設定があった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったー! 異世界行ったら周りがデカくて、ってのはよくあるけど逆は初めてで新鮮でした。 [一言]  戸口どころか天井までもが高さが足りないのでは、1人でいる時でさえ身長を意識せずにいら…
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