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真っ白な愛を君に  作者: mia
本編
8/14

第7話 呼ぶから

 一気に冬休みになります。

 あっという間に時間が過ぎますね。

 今回はちょびっと長めです。


 寒さも厳しい12月24日。冬期講習の昼休み、教室を出て廊下を歩くと身を切るような冷たい風が未亜の身体を縮こまらせた。弁当が入った鞄を手にして向かう先、それは保健室だ。養護教諭の小埜雪生から〈昼休み、保健室に弁当持って来い〉と何の前置きも無い命令メールが来たのだ。

 白色のマフラーをぐるぐる巻きにして、白い息を吐きながら目的地に着いた。


 「小埜先生、こんにちはっ」


 勢いよくドアを開けると眠そうな顔をした小埜が休養室から現れた。

 「あ、また寝てたんですか?誰か来たらどうするんです、もう」

 戸口に立ったままの未亜を寝起きの瞳が捉え、そして未亜がいることにようやく気づいたようだ。

 「寒いから早く閉めろ」

 少し不機嫌そうな口調の小埜に、むっとした未亜は腕を組む。

 「私だってここまで来るの寒かったんですけど」

 「何しに来たんだ」

 出かけた不満の言葉をぐっと喉の奥に押し返す。


 ここでむきになったら間違いだ。どうせまた「癇癪を起こすなよ、餓鬼か」とか言われるんだから。冷静に、大人にならなきゃ


 ドアを閉め、深呼吸をした未亜は完璧な笑みを貼り付ける。


 「勘弁して下さいよ。呼び出したのは小埜先生の方じゃないですか」


 どうだ。私だってやればできるんだから


 誇らしげな未亜を、小埜はどこか物足りなさそうに見る。何か言いたげな様子に未亜は首を傾げる。

 「どうかしました?」

 「…何でもない。コーヒー入れろ。俺は喉が渇いてるんだ」

 「はいはい。分かりましたよ」

 鞄をパイプ椅子の上に置き、マフラーを外して背もたれにかける。いそいそと流し台に向かう未亜の背中を、小埜はしばらく眺めてからパソコンに向き直った。

 コーヒーの粉を探して視線を辿らせた未亜は可愛らしい小さな箱を見つける。アッサムティーだ。

 「小埜先生、これどうしたんですか?」

 箱を掲げ持って小埜を振り返る。

 「たまには俺だって紅茶くらい飲むさ」

 小埜は肩越しに未亜を見てそっけなく答える。

 「とか言ってるけど、まだ封開いてませんよ」

 「うるさい」

 「私が先に飲んじゃいますよ」

 「勝手にしろ」

 パソコンと向かい合ったまま、小埜は返事をする。未亜は鼻歌を歌いつつヤカンを棚から取り出して水を入れ、火にかけてからお客用だという地味なコップを用意する。沸騰するまでの間、流し台に放られたままの小埜専用コップを洗いにかかった。しばらくしてお湯が沸き、コーヒーの粉が入ったコップと、ティーバッグが入れられたコップを並べてお湯を注ぐ。スプーンでぐるぐると真っ黒に近い色をした液体を混ぜ、ティーバッグの方は何度か上げ下げしてから二つのコップを持って小埜の元に向かう。

 「はい、コーヒーです」

 「ん。やっぱ誰かに入れてもらった方がいいもんだよな」

 「それってただ小埜先生が自分で入れるのが面倒くさいっていうだけですよね」

 小埜の近くにある椅子に腰掛けて、豊かな香りから顔を上げて未亜は言う。

 「よく分かったな。ま、それも合わせて桐原が入れるコーヒーは美味いってことだ」

 「はいはい」

 未亜が一口紅茶を飲んだのを見て、小埜はコップをキーボードの横に置いた。

 「それより紅茶の方はどうなんだ」

 「ん。すごく美味しいですよ。やっぱり高いだけあって味も香りも違います」

 「ふうん」

 未亜が両手で持っているコップの中身を覗き込むが、コーヒーよりは色が薄いと思うだけだ。

 「興味なさそうな顔ですね。…何か甘いものが欲しくなってきた。お弁当あるけど購買でお菓子でも買ってこようかな」

 独り言のようにぶつぶつと呟く未亜は離れた所に置いた自分の鞄に手を伸ばそうとする。すると間髪入れずに

 「お菓子なら冷蔵庫にある。二段目の水色の箱だ。フォークも取ってこいよ」

 いつになく気前のいい小埜を不思議がることなく、未亜は立ち上がった。

 「はーい」

 ミニ冷蔵庫を開けると袋に入っている水色の箱を見つけた。


 結構大きい


 箱を取り出した未亜は壁越しの小埜に聞こえるように声を張る。

 「水色の箱を発見しました、小埜隊長。どうぞ」

 「どうでもいいからさっさと持ってこい、馬鹿」

 壁越しからでも容赦ない。

 「小埜先生、馬鹿って言った人が馬鹿なんですよ」

 「屁理屈言ってると紅茶が冷める」

 コップにはまだ半分以上も紅茶が残っているのだ。

 「そうだった。今戻ります、どうぞ」

 「まだやってるし。…餓鬼かよ」

 最後の呟きはどうやら未亜には聞こえなかったようだ。テーブルの上に水色の箱とフォークを置き、椅子に腰掛ける。

 「小埜先生、開けてもいいですか?」

 待ちきれないといった様子の未亜を横目で見遣り、小埜は素っ気なく返事をする。

 「ああ」

 慎重にテープを剥がし、側面の蓋を開けて中身を取り出すと現れたのは

 「ミイラパンダのクリスマス限定ケーキ!え、何でここに!?」

 阿久津から貰ったチラシのことを忘れていた未亜は限定ケーキの存在を失念していた。テスト勉強で忙しかったのもある。

 「予約しないと食べれないはずなのに!」

 「へえ、そうだったのか。それは知らなかった」


 なんかわざとらしい。それにさっきから私の方に顔を向けてもくれない


 気のせいか、とケーキに意識を移した。


 今はこのクリスマス限定ケーキに集中しないと


 「どうしようどうしようまずは写真撮ろう」

 「早く食うぞ」

 ポケットから携帯を取り出してピントを合わせる未亜を急かす小埜はフォークを手にしている。

 「待ってください。今写真撮ってるんですから。よし、撮れました」

 「じゃあ食うか」

 「あっ、まだ待って!」

 「何だよ」

 ミイラパンダの顔を破壊しにかかろうとした所を制された小埜に舌打ち交じりで睨まれるが、そんなことを気にする未亜でもない。携帯のカメラを小埜に向ける。

 「おい、何をしている」

 「記念に小埜先生の写真も撮ります。ケーキと一緒に」

 僅かに目を見開いた小埜はすぐに仏頂面になる。

 「お前な、毎日顔合わせてるのに俺の写真なんか撮って何が面白い」

 「今日はクリスマス・イヴだから特別なんです。ほら、こっち見てください」

 満面の笑顔を向けられ、小埜は渋々頬杖をついて未亜の携帯に顔を向ける。

 ごぉーん。

 呑気な音が流れた瞬間、小埜が薄く微笑んだ。見惚れそうになった未亜は急いでシャッターボタンを押す。

 ごぉーん。

 再び流れた呑気な音に

 「その音何とかしろよ。阿呆過ぎて笑える」

 「罰当たりですね、これお寺の鐘の音なんですけど」

 「ふん。それがどうした」

 鼻で笑う小埜を恨めしそうに睨む。画像を確認すると無愛想な顔の次に、なかなか普段は見られない表情の小埜。

 「わー先生格好良い」

 なるべく感情を表に出さずに感想を述べる。

 「思い切り棒読みだぞ。ちょっと貸せ」

 小埜に携帯を取り上げられ、未亜は焦る。


 せっかく貴重な笑顔を撮れたのに!


 「何するんですか。消去しちゃダメですよ」

 「どうせ消去してもまた撮るんだろ」

 どうやら消す気は無いようだ。

 「分かってるなら良いんです」

 紅茶を飲みながらほっと一息ついていると、小埜が立ち上がって未亜の背後に回った。

 「え?」

 消毒液の微かな匂いが鼻をくすぐった時には、既に――

 ごぉーん。

 「ええっ?」

 思わず振り向くと至近距離で小埜の瞳とかち合った。目を丸くする未亜を気にせずに小埜は携帯を操作して確認している。そして鼻の先に突きつけられた画面を見ると、驚いた顔をした自分といつもの小埜と、ミイラパンダのケーキが綺麗に枠内に収まっていた。

 「記念、なんだろ?」


 いつもの気まぐれなんだろうけど


 「えへへ、ありがとうございます」

 照れた笑みを浮かべる未亜を気力のない瞳がじっと捉え、やがて逸らされる。未亜の隣に腰掛けた小埜は頬杖をついてフォークでケーキを指し示した。

 「それにしても、相変わらず不細工なパンダだな。こんな未確認物体のどこが良いんだ」

 「可愛いじゃないですか。よく見ると小埜先生にそっくりだし」

 「…桐原。お前はどうやら俺をけなしたいようだな?」

 眼鏡越しの瞳が鋭くなったと気づいて、未亜は慌てて首を横に振る。

 「違いますよ。ミイラパンダは無愛想だけど誰よりも優しいんです。見た目だってクールで格好良くて」

 「物の見方は人それぞれだって言うよな」

 力説し始めた未亜をよそに、小埜はケーキを見たまま呟いた。

 「ミイラパンダは二次元のヒーローで、小埜先生は三次元のヒーロー。私が窮地に陥った時には、必ず颯爽と現れてくる正義の味方!」

 目を輝かせて立ち上がり、拳を握る未亜。小埜は半ば呆れて見上げる。

 「お前その年になってもまだ戦隊もの観てるんだな」

 馬鹿にするような視線を掛けられていようとは気づかない未亜は、神に祈るように手を組み合わせる。


 「だから小埜先生はミイラパンダに似てるし、私はそんな小埜先生が好きなんです!」

 「……」


 一瞬の沈黙の後、小埜は口を開く。

 「桐原。今なんて言った」

 「え?聞いてなかったんですか、もう。だからざっとまとめると、小埜先生は見た目も中身もミイラパンダにそっくりですよって」

 「違う。最後に言ったことだ」

 「え?最後?私はそんな小埜先生が…」


 もしかして私しでかした?


 事の重大さに今更気づく。

 「そんな俺が何だって?ん?」

 黙りこんでしまった未亜を追い詰めようと、小埜は意地悪そうに微笑んで顔を覗きこむ。


 悪魔だよ、この人


 「ちが、これは言葉の綾というか、流れというか。別に深い意味は無くてですね、その…だから…」

 今にも蒸気が頭から出そうなほど混乱している。


 さっきまでは意識してなかったのに


 「えっと…つまり…」

 ショート寸前。小埜は困ったように頬を掻く。

 「そんなに顔を赤くするなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろう」

 前を見るとケーキが目に入った。


 ミイラパンダ、私のヒーロー


 「桐原、食べます!」

 「おう、食え食え」

 のんびりとした口調で答えた小埜もケーキに手を伸ばす。二人しかいないため、包丁で切り分ける必要もない。徐々に無残な姿になっていくミイラパンダに心の中で詫びながら食べ続ける。

 「甘いな」

 「嫌そうに言ってるけど、手が止まってないですよ」

 落ち着きを取り戻した頃には、ケーキはほとんど無くなっていて、いつものように取りとめもない言葉を交わした。

 「今日は午後から雪が降りそうなんですってね」

 窓の外の曇り空を見ながら言った未亜に、小埜は返答を返さない。

 「小埜先生?」

 隣の小埜をもう一度呼ぶと、我に帰ったようだ。

 「悪い、何か言ったか?」

 「今日は雪が降りそうですねって。天気予報でも言ってました」

 小埜の表情がさっと曇る。

 笑顔が消えた。

 「どうかしたんですか?さっきから様子が変です」

 ぎこちない顔つきの小埜に首を傾げる。

 「…何でもない。気にするな」

 見えない壁を感じて、未亜はただ頷いた。

 「…うん。分かりました」

 ケーキを食べ終えて保健室を出た未亜は教室に戻る。


 越えられなかった


 鞄を抱えて零したため息は、冷たい風に攫われて飛んでいった。


 

 「雪降ってきたな」

 冬期講習が終わった放課後。芹河が外を見て寒そうに呟いた。

 「これは大分積もりそうね。どこ行くの未亜、帰るんじゃ…」

 鞄を持って席を立った未亜を、蓮実が止める。

 「ごめん。先に帰ってて。私ちょっと用事があるから」


 やっぱり小埜のことが気にかかる


 「滑らないように気をつけて帰れよ。一応俺ら受験生なんだし」

 からかう神城に、蓮実が心底不思議そうに

 「あたしらエレベーターじゃない」

 その発言を聞いた3人一同は一瞬固まる。

 「…2月に入学試験があるの忘れたのか?」

 「何それ、聞いてない」

 芹河は呆れたように肩を竦める。教室から出ようとしていた未亜はくるりと振り返った。

 「蓮実が早弁してるときにタコ先が言ってたよ」

 「うそ!」

 蓮実の悲鳴を背中で受け止めながら、未亜は手を振る。

 「本当。じゃ、私行くからね。また明日」


 

 保健室のドアの前に立ち、深呼吸してから取っ手に手をかけた時だった。


 パリーン!


 「先生!?」

 何かが割れた音にすぐさまドアを開ける。粉々になった小埜専用のコップ。それをただ見下ろしていた小埜は、頭を抱えて床に座り込む。

 「小埜先生、怪我は無いですか?」

 背中しか見えない小埜の肩に手を添えると


 「触るな!」


 拒絶するように払われた。腰をかがめた未亜は小埜の顔を覗き込もうとする。

 「今日の先生おかしい」

 「黙れ」

 低い声が鋭く刺さる。一歩後ろに下がった未亜はブラインドの上がった窓を見た。雪がちらほらと降り続けている。

 「…雪。雪と何か関係が――」

 「黙れって言ってんのが聞こえないのか!ここから出て行け!」

 怒声に身を竦ませたものの、未亜は口を引き結んで窓に向かう。そして一気に開けた。雪とともに風が吹き込んでくる。

 「何を…」

 顔を上げた小埜は、言葉を失った。振り返った未亜が今にも泣きそうな顔をしていたからだ。それも必死に泣くのを堪えて。

 「…ねぇ、先生は何から逃げているの?どうして自分を隠そうとするの?言ってくれなきゃ分からない」

 震える声が小埜の耳には痛かった。

 「雪先生」

 小埜の肩が跳ね上がる。


 踏み入ってはいけない線を越えてしまった。もう後には引けない

 ううん。引きたくない


 「何を恐れているの?」

 その時、事務机の上にあった封筒が強風に煽られて床に落ちた。小埜は落ちた封筒に目を遣り、すぐに視線を逸らす。膝をついて拾い上げた未亜は封筒の裏を見た。

 〈小埜凛子〉

 「小埜…」

 「俺を生んだ女の名前だ」

 目の前に座っている未亜の方を見ずに、小埜は言った。

 「先生のお母さん?」

 「母親なんかじゃない。そいつは、俺を捨てたんだ。凍える吹雪の中に」

 外から迷い込んだ雪が、床に触れて溶けていく様子をただ見ている小埜。その瞳は憎しみに満ちていた。

 「先生…?」

 「施設に預けられた俺がその事を知ったのは小4の時だ。俺は憎んだ。育てもしないのに産んで捨てたあの女を許せなかった。それからは荒れる一方の生き方だ。中学に入って柄の悪い奴らと一緒になって暴れまくって、気づいたら不良グループの頭になってて。毎日がつまらなくて、生きている心地がしなかった。ただ気に入らない奴を殴って、売られた喧嘩を買うだけだった」

 小埜は話し続ける。

 「そんな生き方に区切りをつけたのは中3の夏だ。施設の天月先生が、ついに警察の世話になった俺を迎えに来た――」



 雪が降りしきる中、二人は距離を空けて歩いている。突然立ち止まった小埜を天月が振り返った。憎悪に満ちた表情で睨みつけてくる小埜に歩み寄る。

 『…なんで俺に関わる。あんただって俺のこと鬱陶しい餓鬼だと思ってるんだろ。見捨てればいいじゃねえか』

 白髪交じりの髪を無造作に掻きながら、困ったような笑みを浮かべる。

 『それは違いますよ、雪生くん』


 雪生


 その単語を耳にすると激しい怒りが自分を取り巻く。

 『その名前で呼ぶな!俺を捨てた女がつけた名前なんか、気持ち悪くて反吐が出んだよ!』

 バチンッ!

 乾いた音と衝撃に、頬を叩かれたのだと分かった。天月は茫然とする小埜の肩を掴み、目を見て言う。

 『君が何と言おうと、お母さんは死ぬほどの激痛に耐えて君を産み、名前を与えたんだ。その努力の証をけなす事は私が許さない』

 いつも優しい顔の天月が初めて見せる表情に、何も言えなくなった。ふと眼鏡越しの目が柔らかくなり、背を追い越しつつある小埜を優しく抱き寄せる。

 『君は本当はとても優しい子だ。人の心に敏感であるが故に傷つきやすく、迷いやすい』

 『…うるせえんだよ、じいさんは』

 60を過ぎた天月は可笑しそうに笑い、そして真面目な口調で

 『雪生くん。いつか君の弱さや悲しみを受けとめてくれる人が現れる。その時に意地を張ったり、甘えるのを我慢したりしてはいけないよ』

 そんな奴いないに決まってる。そう言いたげな表情に、天月は首を横に振って言う。

 『きっと現れる。その人は、君にとってとても大切な存在になるに違いない。だから――』



 「それから俺は高校に入って勉強して、専門学校で養護教諭や保健師の資格を取った。ただ世話になった天月先生の役に立てればと考えて」

 「先生が養護教諭になったのは天月先生のためなんですね。でも、これは…」

 小埜の母親からだという手紙を握り締める未亜。封が開いていないということは、まだ読んでいないということ。

 「それは11月の終わりに、天月先生の娘が持ってきた封筒の中に先生の手紙と一緒に入ってた。まだ生きているうちに早く読め、とな」

 「まだ生きているうちに…?」

 小埜は静かに話し出す。 

 「夏に天月先生から届いた手紙に、あの女が末期ガンになって入院したと書いてあった。もう長くないから、見舞いに来てほしいと」

 「会いに行ったんですか?」

 「行ってない。…行くわけないだろ!」

 握った拳を床に叩きつけた小埜は、吐き出すように言葉を紡ぐ。

 「今更何だっていうんだ!病室にいるあいつを“母さん”と呼べと?ふざけんな。やってられるかよ」

 「でもお母さんはきっと――」

 「罪悪感が残ったまま死ぬのは嫌。どうせそんな事しか考えてない。あの女は結局、自分のことしか考えてないんだよ」

 「雪先生!」

 今目の前にいる先生は、感情を爆発させている。大人になるにつれて我慢していた本当の自分を、私にはさらけ出してくれている。


 だったら私に出来ることは


 未亜は握った両手に力を入れて口を開く。

 「先生。1月10日の誕生日花、知ってますか?」

 「…そんなの、知らないに決まってるだろ」

 「スノードロップ。雪の雫、って意味です」

 小埜が怪訝そうな顔つきをする。

 「何が言いたい」

 「春の訪れを約束する希望の花です」

 目を見開いた小埜を真正面から見据える。

 「雪先生」

 「…やめろ」


 何も聞きたくない


 未亜は首を振る小埜の前で床に両手をついて目を合わせた。

 「お願い。目を逸らさないで。楽な方に逃げようとしないで。真実と向き合うことには勇気がいるけど、先生は知らなきゃいけない」

 床に雪以外のものが落ちた。未亜の頬を伝って流れていく温かい雫。

 「私がそばにいる」

 綺麗だと小埜は思った。


 自分の為に泣いてくれる人間は今まで1人もいなかった

 

 「雪先生。私は先生の名前、好きだよ。どんなに嫌な顔されても、私は先生の名前を呼ぶから」


 どうしてお前はそんなにも強いんだ


 小埜は未亜を眩しそうに見た。

 「雪はこんなにも綺麗なのに、先生は何を見ていたの?雪が降る度に、お母さんのことを思っていたんじゃないの?本当に憎んでいただけだった?違うでしょう?先生は誰よりも優しい人なんだって、私は知ってるから」


 誰よりもあなたのことを知りたい。誰よりもあなたのそばにいたい


 未亜は封筒を小埜の胸に押し付ける。


 「お願い…。お母さんの手紙を読んで」


 何よりも、あなたを守りたいから



 ほのぼのが一転してシリアスになってしまいました。自分でも予想外なんです。

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