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第七十一章 チートvsバグ

 約束の場所を訪れると、彼女は既にそこにたたずんでいた。


「多分、初めてですね。

 貴方がこうして、時間通りにやってくるというのは」


 気配から、それと知っていたのだろう。

 近付く俺に自然な動作で振り返ると、ヒサメはそう言って淡く笑う。


「そう言われれば、そうかもしれないな。

 今日もずいぶん待たせたみたいだし、それは悪いとは思ってる」


 俺の謝罪の言葉に、ヒサメはやんわりと首を振った。


「いいえ。

 ただ、私が待ちきれなかっただけです。

 今日の、この瞬間を」


 不思議な感覚だった。

 俺に言葉を返すヒサメの顔に張り付くのは、いつもの能面のような無表情ではない。

 猫耳を見るまでもなく、年相応の少女の感情がその顔には表れていた。


「笑ってしまうでしょう?

 剣に生きると決めたはずのこの私が、まるで恋に恋する乙女のように、貴方とのひとときを思って他愛なく胸を高鳴らせていたのですから」


 けれど、そう口にするヒサメからは、その言葉とは裏腹に一切の気負いが感じられなかった。

 おそらくそうしている方が、肉体が最大のパフォーマンスを生み出せると本能で理解しているのだろう。

 全くの自然体で、彼女は俺に相対していた。


 これだから天才は始末に悪い。

 内心で苦笑いしながら、視線を左右に飛ばした。


「もう、準備は出来てるみたいだな」

「ええ。今すぐにでも、始められます」


 今日の試合のために、あらかじめ用意していたのだろう。

 ヒサメの周りには、光り輝く粉で円が描かれている。

 この円の内側が、今回の決闘場だということだ。


「……リンゴ」


 後ろに声をかけると、心得たようにリンゴが俺から離れ、円の外側に移動する。

 胸元に抱えたくまを一層強く抱きしめ、


「…むり、しないで」


 そんな激励の言葉で俺を送り出してくれた。

 大丈夫だ、と言葉ではなく表情でそう語って、ヒサメに近付いていく。


 ヒサメは歩み寄ってくる俺を、じっと見守っていた。

 俺がヒサメからある程度の距離を取って立ち止まると、彼女は穏やかな口調で話し出した。


「私はずっと、待っていたのかもしれません。

 私を脅かす力を持ち、私を倒すかもしれない相手。

 つまり、貴方のような存在を」

「ずいぶん、買い被ってくれたもんだな」


 言いながら、しかし、分からないこともないと考えていた。

 ゲーム中のイベントを考えれば、ヒサメが自分に匹敵するような好敵手の存在を常に求め続けていたのは納得出来た。

 面倒な相手だと思ってはいたが、ここまで求められたなら、それはそれで悪い気はしない。


「ああ、本当に、楽しみですね。

 ただ一つ瑕疵があるとすれば、これが命のやり取りではないという事ですか。

 けれど、そのおかげで貴方とこれから何度でも戦えると考えれば、その方が良いのかもしれません」


 あまつさえヒサメは、楽しげにそんなことを語ってみせた。

 しかし、


「いや、悪いが、それはないな」


 ヒサメのその言葉には、俺はうなずく訳にはいかなかった。

 ゆっくりと、首を横に振る。


「残念だが、この勝負に二度目はない。

 戦いが終わった時、あんたはもう二度と、そんな台詞は言えなくなっている」


 こればかりは真摯な気持ちを込めて、そう言い放った。

 その言葉を戦いの前の挑発だと取ったのか、


「それは、期待出来そうですね」


 激戦の予感に、ヒサメが喜悦に唇を歪める。

 だが、分かってはいない。

 これは脅しや挑発の類ではない。

 純然たる俺の本心なのだ。


 ヒサメとは、奇妙な縁がある。

 決して友好的な関係とは言えなかったが、この世界にいる人間の中では、もしかすると一番長い付き合いになるのかもしれない。

 だがそれも、今日で終わりになるだろう。


 その事実に安堵している俺と、残念に思う俺が同時に存在していて、それでもやっぱり、俺がやるべきことは変わらない。

 間接的にだが、命が懸かっているのだ。

 ここで退くことは、ありえない。


「そろそろ、始めようか」


 切り出した俺の言葉に、彼女もまた応じる。

 示し合せたようなタイミングで、ヒサメはその愛刀の月影を、俺はリンゴから借り受けた黄金桜を、それぞれ抜き放つ。

 そしてまず、ヒサメが告げた。


「氷雨流剣術皆伝、観月《ミツキ》、氷雨《ヒサメ》。

 ソーマ・サガラに、決闘を申し込みます」


 宣誓の言葉と共に、ヒサメから強烈な威圧感が吹きつける。

 それを受け止めながら、俺も誓いの言葉を口にする。


「冒険者、相良操麻。

 ミツキ・ヒサメとの決闘を受け、力の限りに戦い続けることを、ここに誓う」


 俺の返答によって決闘が成立し、俺とヒサメの身体が光に包まれた瞬間、



「死なないで、下さいね」



 死の予感に肌が粟立ち、俺の身体は反射的に後ろに下がろうとして、


「え…?」


 だが、予期していた奇襲は起こらない。

 むしろヒサメの身体は、ゆらりと後ろに揺らめいて……。


(ッ!? しまった!!)


 ヒサメの予想外の言葉と動きに、一瞬、ほんの一瞬だけ幻惑され、無為にその動作を見逃してしまった。


 冷静になって見れば分かる。

 この不可解な後退は、ヒサメのスキルの予備動作。

 一騎討ちでもほとんど使われないはずの、ヒサメの最強の切り札が切られる前兆。


(間に合うか!?)


 脳を焼くような焦燥感の中、用意していた魔法をオーダーする。

 このヒサメの技は、発動したら最後、避けることは出来ないとまで言われている。

 だが、その出足を潰す絶好の機会を、俺は見逃してしまった。


 今から接近しても間に合わないだろう。

 俺は、祈るような気持ちでヒサメの姿を確認して、



「――『氷雨《ひさめ》』」



 俺の耳が、凛としたその声を捉えたのと、同時だった。

 ヒサメがその動きを一瞬だけ止めたかと思うと、


(消え――!?)


 ――た、と思った時には、もう囲まれていた。

 俺の周りには、それぞれ思い思いに武器を振りかぶった8人(・・)のヒサメが現れていた。


 圧倒的な死の予感に、心臓が掴まれる。


(これが……)


 これが、発動されれば回避不可能と言われたヒサメの奥義。

 流派の名前を冠されたこの技は、一撃必殺。

 独特の予備動作の後、超高速移動によって敵に接近、いかなる術理によってか7体の残像を作り出し、八方から防御力無視の斬撃を浴びせかける、チート級のスキル。


 単なるゲームのデータだったはずのその技が、今、俺に向かって使われていた。

 ほぼ全方位から、俺を一撃で殺せるだけの力がこもった斬撃が迫ってくるのが見えた。

 そして、俺が八方より迫る刃に身をすくませたのと、



「――アブソリュートガード!!」



 俺のスキルが発動したのもまた、同時だった。


「なっ!?」


 取り囲むヒサメたちの口から、驚きの声が漏れる。

 8人のヒサメが繰り出した斬撃は全て、俺の身体から弾けた漆黒の光によって受け止められていた。


 分身しているような状況だが、一人一人の攻撃力は元のまま。

 おまけにただでさえ強いはずのヒサメの攻撃に、スキルによって防御力無視の性質が付けられているのだ。

 その8人分の攻撃を受け止められる防御スキルなど、あるはずがない。

 きっとヒサメは、そんな風に思ったのだろう。


 そして、それは正しい。

 俺が使ったのは、正確には防御スキルではない。

 一番簡単なハイド系スキルである忍刀の第一スキル、『隠身』である。


 そのスキルの効力は微々たる物で、本来のこの技は『まだ見つかっていない相手から発見される確率を下げる』という効果しか持たない。

 効果を知っていれば絶対に敵が目の前に迫った状況では使われないであろうこのスキルは、しかし、隠れた性質を秘めていた。

 このスキルを使った時、身体を覆うように出現する黒いエフェクトに、実体があるのである。


 実体があるとは言っても、所詮はエフェクト。

 特にパラメータなどが設定されている訳ではない。

 しかし、それがただのエフェクトであるからこそ、ダメージを与えることも出来なければ、破壊することも出来ない。

 故にこそそれが、使用者の絶対の守護となりえるのである。


 ただ、この技には大きな弱点がある。

 初めてヒサメに遭遇して、首筋に刀を突きつけられた時、俺はこのスキルを使えなかった。

 なぜなら一度『隠身』が成立すると、その効果が切れるまでの間、ふたたび『隠身』を使うことは出来なくなるからだ。

 手軽に使えて便利な反面、この技は連続で使用することが出来ないという欠点を抱えているのだ。


「くっ!」


 お互いのスキルが終了し、俺は残像がなくなり一人となったヒサメと至近距離で向き合う。

 今は二人共スキル硬直状態で、動くことはもちろん、スキルや魔法を使うことも出来ない。

 しかし一つだけ、スキル硬直状態でも可能な攻撃がある。



「彼の者を捕らえよ! トリプルB!!」



 叫びと同時に、俺の身体から魔法エフェクトが発動する。

 これが、対ヒサメ用の俺の二つ目の手札。

 スキル硬直時に発動するよう、タイミングを合わせて時限発動させた魔法である。


 俺はこの場所に来るまでの間にとある大魔法を詠唱し、詠唱待機状態まで持ってきていた。

 そして、ヒサメが攻撃を仕掛けてくると分かった瞬間、この魔法を2秒先に発動予約をしてから、『隠身』のスキルを使ったのだ。


「これは…!?」


 魔法の発動に伴って、俺の頭上に巨大な幻獣が召喚され、そこから光のエフェクトが飛ぶ。

 きらびやかな光のエフェクトは狙い違わず俺たちに向かい、その周りを飛び回るように彩った。

 しかし、そんな状況に至っても、なおもヒサメは揺るがない。


「これが、拘束魔法、ですか。

 無駄な事をしましたね。

 私に、状態異常は効きません」


 むしろ自信に満ち溢れた口調でそう言い切る。

 だが、


「そいつはどうかな?」


 自信があるのは俺も同じだ。

 やがてスキル硬直が解け、ヒサメは宣言通り、自分に状態異常魔法が効かないことを証明しようと、その身を動かそうとして、


「どうして?! 抵抗出来ない!?」


 まったく未知の体験に、驚愕の表情を浮かべる。


 しかし、それも無理もない。

 実際にこれが害意ある魔法だったらあっさりとヒサメはレジストしていただろうし、俺がヒサメにかけたのが状態異常だったのなら、それは効果を発揮しなかっただろう。

 ただ、今使っている魔法は違う。


「悪いな、ヒサメ。

 いくらお前でも、これには抵抗出来ない。

 なぜなら、これは――」


 そう言って俺は、ちらりと頭上、いまだに俺とヒサメに向かって光のエフェクトをまき散らす、巨大な青い鳥(・・・)を見る。



「――回復魔法、なんだからな」



何度書き直しても長くなってしまうので、やむなく分割


BBB《ブルーバードバインド》!!

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
「二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~」
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[一言] BBB!! しんかをキャンセルしたようだ!!
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