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第二百二十六章 邪神ディズ・アスター

やったか!?

 今日まで、俺は過剰とも言えるほどの準備を重ねてきた。


 まず、アルティヘイトに備わっていた特殊能力はとにかく強力だ。

 分かりやすいのは遠距離攻撃無効と恒常バフで、今の俺には約十倍、正確には9.9倍の能力上昇効果が常にかかっている。


 神剣バフが向上させる基本能力値とは、レベルアップによって変動する六つの能力、HP、MP、筋力、魔力、耐久、抵抗を指す。

 下手に上がると扱いが難しくなる速度はともかく、スキルの発動に直結するスタミナが上がらないのは残念だが、それでも破格の効果だ。

 このおかげで、万が一攻撃を受けた時の生存率は跳ね上がっているはず。


 それだけではない。

 切り札となりえるのは、左手のこの脇差の取り回し。


 合成によって生まれ変わった、この真・脇ざ……あ、いや、違う。

 ええと、その、『脇差・つい』!

 そう、この『脇差・終』の応用性が、俺の命を救ってくれる可能性もあるのだ。


 忍刀であるため、バグ技によって他者を回復することが出来るのはもちろん、特殊能力をうまく使えば、なんと、ノーコストで瞬時に自分のHPを超回復させることも可能なのだ。


 そのほか、不死の誓いとガーゴイルの円環の組み合わせによって、状態異常は完全に無効。

 回復アイテムはポーチいっぱいに集まっているし、防御面はこれ以上のものを思いつかない。



 そして、攻撃面だって万全以上の準備をした。

 右手の『真・不知火』の性能については言わずもがなだろうが、何よりその威力を支える俺の筋力値はもうぶっ壊れていると言っても過言ではない。


 ここ数日、ミツキが毎日親鳥のように運んでくる大量のパワーシードによって、今の俺の筋力値は推定で二万を超えている。

 通常プレイではどんなに頑張っても能力値が千を超えることがまずない猫耳猫において、この数値はすごいなどというのを通り越して異常だ。


 時期が異なっていたため、本来併用する者がいなかったブッチャーの養殖と種死バグが共演した最高の結果と言える。

 あ、いや、ブッチャー狩りだけで一万の大台に到達した変態プレイヤーもいて、その人のおかげで9999が能力値のキャップではないと分かったのだが、基本的にはそういうことだ。


 とにかくにも、


「これで倒せなきゃ、どうやって倒せっていうんだ」


 そう言いたくなるくらいの、万全な備えと言える。


 最高の準備と、俺を応援してくれるたくさんの人々がいて、憂いはもはや、何もない。


 そのはずなのに、なんだろう。

 この、背筋をゾワゾワと揺らす悪寒は。

 その程度では終わらせられないと訴えかけるような、この寒気は、一体何なんだろう。


「……ソーマ」


 だが、サザーンの静かな、何かをあきらめたような温度のない声が、俺を現実に立ち戻らせた。


「ああ。……頼む」


 それでも、立ち止まることは、出来なかった。

 俺の近くまでやってきたサザーンに、開始の合図を送る。


「僕は、本当はお前と一緒に……クソ!」


 言いかけた言葉を呑み込んで、サザーンは俺の前に出ると、沼に手をかざす。

 同時に、沼全体を、いや、それ以上の範囲を覆う、黒い魔法陣がそこに浮かび上がった。


「これが、邪神の封印……」


 その巨大でありながら精緻な文様が、サザーンの手によって少しずつ、少しずつほどけていく。


「――ッ!?」


 突然、だった。

 明らかにサザーンが操作している場所と関係のない地点の陣が、ぶちり、と音がしそうな歪み方をして、途切れていったのだ。


「な、何で……? 僕は、まだ……」


 呆けた顔でサザーンがつぶやくが、俺はその時にはもう直感していた。


 これは、サザーンの手によるものでも、サザーンが何かを失敗したせいで起こったことでもない。

 封印の綻びを見つけた邪神が、内側から封印を打ち破ろうとしているのだ、と。


「サザーン! もういい! 下がっててくれ!」


 俺が叫ぶと、サザーンは少しだけ、逡巡したが、


「絶対に! 無事に帰ってこなきゃ、許さないんだからな……バカ!」


 そんな台詞を吐き捨てて、背後に駆け出していく。

 その背中が、群衆の中に消えるのを見届けてから、俺は前を向く。


 黒い魔法陣は内部からの力によって、ズタズタに引き裂かれていた。

 邪神を押さえつけていた精緻な文様が、魔力の網が、ぶちり、ぶちりと引きちぎられていく。


 そして、見る間に削られた魔法陣の中心部が、遂に内圧に耐え切れなくなって、弾け飛ぶ!



「――来る!!」



 まず沼から飛び出したのは、太い、太い腕。


 それは魔法陣の隙間にその手をかけると、無理矢理にこじ開け、押しのける。

 そして、その隙間を埋めるように湧き出す、蠢動する触手の群れ。


 もはや数えるのすら億劫になるほど膨大な数の触手は、かろうじて抵抗を続ける魔法陣を押しのけ、食い破り、叩き潰す。

 耳を覆いたくなるような数秒ののち、あれほど強固だったはずの魔法陣は、すでに跡形もなく消し飛ばされていた。


「これ、が……」


 そして、遂に……。

 沼の奥から、醜悪さそのものを煮詰めたような凶相をした、その頭部が……。

 それから、禍々しい光を放つ邪神の中心部、真っ赤なコアが、姿を現した。


「……邪神、ディズ・アスター」


 映像などとは違う、とてつもないスケールに圧倒される。

 邪神大戦映像記録で見た邪神とは、大きさも、迫力も、禍々しさも、全てが違う。


 おそらく、邪神本体を倒すことだけでなく、欠片を倒すことも、復活による成長の条件になっていたのだろう。

 俺の前に立つ邪神は、映像で見てきたものよりも、かつて王都で戦ったものよりも、二回り、いや、それ以上の成長を遂げていた。


 現代によみがえった災厄の神は、ぐるり、と辺りを睥睨すると、視線を正面に、俺に固定して口を開いた。

 世界を軋ませるような、不快感しか覚えない声が、大気を揺らす。


「……オボエテ、イル。覚エテイル、ゾ」

「な、に……?」


 かつて相対した何とも違う、圧倒的な存在感に、俺は思わず、一歩下がりそうになる。


「愚カ、ナ。姿ヲ、変エテ、隠シタツモリ、カ?

 ……絶対神剣アルティヘイト。

 我ガ魂ヲ分カチ、封印シタ、忌マワシキ『剣』ノ波動、ワスレハセン、ゾ!」


 まさか、合成機にかけたアルティヘイトをすぐにそれと見抜くとは思わなかった。

 やはり絶対神剣アルティヘイトと邪神の間には、余人には窺い知れない何かしらのつながりがあるのかもしれない。


 ……だが。


「気に入らないな。お前の相手は、アルティヘイトじゃなくて、『俺』だぜ」


 その、俺の不遜な言葉に、ギョロリ、と邪神の目が俺を向く。


「オマエガ、今回ノ、勇者、カ。

 ソノ意気ヤ、ヨシ。ダガ……」


 瞬間、だった。



「――ミノホドヲ、知レ!」



 邪神の背後から伸びた、数百の触手。

 そのうちの一つが、恐ろしいまでの速度で俺に迫る。


 普通の手段では、迎撃も出来ないような、速さ。

 しかし……。



 ――バチュン!!



 俺に迫った触手は、そんな音を立てて、空中で弾け飛んだ。


「……真、刹那五月雨斬」


 小さく技の名前を唱えて、俺はストン、と地面に降り立った。


「ナ、ニ……」


 刹那の間に、数百の斬撃を繰り出す一撃。

 その斬撃のカーテンを抜けるには、触手は大きく、そして脆すぎた。


 初めて邪神が、驚きを見せる。


「ナン、ダ? オマエノ、ソノ、力……」


 言葉と共に、もう一度、今度は二本の触手が飛んでくる。


「真、刹那五月雨斬!」


 それも、全くためらいなく刹那五月雨斬で撃ち落とす。


 ――いくらでもくればいい。


 この程度の攻撃なら、どんなに来ようとも俺は小揺るぎもしない。

 そして、いくら再生するとはいえ、邪神の触手は有限だ。

 無駄に触手を失った分だけ、俺は有利になる。


「ナゼ、ダ……。イクラ、オマエ、ガ、神剣ヲソナエシ勇者、デモ……。

 ワガ一撃、ヲ、コウモタヤスク、退ケラレル、ハズガナイ」


 精々考えていればいい、と思う。

 だって、どうせこいつには、分からない。


「人の心を持たないお前には、想像もつかないだろうな。

 俺の、強さの源がなんなのか」


 ……そうだ。

 俺は、一人で戦っているが、独りじゃない。

 俺のこの真・不知火には、紡がれてきた人の想いが、人の文化、歴史が、込められている。


 ――邪神かいぶつなどには、分かりはしない。


 俺の言葉に、何かを悟ったのか。


「ヌ……」


 邪神の視線が、一瞬、俺から逸れた。


 ――まずい、か?


 俺は左手の脇差を大きく振り回しながら、叫ぶ。


「何を余所見をしてる! お前の相手は俺だ!」


 その直後、だった。



「――ソーマ! 負けないでぇ!!!」



 背後から、その大音声が聴こえたのは。


「なっ! レイラ!?」


 俺の口から、驚いたような声が漏れる。


 声を出したのは、レイラだった。

 彼女は群衆から一歩抜け出した位置まで前に出ると、力の限りに喉を振り絞って、俺に激励の言葉をかけたのだ。


 そして、その、瞬間、



「――ワカッタ、ゾ」



 邪神が、動く。

 ここから、レイラのいる場所までは、かなりの距離がある。


 触手も、広域破壊攻撃である、ジェノサイドウェーブも、届かない。

 しかし……。


 邪神の顔がレイラを捉えようと動き出したのを見て、俺は声の限りに叫んだ。


「馬鹿! レイラ! 出てくるな!」

「えっ?」


 しかし、その警告が、意味を為そうはずもなく……。



「モウ、遅イ! キル・ビーム!!」



 虐殺者の光線が邪神のコアより放たれ、一直線に伸びる。

 その先には当然、群衆から前に飛び出したレイラがいて、その事実に、俺は……。


 ……にやり、と頬を歪めた。


 同時、レイラの前に駆け抜ける、一陣の風。



「――狙い通り、ですか。邪神も案外底が浅い」



 群衆の中で待ち構え、利き腕に光り輝く籠手を嵌めた彼女は、全てを貫く光線を、弾き返した。

 その光はまるでそれが決まっていた未来であるかのように、光を放った本人、邪神の顔へと撥ね返り、



「グ、ォオオオオオオオ!」



 地面が揺れるほどの声を出し、邪神は顔を押さえてのたうちまわる。


「オノ、レ! オノ、レェ!」


 怨嗟の声をあげる邪神に、俺は口角を上げた。


「今までと違って、随分と感情豊かじゃないか。

 俺にやられるために、わざわざ成長してくれたのか?」


 わざと挑発の言葉をかけると、邪神は悶えるのをやめる。


「謀ッタノカ、オマエ、ガ!」


 軋む声音に、恨みを載せて、俺にぶつけてくる。

 根源的な恐怖を覚えるその声に、しかし俺は、ふてぶてしく笑ってみせた。


「悪いけど、俺はあんたよりももっと悪辣で、もっと意地が悪くて、もっと全能な、邪悪の化身みたいな奴と、ずっと渡り合ってきたからな。

 性格が悪い奴の相手は、お手のものなんだよ」


 そうだ。

 こいつの悪意なんて、あいつらに比べたら……。



 ――猫耳猫スタッフの底意地の悪さに比べたら、子供の悪戯みたいなものだ!!



 その、挑発に……。


「……ユル、サン、ゾ」


 顔をなくした邪神の視覚が、それでも俺を捉えたのが、はっきりと分かった。


「……ふう。これで何とか最初の危機は乗り切ったかな」


 俺は、邪神に聞こえないよう秘かにそうつぶやくと、手のひらに浮かんだ汗をぬぐった。

 さぁ、楽しもうぜ、邪神ディズ・アスター。



 ――ここからが、本当の勝負だ!


ここからが本当の地獄だ!(更新的な意味で)


次回更新は明日!

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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