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第二百十三章 よみがえる勇者

余裕の午前七時更新!

いやぁ、これもペンタブのおかげですよ(買った日にちょっとさわって以来一度も使ってない)

「…ん。やっぱり、わたし、も、いく」


 風の吹きすさぶ甲板の上で、くまを胸に抱いたリンゴがそう提案、いや、懇願してくる。


 何度目か分からないその言葉に、俺は苦笑しながら首を横に振った。

 リンゴが見据える先にいるのは、動力炉につながる扉。

 そして、天空都市のボスであるロボットだ。


 船尾部分の甲板は二つに分かれていて、ちょうど円形の広場が隙間をあけて二つ並んでいるような形になっている。

 内側部分にある円に俺たちが、そして端側の円に最深部に続く扉、そしてこのダンジョンのボスがいるという構図だ。


 サザーンと同様、ボスと戦わずに扉に行く、という作戦に難色を示すかと思ったリンゴだったが、提案自体には案外素直に納得した。


「…あんぜん、だいいち」


 と、いうことだそうだ。

 要するに俺が真人間かどうかより、俺が危険じゃないかの方が優先されるらしい。

 融通が利くと言うべきか、逆にブレないと言うべきか。


 ともかくそこまではよかったのだが、その代わりに今度は自分も一緒に行くと言い出して困ってしまった。

 だが、流石にそれは認められない。


「ついてきたら危ないとかってのもあるけど、どうやってリンゴが向こうまで行くんだよ」

「…スキル、コンボ、で」

「移動スキルのコンボじゃ空中発動は出来ないし、そもそも飛距離が足りないって」


 確かにリンゴは魔王戦前の特訓でスキルキャンセルを使えるようになった。

 ただ、それでは向こうに渡るのは不可能だ。


 こちらの甲板と向こうの甲板まではそれなりの距離があるため、本来はここの仕掛けを起動させて橋を架ける必要がある。

 橋を使わずに向こうに行こうと思えば、ステップハイステップ縮地の移動スキルコンボ程度ではとても足りない。

 それに……。


「仮にリンゴがどんなにうまくコンボが使えても、あいつの近くでは『攻撃スキルを使っちゃいけない』んだ。

 残念だけど、天馬の靴を持ってないとあそこには辿り着けないんだよ」




 ――決戦用人型決戦兵器・バルニスV。


 それがこの天空都市のボスであるロボットの名前だ。


 何で名前に二回も「決戦」って入れたぁ、というツッコミはともかくとして、こいつの戦闘能力は恐ろしく高い。

 飛び道具こそ持っていないものの、上空の敵や、離れた相手には鳥形態バードフォームに変形して突っ込んでくるし、移動中は謎技術によって半透明になり、障害物も全てすり抜けてこっちに迫ってくる。


 その謎技術は剣にも使われていて、あんなでっかい剣なのに壁をすり抜けてプレイヤーにはダメージを与えるというから反則だ。

 バーニアを装備しているため、うまいこと天空都市から落としてもすぐに戻ってくるのも厄介と言うしかない。


 どうやっても振り切れないので結局は近接戦闘を挑むしかないのだが、その二メートルを超える巨体と、猫耳猫の敵キャラとは思えない多彩な攻撃手段、そしてK.A.R.E.Nデバイスの効果と思われる驚異的な反応速度でプレイヤーを追い詰める。


 だが、何よりこのバルニスVが恐れられている理由は、圧倒的な性能のカウンタースキルにある。


「バルニスVは近くで使われた『攻撃スキル』『攻撃魔法』『攻撃アイテム』の三つに反応して、超速のカウンター攻撃を撃ってくるんだ」

「…カウ、ンター?」


 初めての時は本当に驚いた。

 とりあえず小手調べのつもりでそこそこ距離を取って横薙ぎを使った瞬間、「スキルなぞ使ってんじゃねえ!」と言わんばかりに目前に瞬間移動、斬撃の軌跡が見えたと思ったら、次の瞬間にはゲームオーバーになっていた。


「は? ゲーム、オーバー? それって、死んだ、ってことだよな?」


 ぽかんとした顔のサザーンに、俺はうなずいた。


「ああ。言っておくけどその時の俺は、今よりも防御力もHPも高かったからな」


 それを一撃で即死させたのだ。

 今の俺がくらったらどうなるかなんて言うまでもない。


 おそらくだが、リンゴでも即死だろう。

 唯一生存の可能性があるとすればミツキだが、それも望み薄ではないかと思う。


「で、でも、お前の得意のスキルコンボで避ければ……」

「それも、難しいだろうな」


 次に遭遇した時、攻撃を仕掛けたのがいけなかったのかと思って、まずは神速キャンセル移動で様子を見ようとしたのだ。

 だが、結果は初回と同じだった。


 神速キャンセル移動というのは、ステップとスラッシュのショートキャンセルを組み合わせたものだ。

 まあ俺の場合はスラッシュの代わりに横薙ぎを使ったりするが、原理的には同じと考えていい。

 カウンターの発動条件が「攻撃スキルの使用」だったため、間に挟んだスラッシュに反応してカウンターを決められた訳だが、ここで注目するべきは神速キャンセル移動の速度でも逃げ切れなかった、という事実だ。


 細かい差異はあるものの、攻撃スキルのショートキャンセルというのは一般的に「ダメージ判定や斬撃モーションが発動する前に次のスキルに移行する」ことで、スラッシュで言えば、武器を振りかぶった次の瞬間にはもうステップに派生しているという感じ。

 つまり、スラッシュ発動からステップに移行するまで、コンマ数秒以下の時間しか経っていないのだ。


 だがバルニスVのカウンターは、ステップとのつなぎのために形ばかりにスラッシュを発動させて、即座にキャンセルしてステップで移動する、そのほんの数瞬の間に俺を切り捨てたことになる。

 その時はこの世界での俺とは違い、速度三倍にはなってなかったとはいえ、恐ろしいまでの発動速度だ。


 まあ攻撃スキルと攻撃魔法にだけ反応して、移動スキルと回復魔法にはカウンターをかけてこないのはまだ有情と言える……かもしれない。

 あ、ちなみに俺は基本ソロだったので試してはいないが、プレイヤーだけでなく、仲間が攻撃スキルや魔法を使っても同じようにカウンター攻撃を仕掛けてくるらしい。


「じゃ、じゃあ、スキルや魔法を使わずに倒すしかないってことか?」


 心なしか怯えているようなサザーンに、俺はまた首を横に振った。


「いや、バルニスVはカウンターなしでもめっちゃくちゃ強くてな。

 少なくとも俺は、スキルなしの接近戦であいつに勝ったって話は聞いたことがない」

「そんな……」


 仮面越しにすら分かるほど暗い表情をするサザーンと、心配するように俺の腕をつかむリンゴ。

 俺は慌てて言い足した。


「あ、倒す方法がないって訳じゃないんだ。実際、俺は一回だけ倒したことあるし」


 完全無欠と思われたバルニスVだが、良くも悪くも猫耳猫スタッフがそんな完璧な仕事をするはずがなかった。


 バルニスVの唯一の弱点は、戦闘態勢に入る前。

 ここの行動パターンだけは猫耳猫スタッフが手抜きをしたらしく、大いに付け入る隙がある。

 具体的には視界外から攻撃を受けた時、まずは攻撃を受けた方向を見て、しばらく警戒して敵を確認出来なかった時はふたたび初期状態に戻る。


 だからバルニスVが背中を向けた時に遠くから攻撃を食らわせ、さっと壁に隠れる。

 バルニスVが警戒して辺りを見回してる間はずっと隠れ続け、警戒状態が解かれたところをまた後ろから攻撃、という戦法で一方的に勝利することが出来る。


 とはいえ、一回攻撃してからもう一度攻撃するまで、下手をすると三分以上かかる。

 戦闘態勢に入る前でも近距離から攻撃スキルや魔法を使うと容赦なくカウンターが繰り出されるし、そうでなくても壁に隠れるタイミングが遅れたり、背中を向けていない時に壁から顔を出してしまったら即アウトだ。


 もし一度でも発見されて、戦闘態勢になってしまったらそれで終わり。

 二度と通常状態には戻らないし、プレイヤーやその仲間が天空都市にいる限り、透明化を駆使してどこまでもどこまでも追いかけてくる。

 実際何度も見つかって殺されたし、あんな心臓に悪い真似を命を懸けた状態でやるなんて冗談じゃない。


 だが、だからこそのこの作戦だ。


「実は、戦闘態勢に入る前のバルニスVにはもう一つ欠点があってな。

 向こうの甲板をパトロールするみたいに徘徊してるんだが、警戒してるのはあくまで水平方向。

 一定以上の高さにいる人間は見つけられないんだ」


 いまだに不安そうにしているリンゴに言い聞かせるように、ことさらに明るい顔を作る。


「そこで出てくるのがこの天馬の靴だ。空中でスキルが発動出来るって言ったけどな。

 それでジャンプみたいな跳躍系のスキルを使うと、すげえおもしろいことが出来るんだよ」


 そもそも、ジャンプは地上にいる時に地面と反対方向に移動するスキルだ。

 それが、地面という制約がなくなった時に何が起こるか。



 ――その答えは、空中での三百六十度、全方位に向けての跳躍だ。



 さらに跳躍系スキルは攻撃スキルのキャンセルに頻繁に使われるほど接続しやすく、地上にいないと発動出来ないという条件が撤廃されたことでその幅はさらに広がった。

 なんとジャンプとハイジャンプが接続可能なため、ひたすらジャンプとハイジャンプを繰り返すだけで空中を自由に移動することが出来る。


 流石にステップなどの純粋な移動系スキルと比べると速度、距離ともに劣るし、慣れるまでうまく移動方向を調節するのは難しいが、一度動きをマスターしてしまえば空中においてはほかの追随を許さない小回りと機動力を発揮出来る。


「それに、動力炉を動かしたらこの艦のブリッジが使えるようになる。

 そこで端末を操作すれば、雑魚だけじゃなくてバルニスVと外壁の砲台なんかも止められるようになるんだ。

 総合的に考えて、それが一番安全な方法だと思う」


 俺が駄目押しのように言うと、リンゴはしばしの逡巡のあと、しぶしぶと俺の腕を放したのだった。





「これで空飛ぶのも久しぶりだな」


 最後まで心配そうに俺を見るリンゴと、「そ、その……気をつけろよ」とそっぽを向きながら言うサザーンに見送られ、俺はジャンプで甲板を飛び立った。

 ジャンプの移動が終わる頃、タイミングを見計らってハイジャンプにつないでさらに距離を稼ぐ。


「これなら、何とかなりそうだな」


 言うとまたリンゴを不安にさせそうだったので言わなかったが、速度三倍状態でジャンプとハイジャンプのコンボを使うのは初めてだ。

 失敗したらどうしようかと思ったが、今のところは問題なさそうだ。


 だが、気を抜くことは出来ない。

 一回でもスキルキャンセルに失敗して、バルニスVに捕捉される高度にまで落ちてしまったら殺される可能性が高い。


 いや、それだけじゃない。

 バルニスVの戦闘状態は解かれることがないため、もし俺がやられたら次に殺されるのはリンゴとサザーンだ。


 この天空都市に最初に辿り着いた時は、適当に落下ダメージ軽減魔法を使いながら飛び降りればいつでも逃げられる、と思っていたが、猫耳猫スタッフはそれほど甘くなかった。


 シャボン玉のような移動装置以外で天空都市の外を移動すると、外壁に備えつけられた砲台に攻撃されるのだ。

 俺やリンゴならギリギリ対処出来なくもないかもしれないが、空中で使えるようなスキルがなく、物理防御が紙なサザーンは耐えられないだろう。

 おそらく天空都市の探索中のショートカットや、あるいは下からスキルで空を飛んできた場合を想定しての対策だと思われるが、何とも念入りなことだ。


 そして、地上に安全に移動する唯一の手段である脱出装置は、動力炉を起動しないと動かせない。

 念のためにリンゴたちにも場所は教えておいたが、それを使うためには最悪でも俺が動力炉に辿り着かないといけない訳だ。


「ほんと、責任重大だな、っと!」


 独り言をつぶやきながら、それでリズムをとるようにして一定のテンポでスキルをつないでいく。

 出来るだけ下は見ないようにして、目的地だけを見据えて進む。


 ちょっとひやっとする場面もあったが、ジャンプのコンボは難易度としては高い方ではない。

 少し余裕も出てきて、これで七割くらいは来たかな、と一息ついた時だった。



「――ソーマ!!」



 空気を切り裂く、リンゴの悲鳴。

 何かあったのか、俺は反射的に下を見て、ぞっとした。


 ちょうど真下にいた真っ赤な機械人形。

 バルニスVと目が合った(・・・・・)気がしたのだ。


「ッ!」


 本能的な危険を覚えた俺は、スキル発動中で自由にならない身体を、それでも強引によじる。

 直後、


 ――ブォン!


 不吉な風切り音と同時に、俺の隣、薄皮一枚くらいの場所を、赤い何かが超高速で通り過ぎていった。


「しまっ……!」


 いや、薄皮一枚ではなかった。

 かけていた紐を切断され、俺の腰から冒険者鞄が滑り落ちていく。

 反射的に手を伸ばすが、その判断は一瞬遅く、鞄は甲板の上、扉の近くまで落ちていってしまう。


「なっ!」


 鞄に気を取られている場合ではなかった。

 横を通り過ぎて行ったはずの赤い何か――鳥型に変形したバルニスVが、空中で転回、こちらに機首を向けている。


「縮地!」


 とっさの判断で、発動する予定だったジャンプではなく、縮地を後方に向けて発動させる。


 同時に、ふたたびうなりを上げる真っ赤な機体。

 通常の三倍どころではない速さで、俺の目の前を真っ赤な鳥が通り抜けていく。


 ――危な、かった。


 ゲーム時代に集めた情報によると、バルニスVに搭載されたK.A.R.E.N.デバイスの真価は、反応速度の向上と、FCS――火器管制システムの強化にある。

 もちろんそんなのは単なる設定であるはずだが、その設定はゲームでのバルニスVの挙動に大いに反映されていた。

 こいつは猫耳猫の戦闘AIの中でも格別に賢く、特に敵の行動予測については熟練の猫耳猫プレイヤーすら舌を巻くレベルなのだ。


 先ほどの鳥型になっての突進も、こちらの移動予測地点を読んだ上で、さらに随時の補正をかけながら行っている。

 あのまま前に進んでいたら、縮地であっても逃げ切れたかどうか。


 俺は内心冷や汗をかきながらも、ジャンプをに向かって発動し、急いで地上に向かう。

 ジャンプのおかげで空中での機動力は上がっているが、鳥形態を相手に出来るほどではない。


 これ以上の空中戦は命取りになる。

 そう判断した俺は、慌てて地上に降り立った。


 すると、ガシュン、ガシュンと音を立てて、一瞬にして鳥形態だったバルニスVが人型に戻る。

 これでバードフォームの速度を警戒する必要はなくなったが、お世辞にも状況はよいとは言えない。


(……くそ。とっさのこととはいえ、これは降りた位置が悪いな)


 俺、バルニスV、冒険者鞄、最深部に続く扉、という立ち位置になっている。

 これではバルニスVをかわさないと、鞄を取ることも扉に辿り着くことも出来ない。


 扉もそうだが、鞄を落としたのは地味に痛い。

 緊急用のポーションなどはポーチにもいくつか入れているが、量には不満がある。

 さらに先、邪神対策まで考えると鞄は絶対に回収しなくてはいけないため、逃げる選択肢も取りにくくなった。


(いや、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。まずはリンゴたちを避難させて……)


 指示を出そうと後ろを振り返って、ギョッとした。

 リンゴは手のひらをバルデスVに向けているし、くまも金剛徹しを振りかぶって今にも投げそうだ。

 サザーンはあわあわと動揺していたが、リンゴの様子を見て呪文詠唱を始めようとしている。


「馬鹿、撃つな!! 撃ったら奴のターゲットがそっちに移る!

 そうなったら俺でも対処出来なくなるぞ!」


 余裕のなさが、語気の荒さとなって表に出てくる。

 その強い口調にサザーンは凍りつき、くまも金剛徹しを下ろしたが、何を思っているのか、リンゴは手を下ろさなかった。


「サザーン! リンゴを連れて脱出装置に行け!」


 俺は横目でバルニスVを監視しながら、後ろに向かって叫ぶ。


「う、あ、ぅ……」


 しかし、サザーンは動かない。

 まだ混乱が解けてないようだが、それを待っている余裕もない。


「早くしろ、サザーン!!」


 もう一度叫ぶと、サザーンはビクッと身体を震わせたが、結局は首を横に振った。


「だ、駄目だ! き、貴様を置いていけるか!」


 ああくそ!

 どうしてあいつはこういう時だけ男らしいんだ!


 俺は頭をかきむしりたくなったが、落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 どのみち俺が動力炉に辿り着かないと、リンゴたちに脱出の手段はない。

 あそこにいても脱出装置にいても、状況は変わらない。


 俺の行動に、三人の命がかかっているという事実にあらためて重圧を覚えながらも、俺はバルニスVをにらみつける。


 威風堂々としたその立ち姿はまさにロボット界の勇者。

 俺の中でこいつに数十回殺されたトラウマがよみがえり、まともな勝負では一度も勝てたことがないという事実が、武器を握る手を重くする。


 三倍の速度と種による筋力アップがあっても、まるで勝てる気がしない。

 もともと俺はスキルでの戦闘は得意だが、身体を動かすのははっきり言って苦手だ。


 スキルなしでこいつの攻撃をかいくぐって一撃を入れることが出来るとも思えないし、スキル補正なしの攻撃ではこいつを倒すのに何発かかるか分からない。

 逆に、こいつにゲームの時と同じ攻撃力があるなら、一発まともに攻撃を入れられただけで俺は簡単に殺されるだろう。


 考えれば考えるほど絶望的な戦力差に、俺は唇を噛む。


 ……だが、大丈夫。

 何も、こいつを倒せって言われてる訳じゃない。


 こいつをかわして動力炉を起動させる。

 そうすればあとは脱出するだけだ。


 危険ではあるが、俺だけなら甲板から下に飛び降りてもいいし、一か八か、夢幻蜃気楼で壁抜けを試みてもいい。

 あいつのカウンターより先に夢幻蜃気楼の転移が発動するかは賭けだが、とにかくどうにでもやりようはあるということだ。


 少しだけ冷静になり、ちらりと地形を確認する。

 こちらの甲板に大きな柱が一つある。

 いや、宇宙戦艦的には何かしらの装置かもしれないが、どうでもいい。


 どうにかあいつを引きつけて、あの柱をぐるっと回るように移動すれば、位置関係は逆になるはずだ。

 そこからは全力で扉に向かってとにかく動力炉に火を入れる。


 動力炉が動いたと知れば、リンゴたちも脱出装置に向かうだろう。

 というか、そうであってほしい。


 一瞬だけリンゴの方に視線をやった瞬間、バルニスVが動いた。

 右手に持った巨大な剣を突き出す動作。


「――っつ!」


 一拍だけ遅れ、俺が横方向にステップを発動させた瞬間、バルニスVの背中が火を噴き上げる。

 いや、背面のバーニアを全開にして突きを繰り出してきたのだ。



《バァルニス・ジェーーット!!》



 冗談のような機械音声が技の名前を告げるのと、俺の身体を衝撃が襲うのは同時だった。

 横っ飛びに移動した俺はかろうじてバルニスVの剣を回避することは出来たが、その巨体までは避けきれない。


「ぐ、あっ!」


 まるで車にでも跳ねられたような衝撃。

 自分の身体がどうなっているのか、把握する余裕もない。


 空と地面が交互に映って、一時的に見当識が失われる。

 俺が首を振って顔を起こそうとした時、目の前に映ったのは、パチパチと放電する巨大な剣と鋼鉄の偉丈夫。


「ッ! ハイジャンプ!」


 倒れた姿勢のまま、スキル発動。

 それに一瞬遅れ、



《バァルニィィス・ヴィィクトリィィスラァァァッシュ!!》



 直視出来ないほどの光を放つ剣が、容赦なく振り下ろされる。

 もはや可視化出来るほどの光量でVの字を描く剣閃。


 間一髪、俺の身体は地面をこするように強制移動。

 何とか斬撃の範囲からは抜け出していたが、必殺剣の余波だけで肌がちりちりと焼きつく。


「冗談じゃ、ないぞ」


 今のは、天馬の靴がなければ死んでいた。

 恐ろしいほどの熱によって溶け、しゅうしゅうと得体の知れない煙を吐き出す地面を見て、俺は戦慄する。


「あ……?」


 その時。

 あまりに無造作に、謎の煙からニュッと四角い棒が伸びてきた。

 いや、棒じゃなくて、これはバルニスVの左腕――


「――ってぇ!」


 のんびり構えている余裕はなかった。

 左腕にくくりつけられた盾の先端部から、ぶっとい杭が突き出される。


「ちょっ、技名言えよ!」


 理不尽な言いがかりをつけながら、距離を取る。

 幸いに、盾から伸びた杭の射程は大したことはなかった。


 そのまま不格好にスキルをつないで、何とか目星をつけていた柱の陰へ。


「くっそ! 攻撃スキルも魔法も使えないってのは……」


 柱に背中をつけて、悪態をつく。

 ほとんどのスキルコンボとKBキャンセルが使用出来なくなるため、攻撃力だけではなく、機動力も大幅に落ちていた。


「分かっちゃいたが……」


 自分がどれだけスキルに頼っていたか、痛感させられる。

 手足をもがれた、は言い過ぎかもしれないが、突然周りの空気が重くなってまとわりついてきたような、不快なままならなさがあった。

 特に命が、仲間の命までかかっている状況でこれでは、喚き散らしたくもなる。


 左右を警戒しながら、俺は柱に背中を預け、波打つ心をクールダウンさせる。

 つかの間の休息に、脳裏を駆ける思考は現在の苦境の解決策……ではなく、ことの発端だった。


(あいつ、どうして上にいる俺を見つけられたんだ?)


 ゲームではあの高さにいるプレイヤーが見つかることはなかった、はずなのだが、記憶違いだったのだろうか。


「……っと」


 何か変わったことがあると、すぐにそのカラクリを考察してしまうのはバグゲーマーの悪いくせだ。

 とにかく全てはここを何とか切り抜けてから。


 そう思い直し、俺が背中を壁から離した瞬間、


「……へ?」


 俺の肩の上に光が走った。

 いや、それが光ではなく、磨き上げられた刃だと気付いた瞬間、俺はつんのめるように前に転がっていた。


「いま、今の……」


 もしさっき、俺が偶然に身体を起こさなければ、あの刃は俺の首を貫いていた。

 あまりにも近くに、あまりにも無造作に転がってきた死の危険に、今さらのように心臓が暴れ出す。


 もはやスキルを使う余裕すらなく、無様に距離を取りながら振り返ると、俺が背中を預けていた柱、そこから剣が生えていた。

 いや、剣だけじゃない。

 柱から生まれ出づるように剣が、機械の右腕が、勇壮な鋼鉄のフォルムが、次々と姿を現わしてくる。


「おい、おい。透明化を使って、壁から攻撃したってのかよ。

 こんな行動、ゲームの時には……いや!」


 突如脳裏を走る閃き。

 こんな状況なのに、俺は思わず叫んでいた。


「K.A.R.E.Nデバイスか!」


 この世界でもモンスターの行動パターンはゲームと大差がなかったが、NPC、つまり人間キャラクターはモンスターとは比べ物にならないくらいに進化していた。

 そして、このバルニスVにはそのAIに生体脳を利用しているのだ。

 単純に猫耳猫スタッフに特別扱いされて特別なAIを組まれていた可能性もあるし、現実化の際にデバイスを考慮されて知能が上がった可能性も考えられる。


「……はは。これがフレーバーテキストの重要性って奴か。自分で言ってて見逃してりゃ世話ないな」


 自嘲気味につぶやいてみても、状況は変わらない。

 ガシャン、ガシャン、というふざけた効果音が、まるで死刑執行人の足音のように聞こえる。


(……どうする? どうすればいい?)


 状況は、さらに悪化した。

 俺は甲板の端に追い詰められ、扉はますます遠のいた。

 おまけに相手の知能の高さを考えると、仮に首尾よくここを抜けても、扉を開けたり動力炉を起動する際に出来るであろう隙を見逃してくれるとは思えない。


 ――八方塞がり。


 そんな単語が頭をよぎる。


 どれだけ余裕に思えても、ほんの少しのミス、ちょっとしたイレギュラーがたやすく死を招く。

 そんな猫耳猫の厳しさや危うさは一番理解していたつもりでいたのに、備えが甘かった。


 まるでなぶるようにじわりじわりと迫りくるバルニスVに、俺が動けないでいると、



「…ソーマ」



 完全に意識の外、背中側から、涼やかな声が聞こえた。

 予想外のことに、俺はバルニスへの警戒も忘れ、無防備に振り返ってしまった。


 そこには、先ほどと全く同じ姿勢、バルニスVに向かって手のひらを向けたリンゴがいて……。



「…わたしがうったら、すぐはしって」



 澄んだその声は、風吹きすさぶ甲板でも、なぜかはっきりと聞こえた。

 それでも、その意味を脳が理解するまで、ほんの少しの時間が必要だった。


 リンゴが最初からバルニスVに手を向けて、全く動かなかったのはなぜなのか。

 たとえリンゴが雷撃を撃ってもその程度でバルニスVは倒せないし、それどころかターゲットがリンゴに移るだけな、の……。


 ――そこまで思い至って、ぞわっと背筋が震えた。


 初めから、それが目的だったのか。


 リンゴは最初からバルニスVを倒せるなんて思っていない。

 ただ、自分が囮になって奴の注意を惹くつもりなのだ。

 俺を、動力炉に向かわせるために。


 だが、無茶だ。

 三倍の速度とスキルコンボが使える俺ですらさばき切れていないのに、リンゴにそんなことが出来るはずがない。


「駄目だっ!」


 衝動のままに叫ぶが、リンゴは手を下ろさない。

 それどころか、覚悟を決めた目でバルニスVを見据えて……。


 そんなことをさせる訳にはいかない!

 こうなればもう一か八か、攻撃スキルで……。




 ――グォオオオオオオオオオンン!!




 足元が不気味な鳴動をしたのは、その刹那だった。


「なっ! これは……!」


 何か巨大なものが起き出した(・・・・・)音。


 俺は反射的にバルニスVを見る。

 この事態は奴にとっても予想外なのか、バルニスVはまるで戸惑ってでもいるように、その巨体の動きを止めていた。

 背後を見ると、先ほどは雷撃を今にも撃とうとしていたリンゴも、どうしていいか分からないのか、棒立ちになってくまを抱きしめている。


「何だよぉ! 今度は何なんだよぉ!」


 涙声のサザーンが叫ぶが、俺には何が起こったかは分かっている。

 以前にも経験したことだから間違いない。



 ――誰かが動力炉を起動させた、のだ。



 しかし、誰だ。

 仲間たちは全員下に、地上にいるはずだ。


 まさか、この天空都市に動力炉を動かせるほどの知能を持ったキャラがいた?

 いや、その可能性は……。


 必死に思考を巡らせるが、時間切れはほどなくやってきた。



 ――キィィ。



 軋んだ音に俺は顔をあげる。


 見ると、大きく口を開いて転がった冒険者鞄の、そのさらに奥。

 俺が目指していた最深部に続く扉が、内側からゆっくりと開いていた。


 バルニスVを含んだ全員が見守る中、そこから現れたのは……。




「…………はぁ?」




 片耳だけ異様に派手な花柄の布で継ぎ接ぎされた、やたらと見覚えのあるくまのぬいぐるみだった。


超急展開!! ソーマのピンチに突如現われた謎のぬいぐるみの正体とは!?


次回、猫耳猫第二百十四話「敵か味方か!復活のくまファースト!」は2015年8月2日放送予定! お楽しみに!

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[良い点] 鞄が扉の傍に落ちたと聞いた瞬間から予想ついてたわ。 これくまが鞄にいたじゃんって。 [一言] くまグッジョブ!
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