第二百九章 無限の塔
猫耳猫は死んだんだ
いくら呼んでも帰っては……あ、それはもういいですか?
なんかとんでもない勘違いに気付いてしまったのですが、空のダンジョンの名前、「天空城」ではなく、「天空都市」でした
じ、時間が経ちすぎたんだ……すみません
ニート……じゃなかった、サザーンとも約束したことではあるが、俺は最終的には邪神を完全に倒そうと考えている。
ただ、そのためにはまだ色々なものが足りていない。
当然の話だが、俺はこの世界に来た直後に比べると格段に強くなった。
レベルが上がったのはもちろんのこと、憤激の種死バグを使った種による強化は大きい。
通常プレイでは考えられないほどの腕力と速度は、もはやチート級と言っても過言ではないレベルに達している。
だったら今の俺は完全にゲーム最盛期の頃の自分を上回っているか、というと、これははっきりとは断言出来ない。
ゲームでの最強の敵というと隠しダンジョンの邪神の欠片になるが、今の俺があいつに勝てるかというと、それは難しい。
その理由の一つは、スキル。
速度が飛躍的に向上したせいでスキルキャンセルのタイミングがシビアになり、ゲーム時代に得意としていたスキルコンボもまだ全ては使えない、というのは魔王戦前の特訓で確認した通り。
あれから練習を怠っていた訳ではないが、魔王を倒したという気のゆるみもあって、あまり進歩はしていないというのが現状だ。
難しいコンボの成功率も少しずつ上がってきているとは思うが、実戦で差が分かるほどに上達したかと言われると口をつぐむしかない。
だが、一番の要因はなんといっても装備の不足だろう。
アクセサリーの装備制限がなくなったおかげで、属性関係については大きなアドバンテージがあるが、それでも地力の差は埋めがたい。
例えば、俺のメインウェポンは肉切り包丁を合成した不知火だ。
これはストーリー後半においても破格の攻撃力を誇るいわゆるぶっ壊れ武器の一つだが、ここはゲームバランス自体がぶっ壊れている猫耳猫の世界だ。
魔王撃破までならともかく、これが最終装備としてふさわしいか、と訊かれると大いに疑問が残る。
それ以外にも、猫耳猫にはとんでもない能力を持った装備がいくつもあるし、邪神のキルビームを撥ね返すための鏡の籠手のように、強敵を倒すための必須装備というのはある。
そして、邪神の欠片を倒すためのもう一つの必須装備が……。
「天空都市にある足装備、『天馬の靴』なんだ」
俺がそう話を締めくくると、隣からこっそり俺の猫耳に手を伸ばそうとしていたミツキが、ふむ、と思慮深げにうなずいた。
「成程。つまり、邪神対策に必要な装備を手に入れるため、天空都市に向かう、という事ですね」
「ああ。まあそうなんだけど、お前、今……」
俺が猫耳の件を追及しようとすると、それをさえぎるようにミツキが口を開く。
「しかし、大丈夫でしょうか。私もまだ訪れた事はありませんが、あの天空都市には、無限の姿を持つ塔『スペクトルタワー』の最上階からしか入れないと聞いています。
噂では、スペクトルタワーは千階まであるのではないか、と言われていたはずです。
かなりの長丁場になりそうですし、そのような都市の魔物なら、相応の実力がありそうな物ですが」
そう言いながら、ちらりとイーナとサザーンの方に目をやるミツキ。
なんか話を逸らされてる気がしなくもなかったが、その心配はもっともだ。
次の目的地を北、スペクトル砂漠に定めた俺たちは、例によって俺、ミツキ、リンゴ、真希、サザーン、イーナの大所帯でフィールドを進んでいた。
確かにこのメンバーは必ずしも全員が高レベルエリアで戦える訳ではない。
しかし……。
「いや、それは誤解だよ」
「誤解、ですか?」
ミツキの間違った認識を俺は否定する。
不思議そうにふにゅんと潰れたミツキの猫耳。
俺はそれにしっかり正面から向かい合いながら、力強く言い放った。
「そう、とんでもない誤解だ!」
やはり、自分で行ったことがないからだろう。
ミツキもかつての自分と同じように、スペクトルタワーについて、致命的なまでの勘違いをしていた。
その誤謬を吹き飛ばすように、俺は声を張り上げた。
「無限の姿を持つなんて誇大広告されてるけど、内装とモンスターの出現テーブルがランダムなだけで、実はスペクトルタワーのマップパターンは六十四種類、いや、左右と上下の反転マップを一つと数えたら、なんと、たったの十六種類しかないんだよ!!」
本当に、こんなイカサマが許されていいだろうか!
ふしぎな感じのダンジョンを期待してワクワクして挑んだというのに、完全に詐欺だろうアレは!
全ての階層に特徴的なギミックを、なんて言わないから、せめてランダム生成にして欲しかった。
コピペマップの壁や床のデザインを変えたくらいでユーザーを誤魔化せると思うなよ!
「いえ、そういう問題ではなくですね……」
だが俺の熱弁に、なぜか呆れた様子を見せるミツキ。
「あ、ついでに言うと塔の一階はエントランスになってて、その上にダンジョンフロアが千階ある訳だから、正確には最上階は千一階だな」
「それは、もっとどうでも良いのですが……」
ついには額を押さえ、やれやれ、と耳を左右に広げるミツキ。
埒が明かないと見たのか、横から真希が顔を出してついでに口も出してきた。
「もー! そーまもそういうのはいーから! それで、今度はどんなズルっこいことして空の街に行くの?」
「お、お前は……」
落ち込んでいたのは吹っ切れたようだが、どうしてこう口が悪いのだろうか。
「変な決めつけをするなよ! というか、俺がいつズルいことしたよ」
「いっつも『ばぐー』とか『うらわざ』みたいな変なことばっかりやってるくせに!
むしろズルくないことしてるの見たことないよ!」
「お前の中の俺は一体どんな存在なんだよ……」
真希の俺に対する偏見には閉口してしまうが、そういう感想も今ではなんとなくなら分からなくもない。
ゲーマー特有の効率厨的な行動は、普段ゲームをやらない人には非人道的で奇異なものに映ることもある、というのは俺も今までの旅の間に学んだことだ。
猫耳猫では普通のことだと思うのだが、あるいはこれが、「ゲーム感覚が抜けていない」ということなのかもしれない。
ただ、今回に限ってはそんな心配は必要ない。
「言っておくけど、今回はバグ技なんて使わないぞ。天空都市には真っ当な方法で入り口から乗り込む」
毅然としてそう言い放ったのだが、みんなの反応はなぜか鈍い。
真希は疑り深い目でこちらを見ているし、
「……真っ当な、ですか。昔どこかで聞いたようなフレーズですね」
ミツキはよく分からないことをつぶやいて遠い目をしているし、ほかの仲間たちも今一つ響いている様子がない。
いや、俺はどれだけ信用がないんだよ、と自信を失いかけた時に、青いものが視界に飛び込んでくる。
「…ん」
リンゴだった。
彼女は挑むように俺の前に立つと、その小さな身体を精一杯に伸ばして、
「…えらい、えらい」
いきなり、俺の頭を撫でた。
「え、えーっと?」
俺は混乱するが、リンゴはそれ以上何も言わない。
一人で満足げにうなずくと、無表情ながら、「一仕事終えた」みたいな達成感を漂わせて元の位置に戻っていく。
「あの、リンゴさん? 今のは?」
流石に気になったのか、俺の代わりにミツキが尋ねてくれた。
「…ん。ほめてそだてる、ほうしん」
ミツキの問いかけに、自信満々に小さな胸を張るリンゴ。
「そ、そうですか。その、頑張って下さい」
「…せんりのみちも、いっぽ、から」
そう言って、リンゴは力強く両の拳を握りしめる。
よく分からないが、リンゴの中で俺育成計画が着々と進んでいるらしい。
「えーっと、それでだなぁ。天空都市の話なんだけど……」
気勢が削がれた感もあるが、これからのことを考えると、天空都市の危険性についてはきちんと話しておかなくてはならないだろう。
ただ、この空気の中だと何だか話しにくいなぁ、と思っていると、
「あ、あれ! あれがそのスペクトルタワーじゃないですか!」
イーナが急に大声をあげた。
彼女が指さした先には、虹色に輝く塔、千階まである似非ランダムダンジョン「スペクトルタワー」が建っていた。
階層一つ一つがダンジョンのようになっているので塔はなかなかに大きく、さらに千階もあるとされるその高さは流石に尋常ではない。
まさに天を衝く、などという言葉がふさわしいと思えるほどだ。
そして、その遥か上空には天空都市が浮かんでいる……はずだ。
残念ながら天空都市があるはずの塔の頂上付近は大きな雲がかかっていて見えないようになっている。
「ああ、うん。あれだな! よし、みんな、とりあえずあれを目指して進むぞ。
天空都市についても詳しく話しとかなきゃいけないけど、まあそれはあの下まで行ってからな!」
「あっ! ちょっと、そーま!」
俺は微妙な空気をうやむやにするように必要以上に声を張り上げると、塔に向かって駆け出したのだった。
塔の近くまでは、全く苦労せずに進めた。
天空都市、それからスペクトルタワーの上の方まで行けばモンスターもそれなりに強力になるが、塔の周りについては注意するべき敵は出ない。
少なくともラスダンを余裕を持ってクリア出来るほどの戦力をそろえた俺たちの敵ではない。
砂漠にはスペクトルタワーをはじめとして、埋まった遺跡や謎の建築物が打ち捨てられるように配置されているが、俺たちはそれを全て無視して、ひたすらに塔を目指して進んでいく。
ただ、快調に塔に近付いていく中、一人、イーナだけが硬い表情をしているのが見えた。
「イーナ。大丈夫か?」
「ソーマさん。……はい。でも、スペクトルタワーのことを考えると、緊張してしまって」
彼女の視線は、前方に、遥か高くまでそびえたつ虹の塔に向けられていた。
「ソーマさんも知ってると思いますけど、あの塔は今まで誰も、あのミツキさんでさえも頂上まで辿り着いたことがないと言われている難関ダンジョンです。
それを思い出しちゃうと、わたし、何だか……」
どこまでも真面目なイーナのことだ。
自分が足を引っ張らないかと心配をしているのだろう。
そんな必要もないのに、と思うと少し胸が痛む。
だから俺はつい余計なことを、言っても意味のないことを言ってしまっていた。
「俺だって、この塔を最後まで攻略したことはないよ」
「え? でも……」
目をぱちくりとさせるイーナに、俺は思い出すように語る。
「最上階に行ったことがない訳じゃない。ただ、猫耳猫では『架輪法』と呼ばれるテクニックがあってな」
「かりん、ほう?」
案の定、不思議そうな顔をするイーナ。
説明してやりたいところだが、また真希などに聞きつけられてもたまらない。
「目的地に向かうのに、必ずしも中を進んでいく必要はないってことだよ」
「それって、どういう……」
俺は早口で誤魔化すように言い切ると、逃げるように正面に目を向けた。
気が付けば塔は近くなっていて、その近くには砂に埋もれた遺跡のようなものも見える。
見る限りでは付近にモンスターの姿もなさそうだ。
……と、塔が近くなったからか、ちょうどこちらを振り向いたミツキと目が合った。
「このまま塔に突入しますか?」
助け舟のつもりなのか、そう尋ねてきたミツキに、俺は首を振った。
気は進まないが、あまり先延ばしにしても仕方がない。
目的地も見えてきたし、そろそろ話し始める頃合だろう。
「――いや、ここからは、俺一人で行くよ」
俺の言葉に、イーナは「ソーマさん!?」と驚いたような声を出すが、俺の考えは変わらない。
最初から、決めていたことだ。
「みんなにはここで待機してもらって、俺が天空都市を制圧してから登ってきてほしい」
俺がそう言うと、仲間たちからは反対の声があがった。
「ふざけるな! あの約束をした時から、僕は貴様と一蓮托生だ!
千階ある塔の踏破? ふん、そのくらい、偉大なる大魔術師にして将来のニートの僕には造作もない!」
意外にも、真っ先に反対の声をあげたのはサザーンだった。
続くように、隣からイーナが進み出る。
「わたしが、わたしがさっき弱音を吐いたからですか!?
でも、わたしだって千階もあるような塔に、ソーマさん一人で行かせるなんて……」
「……ごめん」
俺は、頭を下げる。
もう謝る以外に方法がなかった。
「ソーマ、さん……」
泣きそうな顔のイーナを、仲間たちを見る。
彼女たちを無駄に不安にさせたことを、心の底から後悔した。
だから俺は、反省を込めて告げる。
「――そもそも俺、あの塔の中には入るつもりないんだ」
数秒の沈黙。
そして、
「……ふへ?」
目に涙を浮かべたイーナがそんな間の抜けた声を発したのは、言うまでもない話だった。
第二百九章 無限の塔(ただし本編とは無関係)




