第二百六章 論より証拠
ふぅ、明日更新という公約の通り、何とか11月30日の42時に間に合った!
ギリギリセーフ!!
「くそぉ! 僕は、僕はなぜあの時、『神罰下す滅神神撃』なんて名前を……。
そこは、『絶対正義の断罪者』か、せめて同じパニッシュメントバニッシュメントでも、もっとかっこよく、例えば『天衣無縫なる神鬼滅殺撃』くらいのお洒落感が出せていれば……く、くぅうう!!」
俺からもう一つの環魂の腕輪を強奪したサザーンは、それでも気持ちが治まらなかったのか、慙愧の念に堪えないとばかりに、言葉と共にぺちこん、ぺちこんと自分の手を下に叩きつけた。
どうやらサザーンが後悔しているのは必殺魔法の名前が厨二くさいことではなく、そのクオリティが低いことだったらしい。
らしいと言えばらしいが、気にするべきはそこじゃないだろうと言いたい。
「あのなぁ。悩んでるとこ悪いが、それは問題がズレてるというか、ちょっと的外れじゃないか?」
「的外れ、だと? 貴様には『天衣無縫なる神鬼滅殺撃』のかっこよさが分からないと言うのか!?」
「いや、だからな……」
何が問題なのか、どうも本気で分かっていないようだ。
三白眼気味にこっちを見てくるサザーンに、俺はやれやれと思いながら口をはさんだ。
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけどな。……そもそも『天衣無縫』だとパニッシュメントとかからないじゃないか!」
「なっ! ……ぐ、確かに。僕はかっこいい字面と主人公のイメージとの重ね合わせに気を取られるあまり、ついルビ部との整合性をないがしろにしてしまった」
ガックリと肩を落とすサザーン。
だが、こいつにしてはめずらしく、自分の非を素直に認めるところは好感が持てた。
励ます意味も込めて、俺は言葉を続ける。
「そりゃあもちろん俺だって、『天衣無縫』って言葉の持つ圧倒的なポテンシャルは認めてるよ。それが主人公のイメージと合ってるのも分かる。
だから例えば、その音とイメージを残したまま、漢字を『天意無法』と書き換えてみるってのはどうだ?」
「な、なるほど! 認めるのはしゃくだが、なかなかの名案だな。『天意無法』。世のしがらみを超越した絶対正義を自然と想起させる、いい言葉だ」
「へへ、だろ? それに、神鬼滅殺撃の部分もさ。神と並べさせるなら音の問題を考えても神鬼よりも神魔の方が……じゃなくて!」
ついつい駄目出ししてしまったが、こんなことはどうでもいいのだ。
いや、どうでもよくはないので後でちゃんと整合性の取れてかっこいい名前を一緒に練り上げなくてはいけないが、それよりも前に、だ。
「とりあえず、いい加減俺の上から下りてくれないか?」
さっきからずっと、俺の上にまたがっているような体勢でいるのもちょっとは気にしてほしい。
最初にサザーンが俺に跳びかかり、倒れた俺の上にのしかかるような格好になってから、一向に状況は改善されていなかった。
ちきしょうちきしょうと言いながら振り下ろした手もぺちんぺちんと俺の胸に当たり、痛い、ということもないが、何だかくすぐったい。
「か、勘違いするなよ。別に、魔法の名前を考えるのに夢中で忘れてた訳じゃないぞ。
ただ、お前が悪いんだから、反省の意味を込めて僕が押さえつけてやってるというか……」
何やらしどろもどろにサザーンが言い訳のような言葉を口にするが、そういう問題ではなく。
「いや、どっちが悪いとかじゃなくてな。お前だってその、女の子な訳なんだし、そういうのは、ほら、な」
突然の女の子扱いにもしかすると怒るかとも思ったが、サザーンは戸惑ったように口をパクパクさせた。
「あっ、だっ……い、今さら、そんなこと!」
「今さらって言われても、知ったのはつい最近だし、なぁ」
サザーンが女の子だと分かったのは、具体的には巻き戻り前の世界で仮面を外した時なので、正確には最近ではなくむしろ未来と言うべきかもしれないが、なんにせよ主観的には最近なのは間違いない。
あらためて俺にそう言われ、何かしら思うところがあったのか。
サザーンは俺の上に女の子座りのような姿勢で座ったまま、しきりに足をもぞもぞとさせた。
いや、そういうのをやめてくれと言いたいのだが、どうやらしばらく男のフリを通してきたサザーンには通じてないようだ。
「まあ知らなかったとはいえ、一緒に風呂にまで入った俺が言うのもあれだけどな。
お前ももうちょっと自分の行動を考えて……」
「待て! 一緒に風呂とは何の話だ!?」
「へ? 何の話って……」
言いかけて、気付いた。
サザーンと風呂に入ったのは巻き戻し前の世界の出来事だ。
今のサザーンにその記憶はない。
「いや、今のは、ちょっとした思い違いというか、失言というか……」
「ま、待て! 待てよ! 確かお前、時間を巻き戻したとか言って……き、貴様、僕に何をしたぁ!!」
俺の猫耳に動揺する真希をなだめていた時、当然他の仲間たちにも巻き戻しの話はした。
それがこんなところで裏目に出てしまうとは。
「落ち着けって。俺は別に何も……」
「そんな訳あるか! ぼ、僕がお前と一緒に風呂になんて入るはずがない!
だ、だって風呂は、は、はだ、裸になるものなんだぞ!」
「ま、まあ、そりゃそうだけど……」
最初は服着て入ろうとしてたけどな、お前。
いや、今思えばそれも自分の性別を隠すためか。
「もういい! とにかく、こいつで確かめれば済むことだ!」
言いながらサザーンが手にしたのは環魂の腕輪。
それも、元から自分が持っていたものではなく、俺から奪い取ったものだ。
「この腕輪がもう一つあるってことは、これは巻き戻し前の僕がつけていたものなんだろう?
どうしてこれをお前が持っていたかは分からないが、ここから記憶を読み取れば全部解決だ」
「ちょ、ちょっと待った!」
「……むぅ?」
突然の制止に、不審そうな態度を取るサザーン。
しかし、流石にあの記憶をサザーンに見せる訳にはいかない。
俺は適当な理由を考えながらサザーンを説得する。
「ほ、ほら、他人の記憶を見るとかならともかく、自分の記憶を見ると混乱しちゃうんじゃないか?
どっちが本当の記憶か分からなくなったりとか……」
「そんな心配は無用だし、別に全部の記憶を見るつもりはない。
記憶を蓄積するのは無作為でも、腕輪に溜まった記憶は整理したり、見る時に選んだり出来るからな」
つまり、例えば風呂に関する記憶を見たいと念じれば、ピンポイントでそこだけ見られるということか。
少しだけホッとする俺に、サザーンは非難するような目で俺を見た。
「と、いうかだな。腕輪の容量は邪神の封印の補助に使うから、普通は継承前に個人的な思い出は消去して他人には見せないんだ。
なのに、お前が勝手に碌な指定もせずに腕輪を使うから……」
「な、なるほど……」
本当であれば、サザーンは「邪神に関連する部分」などと条件を限定した上で俺に自分の記憶を見せるつもりだったのだろう。
それでもサザーンが見せたくないと思うような部分も見ることになったかもしれないが、俺が余計なところもほぼ全部見てしまうのは予想外だったに違いない。
そう考えるとちょっと悪いことをした気もしてくる。
「とにかく、僕を騙して風呂場に誘い込んだ奴の言うことなんて信用出来るもんか!
何があったかは、自分の記憶で確かめる!」
「いや、ちょっと待て! その言い方だと俺がまるでバカラの同類みたいに……」
しかし、今度は俺の言葉も効果はなかった。
サザーンはよどみない動きで無意味に腕輪を掲げ、叫んだ。
「円環に囚われし魂たちよ! 我が身に、失われし世界の魂の洗濯場の記憶を蘇らせたまえ!」
「素直に風呂って言えよ……」
魂の洗濯場ってかっこいいようでいて全然かっこよくないからな、とツッコむ暇もなく、
「うにゃっ!」
サザーンは雷にでも打たれたかのようにビクッと身体を震わせ、かと思うとそのままその場でがっくりとうなだれた。
その場、というか具体的には俺の上な訳だが。
おそるおそる声をかける。
「お、おい? 大丈夫、か?」
「大丈夫な訳ないだろ! あんな、あんな……」
顔をあげたサザーンは涙目だった。
その様子を見ると記憶の継承が成功したのは明らかだったが、俺は思わず尋ねていた。
「やっぱり、見た、のか?」
「見たよ! 一緒に風呂に入ったことだけじゃなくて、それとは別の日、レイラの奴が壁抜けして、僕が風呂に放り込まれた時のことまで、しっかりと!!」
やけくそ気味に叫ぶサザーン。
レイラの壁抜けってなんだっけ、としばし考えて、
「壁抜けで、風呂? ……ああ、あのおもら――」
「うにゃあああああ!!」
サザーンの必死の叫びに止められた。
どうやら風呂関連の記憶、ということでそんなことまで見てしまったらしい。
叫んでもなお恥ずかしさが収まらないのか、うぅぅ、僕は、なんてことを、うぅぅ、としきりに俺の上で身もだえしていた。
「ま、まあ、壁抜けの方はともかく、だ。そんなに後悔するなら俺が風呂に誘った時に断ればよかったじゃないか。
恥ずかしいって自覚があるならなおのこと、これからはもう少し自分の性別に自覚を持って、だなぁ……」
「う、うるさい! お風呂場で僕のむ……、僕を見た時、全然気づかなかった奴に言われたくない!」
ふてくされたような口調でそんなことを言い返してくる。
そういえば一緒に風呂に入った時、やけに腕組みをして胸を隠していたな、と今さらながらに思い出して、
「あ、ちょっと待った!」
そこで、大変なことを思い出した。
「あの時のスノパオン! あれはなんだったんだ?」
風呂場で見た時、サザーンの股間には立派な、いや、立派すぎるスノパオンが生えていた。
サザーンが女性だと分かった今、あれはおかしい。
というか、女の子じゃなくてもおかしい。
まさか、本当に呪いなのだろうか。
俺が不思議に思って尋ねてみると、サザーンは怪訝そうな声で尋ね返してきた。
「何だ? その辺は腕輪では見てないのか?」
「ああ。俺が知りたいと思ったのはお前の『過去』だったからかな。お前が島を出てからの記憶は見てない」
まあ限定したのは時期だけだったので、「神罰下す滅神神撃」とか、心に残っていた出来事は邪神に関係ないものでもはっきりと見えてしまったりしたのだが。
素直にそう告白すると、サザーンの目がさらに険しくなる。
俺はあわてて弁解した。
「ま、まあ、過去とは言っても心に残った出来事だけだから、うん!」
「それはそうだろうが、その……。あ、あの時以外にも、お、お風呂とか、それに、その、お、お手洗いに、行った、時、とかも」
サザーンは首筋までを赤く染め、何度もつっかえながらも俺にそう尋ねてきた。
なるほど、その懸念は分かる。
しかしそれは杞憂というものだ。
「それについては誓って大丈夫だ。さっきも言ったろ。俺が見たのは特に記憶に残るような特別なことだけだって。
風呂とかトイレは日常の範疇だから、特には思い出には残ら……あっ」
「おい! 今の『あっ』ってなんだ!! 一体何を思い出したぁ!」
「……い、いや、何でもない。俺の気のせいだったよ、うん」
「そんな訳あるかぁ! いいから言え! 言えよぅ!」
言われる前から半分泣いているようなサザーンの激しい追及に負け、俺はその必死な目から視線をそらした。
そして、
「……布団に水魔法」
「うみみゃぁ!!」
俺が答えを口にした瞬間、サザーンは世界を滅ぼしそうな叫び声をあげて俺につかみかかって……以下略。
俺に馬乗りになったまま、興奮して暴れまわるサザーンをなだめること数分。
ついうっかり「ま、まあ、子供なんだからおねしょくらい普通だって。別に、大きくなってからやっちゃったって訳じゃないんだ、か…ら……」と口にしてしまって、「わざとだろ! 絶対お前わざと言ってるだろ!」とサザーンが激しく荒ぶるという不幸な事故もあったが、黒歴史の件で少し耐性がついていたのか、最終的には何とか落ち着かせることが出来た。
「しっかし、あれって本当だったんだな」
そして、サザーンにとっては不幸中の幸い、と言うべきか。
これだけ騒いでいてもセーリエさんは全く気付かずに本を読み続けていた。
俺が色々と試していた時は、万が一くらいには平静を装って気付かない演技をしていた可能性がないとも言えなかったが、今回に限ってはそれはないだろう。
なぜなら、
――にへらっ。
――むぐぐ。
――きりっ!
――えっへへへ。
――うーん?
本の場面に合わせているのだろうか。
ページをめくるごとに、セーリエさんの表情がころころと変わっていたからだった。
「百面相みたいだな」
他人の狂態を見て頭が冷えたのか、ようやく落ち着いた様子のサザーンがそんなことをつぶやく。
随分な物言いだが、正直俺も同感だ。
というか、これはたぶんアレだろう。
本人には全く自覚がなくて、他人に指摘されてめっちゃ凹む奴だ。
「ま、まあ、とりあえずこっちの話だな」
セーリエさんが動揺して眼鏡をカタカタ震わせるところを見てみたい気もするが、集中してくれているのならそれでいい。
今はそんな司書さん個別イベントなんて見ているような余裕はないのだ。
「ふん。そうだな。それで、何の話をしてたんだったか」
僕にはもう怖いものなんてないぞ、とばかりにふんすっ、と胸をそびやかせてサザーンは尋ねる。
いつもの態度にもどった、というよりは、精一杯の虚勢、という感じではあるが、そりゃあまあ実際、黒歴史に続いて、おね……水魔法のことまで乗り越えたのなら、もう大抵のことには動じないだろう。
「前の世界での風呂での話だよ。記憶、見たんだろ?
結局あのスノパオンはなんだったんだ?」
出来るだけ早く俺の失言を忘れてくれるように、早口で尋ねる。
しかし、実際に不思議に思っているのも本当だ。
というかまず、あの大きさがちゃんと服に収まってること自体不可思議だ。
「あ、う、ど、どこを見てるんだよ!」
俺が無意識のうちにサザーンの足の付け根の辺りに視線を巡らせると、それを察知したサザーンが焦った声で抗議してくる。
そういう視線に慣れていないのか、必死に前かがみになって俺の視線を遮ろうとしているが、逆にサザーンの身体がさらに俺に密着するような形になり、俺は不覚にも少しドキッとしてしまった。
「あー、いや、だから、そうじゃなくて、スノパオン! だからあのスノパオンは何だったんだ?」
乱れそうになる思考を無理矢理軌道修正して、もう一度尋ねる。
いまだ俺の視線を警戒したように前かがみになったまま、仮面の少女は淡々と、あるいは淡々と聞こえるように話し始めた。
「大きいものを小さく見せるのは難しいが、小さいものを大きく見せることは簡単だ。
だから前の世界の僕は、その、む、胸の方は、どうにもならないから、下の方だけ魔法で何とかすることにしたみたいだ」
「魔法?」
言われて、俺も思い出す。
そういえば、風呂に入る直前、サザーンは必死で本を読みながら何やらぶつぶつ言っていたような……。
「ということは、つまり……」
「ああ。あのスノパオンは、幻術だ。メタモルフォゼスって魔物の姿に化ける魔法があっただろ。
それを部分的にかけて、スノパオンの頭を再現した」
「メタモルフォゼス……。そうか、幻術系の未実装魔法」
ロイクに化けた変身メガネなどが分かりやすいと思うが、猫耳猫のゲームではキャラクターの姿を変えても意味がないというか、姿を変えたことを認識するAIが作られていなかった。
ただ、街の人の話に出てきたりと設定だけは存在していたようなので、サザーンならそういう魔法を使えてもおかしくはない、かもしれない。
「お前が風呂に杖を持って来ちゃいけないって言うから、途中で効果が切れて大変だったんだぞ」
俺がそれで納得したとみたのか、サザーンはまるで締めくくるようにそう言ったが、それだけでは説明が足りない。
「待ってくれ。まだ肝心なことを聞いてないぞ」
「ん? 何がだ?」
「だから、その、どうして性別をごまかすのにスノパオンを見せたのかっていう……」
俺が少しためらいながらもそう言い終えると、サザーンはまるで、「何を訳の分からないこと言ってんだ、こいつ」と言いたげな目でこっちを見て、当然のようにこう答えた。
「――だって、男っていうのは股間にスノパオンを生やしてるんだろ?」
…………うん?
なん、だろう。
今、何かこう、想像を絶する、言うなれば天動説級の勘違いと遭遇してしまったような……。
「え、っと。冗談、言ってるんだよな?」
そりゃあ確かにサザーンは封印の巫女として育てられて人との接触があまりなかったようだし、ある意味で極限まで箱入りで育てられていたと言えなくもないだろうが、しばらくは一人旅だってしてたらしいし、この年になって、まさか、そんな……。
「冗談? 何が、冗談なんだ?」
だが、俺の淡い希望は続くサザーンの言葉に打ち砕かれた。
うん、まあ、なんというか、一緒に風呂に行った時からそりゃおかしいとは思ってたよ!
だって、ちょっと想像してほしい。
一緒に風呂に来た仲間の股間から比喩じゃなくスノパオンの頭が生えてて、それがパオーンとか言いながら鼻振り回している光景を。
いくら例えで「ゾウさん」とか言うことはあっても、ガチで股間にゾウが生えてるのが見えたらとりあえずその人を病院に連れていくか、自分が精神科にかかるかするだろう。
何でもありの猫耳猫世界だから自分の正気を疑いこそはしなかったが、本気で呪いの存在を考えたりもした。
しかし、まさか、まさかこんな勘違いがまかり通ってしまった結果だろうとは流石に想像すらしなかった。
「あー、その、サザーン? 比喩表現、って知ってるか?」
「比喩表現?」
「だから、男には実際にスノパオンが生えてる訳じゃなくて、だな……。
そういえばお前、一緒に風呂に入った時に見なかったのか?」
「見なかったかって、なに……あ、うぁ!」
言いかけた途中で気付いたらしく、サザーンはあっけなく狼狽した。
さらに俺に顔を近付けるようにして、興奮した様子で叫ぶ。
「み、見る訳ないだろ! 自分の方を隠すのでほかのことを考える余裕はなかったし、だ、第一、そんなの……は、はしたないじゃないか」
はしたない、なんて概念がこいつの中にあったのか、という驚愕はともかくとして、見てはいないらしい。
ほっとしたような、ややこしくなったような。
「とにかく、冷静になって考えてみろって。人間から魔物の頭が生えるとかおかしいだろ?」
頭に血が上っている様子のサザーンに、噛んで含めるようにそう理屈を説く。
だが、興奮したサザーンには逆効果だった。
「う、ウソだ! さっきから変なことばっかり言って、僕を騙そうとしてるんだろ!」
持って回ったような言い回しが、逆に不信感を持たせてしまったらしい。
俺は焦って弁解する。
「い、いや、本当だって。そもそも何の根拠があってそんな……」
「だ、だって本に書いてあったし!」
「……なんて?」
「そ、その、『ミッシェルお嬢さん。男って生き物はね。みんな、股間に魔物を飼ってるんですよ』とか、『ジョージのスノパオンはすでに雄々しく屹立していた』とか!
ちゃ、ちゃんと覚えてるんだからな!」
あいかわらずとんでもない誤解をしているが、それでピンと来るものがあった。
「そうか! 『屋根裏部屋のジョージ』!」
俺がその本の名前を口にすると、サザーンは驚きをあらわにする。
「し、知ってたのか?!」
「知ってたというか、さっき知ったというか」
腕輪の記憶を見る前、サザーンが「ジョージ」とか「ミッシェル」とか言っていたのはこの本のことだったのだろう。
この『屋根裏部屋のジョージ』は、タイトルのおっさんくせえセンスの掛け言葉からも分かる通り、サザーンが所有していたものの中で唯一エロシーンが描かれていた本だ。
内容は少女ミッシェルと屋根裏部屋の妖精(?)ジョージとの交流という訳の分からないもので、挿絵も何もない地味な装丁の本だったが、だからこそ巫女への教育に厳しかった父親の検閲を潜り抜けたのだろう。
「流石に細かい表現までは覚えてないけどな。
ほら、何度も読み返してたみたいだけど、あの本を読んでるのは夜が多かったし、場所も布団の中とか……」
「うにゃぁああああ!!」
そこまで口にしたところで、サザーンが叫びながら黒歴史の時と同じ、いや、それをわずかに上回るほどの勢いで両手を伸ばして俺の口をふさぎにきた。
つまり大して速くないってことだが、そこには何か鬼気迫るものがある。
「お、おい? 一体、どうし……」
「わすれっ、忘れろぉおお!」
必死に俺の口をふさごうと手を伸ばしてくるのを、こっちも何とかつかまえて阻止する。
別に口をふさいでも忘れはしないと思うのだが、もうそういう理性的な意見が通じそうな状態でもない。
「なぁ。そんなにあの本を読んでたのが恥ず……」
「うにゃぁああああ!!」
「おわっ!」
動揺のあまり猫化していた。
ミツキのお株を奪うほどの猫っぷりだ。
「ちょ、暴れ、へぶっ!」
口をふさぎに来た両手は俺が止めていたのだが、それでもとにかく俺を黙らせたいのか、今度は身体を押しつけるようにして俺の口をふさぎに来た。
自然と抱きついてくるような姿勢になっているのが分かっているのか。
普段は全く意識することはないのだが、顔に押しつけられるサザーンの胸が何だか少し柔らかい気がして、俺は焦った。
とにかく、この体勢は色々とまずい。
「わ、分かった! もう忘れた! 忘れたからおとなしくしてくれ!」
無理矢理ひきはがし、そう言って降伏宣言をする。
暴れていたサザーンの身体が、ピタリと止まった。
「ほ、本当、だな?」
窮鼠、なんて言葉があるが、これは窮猫だ。
手負いの猫のような警戒心のあふれる目つきで、サザーンは俺を見ていた。
「もう、あの本のことは言わないな?」
「言わない言わない」
俺はコクコクと何度もうなずいた。
すると、ちょっとだけサザーンの警戒心が緩んだのが分かる。
ただ、次の言葉はもっと答えにくかった。
「もう、スノパオンが生えてないとか言って僕を騙そうとしないな?」
「い、いや。だから騙そうとしてる訳じゃないんだって。本当に……」
「ウソをつくな! まだ元気だった頃の母様だって、男の人には女の人にはないものがあるって言ってたんだからな!」
「や、それは間違ってないんだが、スノパオンじゃないというか……」
何とか誤解を解こうとするが、羞恥心のキャパを越えて錯乱中のサザーンには通じない。
「そ、そうやって僕を言いくるめて変なことをするつもりだろ!
ジョージみたいに! ジョージみたいに!」
「何でそれ二回言った!? じゃなくて……ああ、もうめんどくさい!」
つかまえていた腕を引っ張って、サザーンの身体ごと回転させる。
「ひゃっ!?」
サザーンが小さな悲鳴をあげ、伸びた腕がテーブルを揺らして上から箱が落ちてくるが、気に留めない。
この程度の異変でセーリエさんが読書を中断するはずもない。
俺はそのまま体を入れ替え、今度は今までとは逆、俺が上になってサザーンを組み敷くような体勢になる。
「……ぇ?」
状況の変化についていけないのか、サザーンはしばらく呆けたように俺を見上げ、自分の身体が俺に完全に抑え込まれていると理解した途端、その瞳に怯えの色が浮かぶ。
そして、
「……ソー、マ?」
彼女が、不安そうに俺の名前を呼んだ。
普段の尊大さも、少年っぽさも抜けた、素のままの少女の声。
それを聞いた途端、背筋をぞわりと喜びに似た何かが駆け抜け、同時に俺は一つの案を思いついた。
この仮面の巫女に自分の間違いを認めさせる、とっておきのアイデアだ。
興奮に背中を押されるまま、口を開く。
「――なら、見せてやるよ」
最初から、考えることなんてなかった。
ここまで無駄に言葉を重ねる必要なんてなかった。
サザーンの認識なんて、所詮活字だけの本から得た貧弱なものだ。
間違った知識を持っているなら、それ以上の説得力で塗り替えればいいだけの話。
そして、それが出来るモノは、最初からここにある。
「箱入りの巫女様には刺激が強いかもしれないが、お前が悪いんだからな」
「な、に? 何、を……」
俺の口調に恐怖を感じたのか、サザーンが俺の下でもがく。
だが、もう遅い。
「――本当にスノパオンかどうか、自分の目で確かめてみればいいさ!」
俺は片手でサザーンを押さえつけたまま、自由になった手を伸ばした。
そして――
「どーお? 話聞けたー?」
能天気な言葉と共に部屋に入ってきたのは、真希だった。
おそらく真希が部屋を出ていってから三十分ほど。
気の短い真希にしてはよくもった方、と言えるだろうか。
「聞けたと言えば聞けたというか、まだ聞けなかったというか。
とりあえず今は小休止中、かな」
俺が答えたところで、ようやく真希も異変に気付いたようだった。
「あれ? そういえばサザーンちゃんは?」
「ん? ああ。サザーンなら、あっち」
内心の動揺を押し隠しながら、部屋の端を指し示す。
そこには、部屋の角に背中をくっつけるような姿勢で丸まって座っている仮面の魔術師の姿があった。
「何やってるの、あれ?」
「……さぁ」
強いて言うなら虚ろな目をしながら何かをぶつぶつとつぶやいているのだが、真希が言いたいのはそういうことではないだろう。
冷や汗をかきながらも、何気ない口調で言う。
「俺が近付くと怖がるから、ちょっと真希が声をかけてきてくれないか?」
「んー? なにそれ、変なのー」
不思議そうな真希だったが、一応俺の言いつけを守ってくれる気はあるらしい。
軽い足取りでサザーンの下へ向かう。
「どうだった、サザーンちゃ――」
「……パオンじゃ、ない」
「え?」
気さくに声をかけた真希だったが、ただならぬサザーンの様子にその声も止まる。
一方のサザーンは近付いてきた真希にも一切反応せず、
「――あれは、もっと、もっとまがまがしい。まるで、邪神。邪神の欠片が……」
ただぶつぶつと、そんな言葉をつぶやくだけ。
意味不明の供述を繰り返すサザーンに、さしもの真希もただ首をかしげるしかなかった。
「そーまー! サザーンちゃんに何したのー!」
流石に異常を感じ取ったのか、詰問口調で詰め寄ってくる。
「……え、っと。ただちょっと、見せただけなんだが」
罪悪感を覚えながらもはぐらかそうとするが、当然ながら真希には通じなかった。
「見せた? 見せたって、何を?」
「いや、それは……」
追及され、つい視線が泳ぐ。
それが、失策だった。
「あー!!」
その視線の行方を目ざとく突き止めた真希が大声をあげる。
真希が来る直前に急いで中にしまったはずなのだが、焦っていたのだろう。
よく見ると、隙間からはっきりと肌色が覗いていた。
「まさか、そーま!」
一瞬のうちに真希の顔に怒気が満ちて、俺は自分の失態に両目を手で覆った。
これはもう、全てをぶちまけないことには収まらないだろう。
なぜなら、真希の視線が向かった先には、サザーンを怯えさせた元凶が――
「サザーンちゃんにそんなの見せるなんて、へんたいー!!」
――「おくらいり」と手書きされた箱と、そこから覗く肌色満載の有害図書があったのだから。
精神崩壊!!(エロ本で)
ここまで邪神(本物)の話題一切なし!!
次回更新は明日(六日後)




