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第百九十九章 霧の街へ

ま、間に合わなかったか……

 進む方向は見えた。

 すぐに向かいたいところだが、準備しないといけないことがいくつかある。


 魔術師ギルドのギルドイベントは、途中で無理矢理に中断されたような形になっている。

 ゲームイベントの強制力というのは強い。

 俺が魔道の塔の魔法陣に行って、ネクラノミコンを使えばほかの条件が整っていなくても儀式は行えると思う。

 しかし、成功率を上げるためには出来る限り条件を整えておきたいところだ。


 儀式に必要なものは三つ。

 ミスリル、ネクラノミコン、そして魔法陣だ。


「確か、イアスキーが儀式用に集めたミスリルは破壊してしまったはずです。

 それはどうするつもりなのですか?」


 普通に考えれば、今から大量のミスリルを集めるなんて不可能だ。

 ゲーム時代なら、それは確かにそうだっただろう。

 しかし……。


「それについては、考えていることがある。

 ちょっと、ここの施設を借りてもいいか?」


 この世界は、猫耳猫よりもさらに自由度の高い何でもありな世界。

 そして、そういう時にこそ輝くのが猫耳猫プレイヤーなのだ。




「……呆れました。貴方は何でもやってのけてしまうのですね」

「何でも、は言いすぎだけどな」


 しかし、今回については俺の思惑がうまく行ったのは確かだった。


「むー。わたしの感覚からすると、その彫刻刀からミスリルの塊ができるのはちょーっと納得いかないんだけど」


 得心が行かない、とばかり唇を尖らせる真希の言葉の通り、俺が今回使ったのは彫刻刀だ。

 屋敷の探索で見つけたこの彫刻刀には、同じ材質の素材が生み出せる『セット』というスキルが備わっている。


 とはいえ、ゲームにはもともとミスリル製の彫刻刀なんてなかったから、このスキルでミスリルを生み出すことは出来なかった。

 ただ、この世界では武器分類のアイテムは何でも武器合成機で合成出来る。


 ならばあとは簡単。

 魔術師ギルドの事件で一本だけもらっておいたミスリルの剣とこの彫刻刀を混ぜればいいだけの話だ。

 呼び出す素材が高価なせいか、セットのスキルでミスリルを生み出すのはお金がかかったが、今の俺には大した負担ではない。


「次は、ネクラノミコンだな。……レイラ」


 俺がネクラノミコンを持っているレイラに視線を向けると、彼女は硬い顔で首を振った。


「わ、私は、ソーマと一緒に行きたい!」


 震える声で、しかし強くレイラは主張した。

 気持ちは、嬉しい。

 だが、駄目だ。


「悪いけど、レイラは連れていけない。

 最悪の場合、邪神の欠片と戦うか、逃げるかしなくちゃいけない。

 だから今回は、俺とミツキの二人だけで行く」

「そ、そんな!」


 俺の宣告に、レイラが悲痛な声をあげる。


「本当は、一人で行きたいんだ。

 だけど、俺は塔の隠し扉の開け方を知らない」


 それを知っているのは、この中ではリンゴと一緒に俺の救出に向かったミツキだけ。

 そして、俺が誰か一人を連れていくとしたら、能力的、実力的にミツキ以外はありえないだろう。


 合理的な判断だと思う。

 だが、俺の言葉に納得出来なかったのはレイラだけではなかった。


「そーま、わたしも……!」

「駄目だ!」


 レイラに続くように真希が名乗りをあげるが、俺はその申し出を即座に突っぱねた。


「何で?! わたしだってミツキさんほどじゃないけど強いよ!

 足手まといになんてならないし、絶対に……」

「それでも、だ。……頼むよ、真希。

 俺は、お前だけは失う訳にはいかないんだ」

「ずるい、よ。そんな、理由……」


 俺が頭を下げると真希は悔しげに唇を噛んで、そっぽを向いた。


「……レイラ。真希を頼む」

「ソーマ……。うん」


 複雑な心境なのだろう。

 浮かない顔ながら、それでもレイラは、うなずいてくれた。


「……それから」


 俺は真希がこっちを見ていないのを確認してから、そっとレイラにメモ用紙を握らせる。


「元の世界にもどる方法を書いた紙だ。

 もし、俺がここにもどってこなかったら、真希に渡してくれ」

「ソーマ!」


 酷なことを頼んでいるのは自覚している。

 だが、万一のことを考えると、どうしても必要なことだ。


「……頼む」


 俺がもう一度言うと、レイラは涙の浮かんだ目で俺を見上げると、


「預かる、だけだから」


 渋々とではあるが、その紙を受け取ってくれた。

 そして代わりに、ネクラノミコンを俺に押しつける。


「ソーマ。絶対に、生きて私のところまでもどってきて。

 ……ううん。もどってこなくてもいい。絶対に、死なないで」

「もどってこれるように、全力を、尽くすよ……」


 かろうじてそれだけを言って、ネクラノミコンを受け取る。


 こんなレイラを俺は裏切り、本当に彼女の言葉通りに逃げようとしていたことを思い、チクリと胸が痛む。

 まったく、俺の仲間たちはみんな、俺に甘すぎる。


「じゃあ……」


 とにかく、これで準備は整ったはずだ。

 俺がミツキに目配せをして出発をしようとした時、



「――僕も、行く」



 俺を引き留めたのは意外な人物だった。


「サザーン? だけどお前は……」


 はっきり言って、サザーンはレイラ以上に弱い。

 それに、邪神の欠片のコアは属性無効の特性を持っていたはずだ。

 邪神との対決において、サザーンを連れていく理由はない。


「僕には魔法陣の知識がある。お前たちだけで魔法陣を作り変えられるのか?」

「それは……」


 リヒト王が修復してしまったせいで、魔法陣の魔力は今、大聖堂に集まるようになっているはずだ。

 だから街に侵入した後、魔術師ギルドのイベントと同じように屋根のミスリルを整え直す必要がある。

 家を壊すイベントと同じ場所のミスリルを外せばいいはずだが、確かに魔法陣の配置に詳しいサザーンに指示を出してもらうというのは魅力的ではある。


「だけど、死ぬかもしれないんだぞ? お前には行く理由が……」

「さっき、ミツキに聞いた。探索者の指輪には、アレックズたちの反応もないそうだ」


 俺が目で尋ねると、ミツキは小さくうなずいた。


「あいつらが魔道の塔にいるのか、それとも、そうではない、のかは分からない。

 だけど、パーティを抜けたとはいえ、あいつらは、僕の……仲間だ。

 僕に出来ることは、全部やっておきたいんだ」

「サザーン……」


 その気持ちは、尊いと思う。

 普段の言動はアレだが、いざという時は仲間思いのこいつの意志を尊重したい気持ちもある。

 俺が迷っていると、


「分かりました」


 俺の隣から、ミツキが了承の返答をした。


「ミツキ!?」

「魔法陣の調整役は必要です。私が背負っていけば、機動力も然程変わらないでしょう。

 その代わり、連れていくのが困難な状況になれば切り捨てます。

 貴方に、その覚悟がありますか?」

「……ある! 僕も、連れていってくれ!」


 ミツキとサザーンの目が、俺に向く。

 二人にここまで言われたら断ることも出来ない。


「……分かった。二人とも、よろしく頼む」

「はい」

「ああ!」


 こうして、突入するメンバーは決まった。


 俺と、ミツキと、サザーン。

 何とも統一性のないメンツであるが、もう信じて進むしかない。


「あ、あの。これ、持っていってください。ご無事で!」


 最後に、道場のドジっ子女中さんからみたらし団子を、


「あ、あの、よく分からないけど頑張ってくださいね!」


 ドジっ子メイドさんからは要領を得ない声援を受け取って、俺たちは道場を出発した。




 状況が不明確な以上、あまりのんびりはしていられない。

 真希やレイラたちと別れ、俺たちは街の入口まで早足で進む。


「……なぁ。本当に、この中に生きてる奴なんているのかな」


 霧の街へと足を踏み入れる直前、サザーンがそんな弱音を漏らした。

 確かに、リンゴが俺たちにマジカルポケットで連絡を取ろうとしたのは一時間以上前。

 まだリンゴたちが無事である保証はどこにもない。


 とっさに何も言えなかった俺に対し、サザーンに言葉を返したのは、またしてもミツキだった。


「……楽観論ではありますが。

 アレックズやライデン、バカラたちは見た目こそあれですが優秀な冒険者です。

 他にもリヒテルには聖騎士と呼ばれたスパークホークや、王都で唯一私に伍する実力を持つシルヴィア、一足先に中に入った私の父も、います。

 彼らがただでやられたとは思えません。きっと、魔道の塔には相当数の人間が避難しているはずです」

「そう、だよな」


 サザーンの声に、ほっとしたような響きがこもる。

 俺も少しだけ、ミツキの言葉に救われた気がした。


「……行くぞ」


 今はただ、信じて進むしかない。

 これだけは譲る訳にはいかないと、俺は真っ先に霧の街に足を踏み出した。


「――ッ!」


 境界を超える、名状しがたい感覚。

 俺はあともどり出来ない場所に踏み込んだことに気付くが、後悔はない。


 さっと辺りを見回すが、視界内に邪神の欠片の姿はない。

 霧がどうなっているかも心配していたのだが、あくまで霧が立ち込めているのはフィールドの境目だけで、中に入ってしまえば視界には影響はないらしい。

 ひとまず、息をつく。


「……誰もいない、な」


 落ち着いて周りを観察して感じたのは、やはり活気のなさだ。


 思ったよりも街は壊れていない。

 よく見ると家のあちこちに直径一メートルほどの穴が開いているくらい。

 魔法陣の役割をする屋根が無事なのは嬉しいが、その穴がどうして開いたのかと考えると胸を撫で下ろすような気分にはとてもなれなかった。


「行きましょう」


 いつの間にか後ろにいたミツキが、静かにそう促す。


 ……そうだ。

 ここはもう敵地。

 余計なおしゃべりをしている時間はない。


 俺は無言でうなずくと最初の目的地に向かって走り始めた。





 俺たちは全速力で街を移動し、特に何事もなく一つ目のミスリルの屋根を引っぺがした。

 そこまでは規定通り。


 必要な場所を回りやすいように、目的地に近い門から入ったのだ。

 相当に運が悪くない限り欠片に遭遇することはないだろうと踏んでいた。


「あそこか!」


 二つ目のポイントにも無事につく。

 どうせ無人の街だ。

 ミスリルを無理矢理はがすだけなら、俺の馬鹿力を使えばいい。


「と、りゃあああ!!」


 気合の声と共に貼りつけられたミスリルを引っぺがす。


「サザーン! どうだ?!」

「……位置は、問題ない! それに見たところ、思ったよりも魔法陣への影響は少ない。

 見ていない場所は分からないが、たぶんこれで行ける!」


 専門家からのお墨付きも出た。

 街を全部回った訳じゃないからもしかすると俺たちの気付かなかった破損があるかもしれないが、イベントの強制力というのは強い。

 多少の不備は補ってくれるものと信じよう。


 あとはどうにか、このまま魔道の塔まで走り抜けられれば……。


「……来ました」


 俺がそんな甘い見通しを立てた時、サザーンを背負っていたミツキが硬い声で言った。

 反射的に声のした方を振り返る。


 ……そして、見てしまったことを後悔した。


「おいおい。ちょっと、聞いてないぞ」


 建物の陰からのっそりと出てきたのは、ゲームの隠しダンジョンで、生贄の祭壇で、あるいは石板の映像記録で見たのと同じ、邪神の姿。

 ただ、それらと決定的に違う点が、一つだけ。



「映像記録の邪神の本体より大きいって、一体どういうことだよ……」 



 そいつは俺が見たどの欠片とも比べ物にならないほど、巨大に成長していた。






この先、飛び道具に注意しろ そして この先、仲間があるぞ


次回更新は明日……か、今日の予定

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
そういえば図書館の屋根って…
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