第百九十章 忘却と孤独と
四巻外伝(真希一人称90ページ)という最大の苦行は終わりを告げた!
四巻SSもwiki小ネタも完成した!
書き溜めも(ちょっとだけ)増えた!
も う 何 も 恐 く な い ! !
夕食が終わって、自室にもどった俺は、あおむけにベッドに倒れ込んだ。
「……まさか、この世界でこんなのんびりと過ごす日が来るなんてなぁ」
猫耳猫の世界に入り込んでから、本当に色々なことがあった。
とにかく息もつけない危機の連続で、いつだって俺はそれを解決するために奔走していたような気がする。
しかし、魔王を倒し、魔術師ギルドの企みを潰した今、俺が急いで解決しなくてはいけない危機はない。
今日だってモンスターと戦いはしたものの、あくまでも格下相手のレベル上げ。
油断するのはよくないとは思うが、はっきり言って俺に命の危険は全くなかった。
平穏を望んでいたはずなのに、いざそうなってみるとどこか物足りないような気もしてくる。
だが、そうは言っても……。
「こういうのも、悪くないよな」
何もない日々が、退屈な訳ではない。
これまでの戦いの日々で出来た仲間たちがいれば、どんなことだって賑やかなイベントに変わってしまう。
自分にはもったいないくらいの仲間だと、素直にそう思う。
「強いて言うなら、あいつらにはもうちょっと普通の感覚というか、常識をわきまえてほしいところだけどな」
色んな意味で常識外れな仲間たちの顔を思い浮かべて、思わず苦笑した時だった。
――コン、コン。
部屋のドアをノックする、硬い音が響く。
どうやら俺の一日は、まだ終わらないようだった。
「さ、サザーンだ。入ってもいいか?」
ドアの向こうから聞こえた決壊師……じゃなかった魔術師の声に、俺はびくっと肩を震わせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
急いで扉まで駆け寄ると、ちょっとだけためらってからノブを回し、ドアを小さく開く。
「よ、よう。サザーンじゃないか」
「……だから、そう言っただろ」
俺の言葉に不機嫌そうにそっぽを向くサザーンだが、やはりその仕種は精彩を欠いているように見えた。
部屋に閉じこもっているのはやめたようだが、いまだにダム決壊事件のショックが尾を引いているようだ。
「それで、こんな時間に何の用だ?」
俺がパチパチとまばたきをしながら問いかけると、サザーンはむっとした様子で口を開いた。
「な、何の用、だと! そんなの、昨日の続きに決まってるだろ!」
威勢よく言ってから、今度は何かを思い出したようにハッとすると、下半身をかばうように両手を下ろした。
「ち、違うぞ! へ、変な想像をするなよ!
昨日の続きと言ってもその、あ、アレのことじゃないからな」
「分かってるよ!」
何を言ってるんだ、こいつは。
というか続きってなんだ。
「も、もうあんな失敗は二度としない。
そのために、僕なりに色々と準備してきたんだ」
「そ、そうなのか」
なんと言って返していいか分からない。
適当に相槌を打つと、サザーンは何だか恥ずかしそうに説明をし始めた。
「ああ。あまり水分は取りすぎないようにしたし、ここに来るまでにちゃんと、と、トイレにも行ってきた。
あ、あと……。今度は洗いやすそうな服を選んだし……」
「失敗前提じゃねえか!」
「ね、念のためだ! 念のため!」
仮面で見えないが、たぶん真っ赤になってそう言うと、サザーンはごまかすように部屋を覗き込もうとした。
「と、とにかく中に入れてくれ。
こんなところで話しているのを誰かに見つかっても面倒だしな」
「え、い、いや、今は俺の部屋散らかってるし、座るところも……」
「そんなのベッドでいいだろ。
どうせすぐに始めるんだし、むしろその方が楽で……」
「お、おまっ!」
思わず声をあげる。
サザーンは何か変なことを言ったか、という感じに首をかしげるが、言い回しってものがある。
聞いてる方が「アッー!」となるような言葉の使い方はやめてくれと言いたい。
だが、サザーンの方が違う風に勘違いしたらしい。
すぐにハッとすると、ムキになって口を開いた。
「ま、まさか僕がベッドを汚すと思ってるから嫌がってるのか?!
アレは僕が悪いんじゃないぞ!
だ、誰だって、あんな風にいきなり後ろから貫かれたら……」
「ばっ、だからお前は――」
俺はあわててサザーンの口をふさごうとしたが、遅かった。
「なぁっ!?」
ドアの陰からにゅっと伸びた細い手が、俺の肩をがっちりとつかむ。
そして……。
「ねー、そーま。昨日そーまたちが二人で何してたのか、わたしたちに教えてくれるよね?」
天井から、鞄の中から、ベッドの下から、部屋の隅から。
俺たちの様子をこっそりうかがっていた仲間たちが、俺たち二人を取り囲んだのだった。
「……つまり、二人はやましい関係じゃないってこと?」
ドアの陰に隠れていた真希の言葉に、俺は力強くうなずいた。
「当たり前だろ! 俺にそんな趣味はない!」
その言葉に、
「…ん。わたしは、信じてた」
部屋の隅にはまりこんでいたリンゴが、うんうんとうなずく。
その割には冷たい目つきでこっちを見ていたような気もするのだが、追及はしないでおこう。
「本当に、お二人はその石板の映像を見ていただけなのですね?
その時にレイラさんが急に現れて、サザーンさんが飲み物をこぼしてしまった、と」
まだ納得が行かないのか、さっきまで天井に張りついていたミツキが俺に念押しをする。
「そ、そうだよ! な、なぁ、レイラ」
俺が視線を向けると、ベッドの下に入り込んでいたレイラも控えめにうなずいた。
「う、うん。……そんな感じ、かな?」
どこか歯切れの悪い口調でレイラが答える。
それを見て、つい数分前まで鞄の中に隠れていたくまが、ニタァと笑った。
……夕食の直後、休んでいた俺の部屋をノックしたのは、真希たちだった。
何でもレイラからサザーンと俺の関係が怪しいと聞きつけ、その場にいたリンゴたちも巻き込んで、俺を詰問しに来たらしい。
あと途中からくまがお茶を持ってやってきて、俺たちに合流した。
なんかよく分からんが、気が利きすぎて怖いぬいぐるみである。
もちろんいくら問い詰められてもやましいことなど何もないのだが、流石にサザーンダム決壊事件については本人の名誉のために黙っているしかなかった。
だが、そこを抜きで説明をしようとすると、どうしても話に齟齬が出る。
どうしようかとレイラと二人で困り果てているところに、ちょうどサザーンがやってきてしまった、という訳だった。
こうなっては仕方がないので、みんなには大体全部を正直に話した。
それでもダム決壊だけは飲み物をこぼしたことにしてごまかしたが、もしかすると勘のいいミツキ辺りはことの真相に気付いているかもしれない。
とはいえ、それで一応俺のホモ疑惑は晴れ、俺は自由の身に……となると思ったのだが。
「ずるい! わたしもそーまといっしょにそれ見る!」
今度は真希が石板を指さして、そんなワガママを言い出した。
「い、いや、お前、これの第一話見た時に嫌がってたじゃないか」
「そ、それはそーだけど。……でも、そーまと一緒だったら平気だからいいの!」
「何だよ、そりゃ」
まるで根拠が分からない。
ただ、真希が一度言い出したらなかなか引かないのは俺が一番よく知っている。
俺は真希を刺激しないように、穏便に説得を試みる。
「ま、まあ待てって、真希。お前、確か最近忙しいんじゃなかったか?
これは一日に一回しか使えないんだし、もうちょっと時間が出来た時にでも……」
真希は魔術師ギルドの件の後始末に追われて忙しいとか言っていたはずだ。
それを盾に、何とか翻意を促す。
「んー。それはまあ、色々と大変だったけど……」
少しだけ、真希の勢いが緩む。
その隙にねじ込むように、俺は言葉を重ねた。
「そうか、やっぱりな。そういえば真希も騎士団と一緒に魔術師ギルドに行ったりしたんだろ?」
「あ、うん。あれはほんとーにめんどくさくてねー」
俺が水を向けると、のりやすい真希は案の定魔術師ギルドの話を始めてくれた。
真希の話によると、魔術師ギルド長ケイモナ・イアスキーが起こした事件は、その周囲にも大きな波紋を残したらしい。
まず、イアスキーの儀式に加担しようとした魔術師ギルドの幹部は全員拘束され、魔術師ギルドは無期限の活動停止。
魔術師ギルドの本部や魔道の塔に騎士団が調査に踏み込んだりもしたらしいのだが、結果は思わしくなかったらしい。
「だって、あそこの魔法陣、わけ分かんないんだもん」
「あー」
あそこは転移魔法陣で部屋を移動するようになっているのだが、その移動先が転移の回数や時刻、さらには月齢などの条件によってコロコロ変わる。
俺もwikiを見ながらじゃないとまともに探索出来なかったし、初見の騎士たちにはそりゃあ荷が重いだろう。
「変な道具ばっかり置いてあって、触るといきなり爆発したりするしさ!
それに、仕掛けも全部性格悪いし!
夜になると玄関のとこにあった骸骨の目が光って、すっごく怖かったんだよ!」
真希が興奮した様子でまくしたてる。
ただ、俺の知る限り、魔術師ギルドに髑髏が光るような仕掛けはなかったはずだ。
それが本当に幽霊的な何かの仕業でなければ、魔術師ギルドの人間が置き土産として髑髏に何かを仕掛けていたのかもしれない。
「ふーん。せこいイタズラする奴もいるもんだな」
俺が憤慨してそう言うと、
「いえ、それは……」
ミツキが何かを言いかけたが、俺と目が合うと、「……何でもありません」と言ってため息をついた。
こっちはこっちでよく分からない反応だ。
「それに、大変だったのは大聖堂の方もだったしねー」
「あー。あの街の魔法陣か」
大聖堂には街中に張り巡らせた魔法陣の力で街の人々から少しずつ魔力を集めて光の柱を作るという仕掛けがあり、今回の事件ではそれを魔術師ギルドに利用された。
王の命令ですぐに街の屋根は修復され、大聖堂には元のように立派な光の柱が立つようになったらしいが、それで全て元通りという訳にはいかない。
もう大聖堂の光の柱がどういう仕掛けで動いているのか分かってしまったのだ。
かつては奇跡の光と言われていたその光の柱だが、少量とはいえ自分の魔力が勝手に使われていると知って嬉しい人間はそうはいない。
大聖堂には街の人たちからの抗議が殺到したらしい。
また、抗議のために大聖堂に詰めかけた人間の中に体調不良を訴える人間が出てきたことで、王様は大聖堂の一時閉鎖を決定したそうだ。
いくら街の魔法陣がMPを吸い取ると言ってもごく少量なので、それだけで体調を崩すことはないと思うのだが、プラシーボ効果というのもある。
とばっちりだとは思うが、今まで「奇跡の光」でおいしい思いをしてきたのは大聖堂だ。
これは自業自得と言うべきだろう。
「でも、そんなに大騒ぎになってるんならまだ忙しいんじゃないか?」
「んー。そうなんだけどねー。でも、お父さんはなんかわたしには城にいてほしくなさそうというか、何だかそーまの傍にいてほしいっぽいんだよねー」
「は? 俺の傍に? 何でだ?」
そこで突然話が俺のところに飛んで、俺は驚いて聞き返した。
だが、真希もその理由はよく分かっていないようだ。
「さぁ? でも、何か大事な話があるから、今度そーまと二人きりで会って話したいって言ってたよ」
「王様と二人きりで?」
なんだそれ。
凄く気まずそう。
「しかし、俺に大事な話、か……」
少なくともゲームではそんなイベントはなかったはずだ。
まさか、ゲームでは発生しなかった重大な事件が起きようとしているのだろうか。
それにしても、真希を俺の傍にいさせようとしている、というところが非常に不可解だ。
王様の言う大事な話と、真希への不自然な態度。
この二つがどう絡んでいるのか、想像もつかない。
「あ、それとは別に、彼らを一度家に招待したらどうだ、とも言ってたよ」
「家っていうか……城だよな?」
「うん。城だねー」
あっさりとうなずく真希。
「なんかさー。リンゴちゃんのことが気になってるみたいで」
「…わたし?」
リンゴが小首をかしげる。
だが、俺には王様がリンゴを気にかける理由が分かるような気がした。
真希が短冊に願い事をしなければ、今でもリンゴが王女、つまり王の娘だったはずだ。
その記憶は残っていないはずだが、本来娘であったはずのリンゴに、何かを感じたのかもしれない。
「やっぱり、色々とあるもんだなぁ」
という感じで、うまい具合に話を逸らせていたのだが……。
「って、危うくごまかされるところだったよ!
それより、早く石板! わたしと一緒に第二話を見よう!」
流石にこれでごまかし切れはしなかったようだ。
真希が話を蒸し返し、今すぐ見ようとばかりに俺の腕を取る。
そこでいきり立ったのはサザーンだ。
「ふ、ふざけるな! ソーマは僕と第三話を見るんだぞ!
ちゃ、ちゃんと約束もしたんだからな!」
言いながら、俺の反対側の腕を取る。
指先程度でも触れていれば石板の映像を見るのには支障ないと思うのだが、どうして真希といいサザーンといい、俺の腕をこうもがっちりとホールドしようとするのだろうか。
「お前らな……」
「ふ、二人とも、やめて」
俺が注意をしようと口を開きかけた時、意外にもレイラが二人をいさめた。
驚く真希とサザーンから、俺を引きはがすと、
「そ、ソーマとくっつくのは、私だから!」
訳の分からないことを叫びながら、奪い取った俺の腕にぎゅっとしがみついた。
「そ、そーまの腕は昔からわたしの指定席だったの!」
「返せ! それは僕の物だぞ!」
「いや、俺のだろ」
というツッコミも空しく、三人は俺の周りでぎゃーぎゃーと騒ぎ始めてしまう。
「……邪神大戦の映像記録ですか。それは、私も少し興味ありますね」
「ミツキ!?」
さらにはこういう時にはいつもなだめ役に回ってくれるはずのミツキも、目を爛々と輝かせ、耳をバタバタさせて興味を示している。
ニタァと笑っているくま……はスルーして、最後の希望のリンゴに目をやるが、リンゴまで無表情ながらどこか羨ましそうにも見える。
邪神大戦の石板は、思いのほかみんなに人気があるようだった。
「あーもう、分かったよ!」
このままじゃ埒が明かない。
俺は問答無用でミツキとリンゴの腕をつかむと、強引にこちらに引っ張り込んだ。
「あ、あの……?」
俺とぴったり密着したミツキが、めずらしく戸惑った様子で猫耳をぴくぴくとさせながら俺を見る。
そのまなざしに応えるように、俺は鞄から石板を取り出した。
「こうなったらみんなで一緒に見よう! ただし、第一話からな!」
どうせ誰と見ることになっても不満は出る。
だったら、全員が一緒に見ることにするのが一番いいだろう。
俺がはっきりと言い切ると、
「え、ええ。それは実に、名案、だと思います。……うん」
俺の腕の中で、ミツキが猫耳をこくこくとうなずかせて賛同してくれた。
争っていた三人からも特に異論は出ず、俺の言葉を聞いた途端、真希は俺の右腕、サザーンは俺の左腕、レイラは俺の背中にぴったりとくっついた。
くまも俺の頭の上に乗って、準備万端のようだ。
だが、一人だけ。
「…いい、の?」
リンゴだけが、ためらうように俺を見上げた。
「いいって、何がだ?」
「ソーマは、みんないっしょに、って、でも……」
綺麗な青い瞳が、不安に揺れる。
自分がここにいてもいいのか問いかけるような、そんな瞳。
リンゴは最近、こんな寂しげな、心細そうな目で俺を見ることが多くなった気がする。
けれど俺には、リンゴを不安にさせているのが何なのか、よく分からない。
それでも……。
「リンゴは、嫌なのか?」
俺が尋ねると、リンゴはきゅっと俺の服をつかんだ。
「…わたしは、ソーマといっしょで、うれしい、けど」
「だったら気にしなくていい。大丈夫だ」
俺のその言葉が、本当にリンゴの心に届いたかは分からなかった。
けれど……。
「…ん。わかっ、た」
リンゴは俺の言葉に小さく、でもはっきりとうなずいてくれた。
今は、それだけで十分だ。
「じゃあ、始めるぞ」
そうして俺は、手を伸ばし、石板の文字に触れた。
……それが悲劇のスタートボタンだと、気付きもしないで。
翌朝。
朝食のために食堂に集まった俺たちの話題の中心は、自然と昨日の邪神大戦の記録映像の話になった。
どうやら歴史上の偉人の軌跡を追体験するのは、やはりこの世界に元から住んでいる人間にとってはかなりインパクトのある出来事だったらしい。
あの無表情なミツキでさえ、耳をピコピコとさせながら興奮した様子で昨日見た映像のことを話していた。
普段から仲のいいみんなだが、やはり共通の体験があると会話の弾み具合が違う。
いつもの五割増しで賑やかな食堂で、俺もたまに会話に加わりながら、平和な朝の一時を噛みしめる。
と、そんな時……。
「何だかすごく盛り上がってますね。みなさん何の話をしてるんですか?」
背後から声がかかった。
俺は笑顔で振り向いて……。
「ああ、イーナか。もちろん、昨夜の……」
そこまで言いかけて、固まった。
……昨、夜?
そういえば、昨夜、イーナと話した記憶が……。
「あっ、昨日は特訓に付き合ってくださってありがとうございました!
最近は色々あって夜なかなか眠れなかったんですけど、おかげ様で昨日はご飯食べたらもうぐっすりで……えへへ。
……あ、あれ? ソーマ、さん?」
明るい笑顔でお礼の言葉を口にするイーナに、俺は、いや、俺たちは何も言えなかった。
――その日の晩。
俺たちがふたたび邪神大戦の第一話を見ることになったのは、もはや言うまでもない。
本気でイーナのこと忘れてた人、怒らないから手をあげて!
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あと全く関係ないついでに言っておくと、今日の夜にナイトメアも更新予定です。




