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第百五十三章 結界の抜け方

 小説の中の名探偵のようにビシッとかっこよく決めたつもりだったが、俺が駄メイドに向かって突きつけた指は、


「…ソーマ。ひとをゆびさしちゃ、ダメ」


 最近常識を身につけ始めたリンゴの手によって、強制的に下ろされた。


 ……うん。

 ちょっと勢いを削がれた感があるが、とりあえず当面相手にしなくてはいけないのは、駄メイドじゃない。


「……で、あんたはいつまでそこに立ってるつもりだ?」

「い、いや、わ、わたしは……」


 俺が剣を抜いて突きつけたのは、駄メイドの後ろに立つ太った男。

 確かカルマとかいう名前の商人キャラクターだ。

 笑い方があまりにもひどいので大悪人のように勘違いされがちだが、実際には特によくも悪くもない、普通の悪徳商人である。


「げっげ。さ、さいなら~!!」


 カルマはここにこれ以上留まっても益がないと判断したのか、ためらいなく俺たちに背を向けると一目散に逃げていった。


「あの野郎!!」


 激昂したファイが後を追おうとしたが、押し留める。


「放っておけばいい。それよりも……」


 俺が視線を向けると、駄メイドはビクッとして身体を震わせた。

 だが、指輪を抱えるように持ったまま、逃げようとはしなかった。


「詳しい話より先に、まず、『不死の誓い』を返してもらおうか」


 大丈夫だとは思うが、ここで駄メイドに妙な気を起こされても困る。

 俺は観念したように指輪を差し出す駄メイドの手から指輪を受け取ろうとして、



「――それは、私がお渡ししましょう」



 直前で、横から伸びてきたエルムさんの手に指輪をかっさらわれた。

 エルムさんは俺をじろりとひとにらみすると、受け取った指輪をシズンさんに恭しく渡した。

 ……いや、俺、いくらなんでも疑われすぎだろ。


「これは……やはり本物の『不死の誓い』。

 マジカルポケットの中に入っていた物と、寸分違いがない」


 シズンさんが指輪を確かめてそう口にすると、駄メイドが「えっ?」という顔をした。


「わ、わたしがマジカルポケットを使った時、中を見てたんですか?!」


 驚いてそんなことを口走るが、確かにそう勘違いしても仕方がない。


「……そうか。やっぱりお前は知らなかったんだな。

 マジカルポケットの欠陥を」

「け、欠陥って、何ですか!?」


 狼狽する駄メイドに、俺は残酷な事実を告げた。


「この魔法のポケットは、貴重品を入れるのにもっとも適さない場所なんだよ」




 ――『マジカルポケット』。


 次元に裂け目を入れ、アイテム収納可能な異次元を呼び出す風属性魔法。

 発見された当初は容量に限界のある冒険者鞄を補助する効果が期待され、注目されたのだが、この魔法には特大の地雷が仕掛けられていた。

 このマジカルポケットの中にアイテムを入れると、中に入れたはずのアイテムが時間経過と共に少しずつなくなっていくのである。


 しばらく、この現象は原因不明のバグとして理解されていた。

 ただある時、偶然にNPCがマジカルポケットを使っているところを目撃したプレイヤーが、とんでもない事実を発見してしまった。

 自分がマジカルポケットに入れたばかりのアイテムを、そのNPCが取り出していたのだ。

 その後、彼があわててもう一度マジカルポケットを唱えてみると、中に入れたはずのアイテムはなくなっていた。


 つまりどういうことかと言うと、この魔法用のアイテムストレージは一種類しか用意されておらず、誰がマジカルポケットを使っても同じ収納空間に通じてしまう、というカラクリである。

 イメージとしては、魔法を通じて利用者全員が一つのアイテムボックスを使っている、と考えると近いだろうか。

 こんな仕様なら、入れたアイテムがどんどんなくなっていくのも納得である。


 もちろん理論上、NPCが入れたアイテムをプレイヤーが横取りすることも出来るはずだが、イベント以外でNPCがマジカルポケットの中にアイテムを入れることは皆無。

 仮にそんなことがあったとしても、その物品にはNPC所持属性がついているはずなので、持っていても盗品扱いされるのが関の山だろう。

 幸いNPCのマジカルポケット利用率は低いので、入れた物がなくなることもそうそうないが、わざわざ他人に奪われる危険を冒す必要もない。


 どうしてもアイテムを持ち切れない時か、とあるクエスト(・・・・・・・)の時にしか、この魔法が使われる機会はなくなってしまった。



 そして、その機会というのが、この『アーケン家の指輪』クエストだ。


「誰かがマジカルポケットの中に入れた物は、マジカルポケットを唱えれば誰でも自由に取り出せる。

 俺はリルムが街に買い出しに行きたいと言った時点で、マジカルポケットの中に指輪を隠していることは予想していた。

 だから、シズンさんにマジカルポケットの魔法を唱えてもらって、中に指輪が入っているのを確認してもらったんだ」


 ちなみに最悪の可能性として、アーケン家を出てからここにつくまでの間に、全く関係ない誰かにマジカルポケットの中の指輪が持ち去られる危険性はあった。


 それでもこの作戦を強行したのは、駄メイドがマジカルポケットから指輪を取り出す瞬間を現行犯で捉えたかったということと、俺の様子はずっとエルムさんが監視しているため、もし指輪がなくなっても俺に容疑がかかることはないだろうという安心からだ。


 おはようからおやすみまで俺を見つめ続けているエルムさんがいれば、俺にマジカルポケットの魔法を使う暇がなかったことは簡単に証明出来る。

 どちらにせよ指輪はなくならなかったのだから、無駄な心配だったと言えるが。


 と、そこで、自作した事件メモを持った真希が抗議の声をあげた。


「ま、待ってよ! それじゃ、一番肝心なところがまだ説明されてない!

 リルムちゃんは結界魔法を使えないし、居間以外で結界魔法を使える人と接触したのは、見張りの交代でミズーさんがやってきた時だけ!

 それなのに、どうやって結界を破って……」

「そこが、勘違いなんだ」


 俺がさえぎると、真希は怪訝な表情を浮かべた。


「リルムは完全に単独犯だし、そもそも結界魔法だとか属性だとか、それは全く関係ないんだ。

 何しろリルムは犯行の時、あの部屋に全く足を踏み入れなかったんだからな」

「どういう、こと…?」


 呆然とする真希に、俺はさとすように語りかける。


「真希にも、ヒントは充分にあげたはずだぞ?

 俺と一緒にリルムの部屋に行った時、何もおかしいと思わなかったか?

 あのテーブルの上についていたでっかいくぼみを見て、何か感じなかったか?」


 リルムの部屋はあちこちにへこみがついていたが、特に部屋の中央、テーブルについていた正方形の大きなくぼみは目立っていた。

 だが、それは普通に考えればおかしいのだ。


 いくらリルムがドジでも、床ならともかく、テーブルの上にそんなに大きな物をぶつけるというのは不自然だ。

 それにあの部屋には、あんな正方形の大きな痕がつくような物は置かれていなかった。


「テーブルの、上? あ、あぁ、そういえば、あの形……」


 そこで真希が、何かに思い至ったように声を上げる。

 俺はそれを見て、にやりと笑った。


「……気付いたみたいだな。

 あの正方形のくぼみの形は、結界の部屋の床のタイルの形と同じなんだ。

 そして、リルムの部屋は、結界の部屋の真下にある。

 そこから導き出される結論は、一つ」


 その場にいる全員の顔を見渡してから、俺は鋭く言い放った。


「――リルムは、結界を破ってなんかいない!!

 結界の真下の床をくりぬくことで、自分の部屋の中に指輪の載った柱を持ってきたんだよ!!」



 これが、今回の事件の盲点。

 ミツキが確かめた通り、指輪の載った円柱と結界は破壊不可能オブジェクトだが、それを支える床はそうではなかった。

 いや、ゲーム時代はプレイヤーが床や壁に傷をつけることは不可能だったから、正確に言えばそれは正しくないが、あそこの床が抜けることは、ある場所をよくよく観察すれば分かったはずなのだ。


「ま、さか……」


 その言葉を聞いてガクッと崩れ落ちたのは、なぜか犯人である駄メイドではなく、真希だった。


「まさか、結界がぜんっぜん関係ないなんて……。

 いろいろメモして、すごくたくさん、考えたのに……。

 う、うぅぅうぅ!」


 よほど悔しかったのか、一人でぶつぶつと恨み言を言い始める真希。

 だが、崩れ落ちた真希はすぐに何かを思い出したように顔を上げた。


「で、でも待って! 床を抜いたなら、その痕跡が残ってるはずだよ!

 なのにわたしたちが部屋に行った時は、床は普通に……」

「接着剤、だよ」

「……は?」


 口を開いて間抜け面を晒す真希に、俺は指を立てて説明する。


「そもそもリルムが犯行を起こしたのは、状況から考えて見張りが終わった後、紅茶をこぼした服を着替えに行った時だ。

 その前に部屋を訪れた俺たちがテーブルのへこみを見たってことは、天井が落ちてきたのは、犯行の時が初めてじゃないってことになる。

 実は二人がいなくなった後に天井も調べたんだが、ちょうど四角い形に接着剤を使った跡があった。

 これで俺は、もし指輪がなくなったら犯人はリルムだろうと確信したんだ」

「え、でも、そんな、接着剤なんかで、天井を……」


 真希は往生際悪く反駁しようとするが、残念ながら真希はここが何でもありな『猫耳猫』世界だということを忘れている。


「リルムが壊した食器を直すのに使っていた瞬間接着剤は、欠けた壁も直せるんだぞ。

 落ちてきた天井をはめ直すことだって出来るに決まってる。

 しかも、リルムは廊下の鎧の置物を一人で持てるくらいの力自慢だ。

 接着剤をつけた床を天井まで持ち上げることくらい、造作もないさ」

「…………せっちゃくざい、とか」


 もはや反論する気力すら尽きたのか、真希は抜け殻のようになって地面に座り込んだ。

 かわいそうにも思えるが、『猫耳猫』に過度の期待を寄せると痛い目を見るという好例だった。


「……リルム」


 そこで、真希の後を引き取るようにして、シズンさんが前に出る。

 そうして、今までの俺の推理を黙って聞いていたリルムに向かって、静かに問いかけた。


「彼の言ったことは本当なのか、リルム。

 君が、本当に君が、怪盗ナイトウィンド、『不死の誓い』を盗んだ犯人なのか?」


 半信半疑の口調でシズンさんが尋ねると、駄メイドはごめんなさい、とだけ答えた。


「どうして! あなたが、どうしてこんなこと……」


 ミズーが悲痛な叫びを上げる。

 そんな彼女に対して、駄メイドは虚ろな瞳を向けた。


「……わたし、この前の買い出しの時、スラムに寄ったんです。

 そうしたら、わたしと仲のよかった子供たちが、たくさん、病気で苦しんでいて……。

 そんな時にさっきの商人さん、カルマさんと会って……」

「指輪を持ってきたらその子たちを治療してやる、と言われた。そうだな?」


 俺が問いただすと、駄メイドは素直にうなずいた。


「あの子たちの病気は、わたしの力ではどうしようもなくて、誰かに頼ることしか、思いつかなかった。

 それに……それにわたしは、こうも思ったんです。

 今、屋敷の中がゴタゴタして、みんなの仲が悪いのは、あの指輪のせいだ、って」

「リルム……」


 いつもの呑気な顔が嘘のような、深い悲しみに歪んだ顔に、さしものミズーも絶句する。

 それを見ながら彼女は、まるで血を吐くようにして、痛切な言葉を吐き出した。


「あれが、あの指輪さえなくなれば!

 きっとみんな、仲のいい家族にもどれる!!

 わたしはずっと、そう思ってたんです!

 だから、そう思ったから、わたしは……!!」


 懺悔のようでもあり、糾弾のようでもあるその身を切るような叫びに、アーケン家の人たちはうなだれ、何も言えなくなった。

 辺りに、気まずい沈黙が落ちる。



 その様子を眺めて、俺はふぅ、とため息をついた。


 ……これで、このクエストは終わりだ。


 犯人を見つけ、アイテムを取り返し、犯人の動機とトリックも暴いてみせた。

 俺はこれからシズンさんに報酬である盾の紋章をもらい、館を後にする。


 その後、アーケン家からは一人のメイドが姿を消すが、それは俺には関係ない。

 クエストはもう終わってしまったのだ。

 後で興味本位でシズンさんにそのことについて尋ねても、


「わたしが当主です」


 と、事件とまったく関係のない定型句を聞かされるだけ。


 だけど、それも仕方がない。

 ゲームというのは、得てしてそういうものだ。

 それが制作者の用意したクエストの結末だというのなら、受け入れるしかない。


 つまり、これにて事件解決。

 クエストは無事に終了し、ハッピーエンドを迎えられたという訳だ。




(――なんて思えるはず、ないだろうが!!)




 ずっと、納得出来なかった。

 この事件の後味の悪い結末に、そしてこの事件の登場人物たち全てに。


 ここまで、ずっとゲームの通りにイベントを進めてきた。

 だが、もういいだろう。

 ここから先のシナリオは、俺が書かせてもらう。


 決意を込めて、前へ。

 本来上がるはずではない舞台に、俺は足を踏み出した。



「――ふざけたことを、言ってるんじゃないぞ」



 悲劇ぶっている駄メイドの姿に、イライラを募らせる。

 だから俺は、こいつを駄メイドとしか呼べないのだ。


 俺はゲーム時代の鬱憤をまとめて晴らすかのように、うなだれる駄メイドに怒声をぶちまける。


「何を考えてたかなんて、関係ない! 『盗む』なんて最悪の選択肢を選んだ時点で、お前は恩を仇で返す、最低の女なんだよ!!」








流石に長くなりすぎたので、ここで休憩

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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