表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/243

第百五十章 見守る瞳

 結論から、言おう。



 ――あの執事、本当にトイレにまでついてきやがった!!



 トイレが広かったのと、向こうも流石にこっちをガン見してるなんてことはなかったようなのが救いだが、有言実行にも限度がある。

 エルムさんは本気で俺の一挙手一投足までを自分の監視下に置くつもりらしい。


 それは当然今も継続中で、俺がちらりと左側、俺の座るソファから三メートルほど離れた場所を見ると、そこには変わらぬ姿勢でこちらを見やる、ダンディな執事服の男の姿が……。

 ノイローゼになりそうだ。


 そして、その悪影響と言えるものが一つ。

 ちらりと右側、俺の座るソファの端に目をやると、


「…ん?」


 小首をかしげる青色の小動物と目が合う。

 俺はため息をついて、何度目になるか分からない忠告をする。


「リンゴ、そんなところにいたっておもしろいことは何もないぞ。

 向こうでちゃんと座ってたらどうだ?」


 だが、エルムさんに触発され、監視熱を復活させたリンゴは、今回もやっぱり首を横に振った。


「…いい。ソーマみてるの、たのしい」


 そんなのが楽しいはずはないと思うのだが、ソファの端に身を乗り出すようにしてあごをのせ、一心に俺を眺めるリンゴからは、確かに幸せそうな雰囲気がにじみ出ている。

 俺は説得をあきらめ、もう一度大きなため息をついた。


 エルムさんもリンゴも、とにかく俺から目を離そうとしない。

 一人なら隙を見つけることも出来るかもしれないが、監視が二人となるとそれも難しい。

 どうにか対策を取らないと、こちらは身動きが取れない。


 それに、俺を見ているのは何もこの二人限定ということでもなく……。


「むぅぅ!」


 向かいのソファでは、真希がこっちを見ては新種の動物かと言いたくなるほどむーむーうなっている。

 まだネタバレの件を引きずっているようだ。

 さっさと機嫌を直してくれればいいのに。


 そこから視線をずらすと、今度はフウの相手をしているイーナと目が合う。

 目が合うということは向こうもこっちを見ていたということだが、彼女もよく分からない。

 さっきからよっぽど俺の様子が気になるらしく、ちらっちらっとこっちの様子をうかがっている。

 イーナに限っては俺を疑っているということはないと信じたいが、どうなのだろうか。


 俺に無関心なのは、あいかわらずアスに自分の自慢話を続けているサザーンと、凛と背筋を伸ばして俺の隣に座る、ミツキだけだろう。


(やっぱり、ミツキの隣に座って正解だったな)


 居間にもどってきた時、俺の仲間たちは結構バラバラになって座っていた。

 座れる場所も限られているので、誰かの隣に行こうと思ったのだが、そこではたと迷った。


 真希の隣に座ると、また事件の考察につき合わされそうでめんどうくさい。

 リンゴの隣に座ると、今度は別の意味で真希が騒ぎそうなので出来るだけ避けたい。

 イーナの隣に座ると、イーナがテンパって変なことを始めそうな予感がする。

 サザーンの隣は論外。


 ということで俺はミツキの隣に座ったのだが、これが唯一の正しい選択肢だったようだ。

 ミツキは俺が隣に来ても真希やイーナのように騒ぎ立てることもなく、むしろ俺が隣に座った瞬間から彫像のように微動だにしなくなった。

 これが明鏡止水の境地とでも言うものなのか、いつもはパタパタとせわしない猫耳も、まるで硬直しているようにピーンと背筋を伸ばして直立している。


(俺も平常心、平常心)


 そう自分に言い聞かせながら、目の前に置かれたティーカップを手に取る。

 あの執事が淹れたというのが多少業腹ではあるが、ミズーさんがせっかく持ってきてくれたものだ。

 鼻先まで持ち上げると、カップから紅茶の穏やかで上品な香りが広がって……。


「うわっ!?」


 突然、パキンという音がして持ち手が取れた。

 カップがテーブルに落ちて飛沫を飛ばし、俺はあわてて飛びのいた。


「大丈夫ですか? 今拭きます」

「あ、ああ。悪い」


 だが、それを契機に今まで金縛りにあっていたように動かなかったミツキが再起動、手にしたハンカチで紅茶が飛んだ俺の左手を拭いてくれた。


「も、申し訳ありません! だ、大丈夫ですか!?」

「ミズーさん。ああ、いえ、大したことは」


 騒ぎを聞きつけて、近くにいたミズーさんもいそいで駆けつけてくれる。

 そして、テーブルに転がるカップを見て、目を吊り上げた。


「……これは! あの子、接着剤で持ち手をくっつけるのはやめろと何度も言いましたのに!」


 どうやら、取っ手の部分は一度取れたのを接着剤でくっつけていただけで、取れやすくなっていたようだ。

 駄メイドは見張りからもどってきたらミズーさんからお仕置きコースだろう。


「……ミツキ?」


 と、俺の手を拭いてくれていたはずのミツキが、ふたたび固まったように動かなくなっているのに気付いた。

 俺の手をじっと凝視して、何か思いつめたような表情をしている。


「俺の左手がどうかしたのか?」


 不思議に思って尋ねると、ミツキは不自然なくらいに猫耳をびくっと跳ねさせた。

 そして、ゆっくりと首を振る。


「いえ。……ただ、指先の辺りがカサカサになってしまっているなと思って」

「え? あ、いや、別にこれは……」


 俺があわてて手を引くと、ミツキの視線も追いかけるように動いた。

 いつのまにかミツキの目が、獲物を狙う狩人のようになっている。


「乾燥しているなら、わ、私が温めてあげましょうか?」

「はい?」

「で、ですから、その……せ、折角隣にいるのですから、先程のリンゴさんのように、手を握って差し上げるとよろしいかな、と」

「ええっ?」


 どうやらこいつも、俺とリンゴの姿を見てたクチらしい。

 動揺する俺の心と同調するように、


「むぅ! むうぅぅ!!」


 向かいの席のむーむー虫も激しく騒ぎ立てる。

 いや、そもそも温めても乾燥は治らないだろ、と反論したいが、ミツキの頭の上で不安げにふるふる震える猫耳ちゃんを見ていると、断るのも悪い気がしてきた。


「さ、先程から一体……ッ!?」


 困った俺が猫耳ちゃんと見つめ合っていると、急にミツキが顔を赤くする。

 そして、一瞬だけ戸惑った表情をすると、


「し、失礼します!」


 いきなり俺の身体を抱え上げて、部屋を飛び出した。


 ……なんというか、今日はよく仲間に拉致られる日である。




「それで、どうしたんだ?」


 廊下で俺を下ろしたミツキに訪ねると、ミツキは張りつめた雰囲気を漂わせながら口を開いた。


「一つだけ、貴方に内密に尋ねたい事があります。

 その、そんな馬鹿げた事はあり得ないとは思うのですが、一応、可能性はしっかりと潰しておきたいので」


 やけに歯切れの悪い言い回しをする。

 もしや、俺の計画がバレてしまったのだろうか。

 冷や汗を垂らしながら、うなずく。


 すると、ミツキは一層真剣な顔で言葉を続け、


「単刀直入に、聞きます。まさか、とは思うのですが、私、私の――」


 そこで一瞬だけためらって、だが覚悟を決めるように大きく息を吸うと、勢いよく尋ねた。




「――私の耳は、たまに動いていたりするのでしょうか?!」




 今さら気付いたのか、それ!!


 と、叫びそうになったが、ギリギリで堪える。


「あ、いえ、馬鹿な事を訊いてしまって申し訳ありません。

 ただ貴方が妙に耳ばかりを見ているので、ついそんなあり得ない妄想を。

 ええ、お耳汚しでした」


 何も言っていないのに、めずらしく焦ったように饒舌にしゃべる。


 ……だが、そうか。

 考えてみれば、ゲームの中では猫耳の動きに言及する人間は誰もいなかった。

 もしかするとその辺りをくみ取って、この世界の人間は猫耳の動きを気にしないというのがデフォルトになっているのかもしれない。


 だとしたら、ここで真実を教えてやれるのは俺だけだろう。

 俺は使命感に燃えて、口を開いた。


「いや、その……たまに動く、なんてこともないと思うが」


 たまにどころか、常に動いている。

 そう、続けようとしたのだが、


「でしょうね!! あぁ、良かった!!

 無意識の内に耳を動かしているなんて失態を貴方に見せていたらと、ずっと心配していたのです!!

 あぁ、本当に良かった!!」

「あ、いや、だから……」


 その言葉を早とちりしたミツキが、猫耳をぱたぱたぱたぱたと嬉しそうに動かしながら、俺の両手を握った。

 めちゃくちゃ強い力で握られているため、すごく痛い。


「ま、待て、ミツキ! 落ち着いて、俺の話を……」

「大丈夫、大丈夫です! 私は落ち着いています。

 耳が勝手に動くはずなどない! 当然の事です!」


 ミツキが話す度に猫耳がびゅんびゅんとうなる。

 もはや絶好調だ。


 大はしゃぎの猫耳ちゃんを見ていると、ここで真実を伝えるのは残酷すぎるように思えてきた。

 真希にだけ口止めしておけば問題ないだろうし、この事実はこれから少しずつ、それとなく伝えていこうと決めて、俺は話を逸らした。


「あー。それより、見張りとかしてなくて大丈夫だったのか?

 ミツキは結構、この事件を止めようと頑張ってただろ?」


 それを訊くと、大はしゃぎしていた猫耳は、えへんと胸を逸らすように反り返った。


「それなら問題ありません。

 この屋敷の住人の居場所は常に把握しています。

 例えば……先程から、廊下の陰でこちらを窺っている三人の事も」


 俺があわてて後ろを振り返ると、廊下の角から白髪、黒、青の三つの頭がさっと隠れた。

 なんちゃら三兄弟のように、エルムさん、真希、リンゴが並んで様子を窺っていたらしい。

 しかし、ミツキはそんなことなど全く気にしていないようで、平然と話を続行する。


「そういえば、貴方はリルムさんの部屋で三人で話をした後、一人で時間を潰して結界の確認に合流していたようですね。

 あの部屋で何か、人に見られたくない事でもしていたのですか?」

「え? いや、それは……」


 ミツキの目には、最初に結界の部屋を出た時に見せたような、鋭い光が宿っていた。

 完全に俺を疑っている目である。

 執事といいリンゴといい、そんなに俺は怪しく見えるのだろうか。


「ないない! 何もないって!」


 俺は多少辟易しながら、顔の前で手を振って否定したが、ミツキの眼光は衰えない。

 だが、本当にあの場では(・・・・・)何もしていないのだ。

 俺は最終手段として、証言者を呼ぶことにした。


「エルムさん! エルムさんなら見てましたよね!

 俺があの部屋で何もしてなかったって!」


 そう叫ぶと、廊下の角からすうっと執事服の男が出てきて、慇懃な仕種でうなずいた。


「はい。もちろん、ソーマ様は何も不審な行動は取っていませんでした」


 その言葉に、俺はほれみろ、と言わんばかりの視線をミツキに送り、


「……ただ、もしあの時私が見ていなければ何をしていたか、それは分かりませんが」


 付け加えられた余計な台詞に、「エルムさん!」と抗議の言葉を口にした。



 その後、俺は何度も弁解を試みたのだが、その場では俺の容疑は晴れず、俺たちは微妙な表情で居間にもどることになったのだった。

分・割!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ