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第百二十五章 静かな情熱


「――あ、やっと来た!! そーま、遅いよー!」


 屋敷の玄関に入った途端、従妹の大声が耳に飛び込んできた。

 見ると、その隣にはサザーンとくま、ミツキもいる。

 少し早めにもどったつもりだったが、どうやら俺たちが最後だったようだ。


 時間を見ると、11時56分。

 あれからブッチャーの最後のドロップアイテムを回収し、椅子やら何やら片付けて、岩場のポップポイントをまた塞いで、と思ったより後始末に手間取ったから、想定よりも遅くなってしまったようだ。

 などと呑気に構えてると、


「く、くくくく……!!」


 いきなりサザーンが悪役っぽく笑いだした。


「くくっ。あの、大崩壊カタストロフからこの時までの、屈従と忍従の日々。

 ああ、今日というこの日を、僕はどれだけ待っていたか!」


 何か突然変なことを語り出したかと思うと、


「――ソーマァアアア!!」


 まるで親の仇にでも会ったかのように俺に突撃してくる。


 が、まあサザーンなら問題ない。

 俺は冷静に、前蹴りで対応して、


「なっ!?」


 しかし、サザーンは予想外にキレのある動きを見せる。

 俺の蹴りを紙一重で躱し、まるで絡みつく蛇のように俺の足をつかまえて、


「た、頼む! あいつお前のぬいぐるみなんだろ!

 早くあの悪魔を僕から引き離してくれぇえ!!」


 そのまま俺の足にすがりついて懇願してきた。


「えっと……悪魔って、アレか?」


 俺がきょとん、とわざとらしく可愛らしげに首を傾げているくまを指さすと、サザーンは首をガクガクと振った。


「そうだよ! それ以外いないだろ!」

「いや、でもな……」


 サザーンはくまを過剰に怖がっているが、くまは笑顔が怖くてちょっと人を脅かすのが生きがいなだけの、ただの善良なぬいぐるみだと思うし……。

 いやまあ、勝手に動く時点でただのぬいぐるみではない感じもするが、でもなぁ。

 俺は首をひねるが、サザーンの意見は俺とはまるで違うようだった。


「お前はあいつの上っ面しか見てないからそんなことを言うんだ!

 き、貴様はまだ、奴の真の姿を知らない」

「何だよ、それは。中から宇宙人でも出てきたりしたのか?」


 俺は面倒になってそう言ったが、サザーンは違う、と乱暴に仮面に包まれた顔を動かした。

 ちらっと後ろのくまを見て、声を潜めて続ける。


「……これは数日前、僕が宿代を浮かせるため、いつも鍵のかかっていないアレックズの家に無断で泊まり込んでいた時だ」

「いや、さらっと犯罪告白するなよ」


 というか、すげえ不用心だな、アレックズ。

 勇者以外は家探ししないとか考えてるんだろうか。

 まあなんか、キャラ的に家に鍵とかかけなそうなイメージあるが。


「その日、僕は魔道に染まりし(アイテム)闇の呪物を扱う(ショップの)死の商人(店員)相手の熾烈なる経済戦争のせいで疲れてすぐに眠ってしまった。

 ……問題は、その翌朝だ。

 次の日目覚めた僕の枕元に、刃物を手にしたくま…様が立っていたんだ!」

「それは怖いな!」


 流石にそれは冗談では済まないレベルの悪戯な気がする。

 サザーンはさらに首を振って続けた。


「それだけじゃない!

 そんな物で終わったのなら、僕だってこんなに騒ぎ立てたりしない!

 包丁を持ったくま様の姿にビビって、思わず死んだふりをしようとした僕は、気付いてしまったんだ」

「な、何にだよ」


 枕元に刃物持ってたぬいぐるみが立ってた以上に怖いことなんてあるんだろうか。

 唾を飲む俺に、サザーンは言い放った。



「――既に、テーブルの上に朝ご飯が準備されていたことに!!」

「美談じゃねえか!!」



 むしろどこの新妻だよってぐらい献身的だった。


「ば、馬鹿! ぬいぐるみなのに料理を作ってるんだぞ!?

 しかも、僕よりうまく!!

 二杯もおかわりして確認したから間違いない!!」

「ちゃっかり食ってんじゃないか!!」


 本当に呆れた奴だった。


「ま、待て! 怪現象はそれだけでは終わらなかった!

 昨日僕が脱ぎ散らかしたはずの服も、綺麗に畳まれていた!!」

「だから、それもむしろいいことじゃないか!」


 俺が呆れてそう言うと、サザーンは分かってないなと言わんばかりに身もだえした。


「勝手なことを言うな! し、下着とかもあったんだぞ!

 は、恥ずかしいじゃないか!」

「まず、その恥ずかしい下着を脱ぎ散らかしてたことは問題じゃないのか?」

「ぼっ、僕の下着は恥ずかしくない!!」


 サザーンは首まで真っ赤にしてそう叫ぶが、流石にもう付き合っていられない。


「……くま」

「ひっ!」


 俺が一声かけると、くまはニタァ、とニヒルに笑って、怯えるサザーンを引き取ってくれた。


 馬鹿に付き合って貴重な時間を浪費してしまった。

 ほかのみんなは、と見ると、俺がサザーンにかまっている間にリンゴは真希のところに行っていた。


「…マキ」

「あ、リンゴちゃん、ひさしぶりー」

「…ん、ひさしぶり」


 しかし、その真希のそのあいさつにも、リンゴは固い表情を崩さない。

 授業参観の日の子供みたいに緊張した様子で、ぎこちなく真希から距離を取り、


「…みてて」


 短く言い放ったリンゴが行ったのは、



 ――ヒュッ、ヒュゥン、スウィ~!



 ステップ、ハイステップ、エアハンマーの、流れるような移動コンボ!

 そして、


「…こんな、かんじ」


 ほぼ無表情ながらどこか誇らしげな、ほんのわずかなドヤ顔!

 真希が、「こ、これどうすればいいの?」みたいな目で俺を見てきたが、俺は何も見ていなかったフリをした。



「――全く、彼等はいつでも賑やかですね」



 しかし、そんな中でただ一人、いつもの鉄面皮を崩さない奴もいた。


「たった数日会わなかったくらいで、皆、よくもここまで騒げるものです。

 そんなに仲間に、貴方に会えた事が嬉しいのでしょうか」


 ……ミツキだ。

 彼女はこんな馬鹿騒ぎにはまるで興味がない、というような冷徹そのものの顔で、俺の隣にやってきた。


「え、あ、ああ。……まあ、少しだけ、はしゃぎすぎ、かもな」


 俺は視線を微妙に上に向けながら、ぼかすように答えた。

 正直、今のミツキにそんなことを言われても、なんというか、反応に困る。


 俺の困惑を見て取って、ミツキは少しだけ表情の険しさを和らげた。

 苦笑するように、告げる。


「心配しなくても、別に非難している訳ではありません。

 こう見えて、私だってそれなりにはこの再会を喜んでいますから」


 あくまで無表情に、ただし少し自嘲気味に言うミツキに、


「いや、大丈夫! 俺はそこは全然、疑ってないよ」


 俺は全力で否定の言葉を返した。


「……本当、ですか?」

「ああ、全然! 全く! これっぽっちも!!」


 疑っている様子のミツキに、さらに強く主張する。

 だって、そうだろう。

 ミツキの頭の上、お馴染みの猫耳ちゃんが、『大歓喜!』とタイトルつけたくなるくらいピコピコピコピコと大はしゃぎしているのを見て、そんな感想が出てくるはずがない。


「ふふっ。貴方にそこまで言って貰えると、嬉しいです。

 ……そうですね。

 私ももう少し感情表現が巧ければ、あそこまで、とは言わないまでも、意外とはしゃいでいたかもしれません」


 ミツキは小さく笑って、そんなことを言った。

 それに釣られて、頭の猫耳の動きも『大歓喜!』から『狂喜乱舞!!』に変わっている。

 犬のしっぽでもそんなに回さないだろ、というくらいに踊り狂っている猫耳を見て、


「いや、お前それ頭の……」

「頭の?」

「……いや」


 喉の所まで出かかったツッコミの言葉を何とか飲み下す。

 たぶんあれ、一種の不随意筋とかそんなんなんだろう。

 本人が気付いてないんだから、そっとしておこう。


「それより、あんまりのんびりもしていられない。

 みんな、そろそろ雑談は終わりにして、居間に集まってくれ!

 最後の話し合いを、始めよう」




 そうして始まった作戦会議だが、予想よりも悪い報告がいくつもあった。

 特に予想外だったのが、街の様子だろうか。

 真希やサザーンたちが報告してくれたところによると、各町の状況は俺の想定よりも悪くなっているようだった。


 10日というのはボーダーギリギリとはいえ、サザーンが粘菌を使って魔物侵攻度下げをやっているし、普通よりはひどい状況にならないと思っていたのだが、甘かった。

 ゲームのNPCと違って、現実の人間は閉塞感のある状況にストレスや不安を感じる。

 それが町の治安の悪化を加速させているらしい。

 真希の話によると、騎士団が鎮圧したものの、昨日は王都で暴動らしきものが起きかけていたとか。

 やはりもう、一刻も猶予はない、ということだ。


 ただ、今すぐ行動を起こすことを躊躇わせるような情報もある。

 魔王の弱体化だが、ほんの少しだけ予定より遅れているのだ。

 その中でも特に、魔王の瀕死強化の特性、通称『本気モード』を封印出来なかったのが痛い。


 特別なクエストをこなして封印しない限り、魔王はHPが1割を切ると攻撃力防御力が飛躍的に上昇、攻撃パターンも変わる。

 俺もゲームで一度、それで殺されているからはっきりと覚えている。

 事前に立てた対策がうまくいって、あと少しで魔王を倒せるかと思ったある瞬間、俺は魔王の方から殺気に似た衝撃、波動のような物を感じ取った。


 それがシステム的な演出だったのか、俺の予感によるものだったのか、それは分からない。

 だがとにかく、その瞬間からの魔王の戦いぶりは、それまでとはレベルが違っていた。

 俺の全力の攻撃はあっさりと阻まれ、それまでとは段違いに重い攻撃が即座に返ってくる。


 そして、それだけではない。

 こちらが魔王の3メートル以内にいれば行わないはずの、後衛への遠距離攻撃をも同時にこなすようになったのだ。

 俺自身は何とか魔王の猛攻に耐えたものの、連れてきたほかのメンバーたちはそうはいかなかった。


 そもそもその時のメンバーは、一人で挑んで魔王を強化させないための数合わせの意味合いが強かった。

 そんな仲間が魔王の攻撃に耐えられるはずもなく、あっさりと戦線は崩壊。

 もはや何度目かも分からない敗北を味わう羽目になったのだ。


(絶対に、魔王を瀕死状態にする訳にはいかない!)


 万が一にも仲間から犠牲を出さないための、それは絶対条件だろう。

 幸いにも、今の俺にはゲーム時代の俺にはなかった『必殺技』がある。

 魔王のHPを1割以下にすることなく、一気に倒し切ることだって、不可能ではないはずだ。

 だが、


(だとすると、やっぱり『憤激の化身』を使わない、という選択肢はないか)


 そんなことを思って、ちらりとリンゴを見る。


「…?」


 いきなり見られて首を傾げるリンゴを見て、少し罪悪感が込み上げる。

 また少し心配させてしまうかもしれないが、仕方がない。

 それに……。


(そういう理由があれば、絶対に俺が、俺自身が、魔王にこの手でトドメを刺せる!!)


 やっぱり全ての決着は、自分の手でつけたいという欲もある。

 愚かしい、何の得にもならない我儘だとは分かっている。

 ただ、イーナをあんな風にしてしまったのが俺であるのだから、それを治すのもまた、自分でありたかった。


「……延期、しますか?」


 その葛藤を、迷いと取ったのか。

 ミツキがそう尋ねてきた。

 頭の猫耳も、「やめるのー?」と問いかけるように不安げに揺れている。


 確かに、もう少し先延ばしして、もっと万全の準備を整えたいという思いもある。

 それでも、俺は未練を振り切るように、宣言した。


「……いや、今日だ。今すぐ、やろう」


 はっきりと、決断する。


 迷いがない、とは言わない。

 この準備不足が原因で俺たちが魔王に敗れ、この決断を後悔する時が来ないとも言えない。

 ただ、今の俺たちでは魔王を倒せないとは思わなかった。


 あれだけの備えをして、限られた時間の中で打てるだけの手を打って、そうして俺たちはここに集っている。

 その勝率は決して低い物ではないと、そう信じた。



 そして、決めたからには話さなくてはならないこと、やらなくてはならないことがたくさんある。

 まず、どの程度魔王や魔王城の弱体化が出来たかによってルートや作戦が変化するため、まだみんなには魔王討伐の計画を報せていない。

 あまり複雑な作戦は立てていないが、流石に事前説明なしという訳にはいかないし、魔王戦での連携行動の練習もしておきたい。


 それに、万が一にも『開けた扉から魔王城のモンスターがあふれ出してきた!』なんて事態にならないよう、城門の開放はギリギリまで行わないことに決めていた。

 結局最後の扉を正規の手段で開けることは出来なかったため、これから城門の封印に「かじだぞ」と入力して、魔王城の扉を全開放させなければいけないのだ。


「今から魔王討伐の作戦内容を説明する!

 その後で、全員で魔王城の城門の封印を解きに行って、それから……」

「待って下さい」


 だがその説明の途中、ミツキの声が俺の言葉をさえぎった。


「時間が惜しい。城門の開放は、今から私が行きます。

 合流は、現地で行いましょう」

「いや、だけど……」


 俺が反対意見を出そうとすると、ミツキは少し悲しげに首を振った。


「残念ですが、作戦を聞いたところで私が魔王城で充分に戦えるか分かりません。

 だからせめて、自分に出来る事では精一杯力を振るいたいのです」


 ゲームでのミツキは、魔王城周辺まで行くとパーティから離脱してしまう仕様になっていた。

 それは父親のために魔王討伐はしない、みたいなことで、大した理由ではなかったのだが、それとは無関係に、やはり魔王城が近付くとなんとなくその場にいたくない気持ちが強くなるらしい。

 実際に魔王城に乗り込んだ時、ミツキがその制限を克服出来るのかは微妙なところだ。


「それは……」


 思わず俺が言葉を詰まらせると、ミツキが傍に寄ってきて、薄く、儚く笑った。


「……そんな顔を、しないで下さい。

 それでも私は絶対に、貴方と共に戦います。

 そしてもし、貴方に危険が迫った時は、絶対に……」

「ミツキ?」


 急に雰囲気を変えたミツキに戸惑っていると、ミツキはすぐにいつものクールな表情を取りもどした。


「……何でもありません。

 それより『約束』、忘れないでいて下さいね」


 そう言い捨てて、外に向かって颯爽と歩き出した。


「ね、ねぇ、そーま! 約束、って何!?」


 妙な所に食いついてくる真希を軽くいなして、俺はバン、と勢いよくテーブルを叩いた。

 せっかくミツキが稼いでくれようとしている時間を、無駄に使う訳にはいかない。


「――これから、魔王討伐戦の作戦を説明する!」


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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