第百十九章 過去と現在
俺たちは南門からデウス平原に出ると、フィールドを一気に駆け抜けた。
フィールドの南西まで一度も立ち止まらずに進む。
その間、リンゴがなかなか離そうとしなかったので手は握りっぱなしだったが、デウス平原の敵レベルは50。
防具も更新された俺たちにとっては苦戦する方が難しいような相手だった。
いつかの帰り道と同じだ。
モンスターは現れるそばからリンゴがまさに片手間に雷撃で片付け、歯牙にもかけることなく大岩の前まで辿り着いた。
その大岩は一部が崩れ、そこには代わりに岩の破片で出来た瓦礫が積み重なっている。
あれは、ある意味での封印だ。
崩れた岩の瓦礫をかぶせることで、俺たちはあそこにあるポップポイントを潰した。
そして、そこからある凶悪なモンスターが出現する可能性も。
「リンゴ。あそこの瓦礫、壊すことは出来るか?」
俺が問うと、リンゴはいいの、と視線だけで問い返してきた。
軽くうなずく。
「…わかった」
リンゴはそう言うと、脇差を瓦礫に向けた。
すぐにその先端から雷撃がほとばしり、瓦礫を粉々に砕いていく。
前に岩を崩した時から、リンゴのレベルも、武器の威力も上がっている。
その威力は段違いだった。
「流石だな……」
あっという間に瓦礫は破壊され、ポップポイントに障害物がなくなった。
これで、ここからふたたびモンスターが出現するようになる。
「それじゃあ、ちょっとここから離れようか」
俺が提案すると、リンゴは素直についてきた。
大量発生時はともかく、通常時はポップポイントの近くにいると新しいモンスターは湧いてこない。
ゲーム時代の感覚を頼りに、大岩から距離を取る。
「…きた」
だが、そんなに考える必要もなかったようだ。
ある程度離れた時に、リンゴが後ろを振り返った。
見えていたはずもないが、リンゴは背後に出現したモンスターの気配を敏感に察知したらしい。
俺もよくよく目を凝らすと、大岩のくぼみから新しいモンスターがポップしているのが分かった。
ただ、残念、外れだ。
せっかく久しぶりに大岩のポップポイントから出てきたモンスターは、リンゴの雷撃で一瞬にして消されてしまった。
まあ、これで必要な距離は分かった。
ここからはひたすら待ちの時間だ。
リンゴが振り向いた場所よりほんの少しだけ先に椅子などを設置して、長期戦に備える。
そしてもちろん、こういう待ち時間も無駄には出来ない。
俺は鞄から一本の木の棒、たいまつシショーと、以前入手した槍を取り出した。
剣や大太刀、短剣や忍刀などの武器熟練度、火と風、光の熟練度などは上げたが、それ以外はほとんど手が回っていない。
もちろん武器にも好みや得手不得手があるし、例えば全編通して剣使いだった俺は、槍なんてゲーム中でもそんなに使う機会はなかったが、いざという時の選択肢は多い方がいいだろう。
レベルが上がるにつれて、武器熟練度上げの効率は悪くなってくる。
これからレベル上げをする前に、出来るだけたいまつシショーで武器熟練度を上げておきたかった。
俺がひたすら槍でたいまつを小突いているのを、リンゴは身じろぎもせずに見守る……かと思ったが、
「…わたしも、やる」
リンゴが、めずらしく能動的に参加を表明した。
「じゃ、こっち来るか?」
「…ん」
雷撃を中心に攻撃するリンゴが武器熟練度を上げてもあまり意味はないのだが、特に断る理由もない。
俺はリンゴと二人、肩を並べてひたすら一本のたいまつを突き合った。
そしてとうとう、その時が来た。
そこでリンゴと並んでたいまつを突き始めてからしばらく。
五体の外れモンスターを葬り、そろそろたいまつシショーに使う武器を変えようかと思っていた頃だった。
俺が肌がちりつくような感覚を覚えて顔を上げると、大岩の辺りに白い巨体が出現したのが見えた。
隣を見ると、リンゴはもうとっくに気付いていて、心持ち表情を硬くしている。
それはそうだろう。
だってあいつは、俺だけでなく、リンゴまでも殺しかけた、俺たちの因縁の相手なのだから。
――キングブッチャー。
『猫耳猫』スタッフのミスによってこのフィールドに出現した、本来はこんな低レベルフィールドにいるはずのない高レベルボスモンスター。
それでもあいつのいるダンジョンのレベルは150なので、一応今の俺とリンゴなら適正レベルの相手だと言える。
ただ、ゲームバランスがピーキーな『猫耳猫』において、レベルは一つの目安にしかならない。
実際の体験談として、高レベルダンジョンに一種類だけ見た目が弱そうな低レベルモンスターがいて、当然のようにそいつだけ群を抜いて強かったという最低な罠が仕掛けられていた経験もある。
まあ本当にひどかったのはその先で、なんとそいつは強い分、周りのモンスターの5倍以上の経験値を設定されていたらしいのだが、大半のプレイヤーはレベル補正のせいで結局は雀の涙以下の経験値しか手に入れられなかったという最悪なエピソードもあったりする。
それはともかく、だ。
キングブッチャーは同レベル帯でも強ボスと言われ、特に物理攻撃メインの近接職にはきつい相手だと言える。
純粋な物理攻撃に強い耐性を持っていて、属性のついていない物理攻撃ではほとんどダメージが通らないのだ。
(だが、だからこそ…!!)
俺は硬い表情で歩き出そうとするリンゴを制して、その前に立った。
「ここで、待っていてくれ」
「…でも」
不満と不安を示すリンゴに、俺は首を振った。
「必要な、ことなんだ」
そう口にすると、リンゴは、
「…むり、しないで」
やはり心配そうな目で、それでも俺を見送ってくれた。
「……ありがとう」
俺はリンゴに感謝の言葉を口にしながら、同時に、
(……それと、ごめん)
頭の中だけで、謝罪の言葉も贈る。
――必要なことだというのは、半分は本当で半分は嘘だ。
理屈で考えるなら、ここで無理に俺が一人で戦う必要なんてない。
二人で戦って、安全に強くなっていく方が、きっと理に適っている。
一人で戦いたいと言っているのは、単なる俺の我儘だった。
今、俺がキングブッチャーと戦う理由はいくつかある。
一つは単純に、レベル上げのため。
俺の今のレベルは156。
ブッチャーのダンジョンはレベル150なので、これではレベル補正で経験値が入らないと思われるかもしれないが、大体ボスモンスターはその地域のモンスターよりも1割ほどレベルが高いのが通例だ。
ボス自体の経験値の多さもあって、おそらくは170レベルくらいまではこいつでレベル上げが出来る。
そして二つ目は、こいつの耐性に関係がある。
ブッチャーは単純な物理攻撃に強い耐性を持っている。
普通の物理攻撃では、まともに攻撃が入らない。
しかしだからこそ、今回は属性攻撃を使うつもりはない。
(……気付いたか)
ある程度近付いたことで、向こうもこっちの存在を察知する。
向き直る白い巨人を前に、一瞬だけ迷う。
(――最初から『あれ』を使うか?)
俺はそう考え、ちらりと不知火を見たが、すぐに首を振った。
あの技には色々とリスクがある。
魔王戦で使えるか分からないような物に、最初から頼っているようでは駄目だろう。
結論を出した俺は、いつものように魔法を詠唱。
その間に相手との距離を目測。
頭の中で行動予定を立てて、詠唱と発動予約を繰り返し、
「ステップ!」
すぐさま移動に移る。
(まず、距離を詰める!)
キングブッチャーを確実に倒すのなら、前回と同様、相手が突進を使ってきた時に『絶刀色彩返し』を使って属性攻撃を当てるのが一番簡単だろう。
カウンター技である『絶刀色彩返し』は一撃の威力という点では卓抜しているし、属性攻撃を放つことも容易だ。
距離を取って立ち回れば、相手の突進攻撃を誘うことも可能だろう。
だが、今回はその戦法は取らない。
なぜなら、『魔王は遠距離攻撃も使ってくる』からだ。
そう、俺がキングブッチャーと戦うもう一つの理由。
それは、このキングブッチャーを魔王に見立て、今の俺の実力を試すためなのだ。
俺は、キングブッチャーを仮想魔王として戦闘をする上で、自分に二つの制約を設けた。
一つは属性攻撃を使わないこと。
ブッチャーは強い物理耐性と高い防御力を備えているが、弱体化されていない魔王の防御力はそれをしのぐ。
物理攻撃だけでキングブッチャーを倒せるくらいでないと、魔王には到底届かない。
そしてもう一つは、相手の半径3メートルの距離に留まり続けること。
これは、魔王の持つ特性に理由がある。
『孤高の魔王』、あるいは『SBK』、もしくは『SBK』などとも呼ばれる『終末の魔王』は、ソロ撃破に向かない敵だ。
普通は大人数でボスに挑むとむしろボスのHPや能力が上がるというのが一般的だが、魔王は逆。
1対1で戦うと露骨にパワーアップするのだ。
「一人で世界は救えない! 旅を支える絆の力!」
というキャッチコピーが示す通り……なのかどうかは知らないが、魔王は6人以上で挑んだ時が一番弱く、それから人数が一人減るごとに4割ずつパワーアップしていく。 完全にソロで挑んだ場合、その戦闘力は6人以上の時の3倍にもおよぶ。
正直に言って、勝てる訳がない。
実は魔王は元は人間で、ひどい裏切りにあったせいで禁断の実験に手を出して魔物に……みたいな設定が存在するのだが、とにかく仲良くしている人間に弱いらしい。
「だから結婚邪魔すんのか」とか、「器、ちっちぇな……」とか、「もしかして邪神復活させんの、話し相手欲しいからじゃね?」とか散々に言われていたが、その特性は侮れない。
実質的に、魔王と戦う時は必ず『仲間を5人連れていかなければいけない』のだ。
俺が役に立つかも分からなかったサザーンを連れていくことを決めたのにも、ここに一つの理由がある。
だが、仲間を連れていくということは、仲間を危険に晒すということでもある。
特に弱体化の十分でない魔王の攻撃はどれも強力で、それこそサザーンなどが狙われれば、あっという間に殺されてしまうだろう。
それを防ぐためには『半径3メートル以内に敵がいた場合、優先的に狙う』という魔王の習性を利用して、常に俺がターゲットを取っておく必要がある。
それはつまり、距離を取っての回復や仕切り直しが出来ないということであり、戦闘の難易度を大幅に上げる。
とてもじゃないが、弱体化の不十分な魔王を相手にぶっつけ本番でやれるようなことではない。
だからこのキングブッチャーとの戦いが、そのための試金石なのだ。
接近する俺に呼応するように動き出した白い巨人に、まずはあいさつ代わりの一撃を。
移動の途中に朧斬月を挟んで、ハイステップで距離を詰める。
そしてジャンプでハイステップをキャンセルし、
「――朧十字!!」
パワーアップの発動に合わせて横薙ぎを重ねる。
レベル170の敵すら一撃で葬ったこのコンボは、
「グ、ォオオオオ!!」
しかし、キングブッチャーを葬り去るにはおよばない。
わずかによろめかせたものの、すぐに何事もなかったかのように攻撃を繰り出してくる。
「化け物が…っ!」
事前に予約していたエアハンマーで横に逃れながら、俺は思わずそう吐き捨てた。
やはり、キングブッチャーの物理耐性は強力だ。
だが、全く効いていない訳じゃない。
これを何度も何度も繰り返せば、いつかは勝てるはずだ。
そう信じ、エアハンマーに続いてパワーアップの予約に入った俺に、
「…?!」
ブッチャーの第二撃が迫る。
「ステップ!!」
ギリギリでエアハンマーのノックバックが終わり、俺は間一髪その攻撃を避けた。
だが……。
(次は、まずいか…?)
やはり、半径3メートルという縛りが効いている。
後ろに逃げられないから、ブッチャーの攻撃範囲から脱出出来ない。
すると、特に移動速度と移動時間に難のあるエアハンマーのノックバックは危険だ。
もう一度ブッチャーの正面にいる時にエアハンマーを使えば、今度こそ捉えられる。
そんな気がした。
(なら、後ろに回り込めばいいだけだ!)
俺はブッチャーの周りを回るようにステップからハイステップにつなぎ、縮地を発動して、
「しまった!」
ブッチャーの半径3メートルから飛び出してしまったことに気付いた。
後ろに回り込むことは出来たが、これでは意味がない。
俺はあえて攻撃はせず、続けて発動したエアハンマーで飛ばされながら、唇をかんだ。
縮地の優秀さが裏目に出た。
半径3メートルという制約を考えると、移動距離が長い縮地は使えない。
これで最速の移動法の一つが封じられたことになる。
「くそ、ならっ!」
ステップでブッチャーの傍までもどり、今度は神速キャンセル移動で回り込む。
しかし、白い巨人はそのスピードに追いついてみせた。
身体をひねりながら、肉切り包丁を振り下ろしてくる。
「っ! ハイステップ!」
轟音を上げて迫る超重量の刃物を、苦し紛れにハイステップを出して何とか躱す。
これで完全に攻撃リズムが崩れた。
だが、一度ハイステップを出してしまったら、もう神速キャンセルにはつなげられない。
ここまで来たらもうやるしかない。
(こ、の……ジャンプ横薙ぎ!)
着地をジャンプキャンセルして、横薙ぎを繰り出す。
だが、それは、
「なっ!?」
キングブッチャーの左足に、止められた。
タイミングがずれてパワーアップが乗らなかった上に、弱点の頭を狙うことも出来なかった。
与えたダメージが低すぎて、スキルが失敗したと見なされたのだ。
そして、スキル中断によって硬直する俺に、
「しまっ――」
ブッチャーの、巨大な右足が襲いかかる。
唸りを上げて迫るそれを、動けない俺はただ見守ることしか出来ず、
「ぐ、ぁ……っ!」
次の瞬間、俺はサッカーボールのようにブッチャーに蹴り上げられた。
為す術もなく吹き飛ばされ、地面に転がる。
以前にも、こうやってこいつには吹っ飛ばされた。
懐かしいとすら思える感覚。
「ソーマ!!」
遠くから、リンゴの悲鳴が聞こえる。
「来るな!!」
だが、駆け寄って来ようとするリンゴを制して、俺は立ち上がった。
『あの時』の俺は、一撃を喰らっただけで瀕死になって、回復するまで満足に動くことも出来なかった。
だが、『今』の俺は『あの時』の俺とは違う。
レベルも上がって、優秀な防具も装備している。
一撃でやられたりは、しない。
しかし……。
(そりゃ、そうだよな)
悠然とこちらに歩いてくる白い巨人を眺めながら、俺はうなずく。
ブッチャーと俺との距離は、当然ながら3メートル以上開いている。
こんなザマでは、とてもではないが魔王を相手に仲間を守り切ることなんて出来ない。
成長したはずの『今』の俺でも、力も速さも、まるで足りない。
制限をかけているとはいえ、本物の魔王には数段劣るブッチャー相手にこのていたらく。
これが、『今』の俺の実力だ。
「やっぱり、『今』のままじゃ、駄目か」
だったら、強くならなきゃいけない。
今までの努力、能力を全て失うリスクを負ってでも、俺は強くならなくちゃいけない。
だって、そのための手段を、俺はもう手に入れている。
近付くブッチャーを、そしてその奥に見える魔王の影をにらみつけながら、ゆっくりと口を開く。
「今度はお前に、『これから』の俺を見せてやる」
さぁ、今こそ叫ぼう。
ゲーム時代、その桁外れの効果から、バランスブレイカーとまで言われたその技の名を。
『猫耳猫』に存在する、ほぼ全てのスキルを使用した俺が、一度も使わなかったそのスキルの名を。
「――『憤激の化身』!!」




