第百十七章 レベルと強さ
イーナの言葉が聞こえなくなったあの瞬間から、前へ前へ、と心の内で猛る声がある。
実際に、十日以内に魔王を倒そうと思ったら、無駄に使える時間なんてない。
だが、無計画にただ焦って進もうとしてもそれこそ時間の浪費を生むだけだ。
焦れる気持ちを抑え、まずは効率的に動くための準備を整える。
まずは戦力の把握。
これを機会に、レベル鑑定紙を使って全員のレベルをチェックした。
手始めにと、自分にレベル鑑定紙を押し当てる。
「レベル156、か。思ったよりも高いな」
鑑定紙によると、俺のレベルは156まで上がっているそうだ。
最後にレベルを確認してから、流水の洞窟の攻略や粘菌イベントなどをこなしたが、洞窟で倒した敵はそう多くはなかったし、粘菌は連鎖で倒した分については経験値が入らない。
おそらくこれは、その後、王都襲撃の時の大量撃破のおかげだろう。
襲撃のメインは、レベル95のレッドキャップエリートと、レベル110のブラックオークだった。
経験値はレベルによるマイナス補正が大きいので、どんなに数がいてもこいつらを倒して上がるのは高く見ても120手前まで。
これだけでは俺のレベルがここまで上がってきた説明がつかない。
ただ、あの場にはレベル120以上の敵も数十体以上いた。
武器熟練度と違い、高レベルの敵を倒しても入手経験値には特に補正はつかないが、やはりそれなりに多くの経験値を持っている。
特に、高レベルモンスターの中にはレアモンスターやボス級の敵がありえないくらいの比率で潜んでいた。
『猫耳猫』は経験値の設定も適当なので一概には言えないが、適正レベルでボスを倒せば1、2レベル、敵のレベルに20や30の開きがあれば、一気に3、4レベルくらい上がることもめずらしくはない。
そんな俺の推測を裏づけるように、俺と大体事情の似通ったリンゴはレベル149だった。
王都襲撃以前のレベルは俺より高かったはずだが、主力部隊と空中部隊の数の差がそのまま入手経験値の差になったということだろう。
ここまでは想定の範囲内だ。
驚いたのが、真希のレベルだ。
なんかうきうきとしている様子の真希の腕に鑑定紙を押しつけると、
「レベル、182……」
予想外のハイスコアを叩き出された。
「え? なにそれ? 高いの?」
真希が無邪気に訊いてくるが、これはとんでもない高レベルだ。
王都の冒険者の中でも5位以内には入るのではないだろうか。
「182……」
真希が自分よりも30以上レベルが上だと知ったリンゴが、ちょっとショックを受けたみたいにそうつぶやいた。
やはりリンゴがレベル1からスタートしたのは、ゲーム上での立ち位置を奪われたことによるバグ的な何かのせいだったらしい。
というか、真希に王女という地位だけでなく、レベルまで吸い取られた結果と言ってもいいかもしれない。
リンゴ、ちょっとくらいなら真希に怒ってもいいぞと思いながら、次に向かう。
サザーンは俺がレベル鑑定紙を手に近づいていくと、身体をかばうみたいにして後ずさった。
「ぼ、僕はやらないぞ!
過日に捨て去りし僕の真名は、みだりに人に晒さないと誓いを立てているんだからな!!」
口ぶりからすると、サザーンというのは偽名らしい。
もしかすると本名は山田太郎だったとか、そんな感じのオチかもしれない。
実に中二病真っ盛りだなとは思うが、今はそんなことに構っている場合じゃない。
対サザーンにおいては、今は切り札がある。
「くま、ゴー!」と言おうと思ったが、やめた。
いくらサザーンとはいえ、特に悪いことをしていない相手の嫌がることをするのは気が咎めた。
どうせ、こっちはサザーンの隠しごとなんて興味ないのだ。
そのくらいは譲歩してやってもいい。
「いいぞ。だったら自分でやって、レベルだけ教えてくれれば」
「え? いいのか? その、僕が嘘を教えるとか、考えないのか?」
びっくりした声で聞き返された。
そこは驚かれるところではない気がしたが、ここで話をこじらせても面倒だ。
俺は素直にうなずいた。
「いくらお前でも、そんな訳の分からない嘘はつかないだろ。
気になるんだったら、鑑定した後でレベルの部分だけ切り取って渡してくれればいい」
「そ、それもそうか。……うん、その、す、すまないな」
「そういうのはいいからさっさとやってくれ」
くまショック以来すっかり扱いやすくなったサザーンを適当に促して、鑑定紙を使わせる。
サザーンは鑑定紙を確認すると、意外に几帳面に紙に折り目を作ってから半分に切って、
「括目せよ! これが我が魂の位階だ!」
思い出したかのように尊大な口調にもどって、紙の右半分を俺に差し出してきた。
魂の位階はともかくとして、サザーンってどのくらいのレベルだったかなと、紙をのぞきこんで、
『 : レベル157』
「くま、ゴー!」
その数字を見た瞬間、俺は反射的にくまをけしかけていた。
「や、やめっ!? ひぃいい!!」
追いかけっこを始めるくまとサザーン。
見ようによっては微笑ましい光景だ。
「というか、しまったな。つい……」
サザーンは別に悪くないのだが、あの数字を目にした瞬間、勝手に口が動いてしまった。
大きく差が開いていると特に悔しいとも思わないのだが、不思議な心理の働きだ。
サザーンには悪いことをしてしまったとは思うが、実害はないはずなので放っておいても構わないだろう。
元気にサザーンを追っているくまには残念ながらレベル鑑定紙が使用出来ないので、残りは一人だけだ。
最後に残った一人、ミツキは心得た様子で自分からレベル鑑定紙を取ると、それを手のひらに押しつけた。
文字が浮かび上がったのを確認して、俺に渡してくれる。
そしてその数値が、
『ミツキ・ヒサメ : レベル57』
本日のワースト記録を更新した。
「……幻滅しましたか?」
俺の表情をうかがうようにしながら、猫耳を中折れにさせたミツキがそう尋ねてきたが、俺は首を横に振った。
「いや、ミツキの強さは知ってる。そんなことは思ったりしないよ」
「……そうですか」
俺の返事に、ミツキは口調こそは変化させなかったが、折れた猫耳がピーンと跳ねた。
本当に分かりやすい。
(実際、分かってたことだしな)
驚きの記録ではあるが、これも予想していたことだ。
ミツキを仲間にしてステータスを見て、まずそのあまりのレベルの低さに驚き、次にそのあまりの能力値の高さに驚くというのは、もはや『猫耳猫』におけるテンプレの一つ。
当然俺はもう体験している。
アレックズよりよっぽど戦闘経験の豊富そうなミツキであるが、そのレベルはあまり高くない。
これにはちょっとしたカラクリがあり、実はミツキはほかのキャラと比べ、レベルアップに必要な経験値が異様に多いのだ。
そのレベルの上がりにくさは折り紙つきで、何しろ『ミツキのレベルが100を超えている』というのが、『猫耳猫』における三大廃プレイヤー条件、略して『産廃条件』の一つに数えられているくらいだ。
ちなみに産廃条件の一つは『乱れ桜を使用出来る』なので、俺はこっちの世界でも廃プレイヤーの領域に片足を突っ込んでいることになる。
まあミツキを仲間にすること自体がクリア後のオマケみたいな扱いなので、ミツキのレベル上げなんてのはやり込み要素の一つだとでも思ってくれればいい。
その代わりミツキを高レベルにした時の強さは異常で、ステータスを比べるとレベル300のプレイヤーがカスみたいに見える。
ゲームでは魔王戦には連れていけなかったので、こちらの世界でもどこまで頼りに出来るかは疑問だが、その伸び代の多さは頼もしくはある。
(とりあえず全員、まだレベル上げは出来そうだな)
なんにせよ、レベルアップの余地があるというのはいいことだ。
このゲームの経験値システム上、出現する敵よりもあまり高いレベルにすることは出来ない。
実質的なレベル上限はもう決まってしまっていると言ってもいい。
魔王の弱体化が期待出来そうにない現状、こちらのパワーアップの手段は貴重なのだ。
それぞれのレベルと特性から各自の最適な狩り場を脳内で検索しながら、次はアイテムの調整に移る。
くまを味方につければどうやら屋敷は悪さをしないようなので、くまを肩に乗せ、武器や魔法のカスタムなどの施設を今度こそ発見する。
まず手始めに、地下の一件で耐久の減った不知火を始め、武器防具の修復を行う。
ポイズンたんから受け取った残りの賞金がまるまる残っているので、ここでエレメントをけちる必要はない。
何も考えずに全修復した。
ついで、という訳ではないが、魔法カスタムの装置も見つけたので、それもやっていくことにした。
ただし、俺のではなく、サザーンのである。
試しにサザーンのカスタム画面をのぞいてみたら、どうやらこいつの魔法は全て、威力と詠唱時間がデフォで最大に調整されているっぽい。
こんな設定にしてあれば、そりゃあ毎回毎回足を引っ張るはずだ。
俺は嫌がるサザーンを押し切り、無理矢理魔法をいじらせた。
最後には足にすがりついて懇願してきたが、くまをちらつかせると一発だった。
偉大なり、黄色い悪魔。
半泣きで装置に向かうサザーンを見るとちょっとだけ悪いことをしている気分にさせられたが、サザーンの被害をよく知る俺としてはここで容赦は出来ない。
魔王対策もあるし、ちょうどいい。
俺は問答無用でサザーンの魔法をいじり倒し、実用性重視の構成に作り替えた。
「次は、防具を何とかしないとな」
俺がサザーンの魔法をいじっている間に、装備の損傷については全員、問題なく修復出来たようだ。
ただし、万全の状態になったとはいえ、装備のクオリティについてはまだ不安が残る。
修復が不完全だったなどということではなく、単純に弱いのだ。
特に俺とリンゴの防具なんて、王都の店売り品。
属性耐性のついた便利な品ではあるが、レベル換算で話をするとせいぜい100そこそこの品だ。
レベル250の魔王と戦うにはあまりに心許ない。
クエストをこなす傍ら、装備品も集める必要があるかと算段していたが、
「あ、だったらわたしが、お父さんに頼んであげようかー」
真希の一言があっさりとそれを覆した。
「まさか、こんなにあっさりと……」
真希が軽い口調で提案をした、たった数十分後。
俺たちの姿は、城の宝物庫の中にあった。
城に訪れた真希が、
「この人たち、魔王を倒すために武器がいるんだって!
地下の宝物庫のアイテム持ってっていいかな?」
と言ったら、あっさりOKが出たのだ。
娘に甘すぎだろ、王様。
まあ魔王のせいで国の要人が呪いを喰らって動けなくなっているし、王都襲撃イベントで俺たちの実力については確認されている。
魔王を倒してくれるなら、アイテムくらいいくらでも渡してやる、というのが王としての判断なのかもしれない。
ちなみに彼らの本物の娘であるところのリンゴは、リヒト王が俺たちと話をしている間、なぜか王妃とお互いまばたき一つせずにじいっと見つめ合っていた。
何と言うか、親子である。
傍から見ていると異様な光景ではあったが、終わった時にリンゴがちょっと満足そうだったのでよしとしよう。
「どぉ、そーま? なにかよさそうなアイテムはある?」
どこか自慢げに真希が訊いてくるが、
「よさそうなアイテムはあるかって言われても……」
むしろいいアイテムしかない。
この宝物庫は本来なら魔王撃破後、魔王討伐の褒美として解放される場所だ。
アイテムの質は、そんじょそこらのダンジョンや店とは比べ物にならない。
いっそ全部持っていきたいところだが、入る時に「必要な物だけ持っていってくれ」と言われているので、その言葉は守ることにする。
「これとこれと、あとこれを持っていこうか」
宝物庫のアイテムは大体把握している。
俺は必要そうな物を手早く見繕う。
最優先するのは防具だ。
自分用に、闇属性に強い耐性を持った強力な防具『光輝の鎧』を、そしてリンゴには『妖精の服』という軽量で魔法防御にも優れた防具を、そして三つ目に、
「サザーン、お前はこれを着ろ」
サザーン用に、各種防御のほかにMPの最大値を上げる『虹のローブ』を手に取った。
しかし俺の言葉に、サザーンは変なポーズで答えてきた。
「ふっ! 申し出は嬉しいが、光に背を向け、無明の闇に生きる僕に、そのような装備は似合わない。
僕に似合うのはやはり、闇をそのまま具現化したがごとき、この漆黒のローブのような……」
「いいから着てろって! そんな装備じゃ流れ弾一発で死ぬぞ!!」
「……はい」
『虹のローブ』をサザーンに押しつけた後も、役に立ちそうないくつかの品を選んで手にしていく。
まだ持っていなかった属性の武器や、単品で光属性攻撃を完全に弾く『鏡の籠手』、状態異常全般に強力な耐性を持つ『竜のタリスマン』など、防具を中心にそろえていく。
見たところ、ミツキと真希の装備は変更の必要がない。
俺とリンゴ、あと仕方ないのでサザーンの装備に出来るだけ隙がなくなるように、アイテムを組み合わせた。
「こんなものか……」
使えそうな物については、遠慮なく全部頂いてしまった。
その上で何か見落としがないか、もう一度部屋全体を見渡す。
取りすぎで宝物庫が穴だらけだが、前払いで魔王討伐の報酬を受け取ったと思うことにして後ろめたさを振り切った。
「じゃ、これで終わりだな」
そして最後に一つ、小さな袋を手に取る。
「あ、そーま、それなにー? 装備、じゃないよね?」
興味津々といった様子でのぞきこんでくる真希に、袋の口を開けて中を見せてやった。
「……たね?」
「ああ。ただし植える用じゃなくて、食べる用だけどな」
その小さな袋の中に入っていたのは、真希の言葉通り、種だ。
パワーシードを筆頭とするこれらのアイテムは、食べた人間の能力値を永続的に上昇させる、いわゆるドーピングアイテムという奴になる。
一部の廃人プレイヤーが喉から手が出るほどに欲する、レアアイテムなのだ。
だが、そんなアイテムの実態とは裏腹に、俺の言葉に予想外の食いつきを見せた人間がいた。
「…たねって、くだものの? おいしい?」
このパーティで一番食い意地が張っているリンゴだった。
無表情な顔に目だけをキラッキラと輝かせながら、俺の手をじっと見ている。
「あー、いや、たぶん、果物の種じゃないし、おいしくもないと思うぞ」
「…ざんねん」
残念と言いつつ、視線が袋から外れない。
小食なくせに食いしん坊キャラなリンゴの追及を躱しながら、俺も袋の中身を見た。
シード系アイテム、全種類詰め合わせ。
食べると能力値を増強するこのシード系のアイテムは、一度しか倒せないボスが確定ドロップする。
だからあまり見かけないほどレアなアイテムではないが、しかしそれ以外では固定宝箱か道具屋の掘り出し物に極低確率で並んでいるのを見つけるしかないので、大量に入手することが不可能なアイテムだとは言える。
使っても能力値が1しか上がらないことも踏まえると、通常のプレイではこの種がゲームバランスに影響を与えるようなことはありえないだろう。
そんな風に考えている間も、「それ、食べないの?」という目でリンゴが見ているが、それにはちょっと周りに人が多すぎる。
別に衆人環視の中で物を食べる趣味がある訳でもなし、ここで食べるには無駄にハードルが高い。
鞄の中に種の入った袋をしまいながら、しかし俺は考えていた。
――やはり、これしかないか、と。
昨日は魔王と戦う準備のために水中都市に行った。
装備品の強化、魔法の改造など、今日も色々とやった。
明日からは、出来る限りの魔王の弱体化と、自分と仲間たちのレベル上げを行うことになるだろう。
ただ、それだけでは、魔王を倒す決め手にはならない。
時間が足りなければ魔王の弱体化は不完全な物にならざるを得ないし、魔王城の扉を全開放するのなら、魔王城でレベル上げなんて悠長なことはしていられないだろう。
クリア前最高レベルを誇るあの城で経験値が稼げないのなら、実質的な上限レベルは200のかなり手前でストップしてしまうと考えられる。
その状態で魔王に挑むというのは、いくらなんでも無謀すぎる。
しかも俺の目標は、魔王を倒すこと、だけではない。
十日以内の完全勝利。
ゲーム風に言うなら、ノーミス、ノーリセットで、仲間の被害もなしに魔王を倒さなければならないのだ。
それを成し遂げるには、おそらく一つ次元の違う強さが要る。
尋常な手段では、到底そこまで到達出来ない。
(その、ためには……)
俺の視線は、自然とさっき種を入れた冒険者鞄に吸い寄せられる。
シード系のアイテムは永続的に能力値を上げるが、その上昇値は1。
大量に入手する手段がないこともあって、それはゲームバランスに影響を与えるほどの効果は発揮しない。
普通にやっていれば、そうだ。
だが、この『猫耳猫』にはその原則を打ち壊す例外が、バグが存在することを、俺はもう知っている。
だったら……。
「……行かなくちゃ、な」
口から、思わずそんな言葉が漏れた。
「…ソーマ?」
不安そうなリンゴの声が聞こえる。
まるで俺をつなぎ止めようとするみたいに、ぎゅっと手を握られた。
だが、その時には既に、俺の意識は別の場所に飛んでいた。
ここより南、デウス平原と呼ばれるフィールドの一角に、そいつはいる。
『猫耳猫』における、最強クラスのボスモンスター。
かつて俺が戦って、博打に近い戦法で紙一重の勝ちを拾った相手。
その名も……。
「――キング、ブッチャー」
岩山に封じられた白い巨人との戦いを、俺は静かに心に決めたのだった。




