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第百十五章 水龍の加護


「お、落とすなよ! 絶対に落とすなよ!」

「落とさないからおとなしくしてろ!!」


 むしろ落とさせる振りみたいな台詞を言ってぎゅっと俺にしがみついてくるサザーンを心底うざいと思いながらも、結局俺はサザーンの要求に従ってしまった。

 まああれだけごねられたり足を止められたりするよりは、俺が運んだ方がよっぽど速く移動出来ることは確かだ。


 だが俺が攻撃参加をしなくなって、目に見えて敵の殲滅スピードが落ちた。

 サザーンをおぶっている俺はもちろん、ミツキはまだ精彩を欠いているし、リンゴは雷撃を使えないし、くまは鞄の中。

 俺のパーティはほとんど機能していないのだから当然だろう。


 そんな中で、唯一輝いていたのが真希だ。

 真希は敵を捕捉するといちはやく飛び出していき、魔法の杖らしき武器で敵を殴って瞬く間に倒してしまう。

 高いレベルと能力値、それに本人の勘の良さも加わって、モンスターたちを危なげなく倒していく。


 雷撃が使えない以外は問題はないリンゴも同じように続くのだが、雷撃を使わない戦闘に慣れていないリンゴは、終始真希に押され気味だった。


(いや、それだけじゃない、か)


 装備の差なのか、あるいは真希に王女補正でもかかっているのか、二人の間には明らかな能力差があった。

 特にその速度の差は圧倒的だ。



 以前にも話した通り、敏捷は数ある基礎能力値の中でもスタミナ同様、レベルアップで上昇しない能力値で、キャラ性能を比較する上でももっとも重要視される項目の一つだ。

 その影響はほぼ全ての行動におよび、これが高い人間は全ての動作が速くなり、あらゆる場面において高いパフォーマンスを発揮する。


 その基準値は100。

 高レベルになれば1000を超える能力値も出てくるこのゲームでは控えめな数値と言えるが、実際『猫耳猫』に存在する8割以上のキャラクターの敏捷は100で固定されていて、プレイヤーも当然そこに含まれる。

 ただ、一部のキャラクターにはそれ以上、あるいはそれ以下の値を与えられていることがある。



 『猫耳猫wiki』には各キャラクターの速度比較がまとめられているページがあって、俺も少しだけ覚えている。


 確か、序盤に出てくるキャラクターの中ではやはりイーナが高く、平常時でも120。

 トレインモードになった時の敏捷は180だったと記憶している。


 1.8倍くらいだと大したことないと思うかもしれないが、100メートルを18秒で走る人と10秒で走る人を思い浮かべると分かりやすいだろう。

 少なくとも足の遅い女の子と短距離走の選手くらいの速度差はあるということだ。


 残念ながらシェルミア王女のデータはなかったと思うが、リンゴの移動速度は普段から速く、体感だがおそらく敏捷130程度に達していると想定してきた。

 しかし真希はそれに輪をかけて速い。

 敏捷換算で160、いや、170程度はあるんじゃないかという速度だった。


 検証によれば、神速キャンセル移動を使うと全力疾走の1.7倍くらいの速さで移動出来ると言われているので、真希は普通のダッシュでそれと同程度の速度を叩き出すということになる。



 ちなみにだが、全キャラ中最速のキャラは当然ミツキで、その敏捷値は250。

 もはやその速度は速いとかいう次元にはなく、これはもう一人だけ改造コードを使っているようなレベルだと言える。

 チーターというあだ名は伊達ではないのだ。

 今にして思えば、彼女を相手に神速キャンセル移動ごときで逃げられると思った昔の俺は甘かった。


 ミツキは『ステップを使って移動速度が落ちるのは彼女だけ』なんて言われているという話はしたが、あれは正確ではない。

 確かにプレイヤーのステップよりミツキの移動速度の方がよっぽど速いが、敏捷の補正はスキルにもおよぶ。

 なのでミツキがステップを使うと、実際にはプレイヤーの2.5倍の速さのステップが発動することになる。


 これは攻撃においても同様だ。

 ミツキと俺が同じスキルで攻撃をした場合、俺が1回攻撃する間にミツキは2.5回の攻撃を繰り出せることになるし、同じ魔法を詠唱した場合、ミツキは俺の半分以下の時間で詠唱を終えられることになる。


 しかもほかの能力値も剣の腕前も超一流というのだから、本当に公式チートは始末に悪い。

 いや、その公式チートは今は雨に濡れた子猫みたいに震えている訳だが。



 少し話がずれたが、とにかく敏捷値の差はわずかでも大きな違いとなって現れてくる。

 リンゴも頑張ってくれていたのだが、その差はいかんともしがたい。

 ようやくリンゴが敵の前に辿り着いた時には、モンスターはもう真希に全滅させられていた、なんて状況もざらだった。


 リンゴは特に気にした様子はなかったが、真希は自分が活躍しているのが分かっているからだろう、いつもより上機嫌だった。

 泡の中での休憩の時、俺の傍に寄ってきて胸を張る。


「えっへへー。わたしのこと見直したでしょー」


 少し調子に乗ってるなと思ったが、うまく進めずに焦る中で、真希の活躍は実際にありがたかった。


「ああ。正直俺たちがここまで来れたのは、真希のおかげだと思う。

 本当に助かってる、ありがとう」


 俺はめずらしく素直に感謝の気持ちを伝えたのだが、本当に褒められるとは思っていなかったのか、真希は急にあわて出した。


「え、えぇ? あ、う、うん。その……こ、こちらこそ、ありがと」

「いや、何でお前が礼を言うんだよ」


 少し間の抜けたやりとりに、サザーンのせいでささくれた気持ちがほんの少し癒された。

 俺が口元に小さい笑みを浮かべた時、


「ッ?!」


 急に近くでバリッという音がして、反射的にそちらを見た。


「り、リンゴ?」


 音の出どころはリンゴだった。

 脇差を外に向けて掲げた姿勢で、こちらを振り返ってくる。


「…いま、ためした。ここでも、ちゃんとつかえる」


 その言葉と同時に、バリッという音がして、脇差の先から雷撃がほとばしる。

 それは空気の膜を抜けて水の中に飛び込んで、そのまま地上で使ったのと変わりない速度と軌道で水の中を進んでいく。


 それを見て、ようやく事態を理解した。

 リンゴはさっき、雷撃の試し撃ちをしたのだろう。

 泡の中は空気で覆われているから感電の心配はないし、外の水に向けて放てば雷撃が水の中でも使えるかが分かる。

 なかなかのアイデアだった。



 道行きは、そこから順調になった。


 リンゴの雷撃は真希の移動速度よりも数段速い。

 格下の相手だということもあいまって、リンゴのおかげでほとんど足を止めることなく進むことが出来た。


「リンゴちゃんのそれ、かっこいいねー」


 雷撃を使えるようになってからのリンゴの活躍ぶりは目覚ましく、真希がリンゴを羨んだほどだ。

 リンゴはそれを聞いてしばらく迷っていたようだが、


「…………こんど、おしえる」


 ぽつりと真希に、そんなことを提案した。

 そういえば真希はデータ的にはリンゴと同じキャラクター。

 一応雷撃を使うことも不可能ではないはずだ。


「え? いいの?」


 それを知っているのかどうなのか、真希の言葉にリンゴはしっかりとうなずいた。


「…そのほうが、ソーマのためになる、から」

「そっか。リンゴちゃんっていい子だねー」


 昔は俺とくらいしか会話しなかったリンゴだが、ちゃんと成長しているようだ。

 ちゃんとモンスターと戦いながらも、そんな会話を繰り広げていた。


(それに比べて……)


 俺は思わず、背中に背負った荷物を見た。


「……な、なんだよ。そんな顔されても、僕は降りないぞ!」


 こいつはいつになったら成長するんだろうな、とため息をつきつつ、俺は目的地に急いだ。




「やっと、ここまで来れたか」


 水中都市に転移してから既に1時間45分。

 俺たちはようやく水中都市の反対側の端にやってきた。


 そこは奇妙な場所だった。

 地面にはいくつかの穴があって、そこから時折小さな泡が昇ってくる。

 その奥には龍の姿をした像があって、そこにはこんな文字が刻まれている。


『汝が指に水龍の加護を』


 何だかサザーンの台詞くらいに仰々しい言葉だが、その意味は単純だ。


「ミツキ、今つけてる指輪を俺に渡して、代わりにこれをつけてみてくれるか?」


 俺がミツキを呼び寄せてそう頼むと、ミツキは猫耳を緩慢にかしげながらも指示に従ってくれた。

 ミツキから四属の指輪を受け取って、代わりに店売りの筋力アップの指輪を渡す。

 それをミツキがはめてくれたのを確認して、次の指示。


「じゃあ今度は、そのままここから出てくる泡に触ってみてくれ」


 ミツキは状況はよく理解出来ていないようだったが、流石は『猫耳猫』最速。

 水の中で動きが鈍っている中でもうまく泡をつかまえた。


「ッ!? これは…!!」


 ミツキが泡に触れた途端、ミツキのつけた筋力アップの指輪が光り出す。

 同時に、ミツキの身体を小さい膜のような物が包み込んだ。

 しおれていた猫耳が、元気を取りもどしていく。


 これが、『水龍の加護』。

 ここの穴から出てくる泡に触れると、装備している指輪の一つが『水龍の指輪』に変化するのだ。


 この水龍の指輪は装備者に強い水属性耐性と水中適性を授けるほか、ここの毒ヘドロのような厄介な地形効果も完全に無効化するという超高性能装備だ。

 ただし、その性能の高さのせいか、期間限定品。

 この水中都市でしか使えない装備品という位置づけのため、持ち逃げ対策で鞄やクーラーボックスに入れることは出来ず、ガラスの外壁から水中都市を出る時に必ず消失してしまう。

 しかも、そうやって水龍の指輪がなくなっても当然元の指輪はもどってこない。


 貴重な指輪を装備していたら大きな痛手となるのはもちろん、クエストに必要な指輪も余裕で変化させてしまうので、最悪の場合ゲームが詰む場合もある。

 まあこのくらいの不具合は『猫耳猫』ではありふれてるので今さら騒ぎ立てるほどのことではないが、気を付ける必要はあった。


「みんなもなくなったらまずい貴重な指輪をつけてる場合は俺に預けてくれ。

 代わりの指輪を渡す」


 幸い店売りの指輪は大量に購入しているため、身代わりにはことかかない。

 あまり使いそうにない指輪を五つ選んで取り出した。


 これをみんなに配ろうと考えて、そこで俺は一つのおかしな点に気付いた。


「……リンゴ? お前、もう一つの指輪は?」


 前にアクセサリー屋に行った時に一緒に買って、リンゴはその時の指輪を二つ、右手につけていたはずだった。

 しかし、リンゴの細い指には一つしか指輪がなかった。


「…………ひ、ひだりて。りょうほうみぎだと、バランスがわるいから」


 リンゴはそう答えたが、その肝心の左手はなぜか隠すように後ろに回されている。

 もしかしてなくしたんだろうか、俺はそんな風に疑ったが、


「…まってて」


 リンゴは後ろを向いてごそごそと指輪を外すと、俺に二つの指輪を差し出してきた。

 ちゃんと二つあるし、特に壊れたり傷ついたりしている様子もない。


 その割にはリンゴの態度が不可解だったが、今は追及より水龍の指輪の入手の方が大切だ。

 俺はほかの三人にも指輪を配ると、自分の指輪も外し、店売りのしばらく使いそうにない指輪と入れ替えた。


 とにかく、ここまで来たらあと一息だ。

 そんな風に、思っていたのだが……。



「く、くそ! 逃げるな! 正々堂々と戦え!」

「…………」


「あ、こら、待て! 僕はサザーンだぞ!」

「……おい」


「た、たかが泡の分際で、僕に楯突くとは、貴様はよっぽど……」

「何でお前は、たかが泡ごときを捕まえられないんだよ!!」



 そこでもサザーンが足を引っ張った。


 俺も真希もリンゴも、鞄から顔を出したくままでも泡を捕まえられたのに、五分以上経ってもサザーンだけがまだ泡を追いかけていた。

 この水龍の指輪は一人一個までしか手に出来ないので、代わりにやってやることも出来ない。


 それでも我慢してじっと見守っていたのだが、俺が見ているのに気付くと、サザーンは悪びれもせずに言い放った。


「ふ、ふん! 僕のせいじゃない!

 こいつが泡のくせに小賢しく逃げるのが悪いんだ!」


 そのサザーンの言い種に、流石の俺もカッとなった。


(こい、つはぁっ!!)


 とうとう我慢の限界に達し、俺はサザーンを怒鳴りつけようとして、



「――ソーマ」



 背中に感じた温かい感触に、俺は我に返った。


 リンゴだ。

 リンゴが、俺の身体に後ろから抱き着くようにして、俺を止めていた。


「…あせっても、あのひとはたすけられない」


 焦りで頭に血が昇った俺の耳に、そんな言葉が飛び込んでくる。

 痛い所を突く言葉に、一瞬また頭が沸騰しかけたが、


(いや、その通りか……)


 リンゴの言っていることは正論だ。

 いくらイーナのことがあるからって、俺は少し焦りすぎていたのかもしれない。


 冷静に考えれば、分かる。

 まだサザーンが泡を捕まえられないのは、さっきまでのようになまけているのではなく、単に運動神経が致命的に足りてないせいだ。

 一生懸命やっている人間を一方的に怒鳴ろうなんて、どうかしていた。


 そもそも、サザーンが足手まといだなんてことは最初から分かっていたこと。

 それを覚悟して俺はサザーンを連れてきたはずだった。


(……よし!)


 自分に一度気合を入れると、俺は後ろからサザーンの両肩を掴んだ。


「ひゃわっ!」


 いきなり肩を掴まれ、珍妙な悲鳴を上げるサザーンに、俺は落ち着いた声で語りかける。


「サザーン、お前は欲張りすぎだ。いいからもっと落ち着け」

「むぅ。僕は欲張ってなど……ふぐ!?」


 唇をとがらせて抗議してくるが、取り合わない。

 その口にポーションを突っ込んでHPを回復させながら、言ってやる。


「いいや、欲張ってる。

 お前はどうせどんくさいんだから、最初から全部の穴を見るのはやめろ。

 手前の方の、半分だけでいい。

 その半分に狙いを絞って、そこから出てきた泡を確実に捕まえるんだ」

「ぼ、僕はどんくさくなんてないっ!」


 そう言い返しながらも、サザーンが手前の穴に注意を集中させたのが分かった。

 全く素直じゃない奴である。


「あっ!」


 その時折悪しく、奥の方の穴から泡が出てきた。

 反射的にサザーンの身体が動こうとするのを、肩を引っ張って止める。


「だから行くなって!」

「……う。だが、また逃がしてしまったじゃないか!」

「いいんだよ、それで。ほら、手前に集中しろ」

「こ、今回だけだからな!」


 よく分からない捨て台詞を吐いて、サザーンが手前に視線をもどす。

 そして、


「来たぞ!」


 サザーンが手を伸ばせば届くような絶好の位置から、泡が浮かび上がってくる。


「わ、わわ! こ、このぉ!」


 逆にベストな位置から飛び出してきたのがプレッシャーになったのか、すっかりサザーンはテンパった。

 しかし、でたらめに振り回した手が幸運にも泡に当たり、


「あっ!」


 その指が、光に包まれる。

 一瞬後、サザーンの指には水龍の指輪があった。


「……やったな」


 信じられない様子で、呆然と自分の指を見つめるサザーンの肩を、ぽんと叩いてやる。

 するとサザーンは嬉しそうに声を弾ませた。


「う、うん! 君のおかげで……い、いや、勘違いするなよ!

 今回、たまたま貴様の助言を容れただけで、僕は別にお前に気を許した訳じゃ……」

「分かりやすいツンデレみたいなこと言うなよ、気持ち悪い」

「き、きもちっ……!?」


 まさか今のでショックを受けたのか、ズーンと沈み込むサザーンだったが、まあこいつの心情なんて知ったこっちゃない。

 それよりも、ここでの目的を果たしたことの方が重要だ。


 これでメンバー全員の水龍の指輪は確保出来た。

 この場所でしか使えないアイテムだけあって、水龍の指輪の効果は折り紙つきだ。

 もうこれで水中でHPが減る心配はしなくていいし、これがあれば黒い水の中だろうが赤い水の中だろうが気にせずに進める。


「くっ! まあ、いい。

 それよりもすぐに出発するのだろう?

 これであの宝物庫の周りの呪われし闇の水も突破出来るはずだ」


 さっきまで俺におぶわれていたサザーンが、いきなり調子づいてそんなことを言い出す。

 やる気が出たのは実に結構だが……。


「え? ……ああ、いや。

 そりゃあ時間に余裕があれば行ってこようかとも思ってたが、もう無駄だろ。

 宝物庫には行かないぞ」

「……は?」


 間の抜けた声を漏らすサザーンを横目に、俺は時間を確かめた。


 もうすぐ時刻は午前二時。

 この世界の人間なら、普通はベッドに入って夢を見ている時間だ。



「やっぱりな。残念だけど、もう時間切れみたいだ」



 そう言い切った俺の耳に、ちょうどぴったりなタイミングで『あの音』が聞こえてくる。


 『あの音』とは、もちろん――


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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