第十章 ヒロイン登場?
『封魔の台地』で一番の強敵は、犬型のモンスター、マッドハウンドだった。
他のモンスターは単独で行動する個体を見つけることもあるが、マッドハウンドだけは必ず二匹以上が組になって行動していた。
今回遭遇した相手も二匹で一組。
左右に分かれ、挟み撃ちで俺を討ち取ろうと襲い掛かってくる。
もちろん俺だってそれを甘んじて待ったりはしない。
図らずもあの女盗賊が俺に教えてくれた通り、挟み撃ちを破る定石はどちらか片方を突破することだ。
ただ、マッドハウンドはこの付近のモンスターの中でも群を抜いて機敏で、こっちの攻撃を避けることもある。
俺は十分に引き付け、一匹のハウンドが俺にとびかかろうと足にタメを作った瞬間を狙い、
(ステップ!)
ハウンドに向かって跳躍。
間髪を入れずにステップをショートキャンセルしてスラッシュを繰り出す。
今の俺の出来る最速のコンボに、ハウンドの回避は間に合わない。
避けようと体をよじった状態のまま、俺の攻撃を受けて断末摩の悲鳴を上げる。
これで一匹撃破。
そのままスラッシュの硬直を敢えてキャンセルせずに、もう一匹の攻撃を誘う。
(……来る!)
残ったマッドハウンドが地を蹴る気配。
それを感じると同時に技後硬直は解けるが、ここから振り向いても間に合わないだろう。
だから俺は後ろを確かめずにステップを発動、横に跳んでマッドハウンドの攻撃をすかす。
空中で、身体の向きを変えると、
(ご愁傷様)
突然目標を見失い、体を泳がせているマッドハウンドの姿が見えた。
ただ、この位置関係ではスラッシュでは厳しいかもしれない。
とっさの判断で、俺はもう一つの基本スキルを使った。
(横薙ぎ!)
その体に横から叩き付けるように、不知火を振るう。
いくら機敏なマッドハウンドも、空中にいればどうしようもない。
攻撃を受けたハウンドは為す術もなく光と消えた。
「うん、いい感じだ」
あれからこの『封魔の台地』で戦闘を続けてきて、かなりレベルが上がってきている。
ゲームで培ってきた、戦闘勘のような物も戻ってきていた。
さっき、『横薙ぎ』のスキルだってきちんと使えることが判明した。
「やっぱり、不知火はいいな」
スキルや攻撃力もそうだが、何しろ使い慣れているというのがでかい。
そもそも俺は、ゲーム時代から剣系の武器を使っているので、同じ長さの不知火はやっぱり手になじむ。
武器についてはきちんとした説明をしていなかったが、武器にはそれぞれ『剣』『槍』などの種別が設定されていて、それによってその武器の長さが決まる。
これには『猫耳猫』らしい事情があって、スキルの効果範囲が固定値になっていて、武器のリーチとは無関係になっているというのがその主な理由だ。
ピンと来ないかもしれないが、同じスキルが使える長さの違う武器があったらどうなるか。
それを想像してみるとその理由が分かるだろう。
例えば、ここにめっちゃくちゃ長い剣と、めっちゃくちゃ短い剣があったとしよう。
普段のリーチは当然長い剣の方が断然上だが、『猫耳猫』の仕様でスキルを使った場合、スキル使用時のリーチは同じになってしまうのである。
更に言うならスキルを使った時、長い剣は剣が当たってるように見えても敵にダメージがなかったり、短い剣は剣が当たっていないように見えても敵にダメージが入ったり、色々と不都合が生まれる可能性がある。
故に、剣なら全部この長さ、槍なら全部この長さ、というように武器の種類ごとに長さが定められているのである。
そして、いくつかの武器には上位互換とも言えるような武器が用意されている。
『短剣』に対する『忍刀』、『槍』に対する『戟』、そして『剣』に対する『刀』などがそれである。
この上位互換武器、例えば『忍刀』に分類される武器は、全て『短剣』の種別も持っていて、『忍刀』と『短剣』、両方のスキルが使える。
そしてもちろん、その武器のリーチは『短剣』と同じに設定されている。
少し長くなってしまったが、要するに『刀』としてデザインされたらしい不知火は、『剣』と同じリーチを持ち、『剣』のスキルも使用可能だ、ということである。
「この剣さえあれば、俺は……っとと!?」
考え事をしながら歩いていたせいで、足元のでっぱりにつまずいた。
思わずその場に膝をつき、
「ぅ、わ……」
俺は、こちらを睨み付ける邪神と目が合った。
背中を怖気が駆け抜ける。
「これ、邪神のレリーフ、か」
俺がつまずいた物。
それは、この国ではよく見かける、特に魔物の支配領域においてよく目にする、邪神の姿が彫られたレリーフだった。
『猫耳猫』の舞台、リヒト王国に魔物が多いのは、この近くに封印された邪神が存在しているから、という設定である。
邪神復活のための贄として、魔王はこの国に目をつけ、多くの魔物を放ったのだ。
浮かれていた気分が一気に冷めていく。
ゲームのラスボスである『終末呼ぶ魔王』のレベルは250。
裏ボスである『邪神の欠片』に至っては、レベルは300を越えていたはずだ。
ゲームには出て来なかったが、ゲームの設定を忠実に再現しているのなら、この世界のどこかに邪神の本体が存在していてもおかしくはない。
そんな物が存在していた場合、果たして人間に勝ち目はあるのか。
たかがレベル25の敵を倒したくらいで浮かれていた自分が、ずいぶんと滑稽に見えた。
「これからどうするのか、真面目に考えないとな」
立ち上がって、つぶやく。
本当なら、もっと早くに考えなければならなかったことだ。
しかし、リアルになったゲームに夢中になった振りをして、ずっと考えるのを避けてきた。
はっきり言えば、この世界でただ暮らしていきたいなら無理をする必要なんてない。
レベル25の敵を安全に狩れるなら、宿代くらいはお釣りがくる。
わざわざこれ以上強くなる必要もない。
だが、もし魔王や邪神、いやちょっと強い魔物が本気で国を攻めることを考えたのなら、抵抗の手段がなくなる。
一方で、ゲームと同じ感覚でゲームクリアを目指すというのも危険が伴う。
俺がゲームをクリア出来たのは、セーブやロード、リセットが出来たからだし、失敗しても大丈夫だという安心感があったからだ。
現実と変わらないリアルなこの世界で、ゲームクリアを目指すのは現実的じゃない。
そして、仮に魔王、あるいは邪神の欠片まで倒せたとして、その奥には本物の邪神が控えているかもしれないのだ。
ゲームの中ですらまだ勝てていない敵を、俺が倒せるとは思えない。
そうすると、最後の選択肢は……。
「元の世界に帰る、ことか」
一番実現出来そうにない案、に思えるが、実は一つだけ、元の世界に戻れるかもしれない方法をもう俺は思いついてはいる。
ただしそれを実行したとして、成功する可能性はかなり低い。
何も起こらないか、最悪死んでしまう可能性すらある。
それに……。
「そのためには、こんなとこにいちゃ、駄目だな」
自分がもっと強くなるか、あるいは強い仲間を見つけるか。
とにかくこんな町にくすぶっているようじゃ、いつまで経っても実行不可能だろう。
「なら、俺は……ん?」
俺が一つの答えを出そうとした時、その異変に気付いた。
「あれ、何だ? 砂煙?」
竜巻とかの類だろうか。
この世界にそんな自然現象があったかと考えようとして、もっとやばい可能性に思い至った。
「待て、待てよ?
俺は一体、何時間ここでレベル上げしていた?」
自問自答する。
だが答えは出ない。
普段なら時間を教えてくれるはずのメニュー画面が今は沈黙してしまっている。
だが、もしあの砂煙の正体が俺の思った通りならまずいことになる。
俺は大慌てでその場を立ち去ろうとしたのだが、
「す……せ…ん! …ぁ…け……ださ…い…!」
風に乗って、かすかにそんな声が聞こえてきた時、俺は全てが手遅れになったことを悟った。
――来る。
――奴が、来る。
NPC人気ランキングとNPC不人気ランキングを同時制覇するという偉業を成し遂げた、唯一のキャラクター。
その圧倒的な存在感から、多くのプレイヤーに親しみと、それ以上の数の怨嗟の声を受ける、奴が……。
「トレインちゃんが、やってくる…!!」