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第肆話 運命拳


Side ラウ


利き手である右手をぐーぱーぐーぱーと開いたり閉じたり。

いまからすることの肩ならしだ。ある程度こうして慣らしておかないと、咄嗟の判断に動きが間に合わなくなるから。

絶対に負けられない、この勝負。たとえ相手が幼い少女のフェンであったとしても、僕は負けるわけにはいかない。・・・いかないんだ。

でもそれは恐らくフェンも同じ気持ち。だからこそ、相手が幼いからと言って手を抜いてしまえば失礼に値する。それに、手を抜いてしまったら負けるのは僕。

フェンが幼女だからと言ってなめてかかってはいけない。これまでだって幾度となく彼女とぶつかり合ってきたが、今のところ54勝11敗3分。引き分けがあるのは単純に時間内に勝負がつかなかっただけ。しかし、この戦績は如何ほどのものか。この前勝負したのはたった2日前ほどだったけど、僕が勝った。でもだからといって油断禁物。彼女も今回は死ぬ気でくるだろうから。勿論僕もだけど。


―ごくり


向かい側には真剣な表情のフェンの姿が。右側には手に汗を握って僕たちを見守っているアサ。ひゅ~っと肌寒い風が木の葉とともに緊張の中を駆け抜ける。


「・・・いいよ。いつでも来て、フェン。」

「らうちゃんにはまけないっ!!」


舌足らずな口調で僕を威嚇し、両手を逆手に組み合わせてぐるんと半回転。それから銀髪を振りながら両手の隙間を覗き込む。

一体フェンは何をやっている?彼女は何か勝つ為の秘策でもあるのだろうか。


スッとアサの左手が僕とフェンの間に差し出される。アサが手を上げたら勝負の開始の合図だ。沈黙が場を支配する。


「じゃあいくよ?試合・・・開始っ!!」


その瞬間、僕とフェンは同時に動き出した。

遅れは致命傷に繋がる。でもだからといって相手の速度を上回ればいいというわけでもない。相手の反応を窺いつつどの手で来る気なのか推測する。


「「じゃんっ」」


ぐっと四肢に、特に勝負の要となってくる右手に力を籠める。


「「けんっ」」


拳を握ってばねを引き絞る。

早ければ次の瞬間に勝負が決まる。悔いの残らないように、僕は精一杯力をこの拳に秘めさせる。

そして風を纏い拳を振りぬいた。


「「ぽんっ!!」」


フェンの右手は最大にまで開いている。それに対して僕の右手は閉じられたまま。


「・・・・・。」

「・・・・・。」


お互いにお互いの力の限りを籠めた拳を見合う。

・・これは・・・。


「わーいっ!!ふぇんのかちっ!!」


負けた・・・。フェンは紙、僕は石。石は紙に包まれなくてはいけない。石は紙には勝てない。これ、自然の摂理なり。ってアサにこの勝負方法を教えてもらったときに教わった。

それにしても・・・まさか僕がフェンの手を見誤るとは・・・。ここは確実に安定感のある石を選んでくると思って、あいこに引きずりこませるよう仕向けたはずなのに。


「ふぇん、あさちゃんといっしょにおでかけー!!」


勝敗は決した。もう決してこの結果を覆すことは出来ない。

何故今回このような勝負をしたのか。それは今から30分ほど前に遡る。









宿の部屋内に僕たちは丸くなってベットの上に座っていた。

右隣にフェン、左隣にアサがいる。因みにあのうるさい女は隣の部屋で今頃ゆっくり寛いでいるのだろう。危機が迫っていると言うのに暢気な奴。

アサが人差し指をたてて顔の前に持ってくる。


「これは秘密作戦だよ。だからおれたちだけの内緒。いい?」


つまりはあの女に知らせるな、端的に言えばそういうこと。

隣の部屋だからあまり騒ぐと会話は筒抜け状態になる。特にフェンに向けての言葉だろうけれど、一応僕も首を縦に振っておく。


「あさちゃん、ひみつのさくせんってなぁに?」

「ふっふっふー。名付けて『おとりとりとりめいちゃん大作戦!!』だよ。」


首を傾げるフェンに悪戯っぽい笑みを浮かべて楽しそうに囁く。

・・・いつに増してもネーミングセンス絶賛爆発中だね、アサ。僕はなかなかその奇抜なセンスを理解することは出来ないけれど。


「一応確認しておくけど、その作戦名ってどこからきたの?」

「それを今から説明しまーす。」


本当なら一枚銀貨一枚もする超高級紙のはずが、それはアサの中ではお絵描き帳でしかないようで、その高級紙の上にはずらずらと異国の文字と意外と巧い絵が添えてあった。


「先ず、フェンとラウには分かれてもらって、一人はおれに、一人はメイについていてもらいまーす。これはとりあえず例だから気にしないで。」


デフォルトのキャラたちが可愛らしく描かれている。

ポニーテールのキャラとくせっ毛、水色に頭が染められた僕とメイドカチューシャがアサの引いた一本の線によって分けられる。そしてポニテ(=アサ)とくせっ毛(=フェン)が丸で囲まれる。


「おれは今からちょっと行きたいところがあるから、おれと一緒になった方はその手伝いをしてもらうよ。んで、もう片方はメイを見張ってて欲しい。」


そういえばあの女、つけられているんだった。今日も図書館で妙な気を感じた。多分あいつらのものだと思う。それで、見張ってて欲しいというのは・・・


「あの女、攫わせるの?態と。」

「あれ、よく分かったね、流石ラウ。よしよし。」


気がついたときにはふわふわと頭を撫でられていた。久しぶりにアサに撫でられた気がする。


「・・・・・って何やってるの!」


我に返ってアサの手をぺしっと跳ね返してしまった。気持ちよかった。本当はもう少し撫でていて欲しかったのに、強がってつい。はぁ、ほんと損な性格してるって自分でもわかってるけど、どうしようもないんだよね。


「このツンデレめ。」


何を言われたのか分からなかったけど、僕にとって良くないことを言ったに違いない。睨みつけるとあっさりとかわされて話を戻される。

でも今一瞬だけアサが寂しそうに眉を顰めていたのが目に付いてしまった。アサはずるい。そんな顔をするからこれ以上何も言えないじゃないか。


「うーっ、ずるいらうちゃん!!ふぇんもなでなでしてもらいたい!」

「今は我慢してね、フェン。この説明が終わったら思う存分やってあげるから。」

「うん!!ふぇんがまんするー。」


ふわぁーやっぱ無理―とか叫んで我慢しろと言った張本人が我慢できなくなって、フェンの髪をぐしゃぐしゃに掻き回している。もうかわいいかわいい連呼。

・・・なんでフェンばっかり。僕だってアサのために頑張ってるのに。

っとと、いけない。今は作戦会議中だった。


「アサ、さっきの話の続きは?」


これ幸いといいことにフェンを撫でるのを中止にさせる文句が口をついて出る。フェンの頭からアサの両手が離れる。


「そうだった、ごめんごめん。で、おれのほうもそんな時間はかからないだろうから、その足でメイたちに合流する。そんでストーカー集団を一網打尽に!!」


そんな簡単な策で上手くいくのかなぁ?まぁいかなくても力でねじ伏せることが僕たちには出来るから、なんとかなるとは思うけれど。


「でもそれってあの女が攫われること前提で話してるでしょ?もし暗殺目当てだったらどうするつもり?」


その場で殺すつもりだったら攫う必要性なんてないだろうし、騒ぎになることを忌避してもし場所を移し変えたとしても必ずしも親玉のところに戻るとは限らない。まぁあの女がどうなろうが関係ないけれど、その抜け抜けの作戦でこっちにまで火花が舞って来たらたまったものではない。アサにも面倒ごとが降りかかるかもしれないし・・・といっても女を拾った時点で色々と巻き込まれているのはひしひし感じてる。


「そのときは簡単だよ。敵殲滅。まぁぶっちゃけおれとしてはこっちのほうが楽なんだけど。後付回すのもだるいし。」


それには同感。

フェンは分からないようで首を傾げているが、きちんと説明すればわかってくれるので今は放っておく。


「それで肝心のチーム分けだけど、どうする?おれと来るか、此処で待機か。」

「あさちゃんといっしょがいい!」

「僕はアサとが良い。」


思いっきりフェンと僕の声が被った。

二人の間で激しい火花が散る。こうなることは想定内のこと。こうなったら恒例のじゃんけん真剣勝負と垂れ込むしかない。


ということで現在に戻る。






「そんじゃ、ラウはお留守番ね。」

「はぁ、負けたからしょうがないね。」


はしゃぎまくってアサの腕に収まっているフェンがちょっとだけ羨ましい。

それに僕は負けたからあの女の面倒見なくちゃいけないし、面倒だ。さっさと女を殺せばいいのに。何故アサは巻き込まれるのを察していたはずなのに、態々女を手元に置いておくのか。何か考えがあってのことなんだろうけど、僕には面倒ごとを抱え込むアサの気持ちが分からない。


「あー、ラウ。くれぐれもメイには分からないように、ね。」

「了解。もしかしたら手が滑って女殺すかもしれないけれど。」

「それはだーめ。」


ふざけて人差し指をばってんにして笑っているけど、多分本心で言ってる言葉。

もうため息をつくしかない。


「ちゃんと言われたことはやるよ。」


口に出して言って自分自身に確認した。

どっちにしろアサの言うことに僕は逆らえない。


「えらいえらい。じゃあ早速開始。いくよ、フェン。」

「あい!」


ばたんと勢いよく窓を開け放して二階から飛び降りていく二人。

そういえば今日の朝、いつの間にか窓が割れていた。心配して何があったかアサに聞いたけど教えてくれなかった。帰ってきたら直っていたけど、一体・・・。


「・・・とりあえずやることやって・・・アサに褒めてもらおう。」


もう一度撫でてもらうために。

密かにひとりで気合を入れた。






                           第肆話 終わり


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