序章
三作目の小説投稿です。まだ他の小説も連載中ですが、平行して投稿していきますのでよろしくお願いしますm(__)m
そもそもこんなことになった事の発端は一体なんだったか。
いつもより30分遅く寝てしまったことか。
その原因となった、某超大作映画が地上波初登場で放送していたのを発見してしまったことか。
そのまた原因となった、普段なら見ない時間帯にテレビをつけてしまったことか。
そのまたまた原因となった、大学受験に受かって自由な時間が出来てしまったことか。
そのまたまたまた原因となった、合格発表日が今日だったことか。
いや、今更原因なんて知ったところでどうしようもない。もう起こってしまったことはどう頑張っても、青いたぬきでもいなければ回避不可能なのだから。
そういえば某超大作映画の続きを今現在作成しているところだそうだ。
是非とも見たいと思っていたのに、こんな状況じゃその願いも叶いそうにない。こんなところに映画館なんてあるわけない。
こんな、魔術とか魔法とかオカルト的なものが飛び交っている中世チックな世界に。
「何をぼーっとしているのですか!!早く裏口へ移動して外へ逃げなさい!!死にたいのですか!?」
「―ッ!!!は、はい!!」
メイド長の叱咤の声で我に返る。
考えごとをしている場合ではなかった。目の前では現在進行形で魔法やらなんやらが飛び交っているというのに。
何もないところから火の玉が飛び出し、屋内なのに風が吹き荒れ、床から水が吹き出て、壁から枝がにょきにょき生えてくる。明らかに自然現象の域を超えている何かが勃発していた。
「い、一体何が起きてるの・・・?っ痛!」
何処からか飛来してきた氷の尖った欠片が腕に当たった。脳内で警鐘を鳴らす音が聞こえる。改めて身の危険を感じた私は走り出した。行く先なんて分からない。とにかく此処にだけは居てはいけない気がしたのだ。
途中やたら毛の長い絨毯に足を取られながらも懸命に前へと繰り出す。私は何処でも良いから逃げたかった。本当なら私は此処に、このお屋敷に逃げてきたはずだった。此処なら安心して暮らすことができるかもしれないから。でも此処は私にとっての安住の地ではなかったんだ。
また逃げなくちゃいけない。
氷が掠った腕がぴりぴりと熱を帯びる。痛みが段々増してきているような気さえする、いや実際に痛みは現在進行形で増しているのだろう。流れ出た血は真新しいメイド服に染みを作った。
もう何もかもから逃げたい。
痛みから逃げたい。危険から逃げたい。此処から逃げたい。現実から逃げたい。“今”から逃げたい。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。
ただ呪詛のようのその言葉だけを叫び続けた。
この願いが叶うなら私はもう他になにも要らない。此処から逃げ出したい。ただそれだけ。
逃げたいッ!!!
その途端、目の前が真っ白に染まる。叫ぶことも、瞬きすることさえ出来なかった。
そしてそれと同時に自分の身体が消えていってしまうような気分に陥る。このまま消えてしまえばどんなに良かったか。
そして私は意識を失った。
次に目を覚ましたとき、首元に大振りのナイフが突きつけられていた。いや、突きつけられているというか、もう既に肉に食い込んでいた。妙に生暖かい血がつーっと首筋を流れる。
最早意味が分からなかった。
何故に私はこんな状況に陥っているのでしょうか?
ふと私を見下ろしている誰かの視線に気がついた。顔を上げる。
その瞬間、息をすることを忘れてしまっていた。
感情のない、極寒の冷たさを感じる黒い瞳が私を見下ろしていた。でもただ見下ろしているだけ。ナイフを突きつけているのはこの黒い瞳の青年ではない。中学生くらいの少年だ。目が覚めるような蒼い髪に群青色の瞳。服も青系で統一されていた。何かこだわりでもあるのだろうか。
そんでもって、黒い瞳の青年は腰まである漆黒の髪を一本に括っていて、深緑色のコートの下に動きやすそうな黒いTシャツを着用している。そしてその青年の後ろに隠れているのは、小学生(中学年)くらいの少女。真っ白な髪に銀色の瞳。灰色のワンピース一枚だけで寒くはないのだろうか。そして何故か裸足。
結論から言おう。
もう本当にわけが分かりません。お手上げです。
誰でもいいですから今現在の状況を説明していただきたい。
「アサ、こいつ殺してもいい?」
「駄目に決まってるでしょ。」
突如始まる少年と青年の物騒な会話。
その“こいつ”とは私のことですかね。そして黒い青年さん、あんな怖い目してたのに意外と常識人で驚きました。ほら、少年よ、ナイフを退けてくれないか?その黒い青年さんもそう言っていることだし・・・
「ちゃんと目的聞いてから殺さないと、ね?」
「はっ、そうだった。流石アサ!!」
続、青年と少年の物騒な会話。
あ、さっきの言葉、取り消しで。
つかなんて会話してんのこいつらッ!!?明らかに今から殺される本人を前にしてする会話じゃないですよね!?こら少年!何感心してるんだ!黒い青年さんはなんてこと少年に教えてるんだ!それ道徳的に良くないことだと思いますよ?だから、ね。ほら、そこに小さな女の子もいることだしさ、やめようよ。
心の中で叫んでも目の前で(楽しそうに)会話している彼らには聞こえない。そりゃそうだ。この雰囲気で発言できるもんならとっくの昔にやってるわ!
「あさちゃんあさちゃん、このひと目がさめたよ?なにかするまえにおめめ、つぶしておく?」
え、なに?可憐な少女が今何か言いましたか?言ってないよね?私の空耳だよね?
少女は小首を傾げながら、青年のコートの裾をぐいっと引っ張る。その仕草は少女っぽいから良し。
「駄目だよ、フェン。目を潰したらこの女がどれくらい怯えてるのかがよく分からなくなるから、ね?」
「おー!あさちゃんすごーい!」
すごくなぁあああああああいッ!!
一体どういう思考してるのこの三人!?少女もそこで素直によろこんじゃ駄目でしょ!そこは怖がるところ!黒い青年さんも、そこ頭撫でて褒めるとこじゃないしっ。つか少年も何物欲しそうな顔でみてんの!?
黒い瞳と目が合う。
先ほどのような怖さは何処かに吹っ飛んでしまったかのように、普通の、何処にでもいるような極一般的な青年だった。さっきの冷たい瞳が嘘のよう。もしかしたら私の見間違いだったのかもしれない、そんな思いが浮かんできた。
青年はにこっと爽やかな笑顔を浮かべる。
さっきはパニックになってて余裕がなかったけれど。むむ、よくよく見てみれば結構なイケメンさんですな、この青年。
「さて。あ、ラウ、ナイフ退けて。どうせこの女に如何こうできる魔力は残ってないから。」
青年の言うことを素直に聞いて少年はナイフを綺麗な手捌きで懐に仕舞う。
「君の名前は?」
「・・・・・。」
誰が見知らぬ奴に名前を言うか、と言い返したいところだったけれど。少年が視界でナイフをちらつかせているのが見えて、なんとか心の中にぐぐっと押し込める。
「・・・言いたくないのなら無理には聞かないから。じゃあ何処から来たの?」
これも無視。
私にはこの質問に答える義務はない。その質問に答えたからといって私に利益があるわけでもなし。答えないのが無難。そう考えて黙り込む。
「これも言いたくない、か。まぁいいけど。じゃあ最後の質問ね。答えるか答えないかは自由だから。でも沈黙は肯定と受け取るから。」
そう言って少し間を置く青年。
そうして次に口を開いた青年の瞳は、初めて会ったときの冷たい瞳に戻っていた。
「君はここで死にたい?」
息が詰まった。喉がカラカラに渇く。
震える唇をなんとか従えて言えたのは「いいえ」の一言。本当なら首を横に振ればいいだけだったのかもしれないけど、そんなことを思いつく余裕は何処にもなかった。
青年は何も言わない。
今ここで、私はこの青年に殺されるのだろうか。
青年の手がこちらに伸びてくる。
きっとその片手で私の首を絞めるのだ。咄嗟にぎゅっと目を閉じる。
「・・・・・ッ。」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
苦しくない。もしかして痛みも分からないまま一瞬で殺されてしまったのだろうか。じゃあここは天国?それとも地獄?
目を開く。
そこは生前と寸分変わらぬ場所だった。
目の前には片手を差し出した青年がいて、その背後に裸足の少女、そして私の背後に蒼い少年。
「・・・何やってるの?」
「・・・へ?私、殺されるんじゃ・・・」
つい口から出てしまった台詞は勿論青年の耳に届く。もう今更口を手で押さえても遅い。
しかし、青年の反応は思っていたものと全く異なっていた。
心底面白そうに笑っていたのだ。それもこちらが苛苛するような嫌味な笑みを浮かべて。ちょっと、さっきの爽やかな笑みは何処にいったの!?
「ぷぷっ・・・こ、殺される、だって・・・この女っ!くぷっ、だめだ、もう、ふふっ、笑いが収まらないっ!!あはははははははははははっ!!」
笑い声が耳の奥の奥までよく響く。
目の前には急に腹を抱えて笑い出した青年がひとり。今までの流れから一体何処に笑う要素が・・・?
「しかもメイドさん・・・なんか色々と萌える。」
やばいこいつ変態さんだった。
恍惚な表情でこちらがぞくぞくするような笑みを浮かべながら青年は「苛めがいがある」と呟いたのだ。これをもう変態さんと言わずとしてなんというか!
先ほどまで感じていた青年への畏怖の念は、多分もう一生戻ってこない。
「ねぇ君、おれと一緒に来な「断ります。」
こういうときにはきっぱり断らないと、こちらの意思が弱いと思ってつけこんでくる奴がいるから気をつけなさいと両親にいつも言われていたことが役に立った瞬間だった。
まぁ実際にこの青年の前では全く役に立たなかったわけだけど。
「着いてこないと今ここで殺すから「一緒に行かせてくださいっ!」
「よし、じゃあ行こう!おれはアサ。よろしく。」
「・・・・よろしくお願いします・・・。」
これ、私に同意求める意味がどこらへんにあるんですかね?
「で、生意気な顔してんのがラウで、こっちのかっわいいチビちゃんがフェンね。」
半ば強引に青年に片手を引かれて立ち上がる。今まで地に膝をつけていたので白いソックスがドロドロになっていた。
「服は次の町に着いたら買ってあげる。」
そりゃありがたい。
改めて服を見回してみれば、あちこちの布が破れていてやたら露出の高い服になってしまっていた。不可抗力とはいえこれは長い間着ていたくない。
「まぁそのままでもなかなかそそる、ゴホン。扇情的な服だからいいと思うけど。」
「言い直したみたいだけど隠しきれていませんから!?」
慌てて胸の周りだけでもと腕で覆う。こいつの前でこんな格好をしていること自体が、私にとっては屈辱でしかない。
どうか次の町に早く着きますように・・・。
「因みに次の町まではあと5日くらいかかるから。」
・・・うそでしょ!!?
「嘘だけど。」
引き攣った笑みを浮かべるのが今の私の精一杯だった。
さらっと真顔で嘘つけるタイプだこいつ。絶対。今しがたそう確信した。
これから次の町までとはいえ、何者とも知れないこの人たちと旅をすることになるのだ。ある程度は信頼関係を築いていかないと、道中何されるか分かったもんじゃない。
特に私の背後でずっと目を光らせている少年、名前はたしか・・・ラウ、君。ちっちゃい女の子のほうは特に気をつけなくても良さそうだ。
あ、でもさっきなにやら物騒な台詞を仰っていたような・・・?き、気のせいだよね。
「よし、じゃあ行くか。えーっと、君の仮の名前はメイね。メイドのメイ。」
うわ、安直。
とは口に出して言えなかった。反論を許さない無言の威圧を後ろから感じた故。
「わ、わぁ、とってもいい名前だねー(棒読み)」
「やっぱそう思う?おれ的にも結構いけてると思う。」
「あさちゃんお名前つけるのじょーずだもんっ。」
胸を張れるとこじゃないぞ、そこの二人。
ほらまたそこでフェンちゃんの頭撫でるから、喜んじゃってまた言うんだってば!だからラウ君、撫でてほしいんなら私にナイフ突きつけて八つ当たりしないでアサに言えば!?
先が思いやられる。
これがこのときの私の正直な感想。
そしてこれが私とアサの出会い。
私とアサが出会ったのは偶然だった。何かが重なって起きた偶然。
この偶然と偶然が重なって、この波乱の物語は動き出したのだ。
終わり